第78話 家族会議

「ののかー、風呂空いたぞー」

「はーい!」


 夕飯後の風呂から出た俺は、どこにいるのか分からないののかへ適当に呼びかける。すると、リビングから飛び出したののかは脱衣所へと慌ただしく駆けて行った。中学校から帰って来てから夕方まで三人でゲームをしたというのに、まだ元気が有り余っているみたいだ。子供のスタミナは凄いな、なんて高二の身で年寄り臭い事を考えてしまう。


「二年経っても変わらないな、ののかは」

「久しぶりに遊べて嬉しいのよきっと」

「昨日からずっと、そわそわしながら流輝るきが来るのを待ってたからな」


 夕飯の後片付けを終えた母さんと仕事から帰って来たばかりの父さんが、リビングに入った俺の声に答える。

 俺もののかも一人っ子で幼い頃から遊んでいるから、二人はののかを娘のように甘やかしている所がある。逆に俺も伯母さんに可愛がられたりするけど。


「『リュウにぃ』って呼び方もずっと変わらないわよね」

「読み間違いから来てんだよな、あれ」


 ののかが俺の名前を流輝リュウキと読み間違えた事から、ののかの俺への呼び名は『リュウにぃ』になった。


「そろそろ普通の呼び方に戻っても良い頃だと思うけど」

「それを言ったら流輝だって、鶴斬つるぎ君の事をまだ『ケン』って呼んでるじゃないか」

「ま、まあそれはそうなんだけど……」


 俺が使っているケンというあだ名も、実は俺の勘違いから来ているのだ。あいつの名前を『カズラツルギ』と音でだけ覚えて漢字では書けなかった頃、生意気にもケンという漢字にツルギという読み方がある事を知っていた俺は、あいつの漢字表記を『剣』だと間違って覚えてしまったのだ。


 そして名前の読み方を変えてあだ名にしよう、という無駄に捻った考えの結果、ケンというあだ名が定着した。あいつの正しい漢字表記を知った時には、もう戻せない程度には俺達の中で浸透していたのだ。そして今に至るまで、呼び名は変わっていない。


「いいじゃないか。自分達だけの呼び方がある方が仲良しで」

「そうね、友達が少ない流輝も鶴斬君とはずっと仲が良いし」

「ぐっ……友達はそんなに多くなくていいの。それに学園では顔見知り増えてるから」


 父さんと母さんは愉快そうに笑うが、俺は親に真正面から友達少ないと言われて傷付く。

 そのまま話題は学園の事へ移っていった。


「星天学園では上手くやれてるのか? 能力者の学校ではエリートなんだろあそこ」

「まあ成績はボチボチ。でも個人的には少しずつ成長してる感じあるし、協力してくれる頼もしい友達もいるから大丈夫だよ」

「それってもしかして、この前会った白い髪の子? 何ちゃんだったかしら」

彩月さいづき夕神ゆうか。ああ見えて学園最強の能力者だ。特訓と称してよくしごかれてる」

「あら、お世話になってるんならもっと挨拶しておけば良かったわ」

「いいよいいよ、何か恥ずかしいし」


 確かに彩月には、それはそれは大いに世話になっているのだが、実の親が挨拶するとなると思春期特有の原因不明な照れ臭さがある。


「それにあの時は、それどころじゃ無かったでしょ」

「……そうね。あの時の話をきちんとしないと」


 俺のその言葉をきっかけに、部屋の空気が僅かに沈む。テーブルを挟んで向かいに座る俺へ、母さんは真面目な顔で問いかけた。


「流輝。流輝はまだ、星天学園に通い続けたいと思ってるの?」

「気は変わってないよ。俺は最後まであの学園で過ごしたいと思ってる」


 これには熟考する余地も無い。既に決めている答えだ。


「さっきの彩月もそうだけど、いろんな人の力を借りながら毎日俺なりに頑張ってるんだ。学年ランクで1位になるっていう大きな目標……いや、約束もしてるんだ。中途半端なままリタイアする訳にはいかない」

「母さんもその気持ちは尊重したいと思ってる。けどもし、またあんな事件があったらどうするの。あの学園が狙われるのなら、別の能力者学校に行ってもいいんじゃない?」


 特殊能力者が通う高校は星天学園だけじゃない。東京の外に出れば、数は少ないが他の学校も存在する。


「流輝が将来能力を使った仕事に就くために、資格を取ろうと頑張ってるのは父さん達も知ってる。でもそれは、他の学校でも取れない事は無いんだろ?」


 そして父さんの言う通り、仕事として能力を使う際に必要な『特殊能力使用許可証』は、星天学園を卒業する以外にも取得方法はある。

 二人の言っている事はもっともだけど、俺の答えは依然として揺るがない。


「学園が狙われたっていうのは違うんだ。警察の人も言ってたけど、狙われたのは学園の何かじゃなく、奴らにとって利用価値があった俺の能力なんだ」


パレットテロリスト』の本当の狙いは『ゴーストタウン』の情報についてだったけど、記憶が改竄された事によってその事実は無かった事になっている。とにかく、そのまま話を続ける。


