第76話 思い出の景色
テロ事件の影響で、星天学園の夏休みは例年より警備や対策が強化されている。
その一つとして、俺達生徒は実家への帰省などの理由で外泊する際は事前に申請をして、位置特定用の超小型インプラントを埋め込む事になっている。これは何か事件に巻き込まれた場合などに、位置情報を特定し早急に対応するためだと言う。
実際に誘拐された身としては、この対策はとても良いと思う。あの時はポケットに入れてた学園端末を抜き取られたせいで俺がどこに連れ去られたか分からなかったそうだが、今回からはその心配も無いという事だ。まさか皮膚の下に発信機があるなんて誰も思わないだろうからな。
「なあ
「自然に分解されるって先生は言ってたな。まあ、だからと言って気になるのは俺も同じだけど」
インプラントのある右二の腕をさすりながら、隣の座席に座るケンは心配そうに呟く。
俺とケンのインプラントは早朝に埋め込まれたばかり。つまり今日から三泊四日、実家に帰省するのだ。今はちょうど電車に揺られている最中。
「体の中に機械があるって何か変な感じだよなー。痛みとかは無いはずなのについ意識しちまう」
「まだ気になってるのか?」
ケンは二の腕を揉みながらしきりにそんな事を言っていた。まあ俺も機械を入れるのは初めてだから、不思議がる気持ちは分かるけど。
「サイボーグ手術を受ける人は凄いよな。小指の爪よりずっと小さいコレを埋めるのも抵抗あった俺じゃとても無理だわ」
「サイボーグ……? あぁ、そういやニュース記事に載ってたな。最新技術で重病患者が救われたとか何とか」
「それそれ。機械化しないと一生重い障害を負うとかそういう場面じゃ四の五の言ってられねぇけどよ、自分に置き換えて考えてみるとやっぱ抵抗あるわ。何か怖いし」
「確かに言いたい事は分かる。けど安心しろ。もしもケンが大事故に遭って全身サイボーグになっても今までと変わらず接してやるから」
「縁起でもない事言うなよ! 嬉しいけど!」
そんな冗談を言っているうちに、窓から見える建物が少しずつ低くなっていた。学園近くのような高層ビルはほとんどなく、広告や看板などのホログラムよりも自然の緑が目立つようになる。もうそろそろ到着だ。
俺とケンの生まれ育った故郷は、学園の最寄り駅から電車で四十分ほど。都心から離れた人通りの少ない住宅街にある。
去年同様、今年も二人で一緒に帰って来た。人が少ないからか、心なしか都心部よりも涼しい気がしてくる。
「いやー、一年ぶりでも懐かしいな」
「ケン、あの雑貨屋覚えてるか? 次来た時には潰れてるかもとか去年話したやつ」
「おー! まだあんじゃん! ここも変わってないなぁー」
駅から出た俺達は、大きなバッグを肩にかけて家までの道のりを歩く。母さんが迎えの車を出そうかと連絡をしてくれたが、歩いてニ十分もかからない距離なので、二人でのんびり歩いて帰る事にした。
俺が『ゴーストタウン』と共に『裂け目』へ到達して能力を得たのは二年前の、中学三年生の時の出来事。それまで俺は無能力者としてこの町で過ごして来た。
小学生の頃は、幼馴染のケンが持つ特殊能力という存在に純粋な憧れを抱いて。中学に上がった頃には、能力への憧れは渇望となって心の隅に芽吹いていて。
そして三年前の中学二年生時。能波災害に遭い、おそらく当時高校生の
能力を得てからも、この『特殊能力を無効化する能力』をよく使うようになったのは星天学園に入学し、能力者だらけの環境に身を置く事になってからだ。
何が言いたいかというと、俺にとってこの町は、無能力者として生きていた頃の印象がほとんどなのだ。能力者になった俺にとって、無能力者の俺は過去の存在でありどこか他人のように思える。
だからだろうか。何と言うか、まるで自分であり自分じゃない人の故郷に帰って来たみたいで、なんとも不思議な気分だった。
「おっ、もう見えて来たな」
