第56話 能波と能力

「君の能力について説明するにはまず、特殊能力と能波の関係について話しておかないとね」


 三年前までの生活の痕跡が残された幽霊都市を歩きながら、『ゴーストタウン』はゆっくりと語り始めた。


「能波とは、特殊能力者の体内に流れている、人の手では操る事の出来ないエネルギーの俗称。その波形パターンは能力者それぞれで、能波パターンを計測することでその能力の詳細を調べる事が出来る。これは、君も知っているよね?」

「ああ。学園で何度も習ってるよ」


 それはよく血液に例えられている。全ての人間に血が流れているように、全ての能力者に能波が流れている。そしてDNAパターンが人それぞれであるように、能波のパターンもまた能力者それぞれだ。


「それじゃあ、その起源について。能波がどこから生まれているかは、知っているかい?」

「どこから……? いや、知らないな。能波を生み出す臓器的な物も無いし、能力者と無能力者の体には医学的、生物学的な差は全くと言っていいほど無いって話も習った。どっかの学者さんは能力が発現した際の副産物だって言ってたけど……生まれた時、能力と一緒にポンっと出て来るとか?」


 俺は手で花が咲くような仕草を交えつつ話してみたが、『ゴーストタウン』は小さく笑うだけだった。不正解っぽい。


「人々は大事な部分を勘違いしている。君が悪いんじゃない、この社会全体が、捉えるべき真実を見間違えているんだ」

「含みのある言い方だな……」

「正確には、逆なんだよ」

「逆?」

「能波は特殊能力の副産物。この考え方が、真実とは真逆なのさ」


 夏のぬるい夜風が俺たちの髪を撫でる。ホログラムアクセサリーによって人工的な黒色に染まる髪を揺らしながら、『ゴーストタウン』は言う。


「特殊能力こそが、能波の副産物なんだよ。能波が人の意識という光に照らし出され生まれる影、とでも言えばいいかな。その本体は能波であって、君達が能力者の本質であるかのように振るう能力チカラはおまけに過ぎないのさ」

「えーっと、つまり……始めに能波が人間の体に表れて、それに作用されて能力が生まれるって事?」

「そういう事だ。飲み込みが速くて助かるよ」


 人の意識が光で、能力は能波から伸びる影か……こいつの例え話は分かりにくいが、理解してしまえば、妙に的を射ている事に気付く。要は、俺たちは能力のおまけとして能波が生まれていると思っていたが、その順序が逆だという話だ。


「そして君の能力は、触れた『能波の影』――他者の能力を打ち消す事ができる。より厳密に言えば、能力を打ち消す力場を鎧のように纏う能力だね。けれど君は今日、を感じ、確信した。そうだろう?」

「ああ」


 彼の問いに短く返し、俺は続く言葉を待った。


「君の考えは正解だ。その『能力無効化』は君の能力の一面でしかなく、本質は更に深い所にある」


 やっぱり、この能力には俺の知らない秘密が眠っているのか。それも、全てだと思っていた無効化能力ですら一面と言ってのけるような本質が。


「結論から言おう。君の本当の能力は、『能波の性質を変える能力』だ」

「能波の、性質……?」


 手っ取り早く答えから言われたが、そう言われても何も分からない。目に見えて理解していないと分かる俺へ向けて、『ゴーストタウン』は細かく解説を始めた。


「特殊能力者の体内に流れている能波は、人の手によって体外に取り出す事もできず、人体に影響がある訳でもないモノだ。いわば『無色』のエネルギーで、特殊能力を発現させる以外の特性は存在しない、毒にも薬にもならない代物。君の能力は、そんな能波に新たな性質を与える事が出来るんだ」

「も、もう少し分かりやすく言ってくれないか」

「そうだね……君は自分の能力について『能力無効化の膜で体を包む』といったイメージをしているだろう?その膜こそが、『能力を打ち消す』という性質を与えられた能波なんだよ」


 能力が打ち消されるのは俺の体に触れた時ではなく、俺の体を包む力場に触れた時だというのは、彩月さいづきとの特訓で明らかになった。そして『ゴーストタウン』曰く、常に俺の体を覆い尽くしているこの無効化の膜は、能力を打ち消すよう変質した俺の能波らしい。


