第73話 可もなく不可もないある日のお出かけ

 双狩ふがりに映画に誘われた。

 なんでも二人分の無料クーポンを貰ったらしく、予定が空いてそうだった俺を誘ってくれたらしい。夏休みも暇してる奴だと思われたのが喜べないポイントだが、実際彩月さいづきとの朝の特訓を除けば優先されるスケジュールなんて無いので異論は無い。


 そんな訳で制服でも運動用のジャージでも無く外出用の恰好をして外に出た訳だが。

 俺は今、つい最近映画館が新しくできたというショッピングモールで誘い主を待っていた。


「どうして現地集合なんだ……?」


 映画館前のベンチに座りながら、何気なくスマートバンドを確認する。現在時刻は午前十時ニ十分。集合時間よりも十分も早く着いてしまった。

 どうして学園の敷地内では無く映画館の前を集合場所に指定したのかは謎だが、せっかくだしどこかで時間を潰そうか。そう思って立ち上がった時、ちょうど見慣れたマリーゴールドの髪を見つけた。彼女の方もこちらに気付いたのか、目が合うと駆け寄って来た。


「ごめん、待たせたわね」


 タンクトップで肩を出した涼し気な服装だったが、暑そうに手で顔を扇ぎながら若干肩で息をしていた。もしかして走って来たのだろうか。


「まだ時間より十分も早いから大丈夫だよ。そんなに急がなくても良かったのに」

「思ったより準備に時間かかっちゃって。遅れたかと思ったのよ」

「そっか。まあ途中で転んだりしてないようだし良かったけどさ」


 女子の身支度は男子なんかよりも時間がかかるものだって言うしな。そこについては何も言うつもりはない。


「それで、その……」

「ん?」


 揃った事だし中に入ろうと歩き出そうとする俺の足を、双狩の遠慮がちな声が止めた。


「あ、あくまで初めて着たから客観的な感想を求めてるのであって深い意味は無いんだけど……この服、どうかしら」


 流れるような前置きの後、双狩は自身を見下ろすように視線を落とす。

 上はシンプルなタンクトップと首元のネックレス、下はホットパンツに短めのソックスと、全体的にスリムな印象の服装だった。普段は制服姿しか見ていなかったので雰囲気がだいぶ違って見える。


 うっかりしてた。

 彩月さいづきといる時は気にしていなかったが、普通一緒に出掛ける相手の服装くらい言われる前から褒めるべきだっただろう。自分の人付き合いの浅さが祟った。


「えっと……良いと思うぞ。うん。正しく評価できるほど詳しい訳じゃないけど、双狩によく似合ってると思う」

「そう。ありがと」


 思った事をそのまま伝えた。気の利いた事を言えた自信は無いが、双狩は満足げに笑みを浮かべた。

 気を悪くしていない事に、心の中で胸をなでおろす。こちらは誘ってもらった身なのだし、彼女には楽しい気分でいてもらいたいものだ。


「それで、何を観るのか決まってるのか?」

「いえ、特に気になる物も無かったし、あんたの意見も聞こうかと思って」

「とは言ってもなぁー。俺も映画とかあんま見ないし、無難に人気そうなやつで良いんじゃないか?」


 映画館に入ってすぐの、上映中のタイトルが並ぶ大きなホログラムパネルを二人で見上げる。アニメ映画は本編を見てないと楽しめないだろうし、タイトルの最後に「2」とか「Final」とか付いてる続き物っぽい洋画も今回はパスだ。


「双狩はホラーとか苦手?」

「無理」

「即答だな……俺も苦手だけど。じゃあこのミステリーっぽい奴と恋愛モノと、あとはこの『心霊忍者』って奴のどれかだな」

「それ絶対地雷でしょ。最初のミステリーにしましょ」

「だな」


 有名そうなタイトルにしれっと混ざっていたジャンル不明のB級臭が凄い忍者映画はさておき、女友達と二人で恋愛映画というのも気まずい。結果的にごく普通の探偵映画になって助かった。

 双狩の無料クーポンを使ってチケットを購入し、ちょうど次の上映時間がこの後すぐだったのでドリンクを買ってからスクリーンへ向かう。運が良い事に、夏休みシーズンで事前予約もしていないにも関わらず席が空いていた。というかがら空きだった。


「なあ、ここって新しく出来た映画館だよな。それに今から見る映画って新作らしいじゃん。にしては客少なくないか?」

「そのはずだけど……まあ人が多すぎるよりは良いでしょ」


 これから見る映画への不安をほんの少し芽生えさせながらも、劇場内の中央辺りの座席へ腰掛ける。

 上映前の広告が流れている間、後ろの席に座っているカップルの「この監督の前作は物凄い駄作だったらしいよ」といういらん小話を耳にしてしまったせいで、不安の芽は確実に成長しつつあった。


 そしていよいよ映画が始まる。来たからには他人の評価なんて気にせず楽しもうと意気込む俺の意識の奥底で、不安の芽が見事に開花したのは、そこからたった十数分後の事だった。





