第65話 変わる男、備える組織、休む学生

 人には役割が存在する。

 何かに秀でている人間は、その得意分野で活躍する事でこそ人生を輝かせる事が出来る。

 もちろん、全員が全員そうであるとは言えないし、以前の俺のような何にも秀でていない凡人というのも存在する。だが、今の俺には『役割』がある。この能力を貰った二年前に、俺に役割が出来たのだ。


 それは、この能力を使って人の役に立つ事。


 元々何も無かった人間がズルをして能力チカラを得たんだ。それは人のために使わなければならない。意味も無く漠然と『特別』を求めていた俺が特別になった以上、その責任を全うする事は義務だと思っている。

 だから俺は、俺の力を必要としてくれる人の手を取りたい。取らなくちゃいけない。


『ゴーストタウン』も黒影くろかげも誰かを助けようとしていて、俺にも協力してほしいと言っている。深層機関に囚われている能力者も、昏睡状態にある能力者も、俺はどちらも助けたい。

 けど、引き金となる二人の人物は恐らく相容れない存在。少なくとも黒影は『ゴーストタウン』を敵視しているようだ。


 俺にを選ぶ権利なんてあるのだろうか。

『ゴーストタウン』は自分を信用して欲しいと言い、黒影は奴を信用してはいけないと言った。何が正しくて何が間違っているのか。どこまでが噓でどこからが本当なのか。噓なんてあるのか。本当のことはあるのか。

 考えれば考えるほど思考は迷路のようにグルグル回る。俺には役割があるはずなのに、取るべき選択が分からない。


 俺は一体、どうすればいいんだ――



「……君。おーい、流輝るきくーん」


 思考の迷路の出口に辿り着く前に、俺は現実に引き戻された。ハッとして顔を上げると、俺は学園の本校舎から部室棟へ続く渡り廊下を歩いていた。隣を見ると、不思議そうに俺の顔を覗き込む彩月さいづきの姿が目に映る。


 そうだ。俺は彩月と一緒に、ケン達の待つ学内情報部の部室へ向かっている所だったんだ。昨晩の出来事を思い出している内に、どうやら深く考え込んでしまっていたらしい。


「どしたの? 急に黙っちゃって」

「……いや、何でもない。ちょっと寝不足のあまり歩きながら寝そうになってた」

「何それすごっ。修得したらボクにも伝授してね」

「あいよ。お前なら飛びながらでも寝れそうだけどな」


 実際寝不足なのは事実だし、上手く誤魔化せただろう。冗談を言い合いながら、俺は一度気持ちをリセットした。これからの事は一人でゆっくり考えよう。今はひとまず何事も無く夏休みを迎えようとしている学園生として過ごすんだ。


「流輝君、宿題終わらなかったらデータちょうだいね」

「やる前から保険をかけるんじゃない。お前なんだかんだ頭良いんだから一瞬だろ」

「えぇー」


 他愛もない話をしながら歩を進める。曲がり角を曲がった直後、小さな衝撃が来た。

 気持ちを切り替えたとはいえ、まだまだ注意散漫になっていたのだろう。角の向こうから来た人とぶつかってしまったらしい。


「あっ、ごめ……」


 反射的に謝るが、ぶつかった相手を見るとその声も止まってしまった。

 少し高い位置から俺を見下ろす暗い紺色の瞳と、俺とぶつかってなお一歩もよろめかない筋肉質な体。その正体は鷹倉たかくらだった。


「わ、悪いな、ちょっとぼーっとしてた」

「……」


 昨日テロリストに襲われる直前までランク戦で殴り合っていた相手に話しかけるも、特に反応は無い。いつもなら大袈裟にからかうような笑みを浮かべつつ大声で突っかかって来るはずだが、今の彼は俺を見下ろしたまま黙っている。


「拉致られた割には、もう大丈夫みてえだな」


 鷹倉は鼻を鳴らし、短くそう言うと歩き去ってしまった。正直『何ぶつかってんだ無能力者ァ! またボコされてえのか!?』くらいは言われると思っていたから拍子抜けだ。

 ていうかあいつ今、俺の体を心配してたのか……!? あの自分勝手の権化みたいな鷹倉が? 俺の身を案じた!?


