第62話 透明な檻の中で少女は笑う

 俺と奇類くるいのちょっとした口論は黒影くろかげ呼詠こよみのおかげで静まり、『ゴーストタウン』による説明会が再開された。と言っても、ここからは今後についての仮目標みたいなもので、それほど難しい話でもないようだった。


「現段階で確認されている深層機関は三つ。本当ならば今すぐにでも囚われた能力者たちを助け出したいんだけど、残念ながらまだ我慢しなければならない。全ての深層機関は国家という糸で繋がっている。どこか一つでも外部からの干渉があれば、他の施設の警戒レベルが一気に引き上げられるはず。そうなれば、救出難易度は跳ね上がる事だろう」

「つまり、全ての深層機関を見つけ次第同時に救出しなきゃいけなくて、今は他の深層機関を探してる段階って事か」


 彼から出た情報を纏めると、『ゴーストタウン』は頷いた。


「この国の深層に隠されている研究機関が、あといくつあるか分からない。実験体にされている能力者のためにも、ひとつたりとも見逃してはいけないからね。こればかりは時間がかかってしまうんだ」

「理屈は何度も聞いてるが、待つしかねぇってのもモヤモヤすんな……」


 奇類は拳と手のひらを打ち合わせながらそう零した。動くべきなのに来る時まで動けない事がもどかしいといのは俺も同感だ。


「っていうか、『ゴーストタウン』はどうやって深層機関の事を調べてるんだ? やっぱり霊で?」

「そうだよ。彼らは能波の塊だから、本格的な能波観測機でもない限り、従来の警備装置で存在を検知する事はできないからね。大勢の人の目に映らないよう注意さえすれば、あちこち動き回る事も容易い」


 そういや、針鳴じんみょう先輩からはみ出た霊も監視カメラに映ってなかったっけ。万が一人に見られても『幽霊を見た』とかいう噂話のネタになる程度だろうし、組織に潜入しての情報収集にはもってこいだ。敵に回る事を予想していた時は恐ろしかったけど、一応は味方である今は頼もしい能力だな。


「だからまあ、俺たちの出番はまだ先って話だ。ルッキーもその間に、これからどうするか考えればいいさ」


 呼詠はそう言って力強く笑った。これからどうするか、か……。

 このままだと、プリズム・ツリーは深層機関を襲撃して被験者たちを助け出すだろう。本当にそれでいいのだろうか。俺は彼らに付いて行っていいのか……?


「最後に、君に伝えなければならない事がある」


 悶々と考えを巡らせていた俺に、『ゴーストタウン』はそんな前置きと共に話し始めた。


「君に協力を申し出た一番の理由は、君の能力が対能力者戦における特大の切り札ジョーカーになりうるものだからだ。しかしそれと同じくらい大きな理由がもうひとつある。それは、君が知っておくべき真実を話したいと思ったからなんだ」

「真実?」

彩月さいづき夕神ゆうかの事だよ」


 その一言で、俺の頭に渦巻いていた思考は全て吹き飛んだ。真っ白になった思考の中にその名前だけが滑りこんで来た。どうしてここで、彩月の名前が出て来る。


「あいつが、どうしたって言うんだ」

「君も感じているように、彼女の能力は特別だ。僕や君と同じようにね。ただ特別じゃなく、他の能力と比べても謎が多く、ひときわ強力だ。そんな能力を一人の少女が持っていて、誰も目を付けないはずがない」

「……まさか」


『ゴーストタウン』から聞いたばかりの情報を繋ぎ合わせて自然と導き出してしまった答えは、本当であって欲しくない最悪なものだった。ただの突飛な妄想だと否定して欲しかった。

 だが、俺をじっと見つめる彼の瞳を見て、それは叶わないと悟った。


「彩月夕神もまた、研究素体として深層機関に利用されているんだ」


 俺よりもはるかに多くを知っている『ゴーストタウン』によって、俺の最悪な想像は真実となって突き付けられた。

 ここまで来て噓や冗談を言う事はしないだろう。落ち着いた声でよどみなく発せられたその言葉は、きっと事実なのだ。


「彩月が……研究に利用されてる……?」


 考えたくは無かったが、改めてそう言われると不思議としっくり来てしまう。今年度から転入した彼女の出自は謎に包まれており、その特異極まる能力の真相は誰も知らない。噂ではほとんどの教員ですら知らないというのだ。考えてみれば、それもおかしな話だ。

 星天せいてん学園は国営の能力者学校の中でもトップクラスの有名校だ。そして深層機関もまた、国家の下に動いている研究組織。両者に繋がりがあっても不思議じゃない。


「『サイクキア』という名前を、君も聞いた事はあるだろう。特殊能力管理局に認可された数少ない研究所のひとつとして、公的にその名が広まっている。しかしそれは表の顔に過ぎない。社会の裏では、深層機関のひとつとして非道な実験を繰り返しているんだ」

「サイクキア……」


 その名前を聞いて、頭の片隅に追いやっていた記憶が目の前に現れた。授業で何度も聞いたその名前は、ちょうど昼頃にも聞いたばかりだ。

 テロリストに拉致され、縛られたまま目を覚ました時。『パレット』のリーダーの女性が通信機越しに誰かと話をしていたんだ。当時はよく分からずに考えるのを止めていたが、違和感を抱いたのは覚えている。