     *     *     *





「まずまずだったな」

「まずまずだったわね」


 話が弾むほど感想が出てこない。

 一言で言うと、他人に勧めようとは思わない内容だった、とだけ。

 聞き耳を立ててみるに、他の人も同じような感想らしい。上映前に不穏な前情報をよこして来たカップルも、


「今どき珍しい能力者のいない世界設定の映画かと思ったら、序盤でみんな能力に覚醒した時はどんな顔したらいいか分からなかった」

「しかも主人公の能力が『犯罪のトリックが分かる能力』とか、ミステリーに一番あっちゃいけない能力だよなー。むしろ頑張ってトリックを考えた殺人鬼が可哀想」


 とか言い合っていたが、概ね同意できる。結局は客の少なさに見合うクオリティだったのだ。


「ま、まあ久々に人と映画を見れた事に関しては良かったよ、うん」

「そうよね。一人で見てたら確実に後悔してたでしょうし」


 二人でスクリーンを出ながら、今日の出来事が苦い思い出にならないよう何とか自分を納得させる。

 けど実際、最後に誰かと映画を見たのはいつだったかも思い出せないほどだ。一人の時とは違う気持ちで映画を観れたのは、純粋に良かったと思える。


「これからどうする? ちょうどお昼時だけど」

「モール内におしゃれなカフェがあるのよ。そこにしない?」

「リサーチ済みとは抜かりないな。じゃあそこでお昼にするか」


 双狩のおかげで行き先もすぐに決まったが、エスカレーターへ向かおうとした俺の足が止まる。唐突に、今すぐ寄り道しなければならない場所が出来てしまったのだ。


「……その前にお手洗い行っていいか? 劇場の冷房でお腹冷やしたかもしれん」

「しょうがないわね。待ってるから行って来なさい」

「スマン、すぐ戻る!」


 近くのソファーに腰掛けた双狩に詫びながら、俺は急ぎ足でトイレへ駆け込んだ。





     *     *     *





 芹田せりだの後ろ姿がトイレの曲がり角へ消えた後、ソファーに座る双狩は小さくガッツポーズを作った。


「ここまでは概ね順調……!」


 針鳴じんみょうから映画館のクーポンを貰った昨日。これをきっかけにして芹田と出かけようと決意した。それから針鳴の助言を貰いながら入念に半日分のプランを立てて来たのだ。

 まず、集合場所を学園内ではなく映画館前にしようと提案したのも針鳴だ。星天学園生同士で外出するとなると、大抵の場合は寮を出た所から一緒に目的地へと向かう事になる。だが、それでは駄目だと彼女は言った。曰く、『特別感』が無いらしい。


『高校生同士のデート感を作るためには現地集合よ! 普通の高校生も家出た時から一緒って事は無いでしょ? あえて離れた所で集合するという演出は必須!』


 と、交際未経験者は自信満々に力説していた。


「結局、服選びに時間がかかって焦ったせいで醜態を晒しそうになったけど……悩み抜いた末の服装は好感触みたいだし結果オーライね」


 次に先ほど見終わった映画だが、これも前日から大いに悩んだ。

 芹田の意見も聞く為にあらかじめ決定こそしなかったものの、彼女自身の頭の中でもある程度の候補となる映画は選んでいた。芹田が選択肢として挙げたミステリーと恋愛映画も、候補のひとつだった。


「これは少し失敗したかもね。ついビビって弾いちゃったけど、恋愛映画を選ぶ方が雰囲気的には悪くなかったんじゃ……いえ、変に気まずくなるくらいなら無難なミステリーで正解だった? それともいっその事、見るからにハズレだった忍者の方が話弾んでた?」


 こればかりは正解が見えなかった。

 とりあえず、過ぎた事は仕方がない。幸いにも、イマイチだった映画を見た所で関係がマイナスになった訳ではないのだ。可もなく不可もない結果と評しておこう。


「巻き返すとすればこの後ね。カフェで昼食を採った後、あいつの好みを知るためにモール内を散策する。針鳴さんの言ってた『おすすめの品をおすそ分けする作戦』に繋げるためにも、あいつは何が好きなのかしっかり確かめておかないと……」


 芹田が用を足し終えるまで、スマートバンドでショッピングモールのサイトを開き、中にある店をひとつずつチェックしていく。

 一秒たりとも無駄には出来ないと言わんばかりにスケジュールを補強していく双狩。


「すみませーん、ちょっとよろしいですかー?」


 そんな彼女は、ふと声をかけられて手を止めた。振り向くと、黒いスーツを着た大人の女性が双狩へ笑顔を向けていた。

 その背後には二人ほど男性が控えており、傍らにはマルチコプター型のドローンが飛んでいた。


(あのドローン、確か学内情報部の部室に似たようなのが置いてあったわね。撮影用……?)


 胡散臭い笑みを貼り付けた大人の女性と撮影用ドローンのセットに、面倒事の気配を感じた双狩は眉をひそめた。

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