第58話 特殊能力者と異能力者

 突如として『裂け目』が出現し、能波災害によって東京西部の大部分が地図から消えた三年前。

 あれから、世間では『裂け目』について多くの議論が交わされていた。特殊能力者の体内に流れているはずの能波がどうして『裂け目』から溢れ出したのか。未だ答えの出ないその議論も、大きな見当違いなのだ。


 能力者、『裂け目』、そして波界。全ては繋がっている。

 能力者の体内にある能波だって、元々は波界から……『裂け目』の向こうからやって来たものなのだから。


「あの『裂け目』こそ、現実世界と波界の間に出来た門。本来は限られた人間の中にだけ宿る波界との経路パスが強引に開いてしまったモノなんだ。そしてその中に、君も話をした『彼女』が存在する。『彼女』は波界を通じて特定の能力者を操る事ができるんだ」

「マジか……すごいな」

「けど、全ての能力者を操れる訳じゃ無い。いくら特殊能力者と繋がっているとはいえ、その強度は微々たるものだ。良くも悪くも、能波を人体に流し込むの繋がりなんだ」

「でも俺は動かされたんだよな。それって、俺が特別だったって事?」


 自分が特別だとか、言ってて恥ずかしい。だが正解だったようだ。彼は頷いた。


「この世界には、特別な能力者がごくわずかに存在しているんだ。現代では当たり前の存在となった特殊能力者とは一線を画す、全く異なる能力者。僕はそのまま『異能力者』と呼んでいる」

「特別な、異能力者……」


 思えば、『ゴーストタウン』と初めて会った二年前も、こいつは俺の能力を『異能力』と呼んでいた。今どき特殊能力を別の呼び方で呼ぶのは珍しいな、ぐらいにしか思っていなかったが、彼にとっては特殊能力者と異能力者は全くの別物だったのか。


「異能力者の存在は世間一般にも知られていない。きっと本人ですら、自分の特異性には気付かない者がほとんどだろう。かつての僕もそうだったし、君も今知ったって感じだろう」


『ゴーストタウン』に目を向けられ、俺は遅れて気付いた。他の特殊能力者よりも特異な能力者――異能力者。俺もその一人なのだと。

 正直、自分が特別だと言われたら嬉しくないはずがない。例えこの特別な能力が、俺のものではないとしても。


「特殊能力者と異能力者の違いは様々だけど、ひとつは話に出た通り、波界にいる『彼女』が操れるという事。波界からの干渉を可能とするまでに、波界との経路パスが強いんだ」

「だから、異能力者である俺は波界側から操ることができて、結果的に俺はそいつに助けられたわけだ」

「遠回りな解説になっちゃったけど、つまりはそういう事だね。君の能力無効化すら届かない内側から、『彼女』は君を操り、その異能力の真価を引き出したのさ」

「そうだったのか……じゃあ、そいつに感謝しないとな」


 話を聞くのに夢中で周りを見ていなかったので気付くのが遅れたが、駅周辺と比べて建物の数が徐々に減っていた。能波災害による大きな爪痕である汚染区域とその周辺、通称『瓦礫街』が近付いている証拠だ。

 俺は『裂け目』がある方角へ視線を向けた。間違いなく殺されそうだった所を助けてくれた何者かに向かって、心の中で礼を言う。


「君は不思議な人だね」


 まるで神様にでも感謝するような気持ちだった俺に、『ゴーストタウン』はそう語りかけた。


「現実離れした大きすぎる真実を聞いて、自らとの接点を自覚させられて。それでも受け入れ、感謝の念まで抱けるなんて」

「そうか……? 確かに、今日の話をきちんと理解するには時間がかかりそうだけど、それが事実だって言われたら受け入れるしかない。二年前にこの目で見て、今日は実際に操られたんだろ? もはや疑いようもないよ」

「それもそう、かな。理解が速いというのは、君の立派な特技なのかもしれないね」

「そんな大袈裟な。普通の事だと思うけど」


 思わぬところから褒められて、俺は少し照れ臭くなった。『ゴーストタウン』も、いつもの不気味な笑みとは違い、楽しそうに微笑んでいる。


「なんだか、君と出会うまでの今までの時間が勿体なく思えてくるよ。僕たちはもっと早く出会えていれば良かった。そんな気がする」

「おい、それ以上言うと照れるぞ。俺が調子に乗る前にやめておけ」


 既に照れているのを隠すように、俺は自然とツンとした口調になっていた。そんな俺の心を見透かしているかのように、『ゴーストタウン』はまた笑う。俺も釣られて笑ってしまった。


 波界の事、『裂け目』の事、異能力の事。『ゴーストタウン』は俺のような一般人が知り得ないような事を知っている。どこからその話を聞いたのか、どうやって見つけた情報なのか、聞いてみたい気持ちもある。けど、今は止めておいた。

 実は説明したがりな彼に一を聞くと十は返って来そうで、パンク寸前の俺の頭が持ちそうにないというのもある。でもそれ以上に、彼には彼なりの苦労や苦悩があるだろうと思ったからだ。人より知っている事が多い分、悩む事もきっと多いはずだと思ったから。


