第五章 闇盛る夏・下天

第66話 夏のダイアモンド

 都内の大通りに面する小さな宝石店。そこでは真っ昼間から、複数の能力者による戦いが繰り広げられていた。

 戦いと言っても、突入させまいとけん制するように宝石店内から出入口へと一方的に炎と銃弾がまき散らされているだけなのだが。


 こうなった経緯と状況を合わせて考えると、これは防衛戦でも籠城戦でもない、ただの立てこもり事件と呼ぶ方が正しいだろう。


「わあああああ!! なんスかあの人達! 何でただの大学生が火薬武器なんか持ってんスか! ここ日本っスよ!? 二十一世紀も残り半年の東京っスよ!?」

「落ち着いて椿沢つばきざわちゃん。当たらなければどうって事ないわ」


 宝石店の外壁に背中を預けて店内の様子を伺いながら、天刺あまざしは隣で怯える後輩の肩に手を置く。椿沢と呼ばれた大学生ほどの背丈の女性は、落ち着いた様子の天刺に言われて、動揺を抑え込むように口を結んだ。


 特殊能力管理局実働部隊『チーム・ダイアモンド』。

 隊長の天刺亜紅あく、一番後輩の椿沢清南せな、そして最年長の六星ろくぼし英星えいせいの三人は、都内某所にて発生した宝石強盗の鎮圧に出向いていた。


 報告にあった犯人は男子大学生二人。それぞれが特殊能力者という事で、管理局が担当する事になった。

 犯人は天刺達の到着を確認するや否や、店内に立て籠もって発砲。数分の間膠着こうちゃく状態が続き、今に至る。


「六星さん、店内の様子はどうですか?」


 天刺は銃弾が通過する出入口を挟んで反対側の外壁に隠れ、突入の機会を待っている大柄の男性へ声をかけた。彼は意識を研ぎ澄ませるように目を閉じながら口を動かす。


「報告にあった通り、犯人は二人だけのようです。他に仲間らしき人影は見当たりません。一人は拳銃と発熱短剣ヒートカッターで武装し、もう一人は丸腰の発火能力者。現在はカウンター裏に隠れて発砲しているようです。バックヤードには予備の弾倉が詰まった箱が二つもありますね。弾切れを待っていると、逃走用車両が到着して裏口から逃げられるでしょう」

「うひゃぁー、そこまで分かるんスか。やっぱり六星先輩の能力は凄いっスね……」


 空間把握能力。

 物体の位置情報や状態を瞬時に把握するという、ちょっとした特技としてなら昔から存在するものだ。しかし、六星のそれはれっきとした特殊能力。

 建物の構造。置かれた物品。潜伏する人間の数、背丈、武装状態。ひとたび使用すれば、それら全てを軍用レーダーに引けを取らないどころか軽く凌駕するレベルで把握できる。もちろん効果範囲や条件も存在するが、実働部隊の隊員としては十分すぎるほど有用な能力だ。


「お店の中にいた人は全員逃げられたとの報告だったけど、やっぱり人質らしき人はいない?」

「ええ、店内には犯人だけです」


 六星の報告が終わったのとほぼ同時に、拳銃のリロードの隙を埋めるように炎が飛んで来た。目の前を通過する業火をやり過ごし、椿沢は喉を鳴らした。


「どど、どうしますか天刺先輩……」

「私の合図で突入するわ。私が攻撃を全て防ぐから、その隙に椿沢ちゃんと六星さんで犯人を確保してちょうだい」

「了解です」

「うう……怖いですけど頑張るっス」


 隊長の指示に、六星は力強く頷き、椿沢は気合いを入れるように頬を叩く。


 犯人の一人はがむしゃらに拳銃を乱射している。何かしらのルートで入手したはいいものの、戦い方というものはろくに知らないようだ。威嚇のための銃撃は単調で、突入のタイミングを計るのは容易だった。


「――今よ!」


 銃弾が止んでから、隙を埋める火炎攻撃が来るまでの一瞬。そこを狙って、三人は店内へ突入した。

 学校の教室ほどしかない小さな宝石店だと、入口からカウンターまで大股で五歩もあれば届く。


「くっ、来るな!!」


 犯人の一人が、先に突入した六星へ向かって手のひらをかざす。人ひとり丸々呑み込めるような量の火炎が噴き出した。しかし、天刺が展開した半透明の障壁バリアによってそれは阻まれる。すかさず銃弾が彼に迫るが、少し進んだ先にあるバリアへ身を隠す事で、前進と防御を同時にこなした。