 驚愕のあまり彼の背中へ視線を注いでいた俺は、急に振り向いた鷹倉と目が合った。失礼な事を考えていた俺の体は緊張で強張る。

 だが、彼は決して俺の心を読んだ訳ではないようで、少し離れた俺へと指を突き付けながらこう叫んだ。


「お前との再戦は休み明けまでお預けだ! だからまた変な事して怪我でもしやがったらぶっ飛ばすからな!」


 そう言い残し、今度こそ鷹倉は歩いて行く。角を曲がって彼の姿が見えなくなった辺りで、隣の彩月がぽつりと呟いた。


来我らいが君がデレた……」

「おい、あの巨体にデレとか使うなよ。気持ち悪いだろ」


 半眼でツッコミを入れつつも、しかし彼女の言葉には概ね同意できる。


「でも、少し丸くなったのは確かだよな」


 俺にとって昨日は学園襲撃以降の展開がインパクトとして強烈過ぎたのだが、その前に行われた鷹倉とのランク戦だって、重要な出来事に違いは無い。

 緊急事態なのだから当然だが、テロによって中断された俺たちのランク戦は決着がついておらず、互いにランクの変動は無い。だが、俺の中では確かな心境の変化が訪れていた。多分、鷹倉も何かしらを感じていたはずだ。だからこそ俺への態度が少し変わっているのかもしれない。


 ただの嫌がらせで俺をからかっていたかに思えた鷹倉は、実は誰よりも早く俺の能力の『可能性』を感じ取り、それを無意味にくすぶらせていた俺へイラついていただけだった。そう聞いて、あいつがただの嫌な奴では無いのだと知った。

 殴り合いながら本音をぶちまけたあのひと時は、例え記録上では変化の無い試合だったとしても、忘れる事のない一ページになっているはず……なんて、流石に大袈裟過ぎるだろうか。


 今はとにかく、学内情報部へ向かわなければ。彩月の話では双狩ふがりは先に向かっているとの事だったし、きっともう到着している。学園長の呼び出しもあったから、ケンと部長さんには随分待たせてしまっただろう。


「失礼します……あれっ」


 扉が開き、部室内の面々がこちらへ視線を向ける。その中に一人、意外な人物の姿があった。


針鳴じんみょう先輩……!?」


『ゴーストタウン』の霊によって五日の間昏睡状態だった針鳴八柳やなぎ先輩が、いつの間にか登校していた。


「もう退院したんですか?」

「ちょうど今朝に検査が終わったのよ。今日は授業も午前で終わりって聞いたから、せっかくだし顔を出しに来たってワケ」

「そうでしたか。無事で何よりです」


『ゴーストタウン』による昏睡者は皆、『目を覚まさない』という事以外は至って健康な状態であるらしい。針鳴先輩もその例に漏れず、大事を取って目覚めてから日を置いての退院となっただけのようで、後遺症などは全く無いそうだ。


「それにしても、私がいない間に襲撃事件があったなんてね。看護婦さんに聞いた時はビックリしたわよ。特に芹田せりだ君なんて連れ去られたんですって?」

「ええまあ。こうして無事に戻って来れましたけどね」

風守隊かざもりたいの皆にもさっき会って来たんだけど、みんな無事だったみたいで良かったわ」


 どうやら先輩も事件の顛末は既に聞いているようだ。一つの組織の隊長である彼女は、それだけ心配する事も多かっただろう。


「先日学園のサーバーに侵入した犯人が、まさかくだんのテロリストだったとはね。情報部ウチのデータは無事だったから安心しきっていたが、本当の狙いは君だった訳だ」


 部室の一画にある据え置きコンピューターの前に座る部長さんは、俺を見ながらそう零す。彼女の呟きにはケンが反応した。


「そういや部長、学籍データとかが盗まれたって言ってましたね。あれ流輝の事だったのか……部長、これからは学内情報部以外についても守ってくださいね? せっかく部室に専用コンピューターを置いてもらえるくらいにはシステム関連に強いのに」

「うーむ……可能な限り出来るだけ前向きに検討するよ」

「しないなこの人」


 さらりと受け流す部長さんを、ケンは呆れ半分に眺めていた。風守隊の一件で何となく察してはいたが、やはり部長さんはコンピューターの扱いに長けているようだった。


「そんで流輝よ、俺と部長に話したい事があるって言ってたけど、何の話なんだ?」

「っと、そうだな。本題に入るか」

「大事な話だと聞いたから、他の部員には適当なおつかいを頼んで席を外してもらっているが、それほど内密な話なのかな」


 部長さんにそう言われて、今ここにいる学内情報部のメンバーが部長さんとケンの二人だけである事に気付いた。都市伝説として噂されている『ゴーストタウン』が実在し、百人以上の被害者を出している事など大っぴらに広まってはマズいので、事前にケンに連絡しておいたのだ。