 俺は既に、彼への認識を少し改めていた。話していく内に親近感のようなものを覚えているのかもしれない。


「そろそろかな」


 隣から聞こえた呟きを、何にも遮られる事がなくいっそう強くなった夜風が流していく。

 三割ほどが廃墟、残りの七割が建物の残骸で出来ている瓦礫街に、俺たちは辿り着いていた。相変わらず人の気配は全くしないが、さっきまで歩いていた幽霊都市とは違い、小さな物音は聞こえる。能波汚染区域を封鎖しているフェンス周辺をうろつく警備ロボの音だろう。俺は無意識に物陰に隠れたが、『ゴーストタウン』は歩を緩める事なく堂々と進む。


「お、おい、大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。夜間の警備はドローンだけだから、侵入に手間もかからない」


 音もなく、彼の傍らに薄黄緑色の『霊』が出現した。深夜に見ると本物の幽霊みたいだな。

『ゴーストタウン』が目配せをすると、霊はその場でぐねぐねとうねる。その体に少量の電流がほとばしった。


 鉄柵と有刺鉄線による強固な二重封鎖の前を行ったり来たりしている自走型警備ロボや飛行ドローンが、ブルブルと震え出した。そして動きを止めたかと思うと、何事もなかったかのように再び走り出す。


「これで僕達の姿はカメラにもセンサーにも引っかからない。隠れる必要もないよ」

「おぉ……一瞬なんだな」


 ローラーの付いた案山子のようなシルエットの自走型警備ロボがすぐ傍を通り過ぎる。本当に俺の姿も見えていないようだ。


「後はこの柵を……」


『ゴーストタウン』の声と共に、さらに複数の『霊』が出現する。そして彼は、道端のゴミをどかすような気軽さで、汚染区域を囲む鉄柵を斬り割いていた。人ひとりは余裕で通れる穴だった。


「本当に真正面から堂々と侵入するんだな」

「後できちんと復元するから大丈夫さ」

「直せばいいってもんじゃないと思うけど……」


 ぶつくさ言いながらも、彼が作ってくれた穴を通る。これで俺も不法侵入者だ。暑さとは違う種類の汗が出て来た。


「っていうか今更だけどさ、何で集合場所が汚染区域の中なんだ? 人目に付かないって条件なら、わざわざ汚染区域内じゃなくても瓦礫街のどこかで十分だろ」

「念のためさ。僕達がやろうとしている『人助け』は、無関係の人には絶対に知られてはいけない事だからね」


 俺へそう答えながら、彼は言った通り完璧に鉄柵を元通りにしていた。『霊』によって複数能力を使いこなす『ゴーストタウン』。さすがの手際の良さである。


「能波汚染が濃い所になると、有人探査はもちろん無人機による観測すらも出来なくなる事は、君も知っているだろう?」

「まあ、災害当時はそれなりに騒がれてたからな」

「そんな能波の漂う汚染区域の中でなら、盗聴や監視など万に一つもありえない。だから大事な話はここでする事にしてるのさ」


 能波というものは未知のエネルギーだ。特殊能力者の体内に宿っているとはいえ、濃度が濃すぎると有毒らしい。そんなものが濃く漂う領域に、俺たちはこれから向かう。それも、着ているのは防護服どころか夏用の半袖シャツで。


「一応言っておくと、進路上の能波を薄くするよう『彼女』に頼んでおいたから、心配はいらないよ」

「ああ。二年前もそうやって『裂け目』の前まで連れてってくれたもんな。それについては大丈夫だ」


『ゴーストタウン』が『彼女』とだけ読んでいる、波界にいる知的存在と異能力者との繋がりは、波界むこうから異能力者こちらへの一方通行だけ。先ほど彼はそう言ったが、どうやらやろうと思えば異能力者側からその存在へ会話を持ちかける事が出来るらしく、そして『ゴーストタウン』はその領域に達しているようだ。


 二年前のあの日に、俺も確かに『会話』をしたはずなのだ。人間らしい姿も何も見えなかったが、普通に言葉を交わす事ができた。ならば俺もまた、『彼女』と話す事が出来るのだろうか。出来たとしても何をするんだって話だけど。


 それにしても……考えれば考える程、この世界というものは俺の知らない事がいっぱいなようだ。

 異能力者とその能力を自由に操り、さらに汚染区域に漂う能波までも自在に操作できるという、異空間に存在する謎の知性。やりようによっては、異能力者を思うがままに操り、その能力で世界さえもひっくり返してしまえそうだ。そんなの、もうほとんど神のような存在じゃないか?


「とにかくだ。集合場所の廃ビルまでは問題なく辿り着けるんだろ? それだけ分かれば大丈夫だ。うん」

「……本当に大丈夫かい?」


 そんな心配の声はすぐ傍から聞こえる。何の比喩でもなく、すぐ傍から。

 俺は今、『ゴーストタウン』の背中に隠れるようにピッタリくっついている。


「僕を盾にしなくても、能波は君を襲って来ないよ」

「分かってるよ。でもな、頭で理解していても怖いもんは怖い」


『ゴーストタウン』のおかげで波界や異能力など数多の知識を手に入れた今日の俺をもってしても、有毒だの死の領域だのと散々言われてきた能波汚染区域に足を踏み入れるとなると、どうしても尻込みしてしまう。


「手でも握ろうか?」

「やめろっ、子供じゃないんだから」


 今この時だけは、この空間の能波も無害だ。だから大丈夫。分からない部分はもう『よく分からないけど多分大丈夫』と思え。考え過ぎたら足が止まる。

 少々情けない暗示を自分にかけて、俺はようやく歩き出した。目的地の廃ビルまで、もう少しだ。

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