第77話 幽霊に気を付けて

芹田せりだかずら! 大きくなったなー! より男前になったじゃないか!」


 快活な笑い声と共に俺達の肩を叩く、四十代も半ばといった所の男性。三年間の中学時代、俺とケンのクラスの担任だったみや先生だ。

 夏休みなだけあって昼間から静かな中学校の職員室前で、俺達はお世話になった先生と話していた。


「もう高二とは早いもんだな。どうだ、星天学園の生活は。国内最高峰の能力者学校は楽しいか?」

「そりゃあもう楽しいですよ! 俺、学内情報部って部活やってるんですけど、最新型のドローンとか触り放題なんすよ! あと学食が美味い!」

「ハハハッ、葛は相変わらず部活熱心だな! それで言うと、芹田は高校でも帰宅部か?」

「さすがですね……当たりです。まあ最近は部活みたいな事をしてるんですけどね」

「そうそう、二年に上がってからの流輝るき、いろいろ頑張ってるんすよ。何気にひっそり努力してるのは中学の頃から変わんないな」

「なるほど、芹田も相変わらずという訳だな。二人とも元気そうで何よりだ!」


 宮先生は二年前と変わらず体がデカくて声もデカい。そして生徒に対してとてもフレンドリーに接してくれるので、俺達生徒側も壁を作らず話す事が出来る。今もきっと生徒達に好かれている事だろう。


「先生!」


 さっそく一人の生徒が宮先生へ声をかけ……いや、生徒じゃ無かった。ののかだ。

 今まで俺達のやりとりを大人しく聞いていたののかが、元気よく手を上げて話に混ざって来た。


「昔のリュウにぃとケンにぃはどんな生徒だったんですか?」

「先生、従妹のののかです」

「ののかです!」


 不思議そうに視線を向ける宮先生へ簡単に紹介する。自分の名前を元気いっぱいに復唱するののかを見て、先生はにっこり笑った。


「そうか、従妹さんか。昔の二人は……そうだな、良い意味で今と変わらない良い生徒だったぞ! 葛は明るく社交的で、芹田は落ち着いて周りを良く見ている奴だったな。いつも中心にいるような人物でこそなかったが、クラスを支える柱のひとつとして、いなくてはならない二人だったぞ!」

「ほおー、二人ともすごい生徒だったんだ!」

「はは……ありがとうございます」


 先生からそう言われるのは少し照れるな。自己評価では、これと言って特徴の無い生徒だったと思うけど、自分を評価してくれる人がいるというのは純粋に嬉しい。


「だからこそ、二人が星天学園に進路を変えた時は驚いたな。特に芹田はいきなり能力が発覚したもんな。先生達みんなビックリしてたぞ」

「その節は本当にお世話になりましたよ。本当に本当に……」

「そう固くなるな芹田。確かに大変だったが、入学出来たのはお前の努力の賜物だからな!」


 星天学園は能力者だからといって簡単に門をくぐれるほど甘くはない。かつての俺も、能力を得た事でようやくスタートラインに立てただけで、主に学力的な面で壁はあった。それを乗り越えて今こうして学園に通えているのは、何度も相談に乗ってくれたり、進路指導の先生との面談でも味方になってくれた宮先生がいてくれたおかげなのだ。


「受け持った生徒を二人も星天学園へ送り出せた事は俺の誇りだ。胸を張れ!」

「そんなに褒めていいんすか先生ー? 俺ら調子に乗っちゃいますよー?」

「大いに乗るといい! 若いうちはそれが一番だ!」


 宮先生とケンは一緒になって笑っていた。前から波長が合う二人だ。


「星天学園と言えば先生、この学校から学園に通いたいって言う奴はいないんすか? 凄い能力者とか」

「いやー、今年はいないな。第一、能力者自体も例年片手で数えるほどしかいないからな。だからこそ、二人同時に進学した芹田と葛は話題になったもんだ」


 人が少ないと、当然能力者の割合も少なくなってくる。俺が能力者になるまで、俺の学年ではケンだけが能力者だったくらいだし。だからこそ、俺は能力者に憧れていたというものある。


「……先生、ひとつ聞いていいですか」

「どうした?」


 そこまで考えていると、能力を得たあの夜の情景と共に、ひとつ小さな不安が浮かんで来た。


「その、変な事聞くようですけど、この辺りで最近『幽霊を見た』とか『白い髪の男に出会った』とかいう話を聞いたりしませんか? もしくは『能力者が急に眠ったまま起きなくなった』とか」

「ふうむ、聞いた事はないな……オカルト部でも始めるのか?」

「いえ、無いなら良いんです。学園でちょっとした都市伝説が流行ってましてね」


 内心で安堵しながら手を振って誤魔化す。

 能力を欲する俺の意思に応えるように『ゴーストタウン』は俺の前に姿を現した。なら、俺のようにこの町で『ゴーストタウン』と接触する人がいるかもしれないと思い至り、少し心配になったのだ。それか能力者の集団昏睡に巻き込まれた人がいないかも気になった。

