第82話 地下街逃走ショッピング

 一度大通りに出た俺達は、人混みに紛れて進んでいた。

 無人バスの爆発などがあった現場からは離れているおかげか、騒ぎはここまでは広まっていないようだった。病衣を着たまま裸足で歩くアイナに目を向ける通行人がたまにいるくらいで、それ以外はいつも通りの平和な風景。


「そう言えば『ゴーストタウン』、今黒影くろかげは大丈夫なのか? あいつもあいつで動いてるみたいだけど」


 スマートバンドを手のひらに乗せて歩く俺もだいぶおかしなヤツかもしれない。周囲からの視線の半分はアイナではなく俺へ向けられていたり……?

 ともかく気になった事を尋ねてみる。黒影の名前が出て来たからかアイナも近寄って来た。


『彼も状況を把握しているよ。今はもう一人の脱走者の護衛に向かわせている』

「もしかして博士の事!? 無事なんだよね?」

『大丈夫。向こうも向こうで機動部隊に追われてたけど、無事に凌げたみたいだ』

「そっか、よかったぁ……」


 安心したように胸をなでおろすアイナ。イクテシアの実験台にされていたアイナがこうも心配していた博士という人物は、深層機関の人間でありながらも優しい人なんだろうな。


「にしても、機動部隊とか字面からして物騒だよな。国家の機密機関ともなれば、相応の武力を持ってて当然だろうけど」

『それを言ったら、君達を追っていた男の方が数倍は危険だよ?』

「あのレーザー男が?」


 あれっきり追って来なくなった、赤い髪を逆立たせた男の姿を思い浮かべる。確かに光線の威力は半端じゃなかったけど、それほど危険な人物なのだろうか。


『「レッドカーペット」……彼は危険だよ。イクテシアの最高戦力とも言える』

「……カーペット?」

『深層機関にはそれぞれ、「カラーコード」と呼ばれる改造能力者が存在するんだ。そしてあの男がイクテシアの「カラーコード」。そのコードネームが「レッドカーペット」なのさ』


 いきなり何を言い出すんだと思ったが、どうやら別の意味があるらしい。


「か、改造能力者……サイボーグって事か?」

『全員が機械的な改造を施されているかは分からないけど、少なくともあの男はサイボーグだよ。「カラーコード」は各研究機関の特色が色濃く現れた強力な能力者だ。それぞれの能力研究によって得られた成果をふんだんに使用した、言わば実験体の最高傑作。能力の軍事転用を視野にいれているお偉い方にとっては「実戦試験機」とも言えるかな』

「マジかよ……おっかねぇ話だな」


『カラーコード』に『レッドカーペット』か。見た感じ普通の能力者に見えたけど、あのレーザー男はイクテシアの研究成果が満載の超人らしい。そんな奴が相手なんて、このまま一筋縄じゃいかない気がして来た。


「私はたまに耳にする程度だったけど、やっぱり危険なんだね、『レッドカーペット』って」

「みたいだな。このまま接敵せずに逃げ切れる事を祈るしかない」


 能力による光線は俺でも打ち消せたけど、戦闘特化型の改造能力者が能力一辺倒なはずがない。きっと正面からやりあう事になったら勝ち目なんて無いだろう。


「コンテナターミナルまであと六キロか。まだまだ遠いな……ん?」


『ゴーストタウン』と通話しながら別のウィンドウで地図を見ていると、ふとある場所が目に留まった。ちょうどすぐ近くだったので、周囲を見渡して確認する。


「なあ『ゴーストタウン』。ドローンは全部無力化できるとしても、見つからないのがベストだよな」

『そうだね。あまり壊し過ぎるとかえって位置を教えているようなものだし』

「ならアレとか良いんじゃないか?」


 俺が指さしたのは広い歩道の隅にあり、見ている今も人が出入りし続けている地下への階段。


『なるほど、地下街か』

「ちょうど地下鉄の駅がある関係で、ここの地下街はかなり広いらしい。空の目を気にせず移動するにはもってこいだろ?」

『良いかもね。天井がある地下だと霊を隠しながら移動しやすい』


 あまり大勢の通行人に霊を見せる訳にもいかないので、地上を歩いている今は建物や地面を通り抜けながら隠れてついて来てもらっている。『ゴーストタウン』の言った通り、地下だと上下左右が壁に覆われているので霊をすぐ近くに隠しやすい。ここからは地下を進むとしよう。


