第59話 月が照らす廃墟にて

 右を見ても瓦礫。左を見ても瓦礫。建物の形を保っているものもあるが、どれも半分ほど崩れていたり消し飛んでいたりしている廃墟ばかり。核戦争後の西暦三〇〇〇年という設定でSF映画のセットになりそうなほど、どこを見ても荒廃した場所だ。こんな所を長時間歩くなんて、隣に人がいなければ精神的にも参っていただろう。


「さすがに疲れてきたな……」


 そして、心よりも体の疲れの方が顕著に現れていた。能波汚染区域を封鎖している境界から歩く事三十分強。駅から二時間以上ぶっ続けで歩いた俺の足はそろそろ悲鳴を上げそうだった。


「もうすぐ到着だから、頑張って」


 意外にも疲れた様子の無い『ゴーストタウン』に励まされながら、俺は疲れた体に鞭打って足を動かす。


「……そうか。なら、ここからが根性の見せ所――っておいお前! 何浮いてんだよ!」


 いつの間にか、『ゴーストタウン』の足が地面から数センチほど離れている事に気付く。上空にはうっすらと『霊』の姿も。一体いつから能力で浮遊してたんだ……そりゃ疲れが見えない訳だな!


「一人だけ楽すんなよ。ずるいぞ」

「そうは言っても、君に能力は効かないだろう? だからこうやって歩いているんだし」

「せめて一緒に歩くとかさ、そういう寄り添い方もあるんじゃないのかって言いたいんだよ俺は」

「僕だって最初はそのつもりだったさ。でも疲れたから」

「素直すぎるだろ!」


 見られる心配も無いから、とホログラムを消していつもの白髪に戻っている『ゴーストタウン』は、そう悪びれもせず当たり前のように言った。能力が万能だからって楽ばかりしてるとひ弱になる一方だぞ。


「俺だって運んで欲しかったよ。この能力が自由にオンオフ出来ないのには困ってるんだからな? 保健室に行っても能力で治療してもらえないし」

「僕に言われてもね……その能力は『能力を打ち消す』という特性が恒常的に発動する代物らしいから。しょうがないというやつさ」

「じゃあ、波界にいるヤツに俺の能力を一時的に解除させて、その間にお前が集合場所まで運ぶとかも出来ないのか」

「みたいだね。君の異能力で君の能波にどんな性質を加えようと、能力無効化はデフォルトでついて来るみたいなんだ」


 まるで誰かから教えてもらったような口ぶりだ。その『誰か』というのも、波界の中にいるという『彼女』なのだろうか。どうやらこいつも、俺の能力について分からない事は調べてくれているみたいだ。


「発動しっぱなしってのも、不便なもんだよなぁ」

「いいじゃないか。能力で奇襲を受けても無傷でいられるという利点もある」

「普通の高校生は奇襲なんか受けねぇよ」

「でもこれからは、そうとも言い切れない環境に身を置く事になる」


 ふと真面目な口調でそう言われ、俺の体が無意識に力む。

 彼は俺を含めた何人かの協力者を集めて『人助け』の為に戦おうとしている。今だってそのための顔合わせに向かっているのだ。もう『ゴーストタウン』の中では、戦いは始まっているのかもしれない。俺にだって他人事ではなくなる、戦いの日常が。

 今更そんな事を思い出すなんて、俺には自覚が足りなかったかもしれない……。


「――かもしれないね」

「……は?」


 続く『ゴーストタウン』の言葉は、面白半分で言うような笑みと共に出て来た。


「奇襲なんて、された時点で半分負けみたいなものだからね。そうならないよう僕達が全力を尽くすから、君は安心していいよ」

「おい! 今心の中で考えを改めた所なんだけど!? せっかく固めた決意がふにゃふにゃになっちゃうから水を差すのは止めてくれ!」

「ごめんごめん」


 さてはこいつ、俺をからかっているな……!? 世界の闇に身を浸しているような底知れない雰囲気だった『ゴーストタウン』のミステリアスな神秘のベールは、いつの間にか剥がれかけていた。実は年相応に冗談が好きなのかもしれない。