 天刺のバリアは空間に固定されるように出現するため、走る六星たちを追いながら守る事は出来ない。なので突入の瞬間に、あらかじめ身を隠せる大きさのバリアを複数設置しておいたのだ。


「清南は銃を持った方を頼む!」

「了解っス!」


 犯人二人の意識が六星へ集まった一瞬を狙って、椿沢は前に出た。犯人との間には腰の高さほどあるカウンターが挟まっているが、彼女は気にせず直進。ラズベリー色の光を帯びる瞳は真っ直ぐ犯人へ向けられている。

 そのまま、彼女の体はカウンターをすり抜けた。


「透過能力……!?」


 その光景に驚いた犯人が拳銃を向ける頃には、椿沢は目の前まで接近していた。

 相手の右手を払って発砲を阻止し、そのまま拳銃を掴む。拳銃に透過能力を使用する事で犯人の手からすりぬけさせ、拳銃を放り捨てた。


 武器を失った犯人は後ずさりながら慌てて発熱短剣ヒートカッターを構える。ペンのような形をした工業用の物とは違い、包丁サイズの刃に熱を通している、明らかに殺傷用に改造されたナイフだ。


 男は発熱短剣ヒートカッターを振り回すが、高熱の斬撃はかすりもしない。いくら椿沢が若い新人と言えど、訓練を積んで日々成長している実働部隊の一人なのだ。


「当たらないっスよそんなもの!」


 突き出される発熱短剣ヒートカッターと犯人を丸ごとすり抜けて背後に回った椿沢は、襟首を掴んで足を払う。流れるような動きで男を地面に押し倒し、武器を手放させた。


「犯人確保しました!」

「こちらも確保!」


 椿沢に続いて、発火能力者を捻り上げた六星の声が届く。素人の大学生二人に実働部隊三人は過剰戦力だったかもしれない。鎮圧はあっという間に終了した――


「ふぅ……六星先輩のトレーニングに比べたら全然大した事ないっスね」


 ――かに思えた、その時。


「清南! 上だ!」


 六星が叫ぶ。首を持ち上げた椿沢の眼前に、青い閃光が迫っていた。もう一人の犯人の特殊能力だ。


 咄嗟に回避しようとすれば、捕らえている犯人から離れてしまう。椿沢も六星も、犯人を抑え込む事に集中する余りその場から動く判断ができなかった。

 奇襲の成功を確信し、押し倒された犯人がニヤリと笑う。


 だが、決死の反撃はあっけなく散る。

 椿沢の顔に直撃する寸前だった電撃が直角に折れ曲がり、あらぬ方向へ飛んで行った。


「な、何……!?」

「危なかったわね。念のため掌握しておいて正解だったわ」


 盾として点在していたバリアが消えたのと同時に、天刺が荒れた店内に入って来た。男は倒れ伏したまま、焦りと驚愕が入り混じった目で彼女を見上げる。


「お前は、バリアの能力じゃなかっ……いだだだだだだ!!」

「次変なマネしたらナイフを透過させて脳みそに放り込むっスよ」

「ヒィッ」


 男の言葉は両腕を無理な角度へ捻じ曲げようとする椿沢によって遮られた。電源の切られた発熱短剣ヒートカッターを顔の前でゆらゆらさせる椿沢の脅しに、男は顔を青ざめさせる。これでようやく万策尽きたのか、二人は諦めたようにぐったりとうな垂れた。

 今度こそ本当に、鎮圧完了だ。





     *     *     *





『あー、もしもし隊長、聞こえますか? こちら鎖垣さがき、強盗犯のお仲間を確保しましたよ』


 到着した護送車に犯人を入れる椿沢と六星を見ながら、天刺は犯人達が逃走する際の運転役である『三人目の犯人』を捕まえに行っていた隊員、鎖垣氷真ひょうまからの通信を受けていた。


「ありがとう鎖垣君。そっちは大丈夫だった?」

『ええ、それはもうあっさり投降しました。抵抗の意思が欠片も無くて助かりましたよ。むしろ歯ごたえ無さすぎ』

「犯罪者なんて柔らかいに越したことはないでしょ?」


 スリルを求める彼はほんの少し不満そうにしていたが、天刺が苦笑交じりにたしなめる。


「それよりごめんね、星天せいてん学園の警護任務もある中呼んじゃって。三日浦みかうらちゃんが割り出した逃走予測経路が偶然学園の近くだったから頼んじゃったけど」

『それくらい気にしなくていいですってば。学園は今の所平和そのものですしねー』


 現在鎖垣は、数日前にテロリストに襲撃された星天学園の警護任務に就いている。と言っても警備員や警備システムはより厳重に整っているし、むしろ彼らの役目は学園生の不安を減らしたり相談役になってあげる事だったりする。