 つまり、俺は自身の能波に能力無効化の性質を与える事と、変質させた能波を放出して自身に纏う事の二つを同時に、自動的に行っているという事なのだ。それも後者の『身に纏う』事はほとんどおまけで、本当の能力は前者の『能波の変質』。


「なるほど、そういう事か……」


 情報の整理がつくと、段々と理解が出来るようになった。

 特殊能力を打ち消す能力は、この能力の一面でしかないと『ゴーストタウン』は言った。つまり俺の能力は、自身の能波に能力無効化性質を与える事もできるのだろう。


 ――例えば、至近距離で放たれた『電離気体プラズマ』や、廃工場の壁や天井などの『物質』みたいな、ような性質とか。


「テロリストに撃たれそうになった俺が無事だったのは、能力無効化よりも深みにある本質が引き出されたから、って事か」

「その通り。今の君にはまだ出来ないけれど、その能力を完全に使いこなせるようになれば、自身の能波を好きなように変質させ、身に纏う事が出来るようになる。対能力者どころか、あらゆる戦闘において最強の盾である矛になりうる能力なんだ」

「そ、そこまでなのか……」


『ゴーストタウン』の言い方は少し大袈裟にも思えるが、一方で、そうかもしれないとも思う。囚われていた部屋の惨状を目の当たりにした俺は、この能力が秘める暴力性を知っているから。

 複数人の武装者を一瞬で戦闘不能にし、壁や天井までも抉り飛ばすような破壊力。その瞬間こそ目にしてはいないものの、これは絶対に制御しなければいけない爆弾だ。


「二年前、君に能力を与えた際に『それは能力を打ち消す能力だ』と説明したのも、当時の君では、そのチカラを完全に引き出す事が出来なかったからなんだ」


 俺が自身の能力についての思考に没頭しそうになっていた時、隣を歩く『ゴーストタウン』はふと、申し訳なさそうに目を伏せた。


「なぜ能力無効化だけが真っ先に機能したのかは別の機会に話すとしても、知っての通りその能力はもともと君のものではない。後天的に植え付けたものである以上、適合するまでには時間を要するんだ。だから当時は話さなかった。でも、その決定は僕の独断に過ぎない。君が当時の説明不足について怒っているのであれば、素直に謝るよ」

「……そっか」


 社会の裏で大規模な事件を引き起こすだけの能力と、得体の知れない思考と雰囲気についつい警戒してしまうが、話してみると、彼は意外にも普通の青年だった。言葉選びは小難しいけど、今だって素直に謝ろうとしていたし、案外話し合いも通じる相手だ。


「別に怒っちゃいないよ。当時の自分に出来ない事を説明されても、どうにか引き出してやろうと無駄に迷走してたかもしれないし」


 だから俺も、変に勘ぐったりせず、出来るだけ率直に気持ちを伝えた。

 人々の喧騒も行き交う車両も無く、ここに俺たちの会話を妨げるものは何も無かった。だからだろうか。言葉を交わせば、いつも以上に心を通わせられると思えたのだ。


「ここで全部話してくれたんだし、その事は不問とする」

「そう言ってくれるのなら嬉しいよ」


 俺の言葉に、彼は笑みと共にそう答えた。


「なら、最後まで説明してあげないとね」

「ああ、きちんと頼むぞ。もうひとつ聞きたい事があるからな」


 俺が目を瞑っていた数秒間で、テロリスト達との決着がついていた。俺が一番疑問に思っているのはそこだ。


「俺の意図しない所で能力が発動した。しかも、さっきお前が説明した『能波の変質』とやらが最大限に引き出されたうえでの破壊だ。アレは一体何なんだ? アレにも理由があるのか?」

「勿論さ。ここで最初の話に戻ろう。僕はまだ、能力者の能波がどこから生まれているかについての答えを言っていなかったよね?」

「あ、そう言えばそうだな」


 特殊能力の副産物かと思われていた能波だが、その実は逆であり、能波から特殊能力が生じたのだと説明された。なら、その能波はどこから生じているのか。

 疑問の籠った俺の視線を受けて、『ゴーストタウン』は胸の辺りを人差し指でトントンと叩く。そして突拍子もない事を言い出した。


「能力者の体内には、異空間に繋がる穴が存在するんだ」

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