 そんな事を言い合っていると疲れも忘れ、俺たちはいつの間にか目的地に到着していた。三階より上が倒壊しており、元が何階建てだったのかも分からない廃ビルだ。当然ながら電気は回っておらず、中は薄暗い。真夜中な事もあってそれなりに肝試しスポットのような雰囲気を醸し出していた。


「ここに入るのか……」

「普段はここも有毒なまでに能波が満ち足りているから、チンピラどころかネズミ一匹いやしない。怖がることは無いよ」

「べ、べつに怖がっては無い」


 踏み出すのにちょっとばかり勇気がいるだけだ。怖いと言う程ではない。数センチの浮遊を解いて歩き出した『ゴーストタウン』に続いて、俺は廃ビルの中へと足を踏み入れた。


 所々崩れている壁から月明かりが差し込む。歩く度に舞い上がるホコリが反射して、キラキラと視界で舞った。人のいなくなった廃ビルに、二人分の足音だけが反響する。物凄く静かだけど、本当に協力者とやらは先に着いているのだろうか。

 不安を紛らわすように『ゴーストタウン』といくつか言葉を交わしながら、やがて現在での最上階――天井のほとんどが崩れ落ちた三階に到着した。


「さあ、ここだよ」


 部屋を区切るような壁もほとんど崩れ落ちており、入口付近に立てば室内が見渡せた。会議室にありそうな長机が床に倒れていたり、丸くなった成人男性以上の大きさの瓦礫が積まれていたりと、なかなかの荒れ具合。だが、注目すべきはそこじゃない。部屋に入った途端、俺はそこにいた人たちの視線を浴びていた。


 壁や天井が崩れたほぼ野ざらし状態の部屋で待っていたのは、四人の男女。背丈や外見から察するに、ほとんど歳が近そうな人達だった。

 ネックレスやファッションベルトなどやたらとアクセサリーを付けた目つきの鋭い少女。

 全身を覆う厚着と機械らしき仮面のせいで、年齢も性別も分からない人物。

 若葉色の刈り上げ頭や両耳で光るピアスから、何となく近寄りがたい雰囲気の青年。

 そして、どう見ても冬用の黒いロングコートを羽織った、俺の記憶に新しい黒髪の少年。


 誰も彼もが個性の塊みたいな見た目をしている、不気味で奇妙な空間。彼らが身に纏う、張り詰めた緊張感と乱暴な自由さが乱雑に混ざっているような異質な雰囲気を感じ取り、俺は言葉を発する代わりに小さく喉を鳴らした。彼らが、『ゴーストタウン』が集めたという協力者達……。


「僕達の目的は、全ての能力者を救う事だ」


 入口の正面、本来壁があったはずの部屋の端まで歩いた『ゴーストタウン』がくるりと振り返った。崩れ去った壁の向こうから、月明かりが彼を照らしていた。


「『プリズム・ツリー』へようこそ、芹田流輝。僕達は君を歓迎するよ」


 瓦礫と廃墟の広がるかつて街だった風景を背景にして、『ゴーストタウン』は両手を広げて笑いかけた。ここに集まった人間の中心にいるのが彼であると改めて感じさせるような存在感だった。


『プリズム・ツリー』。それがこの集団の名前なのか。彼はああ言ってくれたものの、本当に歓迎されているのだろうか。俺はここの雰囲気にあてられ、誰かと目を合わせる事すら出来ずに固まっている。


「なあ、新入り」


 初めに口を開いたのは、左の方の壁に背を預けている刈り上げ頭の青年。見た目からして年中騒いでる大学生みたいな印象の彼は、壁にもたれたまま真っ直ぐと視線を向けて来た。


「ひとつ聞きたい事がある」


 その声や視線にも、ヤンキー特有の不快な圧は無い。とりあえずカツアゲではなさそうだ。それどころか、純粋に気になった事を質問しようとしているだけにも思える。

 だが、いつか背中を預けて共に戦う人間への、最初の質問だ。ただの世間話であるはずがない。俺は緊張と共に、続く言葉を待った。


「――お前、有線のイヤホンかヘッドホン、使った事あるか?」


 めちゃくちゃどうでもいい質問だった。何か来るかと思ったら大した話じゃないパターン、もう『ゴーストタウン』とコンビニの前でやったから。肩透かしは一度で良いよ。

 そして今、質問者の彼が今どき珍しい有線のヘッドホンを首にかけている事に気が付いた。もしかしなくても仲間を探しているのか。だとしたら申し訳ない。


「悪い、有線のは実物見た事もほとんど無い」

「……そっかぁ」


 声のトーンと共に青年の視線が落ちる。明らかにガッカリしていた。

 マズいぞ、初対面で悪印象を残さないようフォローするべきか……!?


