第74話 話題のあの人

「どちら様ですか?」


 いきなり声をかけて来た胡散臭い大人達に、双狩ふがりは警戒しながら尋ねる。二人の男性と撮影用ドローンを従えたスーツの女性は、尚もにこやかに答える。


「私は総合情報誌『シャインタイムズ』の記者をしている見川みかわという者です。あなた、星天学園の生徒さんですよね?」


(雑誌の記者? 怪しい……)


 雑誌の名前は聞いた事も無かったが、記者だというのが本当なら、彼女たちの目的はすぐに分かった。

 警戒を解かない双狩を見かねてか、記者の見川は話を切り出した。


「先日起こった学園襲撃事件はもちろん知ってますよね? 例のテロ事件について取材をさせていただけないでしょうか」


 ソファーに座る双狩と目線を合わせるように腰を屈めて話す見川の言葉が予想通り過ぎて、双狩は思い切り顔をしかめたくなった。


(やっぱりあの事件について嗅ぎ回ってるマスコミの一つね……学園に相手にされなかったから次は生徒を狙おうって魂胆かしら)


 だが生憎、今の双狩が着ているのは星天学園の制服ではなく私服だ。身分証明として学園端末は持って来ているが、それを自分から見せない限り今の彼女はただの女子高生。話に応じる必要など無い。


「すみませんが、私はあの学園の生徒じゃありませんので。お聞かせできる話は何も無いです」


 お引き取りくださいという意思を込めて突っぱねる双狩。

 トイレに行ってる芹田せりだを待っているので、ここからどく訳にもいかない。記者たちの方から早急に帰っていただかなければ。


「あら、警戒されてます? 大丈夫ですよ。シャインタイムズは正しい情報を世間に広める善良な情報誌ですから」


 だが見川記者も引かない。微動だにしなさすぎて一周回って怖く感じる笑顔のまま、一歩にじり寄って来る。自分から正しいだの善良だの言っている時点でだいぶ怪しいし怖い。


「それに、あなたが星天学園生だという事は知っていますよ。校門から見えましたからね」

「校門?」

「事件の翌日ですよ。お友達と校舎へ走っていたじゃないですか」

「……っ!!」


 座ったまま反射的に距離を離した。驚愕と嫌悪を半々にした表情で正面の見川を見据える。


(終業式の日、確か校門前にたくさんマスコミが張り付いてた……コイツもあの中にいたって事!? 私ら校門から三十メートルは離れてた気がするけど!? 見えてたの? カメラで撮ったの!? 気持ちわるっ!!)


 しかし反応してしまった事で、自分が星天学園の生徒だと認めてしまったようなものだ。顔を引きつらせる双狩へ見川はさらに詰め寄った。


「事件について詳しく話していただけませんか? 大丈夫です、そうお時間は取りませんので。テロリストはどんな人達でしたか? 全員が銃器で武装していたというのは本当なんですか?死傷者はいないという話でしたが、本当の所はどうなんですか?」


 グイグイと攻めて来る見川の質問には一切答えず、相手にもしない双狩。さっきから見川の後ろに立っているだけの男達は、恐らく双狩のような未成年者へ取材する時に圧をかけるためにいるのだろう。

 たかだか無表情の成人男性二人と怖い笑顔の女性ひとりの圧になど屈しない。ソファーに座り直すと、改めて無視を決め込む双狩。単純に面倒臭いのと少しムカつくのもあって、意地でも答えないつもりでいた。


がテロリストに攫われたという話は既に広まっていますけど、本当なんですか?」


 ただ。無神経な質問の中に、どうしても無視できない事柄が出て来た。


「事件の翌日、あなた達の中にいましたよね? 星天学園にいるという事は黒髪の彼も能力者――」

「だったら何だって言うの?」


 見川の言葉を遮って、双狩は鋭い眼つきで彼女を射抜く。


「本当にテロリストに攫われた人がいたとして、そいつが私の知り合いだとして、話すと思ってるの? あの事件で心に傷を負ってる子だっているかもしれないのに、あんた達はそれをほじくり返して根掘り葉掘り聞こうっての?」

「それが私達の仕事ですので。真実は真実として広く知られなければならないんですよ、お嬢さん。星天学園はずっと前からあちこちに注目されているんです。そこにテロ事件が発生し、ほとんどいないとされている黒髪の能力者が攫われたとなると、世間の目を集めるのは必至です。ならば、私達シャインタイムズはその真実を伝えるのみ!」

「知らないわよそんなの! 真実だの何だのどうでもいいわ! あいつの事を、あんた達が儲けるための道具になんかさせないんだから!」


 見川をキッと睨み付け、声を荒げる双狩。自然と周囲の視線が集まるが、彼女は気にも留めていない。


 テロリストに襲われた時、双狩は何も出来なかった。テロリストを全部倒したのは彩月ざいづきだし、事態を収拾したのは先生達だ。双狩はただの被害者の一人。偉そうに言える事は何も無い。

 だが目の前の部外者は、本当に何もしていないどころか悲惨な事件を無遠慮にネタにしよう言うのだ。たくさんの人が怖い思いをしたというのに。命を狙われて、攫われた芹田だって怖かったはずなのに。関係の無い大人が知らん顔で踏み込んで来る事が許せなかった。