 だが、チーム・ダイアモンドから派遣された鎖垣に限っては、別の役目もある。


『ところで隊長。例の「ゴーストタウン」候補の女の子、彩月さいづきちゃんについての報告ですけど』


 陽気な彼の声がワントーン真剣なものへと下がる。


『現状、特に怪しい所は見当たりません。他の生徒に話を聞いてみたり、実際にさりげなく会話してみたりしましたが、犯罪のニオイはしませんでしたね。強大なチカラと突飛な思考回路で良くも悪くも目立ってるみたいですけど、現時点での総評は「面白い子」って感じっすね』

「そう。データ上だと不自然に隠されていた彼女の情報については何か分かった?」

『それも全然です。さすがに成人男性が女子高校生の個人情報を直接聞く訳にも行かないんで人づての情報なんすけど、彼女の能力とか身の回りの事――家族構成やらなんやらは、他の生徒も一切知らないっぽいです。謎多きミステリアスガールですよ』

「家族ね……」

『ん、どうかしました?』

「ごめんなさい、何でもないわ。彩月ちゃんについての調査はそれほど急がなくてもいいわ。嗅ぎまわり過ぎて逆に鎖垣君が怪しまれちゃったら、本来の仕事である警護任務に支障が出そうだしね」

『それもそうっすね。女の子達から不審者呼ばわりされたら軽く泣きますよオレ』


 などと笑いながら言っている鎖垣だが、ふと思い出したように話題を変えた。


『そうそう。急に話戻りますけど、今回の強盗事件について言っておく事があったんでした』

「どうしたの?」

『たった今護送された三人目の強盗犯がゲロったんですよ。今回の犯人、ごく普通の大学生の癖に銃器で武装してたじゃないですか。やっぱ彼ら、「スターダスト」の支援を受けてたみたいです』

「まさかとは思ってたけど、やっぱりそうだったのね……これも調べなくちゃ」


『スターダスト・ネットワーク』。

 星天学園を襲ったテロリストの脳内記憶を読み取った結果、彼らにプラズマ銃や学園サーバーへのハッキングツールなどを提供した存在として浮かび上がった名だ。個人なのか組織なのかも未だ不明。


 つい最近になって、まるでテロ事件が口火となったかのように『スターダスト・ネットワーク』絡みの事件が増えている。管理局が対応する能力犯罪者だけではなく、一般警察が解決する、能力とは関係の無い犯罪でもネットワークとの関連が見られるそうだ。

 国はこれを、犯罪者間での武器や情報を主にした大規模な売買ネットワークではないかと当たりを付け、様々な部署が必死になって調査していると聞く。


『ようやく集団昏睡事件と無能力者による能力暴動事件が「ゴーストタウン」と紐付けられて分かりやすくなったってのに、まーた新しい事件のご登場ですよ。一難去ってないのにまた一難、来ないでほしいですよねー』

「まあまあ、そう言わないの。人々を脅かす悪がある以上、私達は戦い続けなくちゃいけないんだから」

『さすが隊長。カッコイイ事言いますね~』

「からかわないの。報告は以上ね?」


 話しているうちに護送の準備が完了したらしい。天刺は鎖垣との通信を終え、椿沢と六星のもとへ向かった。


「六星さん。予定通り、隊長代理として今後の護送手続きはお願いします」

「分かりました。隊長もお気を付けて」

「あれ、天刺先輩は一緒に帰らないんスか?」


 専用車両に乗り込む六星とは別方向に歩いて行こうとする天刺を見て、椿沢は不思議そうに訊ねた。


「椿沢ちゃんには言ってなかったわね。私はこの後、ちょっと寄る所があるの」

「寄る所……?」

「大事なタイミングで抜ける形になってごめんね。約束を取り付けるのが難しい所なのよ」


 一時的に代理権限を与えて六星に業務を委任してまでする寄り道など、少なくともただの買い物などではない。そう察した椿沢へ、天刺は答える。


「能力犯罪者終身隔離施設『白夜』。ちょっと重大犯罪者と会って来るわ」


 未知の犯罪に対処するためには、同じくらいの大罪を利用すればいい。

 口元に人差し指を立て、秘密の場所を告げるように彼女は言った。

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