第60話 闇の変人たち
「とりあえず、まずは自己紹介からするべきなんじゃないか?」
刈り上げヘッドホンの青年とアクセサリーだらけの少女の間に入って言い争いを中断させながら提案したのは、黒いロングコートを羽織った黒髪の少年。
「まあ、俺の自己紹介は必要ないかもしれないが、一応」
彼は俺の前に立ち、右手を差し出した。俺と同じ黒い前髪の隙間から覗く、血のように赤い瞳が俺へと向けられる。
「
「ああ、よろしく」
差し出された手を握る。物凄く暑そうなロングコートを着てるのに手は冷たかった。
「昨日ぶりだな、黒影。まさかこんな形で再会するなんて思わなかったよ」
「俺の方こそ驚いた。『ゴーストタウン』が連れて来た新入りがお前だったとは」
「え、お前驚いてたの? 目が合った時も無言で受け流してたしてっきり動じてないものだと」
「むしろ驚きの余り声が出なかっただけだ」
「そ、そっか」
表情筋が死んでいるのは相変わらずのようだ。だが、何となく友好的に歓迎してくれているのが伝わった。得体の知れない集団に属する事に関しては少し怖かったが、顔見知りがいて一気に安心した。
「何だクロ、新入りと知り合いだったのかよ」
俺と黒影のやりとりを見ていた刈り上げの青年は意外そうな声を上げる。先にその声に答えたのは俺だった。
「クロ? あだ名?」
「おう。こいつの名前、黒だの影だの夜だの、暗いイメージの漢字ばっかじゃねぇか。だからクロだ」
「そんな野良猫に五秒で付けた名前みたいな……」
「シンプルイズベストってヤツさ。仲良くするためにもあだ名は大事だぜ?」
「俺は許可した覚えは無いんだがな」
投げやりに返事をしてそっぽを向く黒影を見るに、彼は刈り上げの青年のような明るくグイグイ来るタイプの人間が苦手なのだろう。表情が動かないだけで、考えてる事とかは意外と分かるもんだな。
「んじゃあ次は俺の番な」
話に混ざっていた若葉色の刈り上げ頭の青年は、明るいテンションのまま歯を見せてニカリと笑った。
「俺の名前は
俺や『ゴーストタウン』と同じくらいラフな半袖半ズボンの、大学生くらいの青年。首には有線のヘッドホンをかけており、両耳にはピアスを付けている。おまけにそこそこガタイの良い高身長という容姿も相まって、絶対に夜道で肩をぶつけたくない風貌だ。けれどそれは外見だけの話であって、実際にはよく喋るし明るく笑うし、とても陽気なお兄さんである。
「最近電気屋でバイト始めたから、音楽製品以外もちょっとは詳しいぜ? あ、言っとくがヘッドホンは有線派だからな。特にオーバーイヤータイプのが好みだな」
「お、おぉ……黒影の時より自己紹介の情報量が多いな……」
「俺は千切りのキャベツとチョコレートが好きだ」
「いや張り合わなくてもいいからね?」
謎の対抗心を燃やす黒影が隣から追加の自己紹介を入れて来た。しかも中々に独特なチョイス。
「後はそうだな……自慢じゃないがボウリングでピンを半分以上倒した事が無い!」
「本当に自慢にならない小情報が来た。ただの下手なやつじゃん」
「今度お前も一緒に全員でボウリング行こうぜ! ホログラムじゃなくてちゃんと実物のヤツな」
「お前ら、そんな軽いノリで集まってんの……?」
何度も言うようだが、俺は『ゴーストタウン』の集めた協力者と聞いて、ある種の秘密結社めいた組織を想像していたのだ。なので部活帰りに寄り道しようぜ、とでもいうような明るい雰囲気で遊びに行こうとする呼詠にとても困惑していた。
「いや、いつも言いだしっぺはコイツだ。アタシは賭けと称してメシを奢らせるためだけに参加してるがな」
「俺も用事が無い時はたまに」
アクセサリー少女と黒影も、呼詠の招集には概ね同意しているようだった。俺は早く、彼らに対する事前のイメージと現実のギャップを受け入れなければならないのか……。
「自己紹介に戻ろうぜ。次はソラっちの番な」
呼詠に呼ばれ、足を広げて行儀悪く瓦礫に腰掛けている少女が、俺へ視線をよこした。
「
と、やや上から目線で自信あり気に笑う、俺や黒影と年が近そうな少女。茜色のウルフカットや鋭い眼つきから、おおよそ想像通りの勝気な性格なのだろうと伺える。
「という感じで粋がってるが、思ってるほど怖い奴じゃないから安心しろ」
「ソラっちはいつも元気だからな」
「おいお前らぶっ飛ばすぞ!」
すかさず黒影と呼詠の捕捉が入った。
呼詠に代わる真のヤンキー担当かと思ったが、二人がそう言うのならそれほど怯える必要はなさそうだ。確かに粗暴な口調だが、理不尽な暴力を振るうタイプの不良ではない気がする。
というか、彼女の内面的な話は置いておく事にして、アクセサリーだらけの外見がとても気になっていた。
飾り気の多いオーバーサイズなジャケットやベルト、ヘアピンにネックレスにイヤリングに……とにかく多い。
ファッションには明るくない俺でさえこれはやりすぎだと分かる特盛コーデは、何か事情があってわざとしているとしか思えなかった。けど個人的な事情があったとしても初対面の俺が聞いても答えてくれなさそうだし、万が一ただ純粋なファッションとして付けているのだとしたら、彼女の機嫌を損ねてしまうかもしれないので、今は何も聞かないでおいた。
「ったくよぉ。次だ次。オマエの番だ」
呼詠とは対照的にさっぱりと自己紹介を終えた奇類は、全員から少し離れた所で静かに立っている仮面の人物へ視線を向けた。先ほどから一言も発さず会話にも混ざって来ない、少し不気味な人物だった。
まず目につくのは、黒くのっぺりとしている仮面。左頬の辺りで小さなLEDが点滅している事から、あの仮面が機械である事が分かる。
そして、仮面以外の恰好も異質だった。膝裏まで裾が伸びる大きなコートを羽織り、服は長袖にロングパンツ。両手はグローブで、首はタートルネックのようなインナーでそれぞれ隠しており、頭は大きなフードですっぽりと覆っており、仮面との隙間は全く見えない。
全体的な特徴を一言で表すならば、徹底して肌の露出を防いでいるような服装だ。夜ですら大して気温も下がらない、この真夏に。
ロングコートを着ているだけの黒影はまだマシなのかもしれない。そう錯覚してしまう程のとてつもない厚着。完全防御である。外見からは性別すら分からない。見た所身長は同じくらいだから大人では無いのだろうが、もしかして同い年か……?