「あんたらみたいな最低な大人に話す事なんて何一つないわ! これ以上突っかかって来るなら容赦しないわよ!」


 高校生とはいえ能力者にここまで凄まれては、大人三人といえどたじろいだ。しかしそれでも、記者達は離れなかった。余程この機会を逃したくないのか、半ば必死になって食らい付いていた。


「何か勘違いをされているようですが、私達はあなた方を悪く言おうなどとは思っていませんよ? ただ真実を公表するのみで、ある事ない事言いふらすような真似は決して」

「あーもうしつこいわね! 他を当たりなさい! どうせ相手にされないでしょうけど!」

「そう言わずお話だけでも!」


 その場を去ろうと背を向けた双狩の細い腕を、見川ががっしりと掴んでいた。大人の腕力というものが意外にも強く、咄嗟に振り払う事が出来なかった。双狩の顔が不快そうに歪む。


 三人組の大人が女子高生一人に詰め寄るなんて、傍から見れば警察沙汰だと思われても仕方がないだろう。そして実際、の目にもそう映っていた。


「放してもらえますか」


 双狩の腕を掴む見川の腕を、さらに横から掴んで。

 たった今戻って来た芹田は、割って入るように前に出た。


「キャッチセールスか新手のナンパか知りませんけど、彼女と用事あるんで」


 いつになく険しい顔で見川と対峙する。無意識に力が籠っていたのか、芹田に腕を掴まれた見川の笑みが強張った。

 彼女が双狩の腕から手を放したのを見て、芹田も手を放す。


「悪い双狩。男子トイレちょっと混んでた」

「いらないわよその報告」


 素っ気なく返す双狩だが、明らかにホッとしたような顔をしていた。

 そのまま今度こそ立ち去ろうとした二人だったが、


「もしかしてあなたが攫われた少年ですか!?」


 先ほどよりも目を輝かせた見川が高速で回り込んで来た。


「黒い髪と緑の目! 間違いない、校門から見た星天学園の能力者ね!」

「うわっ、何だこの人怖っ!?」

「テロリストに攫われた時はどう思いましたか? 星天学園の警備体制についての不満があればこの機会に本人の口から聞いてみたいものですね! 是非取材させてください!」

「は、え? 取材? こいつらセールスじゃないの?」

「ナントカタイムズっていう雑誌の記者らしいわ。タチの悪さじゃ同じようなものだけどね」


 やや面食らったように後ずさる芹田。テロ事件から少し時が過ぎたと思っていたが、この手の人達にとってはまだまだホットな話題らしい。


「よし、逃げるぞ!!」


 このまま相手をする必要も義理も無い。芹田は双狩の手を握って走り出した。


「あ、あの二人を追って! 何としても話を聞くのよ!!」


 無駄に記者魂を燃やす見川の声を背で受けながら、芹田と双狩は一目散に逃げ出した。





     *     *     *





「どこにもいない……ああもう! ようやく特大のネタが拾えたと思ったのに!」


 十五分ほどモール内を探し回った記者の女性は、俺たちの大袈裟に落胆する。そのまま連れの男性とドローンと共に諦めて帰ってしまった。


「……行ったか?」

「みたいね」


 壁に背中を貼り付けて息をひそめていた俺達は、記者たちが出て行く所を確認し、大きく息を吐いた。二人の人間がいきなり現れた事に、前を通っていた客たちは驚いていた。


 体に当たる光を操るのではなく、俺達の周囲の光を捻じ曲げて俺達のいない景色を映し出す。この方法なら、俺がジッとしていれば能力が打ち消されず、二人とも見えなくなる事が出来る。双狩のアイデアによって、俺達は無事に記者達から逃げおおせた。


「はぁービックリした。まさかあんなのに出くわすなんて」

「助けに入るつもりが完全に火に油を注ぐ結果になっちまった……本当にすまん」

「何であんたが謝るのよ。むしろあんたを待ってたんだから、来てくれないと困るわ」


 テロリストに攫われたのは『黒い髪の能力者』だという事もマスコミに漏れている、と学園長からも警告されたというのに、すっかり気を抜いていた。しかも俺が直接狙われるんじゃなくて双狩にまでターゲットが向いていたとは……。


「……あっ、ゴメン双狩! 手握ったままだった」

「別に。気にしてないわよ」


 逃げる時に咄嗟に掴んでそのままだった。今まで緊張しながら隠れていたのでそれどころじゃ無かったが、男に手を握られっぱなしなんて普通に嫌だろう。


「でも困ったわね。またあいつらみたいなの来るかもしれないし……念のため今日はもう帰りましょうか」

「そうするか。ごめんな双狩、せっかく店とか調べてくれてたみたいなのに。これから行く所とかあったんだろ?」

「あんたさっきから謝ってばっかよ。悪いのは全部大人達なんだから。それにどうしても今日じゃないといけない用事でも無かったし」

「そうなのか? じゃあ、今日の続きはまた後日って事でいいか。ああ、もちろん嫌じゃなければだけど……」


 勢いでまた来る約束をしてしまった。後半は様子を伺うように慌てて付け足した感じになってしまったが、双狩は上機嫌に頷いたので心配はなさそうだ。


「しょうがないわね! また来ましょうか」


 まずまずの映画を見て記者に追われるというまずまずな半日だったが、満足そうに微笑む双狩を見てると、こういう日があっても悪くないなと思えた。もう取材されるのは勘弁だけど。

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