第57話 サイキック・コード

 異空間に繋がる穴。

 隣の青年の口から飛び出た言葉を一言一句、たっぷり十秒は使って反芻した後。


「……は? 穴?」


 俺は思わず自分の胸を見下ろす。当然目に見える穴など開いていない。その様子を面白がるように、『ゴーストタウン』はまた笑みを零した。


「言葉のあやだよ。君も言った通り、能力者と無能力者の体に生物学的な差異は存在しない。穴というもの、臓器をかき分けて隙間に空いているのではなく、人体に干渉せずともそこに存在している神秘的なナニカだとでも思ってくれればいい」

「は、はぁ……」

「イメージ的には、穴というより見えない『コード』と表現するのがより正確かもしれない。全ての能力者は不可視の管によって、能波だけが存在している異空間と繋がっているんだ。僕はその異空間を『波界』と呼んでいる」


『ゴーストタウン』は胸に手を当て、まるで見えない何かを感じ取るように目を閉じた。


「この世に生まれ落ち、波界との経路パスが生まれた者の体内に、能波が流れる。そして、魂の耀きによって能波から影が生まれる。それこそが、特殊能力誕生の原理なんだよ」

「……つまり波界っていう所から能波が流れて来るのが、全ての始まりって事か」

「そういう事だね」


 異空間。文字通り、こことは異なる空間。『ゴーストタウン』が波界と呼ぶそれと、俺たち能力者はみんな繋がっているって事か。


「俺たちは波界とやらと繋がっている。それは分かったよ。でも、それが俺の能力が勝手に動いた事と何の関係があるんだ?」

「ひとつ、認識を改めよう。君の能力は勝手に暴走したんじゃなく、外から操られたんだ」

「操られたって……そりゃ不可能なんじゃないか? 俺の能力は精神操作系みたいな内側に干渉する能力も打ち消せるんだから」


 能力を打ち消す力場――彼曰く変質した能波を身に纏っている俺だが、中身はがら空きという訳ではない。精神操作系の能力や、俺の血液や骨など体内を対象にした治癒能力なんかも受け付けない。

 能力を打ち消しているのは俺の体内から出てきている能波なのだから、真実を知った今考えれば当然の原理である。だからこそ、俺を能力で操るなんて不可能なのだ。


「そうだね、本来ならば不可能だ。でも実際に、君の能力は他者によって使われた。それは何故か」

「それは……例外が存在するって事か?」

「さて、せっかくだからここからはクイズにしよう。君の能力を遠隔操作してテロリストを殲滅した『何者か』は、どうやって無効化力場を搔い潜って君を操ったでしょうか」

「いきなりだなおい」

「わざわざ『波界』の話を直前にした事がヒントだよ」


 ここでまさかの茶目っ気を出して来やがる『ゴーストタウン』。まあ、親しみを持ってくれてるんだと思えばちょっと気も和らぐけども。


 しかし、自分の能力の根幹に関わるクイズとあらば真剣に考えざるを得ない。確か波界の話がヒントだって言ったよな。


 全ての能力者が見えない管で繋がっているという、能波で満たされた異空間。そんなものが存在するなんてイマイチ実感が湧かないけど、彼が言うのなら噓では無いのだろう。噓をクイズのヒントにするとは思えないので、波界の存在はひとまず信じよう。流石にそこまで性格悪くはなさそうだし。

 全ての能力者が波界と繋がっている。それはつまり、波界を経由して能力者同士も繋がっているという事だろうか。特殊能力の源とでも言うべき能波で繋がっている……。


 俺の能力は、能波を変質させる力。ならもしも、その能波そのものを内側から操る事ができたら、能力無効化を突破する事が出来るのではないだろうか。


「……もしかして!」


 そこで、俺はひとつの結論に辿り着いた。


「その『何者か』は波界のネットワークを経由して、俺の能力のさらに内側から俺を操っていた、とか!」


 波界を通じて能力者同士が繋がっているのだとしたら、それは言わば能力者という無数の端末で構築された巨大なネットワーク。ならば、インターネット経由で端末を遠隔操作できるように、能波で繋がっている能力者を遠隔操作する術だってあるのではないだろうか。