「くくっ」


 と、脳内であたふたする俺の耳に、押し殺すような笑い声が聞こえた。その主は、俺を挟んで刈り上げの青年の反対側。右奥に転がる瓦礫に行儀悪く腰掛けている、廃ビルに似つかわしくないお洒落をしたアクセサリー少女だった。彼女は口の端を吊り上げ、小馬鹿にするように青年を指さした。


「残念だったな! 賭けはアタシの勝ちだ!!」

「ちくしょう! 『ゴーストタウン』が新入りは面白い奴だって言うから期待したのに!」

「有線接続なんて古臭いモン、現代人は使わねぇんだよ! 大人しくアイス奢れよな」

「時代は関係ねぇよ! 一度でも有線で聴いてみろ、ズレが無くダイレクトに伝わる音の虜になるぜ!?」

「音楽聴くのに付属品使うのがそもそもメンドクセェ。直で聴きゃあいいだろ」


 と、二人は俺やその他の人をそっちのけで言い合いを始めてしまった。しかし、口喧嘩というよりは少し語気と声色の強いおしゃべりみたいな雰囲気で、特に危うさも無いからか誰も止めようとしない。

 俺がきっかけで始まってしまった以上俺まで放っておくわけにもいかず、咄嗟に二人の間に言葉を挟んだ。


「ま、まあでも、無線だけどイヤホンは使ってるよ」

「はぁ!?」

「ホントか!」


 俺の言葉を引き金に、まるで顔をそのまま取り替えたかのように二人の表情が一変した。刈り上げの青年の目は輝き、アクセサリーをたくさん付けた少女の顔が曇る。


「ワイヤレスも許そう! 俺たちは仲間だ!!」

「ど、どうも」

「オマエ、マジで言ってんのか!? イヤホンとか耳がくすぐったくて邪魔なだけだろ!」

「うーん……使い続けてたらそんな気にならないけど」

「という訳だ! どうやらこの賭けは俺の勝ちみたいだな!」


 刈り上げの青年もアクセサリーの少女も、少しずつ距離を詰めて来た。というかどうでもいいけど、この二人は俺が有線派か否かで賭けてたんじゃないのか?


「やはり指向性スピーカーや空気伝導イヤホンなんて邪道! 空気を介せば音質も悪くなるもんな!!」

「いや、空気伝導はたまに使うけど」


 今のはいらぬ一言だったかもしれない。が、口から出た言葉は戻らない。再び、青年と少女の表情が反転した。


「だってよ、諦めな! 普通の人間は時代に適応するんだよ!」

「嘘だと言ってくれ新入り! 新技術を掲げて特定のマニアから搾取する事だけを考えたあまり音質の探求を忘れてしまった悲しき道具なんか使うな……!」

「さすがにそれは失礼だろ。時代遅れはオマエだけだぜインテリヤンキー」

「いいや、流行りってのは廻るものなんだよ。これからは耳に密着した音楽の時代の再来だ!」

「二十一世紀に取り残される遺物は黙ってろよ。てかそもそも、アタシは音楽とかどうでもいい。大事なのはオマエが持ち掛けた賭けの結果だ! 潔くアイス奢れ!」


 悔しがる青年とにまにま笑う少女。また二人だけの世界に入ってしまった。そして誰も止めない。仮面の人物は見向きもしないし、ゴーストタウンはニコニコしながら傍観している。もしかしてこれはいつもの事なのか……?


『ゴーストタウン』の集めた、共に戦う協力者。どんなおっかない奴らかと身構えていたら、いきなりどこにでもありそうな論争を始めるような奴らだった。

 俺の緊張を返してくれ。

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