 どうやらどちらも杞憂だったようだ。この辺りにあいつは出没していないらしい。


「ところで、先生からもひとつ聞かせてくれないか」

「……? 何ですか?」

「聞こうか迷ったんだが……お前達、は大丈夫だったのか?」


 都市伝説という事で俺が軽く流すと、宮先生は別の話を切り出した。


「テロの話ですか?」

「ああ。死傷者はいないと報道されていたが、この目で無事を確認するまではどうも心配でな……」

「ののかもお母さんから聞いたよ。学園が危ない人たちに襲われたって」


 そうだった。あの事件は全国に報道されているのだから、当然先生もののかも知ってるはずだ。


「大丈夫ですよ、見ての通り大怪我もありません。襲われたと言っても、たった半日で解決しましたから。なあ?」


 努めて穏やかに返しながら、隣のケンへ目配せをする。俺の意図を読み取ってくれたのか、ケンも話を合わせてくれた。


「流輝の言う通りだ。星天学園にはテロリストを一人で片付ける最強の能力者がいるからな! 先生達も優秀な人ばかりだし。特に学園長はシブくてカッコよかったぜ」

「ほう、校長の挨拶は毎回立ったまま寝ていた葛がそこまで言う学園長か。俺も会ってみたいものだな」

「いや俺そんな高等技術身に付けてませんよ! 人違いじゃないっすか?」


 ケンが自然に話を広げてくれたおかげで、話がテロ事件から逸れた事にほっと胸をなでおろす。俺がテロリストに攫われたなんて言って、先生やののかに余計な心配をかけたくなかったからな。


 生徒一名が攫われたという事は既に周知の事実となっているが、その生徒が『黒い髪の少年』である事は、マスコミの中で噂程度に広まっているだけのはず。少なくともこの前ショッピングモールで遭遇した記者たちはその事について重点的に聞いて来たから、攫われた生徒についての情報は未だ不確定なのだろう。


 何にせよ、俺は無事にここにいるのだ。本当の事を全て話して心配させるよりは、一部を隠して伝えた方がいい。

 一瞬でそこまで読み取って、さりげなく話を別の方向へ逸らしてくれたケンには感謝だな。





     *     *     *





 結局三十分も話し込んで、俺達は中学校を後にした。暑い真昼の日差しに耐えるために冷たい飲み物を買って、帰り道を歩く。


「リュウにぃとケンにぃ、沢山ほめられてたね」

「過ごしてたらあんまり実感湧かないけど、星天学園は有名校だからな」

「いいなー。ののかも能力者だったら、二人と同じ所に通えたのに」


 唇を尖らせながら前髪をいじるののか。涼し気な短髪は俺と同じ黒色だ。しかし俺とは違って、ののかはちゃんと無能力者である。


「ののか、能力を欲しがる気持ちは分かるけど、あんまり外で何度も言っちゃ駄目だぞ」

「なんで?」

「東京にはな、能力を欲しがる無能力者の前に幽霊が現れるって都市伝説があるんだ」


 幽霊と聞いて、ののかの顔が引きつる。昔から怪談が苦手な子なのだ。


「その幽霊は無能力者に能力を与える代わりに、体を操って暴れ出すんだ。そしていずれは完全に乗っ取られて、本来の意識は消えてしまうという」

「ななな、ナニソレ……」


 真剣な顔で語っていると、あっさり信じたののかの引きつった顔はみるみる青ざめていた。

 今日まで『ゴーストタウン』がこの辺りに出ていないと推測できたとはいえ、今後も現れないとは限らない。万が一能力を欲したののかの前に現れたりしたら大変なので、ちょっとアレンジを効かせて忠告しておいた。


「ど、どうしよう……ののかの魂取られちゃう……」

「そんな死神みたいなシステムじゃないと思うけど、まあ気を付けた方がいいって事だ」


 ののかは恐怖を紛らわすようにジュースを一気に飲み干した。ひとまず警戒させる事は出来たみたいだ。


 プリズム・ツリーの一員として『ゴーストタウン』の正体の一部を知っている俺ですら、彼が三ケタもの能力者を昏睡させる理由を知らない。あの日は聞きそびれたというのもあるが、深層機関と関係の無い話だとしたら、正面から聞いてもはぐらかされそうだ。

 結局、俺は『ゴーストタウン』について人より知っているが、それほど多くを知っている訳でもない。なら、せめて身内が狙われないよう注意するべきだろう。


「……なあ流輝、今の話って『ゴーストタウン』の事か?」

「ああ。警戒し過ぎかもしれないけど、念のためだよ」


 歩きながら耳打ちするケンに、俺も小さく声を返した。しかし、ケンは不思議そうに眉をひそめたままだった。


「そうじゃなくてさ。お前らの話だと『ゴーストタウン』って能力者を眠らせたり、先輩みたいに暴走させたりするヤツなんだろ? 無能力者は狙われないんじゃ……」


 しまった、そう言えばそうだ。

 ケンと部長さんには『ゴーストタウン』対策本部として、天刺あまざしさんから聞いた昏睡事件の本当の話や、針鳴じんみょう先輩の身に起きた事故について共有した。その中に『無能力者が狙われる』なんてものは無いのだ。


 能力を欲して能力を得た、という点において針鳴先輩の時と俺の時は同じだったのでつい混同させてしまっていた。俺自身が体験した事だけにそう思い込んでいるだけで、『他の無能力者が能力を得ている』なんて話は出て来ていない。


「……天刺さんから聞いたんだ。針鳴先輩みたいに能力を望むなら無能力者も狙われる可能性が高いって」

「マジかよ……能力者と無能力者とか、もう全人類が狙われてるじゃねぇか」


 咄嗟に誤魔化したが、半分は本音だ。俺以外の無能力者が能力を授かっていないという保証は無いし、中には俺のように『裂け目』まで行って『異能力』を宿した人もいるかもしれない。


 ふと、友達を人質に取られる形で眠らされたという黒影くろかげの話を思い出す。

 もしも『ゴーストタウン』が本当にそこまでするヤツなら、俺も無関係なはずの知り合いや身内を巻き込まないよう気を付けないといけない。今はあまり『ゴーストタウン』を疑いたくはないけど、しょうがない。

 確定しない事は全て警戒するしかないんだから。

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