第69話 家族
「
帰りの電車に揺られながら、俺は隣に座る彩月の膝に置かれた紙袋に目を向ける。
「えへへ、あれもこれも欲しくてつい買い過ぎちゃった」
「気を付けろよ? バイトもしてない高校生の財布はいつも寂しいんだから」
「そう言う
俺の持つ紙袋は彩月のよりも一回り小さい。だが、その中に入っているのは小分けされたものが八袋ほど入った焼き菓子の箱。お土産用として売っているものであり、現に俺はお土産として購入した。
「これは家族の分だよ。今月の後半に帰省しようと思って」
「あー、そっか。夏休みだし流輝君もそりゃ帰るよね」
「帰るって言っても三泊くらいだけどな。あ、だからその間は特訓出来ないんだ。先にそれを伝えるべきだったな」
「おっけー。日にち決まったら教えてね。朝練は取り消しておくから」
運動部とマネージャーみたいなやり取りをしたのち、俺はふとある事が気になった。しかし彩月の置かれた事情を断片的にだが知っている身としてストレートに訊ねていいものだろうか。
少し悩んだ末に、平静を装いつつも意を決して聞いてみた。
「彩月は、実家に帰省とかしないのか?」
「ボク? うーん、そうだね」
足をパタパタさせながら、思案するように上を向く。車両が揺れる度にゆらりと動くつり革を眺めながら、やがて口を開いた。
「せっかくだし帰ろうかな。流輝君いないんだったら四日間予定空くし」
その答えを聞いて、内心ホッとした。
彩月を研究対象としているサイクキアがどの程度彼女の生活に干渉しているのか知らないが、少なくとも今の彩月は、実家に帰れるだけの自由があると言う事になる。それはきっと喜ばしい事だ。まあ学園に通ったり今日みたいに外出できてる時点で、厳しく行動を制限されている訳でも無さそうだが。
それでも、社会に秘匿されている研究機関が彼女の運命を握っているというのは恐ろしい話だ。一体どれほどの脅威かも俺には分からないけど、『ゴーストタウン』はそれを知っているはず。
廃ビルに集まったあの日は詳しい説明はされなかったけど、次に会う機会があったら、深層機関についてもっと聞いておかないとな。
「でもボクの家都内だから、珍しいお土産とかは渡せないなー」
「それを言うなら俺もだよ。ここより少し西の、人が少ない所だからな。代わりに土産話でも持って帰るわ」
「おっ、ハードル上げちゃっていいの? 抱腹絶倒爆笑必至のエピソードを期待してるね」
「やっぱ今のナシ。つまらない
「それはそれで聞いてみたいけどね」
大した土産話も出来なさそうなので、本当に期待しないで欲しい。一人っ子だからきょうだいの話も出来ないし、昔はよく会ってた従妹もタイミングが合わなければ会えないし。両親も普通の人だから、これといって他人に話せるような変わった出来事も無いからなぁ。
むしろ両親といえば、話があるのは俺の方なのだ。俺は家に帰ったら、母さん達としなければならない話がある。
「流輝君のご両親、良い人そうだったね。流輝君の気持ちもきっと分かってくれるよ」
まるで俺の心を読んだかのように、彩月は笑顔でそう言った。
先日、警察署で事情聴取を受けた時に居合わせていた彩月は、警察の連絡で駆け付けた俺の両親と会っている。ちょっとした挨拶程度しか交わしていなかったが、俺が星天学園に通い続ける事に対して、母さんが不安を抱いているという事は聞いていたようだ。
「流輝君の成長を聞いたら、きっとぶったまげちゃうかもね」
「俺より自信あり気だな。そこまで言われちゃ俺もウジウジ悩んでられないな」
母さんときちんと話をして、二学期からも学園に通えるようにしなければいけない。今回の帰省の一番の目的と言っても過言では無いだろう。
「他所様の家庭事情に首を突っ込むのは褒められた事じゃないけど、何ならボクも一緒に説得しに行こうか?」
「話がややこしくなりそうだからご遠慮願おうか。お前もお前で自分の家に帰りなさい」
「あはは、そうするよ」
疲れをほぐすように座ったままぐっと伸びをした後、彩月はぽつりと呟いた。
「今年はお兄ちゃんに会えるかなぁ」
そう言えば以前、今は何をしているかも分からない兄がいるとか言ってたな。連絡を取りたくても取れない、とあの時の彩月は言っていたけど、まさかそれもサイクキアが阻止しているのか?