 それに『ゴーストタウン』対策本部とは言っても、今の俺が『ゴーストタウン』側についている以上、本格的に何かを始めるという訳でもない。ほとんど形だけの集団なので、別に人手は必要なかったりする。


 そういう訳で俺たちは、部長さんと副部長であるケンの二人だけに事情を話す事になった。

 彩月と昨日の廃工場にて『ゴーストタウン』と出会った事や、昨晩のプリズム・ツリー関連の出来事などは、当然伏せたまま。


「実は――」





     *     *     *





「マジでいんのかよ、『ゴーストタウン』……ってか人名なんだな」

「百人は下らない犠牲者を出している能力者が相手となると、確かに組織立っての対策が必要なのかもしれないね」


 一昨日病室で話し合った事をそのまま二人に伝えると、二人とも『ゴーストタウン』が今まで聞いた事もないような規格外の存在である事に驚きを隠せない様子だった。


「君達の話だと『ゴーストタウン』は積極的にこの学園を狙っている訳じゃなさそうだし、対策が急務だというほどでも無い。けれど、だからと言って気を抜いてると背中を刺されてしまう可能性もある。だから出来るだけの対策はしておこう、と言う訳だね」

「とは言いますけど部長。複数能力を同時に使うとか彩月レベルの化け物相手に、俺たちに出来る対策ってありますかね……?」

「何もしないよりマシでしょ。それに、彩月と互角だってんなら私たちも加勢すれば十分勝てるんじゃない?」

「おいおい、戦おうとするなよ……こん中だとぶっちゃけ俺は戦力外だかんな?」


 血の気が多い事を言い出す双狩に、ケンは心配そうに眉をひそめる。

 実際に俺たちが『ゴーストタウン』と戦う事は無いだろうけど、もしもあいつが全力を出したならば、もはや数なんて無意味だと思う。大量の霊を一気に出されたら、物量差なんてひっくり返るだろうし。


「安心したまえかずら副部長。私たちは戦闘面での戦力として期待されていはないと思うよ」

「そ、そうっすかね」

「彼らが私達に求めているのは、学園中の噂や出来事を取り寄せる情報収集能力や、噂を広めたり意図的に摘んだり出来る情報操作能力だろう。違うかな?」


 まさにその通りである部長さんの言葉に、針鳴先輩が頷いた。


「さすが、理解が速いわね。私たち風守隊が真っ先に押さえに行っただけの事はある」

「あの時縛られた手首の痛み、忘れてないからね?」

「そ、それは悪いと思ってるわよ。本当に……」

「ふふ、冗談だよ。君があまりに深く反省しているから面白くてついね」

「ちょっと! 人の傷抉って遊ぶの止めなさいよ!」


 すっかり元気な様子の針鳴先輩と話す部長さん。聞いた話だと、どうやら二人はクラスメイトらしい。実際に深く関わったのは先日の風守隊の騒動が初めてのようだが、この打ち解けたやりとりを見るにそこそこ交流はあったのかもしれない。傍から見た分にはとても仲が良さそうだった。


「まあまあ皆さん落ち着いて」


 と、ここで彩月が手を上げる。部屋の真ん中までゆっくりと歩き、くるりと振り返って皆の顔を見渡す。

 そう言えば、俺と彩月はこの対策本部の司令官というあまり必要性が感じないポジションにいるんだったな。彼女はさっそく場を仕切り始めたようだ。


「ひとまず対策本部は完成した。だからボクたちが次にすべきは、作戦会議さ!」

「作戦会議……?」


 オウム返しで訊ねる俺へ向けて、彩月はドヤ顔と共に拳を握る。


「そう! 具体的には、今からみんなでお昼ご飯を食べに行こう! 無事に夏休みを迎えられた事を祝して美味しいものをね!」

「おい、後半『ゴーストタウン』何も関係無くなってるぞ」

「そう? じゃあ『ゴーストタウン』の作戦会議は次回にして今日は遊ぼう!」

「完全に趣旨が入れ替わってる!」


 彩月の狙いはこれか。こいつも何だかんだ夏休みが来た事にはしゃいでいるらしい。

 作戦会議と称して皆でご飯を食べる。なんだか鎖垣さがきさんが冗談で口にした光景に似てるな……。


 でもまあ、こういうのも良いかもしれない。俺も『ゴーストタウン』だったりプリズム・ツリーだったり難しい事は一旦置いておいて、学生らしく休みを楽しんでもバチは当たらないだろう。明日からは夏休みなんだし。

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