第64話 疑念

「『ゴーストタウン』を、信用してはいけない」


 そう俺に告げる黒影くろかげは、予想や憶測などではなく、ハッキリとした確信を持っているようだった。


「信用しちゃいけないって……あいつが何か噓を言ってるって事か?」

「恐らく噓は言っていない。ただ、意図的に何かを隠しているのは確かだ」

「隠している、か……」


 確かに、相手はあの『ゴーストタウン』だ。万能にも思える謎の能力と底知れない人柄を考えれば、秘密のひとつやふたつ……いや、十や二十はあるかもしれない。


「でも信用できないって程じゃ無いんじゃないか? あいつはあいつなりに、深層機関の能力者たちを助けたいみたいだし」

「そこについては分かっている。能力者を救うというあいつの言葉も噓では無いはずだ。だけど、あいつには


『ゴーストタウン』の考える事、見えている景色は、俺には分からない。黒影にはそれが見えているのだろう。彼の言葉には揺らぎが無い。


「ひとつ言える事は、あいつはお前が思っているほど善人では無いという事だ。どれだけ物腰柔らかに振る舞おうとも、あいつは百人以上の能力者を昏睡させている犯罪者なんだから」

「まあ、それはそうだけど……ってお前、昏睡事件の被害者が百人以上だって、何で知ってんだ?」


 自然に流しかけたが、世間的には『原因不明の集団昏睡事件』の被害者は数人程度だと報道されている。実際の被害者数を知っているのは警察や管理局の人達、天刺あまざしさんに話を聞いた俺、そして俺が話をした彩月さいづき達だけのはず。


「悪い、今はまだ言えない。だけどいずれは話す事になるはずだ」

「……分かった。じゃあその時まで待ってるよ」

「ありがとう」


 もしかしたら黒影も、別の管理局員から俺みたいに話を聞いたのかもしれないし、知り合いだったりするのかもしれない。そもそも犯人が『ゴーストタウン』であると確信している時点で、たまたま知っただけとは考えられない。何かしらの経緯があるはず。

 だからとりあえず、この話については置いておくものとしよう。


「話を戻すけど、お前が『ゴーストタウン』を信用できないっていう理由は、その集団昏睡の犯人だからって事か?」

「それもある。だが一番は、あいつがプリズム・ツリーに引き入れたという所だ」

「利用……?」

「それも正確には、ほとんど人質を取られた状態で従わされていると言った感じだ。お前や他のメンバーみたいに俺から協力を申し出たのではなく、俺が協力せざるを得ない状況だったんだ」


 人質って……全く穏やかな言葉じゃないぞ。

 いくら『ゴーストタウン』が犯罪者だとしても、あいつには自分なりの正義があるようだし、そこまでするような奴には見えないけど……。


「約百人の昏睡者の中には、俺の友人もいるんだ」


 黒影の視線や声が、寂し気に落ちる。

 表情が読みづらい黒影の中で俺が見た事のある『感情』のほとんどは、いつも過去を懐かしむような寂しい感情なのだ。俺は自然と黙った。


「昨日お前にも話した、俺の秘密を受け入れてくれた大切な友人達の一人」


 彼はスマートバンドを操作して、一枚の写真を見せてくれた。相変わらず仏頂面の黒影を無理矢理画角に入れるようにして撮影された自撮り写真。撮影者は黒影ではなく、隣で明るく笑っている銀髪の女の子だろう。


「この子が、その友達?」

「ああ。『ゴーストタウン』によって昏睡状態にされ、未だ目を覚ましていない。昨日も見に行ったんだが、健康状態に一切の不調が見られないまま、相変わらず意識だけが戻っていなかった」

「そうだったのか……」


 黒影が病院にいたのは彼自身の目の検査か何かだと思っていたが、実際は昏睡したままの友達のお見舞いに来ていたのか。奇しくも、俺と同じような理由だった。


「俺はどうにかして、彼女を含む大勢を眠らせた犯人が『ゴーストタウン』である事を突き止めた。だが彼は『彼女らが同意した事だ』なんて馬鹿げた事を言い、全てが終われば昏睡者も解放すると言った。裏を返せば、あいつの思い描く台本が完結するまでは、彼女はずっと眠ったままなんだ」

「……それで人質って事か」


 今の話だと『ゴーストタウン』は、自分に従わなければ黒影の友達をどうこうするという脅迫は一切していない。だけど、全てが終わるまでは解放する気は無いという意味でもある。人質と表現されても仕方がない状況だ。