 ――彩月夕神の情報は全て『サイクキア』にある。彼女の出自、能力、その他もろもろの情報は全てね。


 リーダーの女性と話をしていたボイスチェンジャーの人物。テロリストと繋がっている時点で明らかにただ者ではない人物は、確かにそう言っていた。

 彩月が深層機関、サイクキアと繋がっている事は、もはや疑いようもない事実なんだ……。


「……あいつは昨日も今日も、俺たちと変わらず学園に通ってた。普通に授業を受けて、休み時間や放課後も一緒に過ごして来たんだ。でも本当は、何もかも研究所に管理されて生きていたっていうのか……」

「そう言う事になるね。どうして被験体を学園に転入させたかは分からないけど、きっと彼女は今も、深層機関の道具として生きているはずだ」

「……」


 あいつはいつも楽しそうに笑っていた。騒ぎを起こして問題児扱いされたり、ぶっちぎりの強さで学園一の有名人になったり、普通じゃない所はあるものの、同じように学園生活を送っていたように見えた。そう見えただけだったのだ。


 研究所の被験体。そう聞いて良い想像をするはずがない。俺には想像も出来ないような事が起こり、あいつは苦しんでいるかもしれない。なのに俺は、そんな事に気付きもしなかった。

 社会に秘匿された研究なのだから、ただの高校生が気付けるはずもない。

 仕方のない事だと分かっていても、言葉が出なかった。


「いろいろと思う所はあるだろうけど、ひとまずはこの事実を受け止めて欲しい。それを踏まえてゆっくり考えてくれ。僕達と共に行くか、別の道を歩むか。君がどんな選択を取ろうとも、僕は君の意見を尊重しよう。だから、どうか信じて欲しいな」


『ゴーストタウン』は優しく語りかけてくれた。何もかもを俯瞰して見ているような大物感のある彼だが、今は寄り添ってくれたように思えて、俺は少し落ち着いた。


「……ああ。ありがとう」


 未だ思考が渦巻く中、かろうじて俺はそう口にした。





     *     *     *





「今日はここで終わりにしようか。僕達プリズム・ツリーについてや、深層機関についての話は終わった事だしね」


 パチンと手を叩き、説明と進行をしていた『ゴーストタウン』がそう切り出した。依然として夜空には月が浮かんでいるが、恐らく日付が変わった頃だろう。あと数時間もすれば陽も昇るはずだ。


「君には異能力の話も含め、少し話し過ぎてしまった。情報の整理も必要だろう」

「悪いな、何か気を遣わせちゃって」

「気にしないでくれ。想像も出来ないような真実を聞かされたら、誰だって混乱するさ」


 あれだけ不気味に思えた『ゴーストタウン』の笑みも、今は幾分か親しみやすいような気がして来た。その奥に底知れないナニカが埋まっているような気がするのは相変わらずだが。


「んじゃ、今日はもう解散って事でいいんだな?」

「ああ。また集まる事があれば連絡するよ」

「りょーかい。じゃあ帰るか。明日はバイト入れてないしのんびり寝るとするかー」

「おいオマエ、アタシに賭けで負けたの忘れてねぇだろうな。アイス奢れよ」

「分かってる分かってる」


 まるで何事も無かったかのように、呼詠と奇類は話をしながら部屋を出て行った。

 実際、彼らにとっては何事も無かったのだろう。俺とは違って深層機関の話は既に聞いているだろうし。彩月についての話も、彼らにとっては『救うべき能力者のうちの一人』でしかないのだから。


「深淵は、いつだって暗闇だ」

「うわっ……!?」


 二人の後ろ姿を何気なく眺めていた俺は、すぐ傍まで迫っていた仮面少女鍵霧かぎりの存在に気付いて、弾かれるように振り向いた。彼女は仮面の顔を向けたまま、またもや難しい言葉を羅列する。


「深海には深海の世界が存在するように、暗闇にもまた暗闇の世界が存在する。闇は無ではない。深層は虚空では無いのだ。懸命に見つめていれば、深淵の知識はやがてその身に浸透し、強力な武器となる」


 まるで胡散臭い神託か占い師のような語り口調は、やっぱり全く意味が分からない。けれど何となく、ショックを受けている俺を励ましてくれているように感じた。本当に何となくだが。


「よく分かんないけど、ありがとな」


 礼を言われるのが意外だったのか、鍵霧は俺の方を見たままジッと固まった。それから思い出したかのように、コートを翻してその場を去った。

 ……どうでもいいけど、意外にも全員普通に階段を降りて出て行ったな。一人くらい窓から飛び出しても不思議じゃないくらいには変人だらけだったのだが。


「……俺たちも帰るか」

「そうだな」


 黒影に声をかけ、俺も部屋の出口へ向けて一歩進んだ。ふと後ろを振り返ってみたが、『ゴーストタウン』はいつもの笑みを浮かべたまま手を振っていた。彼はまだここに残るらしい。俺も軽く手を上げて、その場を去った。


 パンク寸前の頭の中で情報をかき混ぜながら、とりあえずは帰り道を進む。月に背を向けても、月明かりは俺を照らし続けていた。

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