「ふむ、次は私か」
「しゃべった!?」
そんな仮面の人物の首が動いた。声と共に顔を向けられ、思わず驚いてしまった。
人間なんだから声を出して当たり前だ。だが、俺の反応は至って当然だと思う。だってこの人、肌が見えないし、仮面どころか体全体が機械ですと言われても不思議に思わない見た目なんだから。
「
さらに驚くべき事に、その声は予想に反して透き通るような高いもの……つまりは少女の声だった。身長と合わせて考えるに、恐らく高校生。そんな子が五秒で熱中症になりそうな怪しい恰好でいるなんてただ事じゃない。
「私の事はどう呼んでくれても構わないし、どう思ってくれても構わない。ただ、友だとは思わない方がいい。私たちは共に深層へ潜る仲だ。そして私たちは皆、天災の欠片をその身に突き刺し、またそれを振るう者。距離は一定に保つ事をおすすめする」
「……?」
そして、この難解な喋り方である。同い年だと仮定してもあまりに歳不相応。いや、お年頃の『病気』だと考えると年相応と言えるかもしれないけど。『ゴーストタウン』といい勝負か、もしくはあいつにさえ勝ってしまう程には言いたい事がとても分かりにくい喋り方をしている。わざとなのだろうか……?
「えっと……何でそんな恰好してるんだ?」
「パンドラの箱を知っているか? 病苦、憎悪、苦痛、罪科。あらゆる悪と災いを一握りの希望と共に封じ込めていた、開けてはならない箱。それと同じだ」
「え?」
「この服は身を包むという定められた役割を越え、内に秘める無差別な災いを封じ込める檻となる。かの箱と違う点を挙げるとすれば、適切に放出するための調節弁でもある所か」
うーん、何も分からん。
パンドラの箱とか言われても、俺はそう言った類の話には詳しくないんだよな。『開けてはならない箱』って事しか知らないけど、異常な厚着をする理由との関連性は思い浮かばない。理由はあるけど教えられないって事だろうか。
「……まあ、何か訳があって着ているのはとりあえず分かったよ。けどさすがに暑くないか? 熱中症になるぞ」
「心配はいらない。熱とは分子の運動、即ち世界の鼓動だ。万象の原点たる脈動を思うがままに導く事が出来れば、それは万物の寿命を間接的に操れるという事を意味する。となれば、脆弱な肉体ひとつ保つ事など、さして難しくも無い」
「……??」
もはやどう声をかけても言葉遊びや謎解きのような返答が来るようだ。助けを求めるように呼詠の顔を見ると、彼は肩をすくめて苦笑した。
「完璧な翻訳は俺達にも出来ねぇよ。ただまあ、かぎりんの能力は『熱の移動』だ。だから本人の言うように、熱中症とかの心配はいらねぇみたいだぜ?」
「そ、そうなのか……ならいいけど」
「ま、コイツに普通の対応を求めるだけ無駄だぜ」
奇類は俺の反応を面白がるように口角を持ち上げた。
「言ってる事はワケ分かんねぇし、アタシらでさえ一度も素顔を見た事ねぇくらいだしな」
さすがは俺よりも付き合いが長いであろう呼詠と奇類。国語辞典の中身をミキサーにかけて無秩序に並べたような言葉を聞き続け、彼女の能力まで知る事が出来ているとは。だがそれでも、鍵霧という仮面少女の全容を知るには至らない様子。
「で、最後はオマエの番だぜ新入り」
そう奇類に指さされて、言われてみれば自分の紹介をしていなかった事に気が付いた。
「
「芹田、流輝……るき……よし、お前はルッキーな!」
さっそく呼詠からあだ名を付けられた。あだ名で呼ばれる事はほとんど無いので、何だか新鮮だ。悪い気はしない。
一通りそれぞれの自己紹介が終わり、俺は改めて周囲を見渡す。
黒影、呼詠、奇類、鍵霧。この四人と『ゴーストタウン』を合わせた五人が『プリズム・ツリー』という名の集団のようだ。そして、今日から俺が六人目となる集団。
なんともまあ、個性の強い人達だな。
「皆、仲が深まったようで何よりだよ」
と、今まで傍観していた『ゴーストタウン』が、俺たちの顔を順番に見ながら歩み寄る。予想はしていたが、やはり『ゴーストタウン』の自己紹介はナシらしい。俺たちを集めた中心的存在の彼が一番謎だらけだ。
「それじゃあ芹田流輝。君に、君を連れて来た理由――僕達の計画について話すよ」
そして、ここからが本番。俺達が成さなければならない事を、彼から聞く時だ。
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