いや、実家に帰れるのに兄弟にだけ連絡を取らせないなんて変だし、普通に彩月のお兄さんの方に連絡できない事情があるだけか。
ついさっき彩月が言った通り、あまり他所の家庭事情を詮索するのもよろしくない。俺はあくまで他人として、彩月が家族と楽しい時間を過ごせるよう願っておこう。
「会えるといいな。お兄さん」
「うん。夏休みくらい、家に帰ってるよね」
膝の上の紙袋を抱いて、彩月は寂し気に笑みを浮かべた。
* * *
「そう言えば、もうすぐお盆休みね」
薄いグレーのパンツスーツの上から全身くまなくスキャナーの光を浴びながら、
「みんな家族の元へ帰るのかしら」
お盆休みは帰省ラッシュと呼ばれるシーズンでもある。寮暮らしの学生や社会人のほとんどは、この連休を使って実家に帰る事だろう。同チームの後輩の
天刺は小さく笑みを零した。何かへの憧れと何かへの諦めが混ざった、物悲しい笑みだった。
『認証完了。天刺
スキャナが停止し、正面の扉が静かにスライドした。その先には不気味なまでに真っ白な廊下が続いている。天刺は施設に入る前に確認したフロアマップを脳内に呼び起こしながら、迷路のように複雑な廊下を迷いなく進む。時折すれ違うセキュリティロボは、『外』では見られないような最新型。奥に進むごとにくぐる頻度の増える隔壁も重厚なものだった。
「……この殺風景な廊下も半年ぶりね」
能力犯罪者終身隔離施設『白夜』。天刺はここへ、家族に会いに来た。
ファミリーという言葉には主に二種類の意味がある。血の繋がった親族を表す『
目的の部屋に辿り着いた。パワードスーツで武装した人間の警備員からの敬礼に会釈を返し、最後の隔壁を跨ぐ。
乗用車が横に一台だけ入るような横長の部屋は、廊下と同じく不気味な白。ただ、入口から真正面に位置する壁だけが、一切の光を返さない漆黒で出来ていた。
背後から隔壁が閉まった音が響くと、彼女は胸に手を当てて深呼吸をした。息を整えると、黒い壁へ指を押し当てる。指の腹を青い光が走り、特殊能力管理局実働部隊隊長として登録された指紋が確認される。
正面の黒がにわかに波打ち、じんわりと消えていく。夜空のような漆黒は特殊ガラスに投影された色に過ぎず、向こう側にはさらにトラックが三台は入りそうな、人間一人を押し込んでおくには広すぎる部屋が続いていた。そうしてようやく、部屋の六面が純白で満たされる。
隔離された部屋の中央には、垂直に立てられた棺のような装置に一人の人間が拘束されている。無造作に伸ばされた灰色の髪は肩にまで届いており、その服装も一切の汚れが見当たらない白。そしてその人物は、大学生だと言い張っても通用するほどに若い青年だった。
『ようやく来てくれたか亜紅ちゃん。いやあ、二時間前からこの姿勢はキツイんだよねー』
「面会時だけなんですから我慢してください」
壁の向こうから拾われた音は、全て壁のスピーカーから流れて来る。青年の声は、ここから一歩も出られず陽の光も浴びられない犯罪者のものとは思えないほど陽気なものだった。
そんな青年へため息交じりに返す天刺もまた、忌むべき大犯罪者と対面する者とは思えない軽い反応をする。ただ一つ、いつもと違う点があるとすれば、同僚や他の知り合いに向けられるような笑顔は一切浮かべていない所か。
『五か月と二十三日ぶりかな? やっぱり僕に対する敬語は抜けてないんだね。今は犯罪者と管理局員の関係なのに』
「一応は年上ですし。それに、あなたにお世話になった過去があるのも事実です」
『罪を憎んで人を憎まず、というヤツかい?
愉快そうに微笑む青年は、灰色の前髪の奥から彼女を見つめる。白緑色の瞳に眠る彼の真意は、今の今まで誰一人として理解できたものはいなかった。相対する天刺でさえも、僅かに眉をひそめた。
「私は優しくなんてないですよ。あなたの犯した罪を裁いておきながら、大犯罪者であるあなたの想いを否定し切れていないんですから」
『謙虚な所も相変わらずだね。あの時と比べたら大人らしくなったけど、そういう甘い所は変わってない』
クスリと笑った青年は、ふと目を細くした。その声に、悪寒の走るような冷たさが混じった。
『元気にしていたかい?
ニコニコと人の良い笑顔を浮かべながら発せられる、この会話を聞いている全員を緊張させるような声。天刺はそれをガラス越しに真正面から受け止める。空調が効いているはずなのに、頬には一筋の冷や汗が垂れていた。
「……少なくともあなたよりは元気です。強盗の鎮圧に事件の捜査にと大忙しですよ。あなたの知識を借りたいほどに」
天刺も負けじと強い眼つきで、正面の隔離犯罪者へコバルトグリーンの瞳を向ける。
「交渉に来ました、彩月
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