第67話 夏休みは遊ばなきゃ

 ある朝、第一グラウンドで爆発が起こった。

 手榴弾をひとつ投げ込んだような小規模の爆発。あらかじめ使用許可を取っておいたため、何も知らずに巻き込まれた人はいない。知ったうえで巻き込まれた人なら一人――俺がいる訳だが。


 グラウンドを逃げ回る俺を追うように、二度三度と地面が爆ぜる。立ち止まる時間すら与えずに、巻き上がる粉塵の向こうから電撃が飛んで来た。俺は爆発に巻き込まれないよう足を動かしながら、上半身を捻らせて電撃を躱す。

 今度は地面が液体のようにうねり、大きな手になって俺の足を掴もうとする。咄嗟に両足を上げてジャンプした俺は、砂の手を通り過ぎた所へ着地した。


「次はどこから……」


 突然、右腕が引っ張られた。ハッとして右腕に力を込めるが、いつの間にか巻き付いていたホースの力が強く、踏ん張る事が出来ずに倒れてしまった。そのまま引きずられるのかと思いきや、ホースはグネグネと波打ち、俺を上空へ放り出した。

 悲鳴を上げる暇も無く、新たに飛び出した数本のホースによって体をぐるぐるに縛られ、そのまま上空三メートルほどの所で固定される。鉄材のように一直線に張っているホースは俺に触れても緩むことは無く、まるで俺を頂点にしてテントの骨組みでも立てているかのような光景だった。


「どうやっても動けないよなこれ……降参だ!」

「はいはーい、今日はここまでだね」


 脱出は不可能だと判断した俺の声を聞きつけ、空中で縛られる俺と同じ高さまで白髪の少女が浮かんで来た。さっきから俺に様々な攻撃をしていた張本人、彩月さいづき夕神ゆうかだ。

 彼女は左腕のスマートバンドから浮かび上がるホログラムパネルに視線を向け、明るい笑顔を浮かべた。


「五分三十三秒! 新記録だよ流輝るき君!」

「三十三秒……五秒しか伸びなかったかぁー」


 俺と彩月は夏休みの間も、第一グラウンドを一時間だけ借りて特訓を行っている。今日のメニューは、彩月の攻撃を出来るだけ無効化能力を使わずに避け続けるという物だ。

 無効化できる攻撃か出来ない攻撃かを見分ける暇も無い攻撃に対処する一番の方法は、攻撃を避ける事。そのためには様々な種類の攻撃を、安全に避けられるようになるまで繰り返す必要がある。昨日から始めた特訓のひとつだ。


「やっぱすごいな彩月は。永遠に手札が尽きない。それでこそ特訓しがいがあるんだけどさ」

「一応ランク戦の練習って事だから、今は学園生が持ってる能力だけを使ってるんだけどね」

「全校生徒三百人強、同系統の能力をざっくり纏めたとしても百種類はくだらないだろ? ホントに規格外だな」


 話しながらゆっくりと地面に降ろされる。俺をがんじがらめにしていたホースを覗くと、内側に細い鉄線が仕込まれてあった。きっと彩月は磁力操作か何かで鉄線を操っていたから、ホースが俺の体に触れても打ち消されなかったのだろう。こんな搦め手であっさり無力化されるのだから、やはり俺の能力は万能とは言えないな。


「でも、それを言うなら流輝君も凄いよ。全力じゃないとはいえボクの攻撃から五分も逃げられるなんて」

「つってもまだ五分だろ? 長期戦になったらジリ貧で負けそうだし、本番は逃げるだけじゃなくて攻めないといけない。鷹倉たかくらん時みたいに殴り合った場合だと一瞬で体力が消えちまう。やっぱ基礎練からレベルを上げるしか……」