「俺は『ゴーストタウン』を信用していない。今はプリズム・ツリーに賛同するふりをしているが、最後までついて行く気はさらさら無い」


 彼は写真のホログラムパネルを消し、思い出を固く心に留めるように、胸の前で拳を握った。


「深層機関の能力者を助けるという作戦自体は俺も協力するつもりだ。だが、その後は別だ。俺は友人たち昏睡者を元に戻し、『ゴーストタウン』に然るべき罰を受けさせる。その為に俺は、プリズム・ツリーにいるんだ」


 彼が持つ本来の赤に、視力補完の能力による紫の光。その上に確固たる信念と決意の色を宿し、黒影の瞳は夜闇の中でも強く輝いて見えた。


「だから、お前にも忠告しておきたかったんだ。『ゴーストタウン』は味方じゃない」

「……っ」

「あいつは目的のために人を利用するような人間だ。まだ敵ではないかもしれないが、俺はいずれ奴と戦う。だからもし、お前が良ければ。その時は俺に協力して欲しいんだ」


 俺の目へ真っ直ぐ向けられていた黒影の視線が、少し気恥ずかしそうに横へ逸れた。


「ほとんど交流も無いのにおかしな話だが、不思議と芹田とは安心して話が出来るような気がするんだ。お前の能力が戦力になるとかいう以前に、いてくれると頼もしい」

「そ、それはどうも」


 面と向かってこう言われると、恥ずかしいような嬉しいような。ストレートに言うものだから驚きもした。

 だがそれでも、俺は彼の提案をすぐに呑む事は出来なかった。


「その、協力して欲しいって話なんだけど……少し考えてもいいか? 今日はちょっと考える事が多すぎて……」

「そうだな。すぐに答えを出す必要は無い。むしろ最後の最後まで混乱させるような事を言ってすまないな」

「謝らなくていいよ。お前の考えを聞けたのは嬉しかったし」


 すっかり遅くなってしまった事もあり、念のため連絡先を交換して、今日はここで別れた。反対方向へ帰って行く黒影の背中を見送って、俺も学園までの道を歩く。


 終電もとっくに過ぎた真夜中の駅付近には、車は通るものの歩行者はほとんどいない。静かな夜に身を浸しながら、ふと後ろを振り返る。当然、黒影の背中はもう見えなかった。


「……」


 友達の為に戦う覚悟を決めた黒影に手を貸してやりたい気持ちはある。だけど問題は、俺が『ゴーストタウン』を疑い切れていない事。

 黒影と話すうちに『ゴーストタウン』に対する疑いは拭い切れないものになったものの、『ゴーストタウン』は廃ビルまでの道のりを歩きながら、俺にいろんな事を教えてくれた。一時は彼が犯罪者である事も忘れるほどに打ち解けて話をしたりもした。


「いつか、俺も戦うのかな」


 黒影は大切な人のために戦おうとしている。いや、既に戦っているんだ。

 俺も彼のようになる時が来るんだろうか。『誰か』のために振るうべき能力を『ひとり』のために振るう時が。誰かのために生きなきゃいけない俺が、あの少年のように強い意志を持って、戦うべき敵と戦う時が。


 どうして今思い出したのかは分からないが、ふと『ゴーストタウン』の言葉が脳内で蘇る。

 深層機関サイクキア。彩月は研究に利用されている。天真爛漫な笑顔の裏で、どれほどの苦しみを背負っているのだろうか。


『ゴーストタウン』について行けば、彩月を救い出せるかもしれない。襲撃という暴力行為以外での道を考えないといけないけど、彼は囚われた能力者を救う為に動いているのは確かだ。

 一方で黒影は、深層機関の能力者を助ける事には賛成しているが、『ゴーストタウン』自体は疑っている。そんな彼は、彼の大切な友達を救う為に協力してほしいと話した。


「俺は……」


 脳が焼き切れそうだった。考える事、知ってしまった事があまりに多すぎる。

 踏み出すべき道が見えなくなりそうで、気付けば俺は立ち止まっていた。


 自分を信じて欲しいと、白髪の青年は言った。

 彼を信じては駄目だと、黒髪の少年は言った。


「俺は、どうすればいいんだ……」


 無意識に零れ出た呟きは、暑苦しい夜の空気に溶けて消えた。

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