「あのテロリストと全く同じことを考えた奴らが現れたとしたら、どこに転校したって俺は狙われるよ。それなら、一番設備がしっかりしてる星天学園にいる方が安全だ。あの事件を経て警備がより強化されたのは、保護者への通知も来て知ってるはず」


 と、ここまで理屈っぽい理由を述べたが、それはある種建前のようなものでしかない。

 星天学園に居続ける事への不安を抱く母さんへ話をした後に、別の進路を示す父さんへの答えも返す。


「でも、俺が言いたいはそこじゃない。もし今が入学前の進路相談をしているのだとしたら、星天学園以外の道も選べたかもしれない。けど今はもう、あそこじゃないと駄目なんだ。他のどこでもない、あの学園で学びたいんだ。あの場所で知り合った人達と一緒に」


 二人の顔を正面から見据えて、精一杯真面目な声で答える。

 ランクを上げようとがむしゃらに走って何も結果を出せなかった一年目。彩月と出会ってから変化ばかりが訪れた二年目の今。それは、星天学園だからこそ得られた経験だ。星天学園でなければ得られる事の無かった経験だ。


 そしてきっと、これからもあの学園ではたくさんの事が俺を待っている。自意識過剰でも大袈裟な妄想でもなく、心の底からそう思えるのだ。


「……そうか」


 父さんは一度目を伏せ、ゆっくりと頷いた。


「そこまでハッキリと言えるのなら、決意は固いという事だな」

「一度決めた事を曲げるつもりは無いとは、前々から思ってたけどね」


 ため息交じりにそう言う母さんも、俺の目を見て頬を緩めた。


「不安は消えないけど、母さんももう止めないわ。卒業まであと半分、しっかり勉強して来なさい」

「辛くなったらいつでも帰って来ていいんだからな」


 母さんも父さんも、俺の意思を尊重してくれた。身の回りに起こった出来事を考えれば、これはきっと当たり前のことでは無い。


「ありがとう。母さん、父さん」


 俺達が学園で頑張れるのは、助けてくれる人がいて、応援してくれる人がいて、帰って来れる場所があるからかもしれない。それを改めて実感した気がする。俺は本当に恵まれた幸せ者だ。





     *     *     *





「――という訳ですので、今後とも『彼女』は星天学園に通わせるという方針で構いませんね?」


 地下深く。誰も見る事の出来ない社会の深層で、ある事柄について話し合う大人達がいた


「ああ。能力者の集まる環境における成長具合はまだまだ観測の余地がある。ランク戦も停滞気味だと聞いているが、最近は『彼女』自身が面白い事をしているそうじゃないか」

「我々が定めた特異希少能力……『異能力』を持つあの少年を、自分と同等の強さにまで鍛えようとしているみたいですね。もしそれが叶ったら、『彼女』の能力は更に成長するかもしれませんね」

「それだけじゃない。例の少年が『彼女』に匹敵する実力を身に付けたとなれば、我々の研究対象にもなり得るだろう」


 厳かな場の空気や声のトーンからも、それが楽しい談笑などではなく、重大な会議である事は歴然。

 そんな場に集まる彼らの共通点をひとつ挙げるとすれば、全員が研究者然とした白衣を身に付けている所だ。


「入学時の能波検査では測定不能と出たらしいな。あの少年が異能力者に分類される事は、ほとんど確定したようなものじゃないか。何故今すぐに確保しない?」

「それが上の方針だからだ。希少な資源を見つけた傍から採取してしまったら、未発達なうちに芽を摘んでしまう可能性もある。それを考慮しての事だろう」

「それに、少年は『彼女』の精神安定にとっても大事な存在だ。先ほど『彼女』の担当カウンセラーによれば、『彼女』は学園の話の次に彼の話ばかりのようだからな。無闇に隔離しては、かえって実験に支障をきたす」


 世間に隠された深淵は、そこかしこで生まれる天然の闇と変わらない。彼らが自然に発生する闇と違う所はと言えば、国に管理され認められた人工の闇だという所か。


「もういいかな? 少年についてはまた後日、上からの指示があった時に話すべきだ。今はひとまずそれ以外の研究を進めよう」

「その通りだ。帰還した『彼女』の検査、『カラーコード』の調整……タスクが山積みだ」

「これにて、サイクキア・第322会議を終了する」


 サイクキア。

 その名は社会に広まっているが、その真の姿については知る事無く一生を終える者がほとんどだろう。それこそ、この組織が深層機関と呼ばれる所以なのだから。

 集う大人達の声は消え、やがて部屋も暗闇に包まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る