 地下に潜る所を見られては元も子もないので、周囲を念入りに確認する。と、さっきからアイナが黙りこくったまま地下街への入口をジッと見つめている事に気付いた。


「アイナ?」

「……」


 呼んでみても、心ここにあらずといった様子。

 そう言えば『ゴーストタウン』からの情報だと、イクテシアって地下にあったよな……やっぱり組織の外に出ても地下にトラウマがあるのだろうか。


「大丈夫か? どうしても地下が駄目そうなら別の道でも……」

「地下街……地下にある街……」


 心配になって顔を覗き込んだアイナの瞳は。


「すごい! おもしろそう!」


 この上なく輝いていた。髪より薄めの桜色の瞳は子供のようにキラキラしていた。


「私組織に入る前も地下街って言った事無いんだよね! 気になる!」

「……まあ、無事そうなら良いか」


 少々拍子抜けした感はあるものの、彼女が乗り気なら良しとしよう。

 追っ手から逃走中だという事も忘れてそうな勢いで、始めて会った時とは逆に俺が引っ張られる形で地下へと降りた。


 この地下街を上からの見取り図で見ると、とても大きな縦長の造りになっている。道の両脇には沢山の飲食店やコンビニ、洋服屋に雑貨屋に電気屋にと、本当にいろんな店がずらりと並んでいる。こんな状況じゃなければゆっくり見て回りたいぐらいだ。


「すごーい! 地下に商店街が!!」


 そして、こんな状況でもじっくり見て回りたそうにしている少女が隣に一名。


「そんなに驚くような事か……?」

「初めて来たんだもん! 地下だよ地下! テンション上がらない?」

「まあ気持ちは分かるけども」


 地下施設にトラウマがありそうなんてのは杞憂だったみたいだ。地下に降りただけでとても楽しそうにしている。


「悪いけど今は急ぐぞ。無事に組織から逃げ切れたら博士さんに連れてってもらえばいい」

「そうだね。まずは逃げ切ってからだ」


 気持ちを切り替え、アイナはまた静かになった。俺も周囲から浮かない程度に辺りを警戒しながら、挙動不審にならないよう堂々と歩く。

 だがやはり、病衣に裸足のアイナは地下街でも目を引くようだ。さっきからチラチラと視線を感じる。少し離れた所ではひそひそと彼女について話していそうな人達もいた。このまま歩くのは流石に目立つよな……。


「アイナ、一か所だけ店に入るか」

「えっ、いいの?」

「変装の為に、洋服屋にな」


 俺もアイナも顔を見られてる以上完璧な変装とはいかないものの、遠目から誤魔化せるだけでも効果はあるはずだ。というかアイナにまともな服を着せなければ、いくら地下街に潜っても人混みカモフラージュが意味を成さない。


 という訳で、すぐ近くにあったそれなりに広い洋服屋に入って適当に物色する事にした。あまりのんびりショッピングはしてられないので、よさそうなのを手早く選んでいく。


「アイナは髪が短いしボーイッシュな感じが良いかもな。髪色でバレないようキャップも被って……アイナは何か着たいやつ無いのか?」

「コーデとかは何も分からない。組織に入る前は勉強ばっかりしてたし、入った後は病衣これしか着てないしね」

「じゃあ……『ゴーストタウン』は? 変装のアドバイスとか」

『僕も力になれそうに無いね。服は着られたらなんでもいい派だから』

「それは何となく察してた」


 俺も一般的な男子高校生代表を名乗れる程度にはファッション面に疎いのだが、この中では比較的マシという扱いになってしまった。まあ研究組織から脱走した少女や社会の裏で暗躍している青年と比べたら、俺だけ一般人だししょうがないか。


「でもせっかくの初地下街だし、何か選んじゃおうかなー」


 俺がいくつかめぼしい服を手に取っている間に、アイナはぺたぺたと足音を立てて店の奥へ進んで行った。緊張感の抜けたその後ろ姿に思わず笑みが零れる。


「こう見ると、アイナも普通の女の子なんだよなぁ」

『どこにでもいる能力者の少女さ。当たり前に過ごせるはずの日常を奪われてしまった、ね』

「……絶対に、無事に逃がさないとな」


 たとえ国の偉い人が決めた大きな仕組みに逆らうような事だとしても、こんな少女の人生を奪うだなんて間違ってる。今なら、はっきりとそう断言できた。

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