時折ケンと町の景色について思い出話をしながら歩いていると、あっという間に俺の家が見えて来た。住宅街に溶け込んでいる、ありふれた二階建て家屋。
ケンの家はその隣の隣。走れば十秒で会いに行けるほどの距離だ。
「んじゃ、昼飯食ったらそっち行くわ」
「おう。また後で」
四十分ほど電車に乗って少し歩いただけなので、旅の疲れと言うほど疲れてもいない。なのでこの後にもちょっとした予定を立てていた。
去年会いそびれた中学時代の恩師に挨拶しに行くのを目的のひとつに、この辺りを散歩でもしようと電車の中で話していたのだ。俺が急に受験先を星天学園へ変更した時、最初から最後まで応援してくれた担任の先生には改めて挨拶がしたいと思っていた。
ひとまず俺も自分の家へ入ろう。久しぶりに握ったキーをパネルにかざし、玄関の鍵を開ける。一年ぶりに帰って来たとなると、ただ玄関を開けるだけでも懐かしさを感じる。
「ただいま。帰ったぞー」
靴を脱ぎながら家の中へ声をかけると、すぐにキッチンの方から母さんが出て来た。
「あら早かったね、おかえり。久しぶりに人のいない道を歩いたんじゃない?」
「まあな。ケンと二人でのんびり歩きながら帰って来たよ。父さんは?」
「まだ仕事よ。夕方くらいに帰って来るって。ああ、それから」
何か言おうとしていた母さんの言葉を遮って、キッチンと繋がっているリビングの方からドタドタと慌ただしい足音が響いた。
母さんの後ろから一人の少女が姿を現す。不格好なヨレヨレのシャツを着たその姿は、二年ぶりだが確かに見覚えのあるものだった。
「リュウにぃだ! 帰って来た!」
「ののか!?」
その姿を見るや否や、俺はすぐさま片脚を引いて衝撃に備える。
直後、彼女は凄まじいスピードで俺の腹に飛び込んで来た。それなりに身長差はあるものの、ノーブレーキの突進だったため構えていなければ後ろに倒れていただろう。
「ぐっ……相変わらず元気そうだな……」
「へっへー、前より強いでしょ」
押し倒す勢いでぶつかっておいて悪びれもせず笑うこの少女は、
そして、出会って五秒でタックルしてくるのはテンションが上がった彼女の挨拶みたいなもの。咄嗟に身構える癖を付けるまでは何度も倒れたものだ。
「なんだ、こっちに来てたのか。言ってくれれば良かったのに」
「本当は明後日に来る予定だったんだけど、流輝が今日帰って来るって聞いて先に一人で来たのよ。一昨日にね」
「一人で!?」
母さんの言葉に驚いて、俺はまだ腹にくっついたままの従妹を見下ろす。
「乗り換えは一回だけとはいえ、電車で一時間はかかるのに……」
「まあ中学一年生ですから。よゆーよゆー」
「ああそっか、今年で入学か。逞しく育ったもんだなぁ。背は小五からあんま変わってないけど」
「背もこれから伸びるもんね!」
いつまでも玄関で話す訳にもいかないので、しがみつくののかに一旦離れて貰って、二階にある自室へ荷物を置きに上がる。ののかも後ろからついて来た。
「ねえねえ、ケンにぃも一緒に帰って来たんでしょ? また三人で対戦しようよ。ののかめっちゃ強くなったんだよ!」
「ごめん、ケンとは後で出かける約束してるんだ。ゲームは夕方な」
「えー……じゃあののかも一緒に行く」
「俺とケンの中学校に行くんだぞ? 退屈だと思うけど」
「大丈夫だよ、さんぽ好きだし。最近はよく家の周り歩いてるんだ」
「ほう、そんな健康的な趣味までできたのか。じゃあ昼ご飯食ったら行くか」
俺とケンは幼い頃から家族ぐるみの付き合いだったから、必然的に従妹であるののかもケンと会う機会が多く、仲も良い。友達の友達は友達、とは少し違うかもしれないが感覚は同じだろう。今までも倉形一家がウチに来る度に、俺達は三人で遊んでいた。
ちなみにだが、ケンがののかのタックルを耐えた事は一度も無い。いつも油断して倒されてる。たぶん今年も倒されるだろうな。
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