「自分に厳しいのは悪い事じゃないけどさ、流輝君も少しは喜んだら? 新記録だよ新記録。もっと自分を褒めてもいいと思うな」

「そうか? じゃあ……偉いぞ俺。今日はもう寝て過ごしてもいいくらい偉い!」

「それは甘やかしすぎだよ」


 俺達の次には他の運動部がグラウンドを使う事になっているので、五分ほど余裕を持たせて第一グラウンドを離れた。他のグラウンドでは既にテニス部や陸上部などが練習を始めているようで、活気のあるかけ声があちこちから聞こえて来た。夏休みなのに大変だな。


「そうだ流輝君。この後は寝て過ごすって言ったけど、予定とかは何も無いって事?」


 寮までの道すがら、スポーツドリンクを頭に乗せて遊びながら彩月はそんな事を聞いて来た。


「流石に寝るのは冗談だよ、まだ午前中だし。特に予定は無いけど……追加練習?」

「ううん。せっかくだしどこか遊びに行きたいなーって。夏休みは遊ばなきゃ!」


 今日は夏休みが始まってまだ三日。俺は彩月との特訓以外で学園の敷地からは出てもいない。確かに、せっかくの高校二年生の夏休みだ。籠ってばかりじゃ勿体ない。


「それなら構わんぞ。人が多い所じゃなければ」

「じゃあ水族館に行こう! 一番大きい所!」

「俺の要求は聞いてもらえませんでしたかそうですか。夏休みシーズンの水族館でしかも一番大きい所とか絶対人多いだろ……ってか何で水族館? お前魚とか好きだっけ」

「普通くらいかな。でも流輝君、水族館行きたいって言ってたじゃん」

「俺が? 言ったっけな……」


 直近で彩月との会話を思い出してみるも、俺が自分から水族館に行きたいなどと言い出した記憶は無い。頭を捻る俺を、彩月は笑いながら突っついた。


「暑さでボケちゃったのー? ほら、遊園地か水族館なら水族館の方がいいって言ってたじゃん。テロリストにさらわれた後に」

「あぁー、あの時のか」


 確かに、その二択を迫られて水族館を選んだ気がする。別に行きたいと進んで提案した訳じゃないんだけどな。


「あれ冗談じゃ無かったんだ」

「あの時は半分冗談だったけどさ。せっかくだし行こうよ、水族館。ボク行った事無いんだよねー」


 彩月は日差しの強い青空を見上げながらしみじみとそう口にする。


 普段は出来るだけ――特に彩月といる時は考えないようにしているが、『ゴーストタウン』曰く、彼女はサイクキアと呼ばれる研究機関の被験体として生きている。一体いつから、そしてどんな事をされているのかは分からない。だがこの秘密を知ってしまったその日から、彩月の言葉の節々に寂し気な色を見出してしまうようになった。


 考え過ぎかもしれないが、水族館に行った事が無いという今の言葉だって、研究機関に閉じ込められているが故に満足に外出も出来なかったんじゃないのか、なんて想像してしまう。この世界には水族館に行った事がない高校生なんていくらでもいるだろうに、俺の頭が勝手に悲観的な話へ持って行ってしまうのだ。


「……まあ、人が多いのは我慢するか。行こうぜ、水族館」


 そして一度意識してしまったら、彼女の提案を無下にするなんてとてもじゃないが出来ない。


「よし、決まりだね! じゃあ準備して十五分後に噴水前に集合って事で!」

「ホントに急だな」

「思い立ったが吉日って言うでしょ? じゃあ後でねー!」


 男子寮と女子寮への分かれ道で、彩月は元気よく走り去ってしまった。こちらに手を振りながら後ろ向きで走るものだから、ちょうど寮から出て来た女子とぶつかりそうになっていた。相変わらず元気で危なっかしいやつだ。


「さてと。俺も準備しないとな」


 いくら相手が気心の知れた彩月だとしても、同年代の女子と二人で出かけるのだ。身だしなみは気を付けないといけない。

 少なくともさっきまでの運動でたくさんかいた汗はしっかり流しておきたいので、俺も駆け足で自室へと向かった。

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