「サーバーを踏み台にしたサイバー攻撃があるように、今回は波界というサーバーを経由しての、俺への『ハッキング』。これが俺の出した答えだ!」

「残念、不正解だね」

「即答かよ! 迷う素振りすらねぇ……!」


 思わずがっくりと肩を落とす。そこそこいい推理だと思ったのになぁ。


「でも、『波界を通じて能力の内側から操る』という目の付け所は悪くないよ。誤解があるとすれば、確かに能力者は見えざる管によって波界と繋がっているけど、波界を経由した他者への干渉は出来ないという点かな」


 隣の青年は苦笑混じりに俺の肩を叩きながら、フォローと共に補足をしてくれた。クイズの後には解説が入るものだ。


「あくまで繋がっているのは能力者ひとりひとりと波界なんだ。とてもネットワークと呼べるようなものじゃないし、当然、波界を越えて他者を乗っ取るなんて事は出来ない。例えるならばIoT、スマートホームみたいなものかな。波界という大きな制御システムが中心にあって、そこに能力者という無数の端末が接続されているイメージさ。何かしらの干渉があるとしても、波界側から能力者への一方通行だけ。ネットワークに繋がっているからといって、掃除ロボで炊飯器の操作は出来ないようにね」


 今度の例え話は分かりやすかった。『繋がってる』という所に注目し過ぎたが、能力者同士でインターネットみたいな遠隔操作は出来ないのか。


「ん? お前今、干渉されるとしたら波界側からだけ、って言ったか?」

「ああ、言ったね」

「その言い方だと、まるでように思えるんだけど……」


 俺が指摘すると、『ゴーストタウン』は少し驚いたように眉を持ち上げた。そして、何か得心を得たように一人で頷く。


「そうか、そう言えばまだ伝えていなかったね。すまない。僕の中では前提条件のような常識だったから、分かるものだと勝手に思っていたよ」

「おい待て、俺の理解力の無さを馬鹿にしたかお前」

「してないさ。言われなきゃ気付くはずもないだろうからね、この事実は」


 意味深な言葉に、『ゴーストタウン』はこう続けた。


「君の言う通り、波界には意思がある。人並の、という表現が適切かは分からないけど、人間と同じような意識と知性がある。先ほどのクイズの答えである、君を操った存在というのもソレだ。というより、君はソレに――『彼女』に、会った事があるはずだよ」

「え? いや、俺は波界の存在すら今知ったばかりだぞ? そんなわけ……」

「思い出してごらん。僕と共に深淵を覗いた、二年前の夜を」


 夜の空気に溶けて、『ゴーストタウン』の声が耳に滑り込む。忘れもしないあの日の記憶が、眼前に引っ張り出されていくようだった。


 二年前。『ゴーストタウン』に連れられて汚染区域の中へ潜り込み、『裂け目』の前までやって来た。断面から覗いた、脳にこびりつくようなサイケデリックな空間はハッキリと覚えている。

 だが、その先にあるモノが一体『何』だったかは、どうしても思い出せない。データの規格が合わないソフトでは情報を正しく読み込めないとでも言うように、当時の俺の脳では『裂け目』の向こう側にあるモノを理解する事すら出来なかったのかもしれない。


 ただひとつ、分かった事があるとすれば。

『裂け目』の中にいる存在と明確な『言葉』を交わし、そしてこの能力を授かった事。


「そうだ。俺は二年前に『裂け目』を覗いた……あれが、波界だっていうのか!?」


 驚きを隠せない俺に、『ゴーストタウン』は頷いて肯定した。どうやら俺は、知らない内に全ての根源たる深淵を覗いていたらしい。

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