第55話 少年と青年の深夜徘徊

 俺は深夜に、『ゴーストタウン』と一緒に東京西部へと続く電車に乗っている。聞く人が聞けばひっくり返るような状況である。何せ彼は、百人以上もの能力者を昏睡状態にした前代未聞の犯罪者なのだから。


「……さすがは東京って感じだね。終電間際でもこの混雑とは」


 しかし今、俺たちは別の意味でひっくり返りそうになっていた。一言で言えば、満員電車でおしくらまんじゅう状態。

 東京の満員電車をなめてはいけない。日付が変わりそうなこの時間まで働いている社会人のなんと多い事か。こんな時間にうろついている学生おれたちに構う人など誰もおらず、皆が自分の姿勢を保つだけで精一杯だった。


 ちなみに今の『ゴーストタウン』は、ホログラムアクセサリーによって黒髪に変装している。滲み出る異質な雰囲気も、少しは紛れているかもしれない。


「お前はあんまり電車に乗らないのか?」

「移動は『霊』の能力を使えば十分だからね。この能力を使いこなせるようになってからは、片手で数えるほどしか乗った事がない」

「へぇー」


 いつもは全てを見通すかの如く落ち着いた笑みを浮かべている『ゴーストタウン』だが、今はほんの少し疲れが見える。つり革に掴まりながら、小さくため息をついていた。

 もしかしたら、慣れない満員電車に疲弊しているのかもしれない。こいつにも人間らしい一面があるんだなぁ、と何となく安心する反面、彼の不健康そうな細い体が人の波で潰れてしまわないか、少し心配にもなってしまう。


「でも、今回ばかりはしょうがないさ。無効化能力を持つ君を離れた場所まで運ぼうにも、能力を使う事ができないからね」

「それもそうだな……」


 念動力でも運べず、空間転移も発動させない。俺の能力は荷物になる場合にはトップレベルで運びにくい代物だ。


「廃車や組み立て式の簡易部屋といった『入れ物』に君を入れて、風圧で吹き飛ばして運ぶ方法も考えたんだけど、着く頃には君が生きてるかどうかも怪しいからね」

「絶対にやめてくれよ」


 思わず、入れ物の中でぐちゃぐちゃになる姿を具体的に想像しそうになったのを、首を振って振り払う。能力で俺を運ぶのが難しい以上、こうして一般人に紛れるように電車移動するしかないのだ。


 周りに人がいる状態では詳しい話をする訳にもいかず、目的の駅まで二人して必死に耐え続けた。

 西へ西へと向かうごとに人が減って行き、乗客の過半数がいなくなった頃、俺たちも電車を降りた。もうひとつ別の電車に乗り換えると、見違えるほど人がいなくなった。俺と『ゴーストタウン』が座っている車両には、俺たち以外に三人ほどしかいない。


「西に行けば行くほど人がいなくなるね」

「やっぱ『裂け目』が原因だろうなぁ。アレを中心にした周囲二キロの封鎖区域の外は安全だって言われても、得体の知れない災害地には近付きたくも住みたくもないんだろうさ」


 実際、能波災害によって瓦礫の山と化した地域は、封鎖されている『能波汚染区域』の外にも広がっている。もはや東京西部の大部分が人の住める場所ではなくなっており、周辺の無事な建物にいた住民でさえも、更なる二次災害やあるかもしれない『二度目』を恐れて皆が退去してしまったという。そうして、東京西部は世間で『瓦礫街』と呼ばれる、本来の意味での幽霊都市ゴーストタウンとなったのだ。


「で、何となく予想はしてるんだけど、今向かってるのはやっぱりその『裂け目』?」

「惜しいね。汚染区域内ではあるけれど、目的地はただの廃ビルだ」

「廃ビル? そこに何の用が」


 俺のもとに届いたメッセージには集合場所と時刻しか記されていなかった。なので俺は、これから何をするのかを知らない。

 昼間に彩月さいづきと共に会った時は、こいつは『助けたい人達がいる』と言っていた。そして、『対能力者戦における最強のジョーカーである俺の能力が必要』とも。つまり、彼の助けたい『誰か』を助けるには、何かと戦う必要があるという事だ。


「そう身構えなくても、今日は誰とも戦わないよ」


 俺の心は読めないはずだが、考えている事が顔に出ていたのだろうか。隣の座席に座る『ゴーストタウン』は小さく手を振りながらクスリと笑った。


「昼に言っただろう? 今は有用な協力者を集めている段階だって。これから、集まってくれた仲間たちに君を紹介しようと思ってるのさ」

「ふぅん……って、ただの顔合わせならこんなド深夜に開かなくたっていいじゃん! テロ事件に巻き込まれたばっかりで超疲れてるんだけど!?」

「こういうのは早い方がいいだろう? それに、昼間だと汚染区域の警備に人が追加されて面倒だしね」

「……まあ、挨拶だけって言うなら、まだいいけどさ」


 こんな時間に集まるような能力者たちなんて、きっと一癖も二癖もあるようなやつらに違いない。こうして『ゴーストタウン』に付いてってる俺が言えたものじゃないけど。

 全員が『ゴーストタウン』級のバケモノだったらどうしよう。まさか俺以外の全員が犯罪者とかじゃないよな……? もしくは俺みたいに何かしら大事な秘密を守ってもらってるような――ある意味手綱を握られているような関係だったり?


 想像などいくらでも出来るが、勝手な妄想で不明瞭な不安を消そうとしても、それどころか具体的な想像がより不安を掻き立てる一方なので、これから会う人達については考えないようにする。


 やがて電車は西端の終着駅に到着した。もっとも、三年前まではこの駅も終着駅などではなく、線路もさらに西に続いていたはずだ。しかし今は、能波による未知の汚染を恐れ、電車ではこれ以上先に進めなくなっている。


『裂け目』から漏れ出す能波は、濃ければ濃いほど人体に悪影響を及ぼす。そして何より怖いのは、その原理や対抗策が全く分からない事。放射線や黄砂、化学物質などとは訳が違うのだ。東京の中心から離れたこの土地は元々人が少なかったらしいが、今ではほぼ無人となっている。


「薄々思ってたけど、タクシーとかも無さそうだなぁ……」

「歩くしかなさそうだね。それとも、ここからでも飛んでみるかい?」

「絶対やめろと言ったよな」


 彼も本気で言った訳ではないだろうが、俺は本気で拒絶した。何せ彼は、放棄されて無人となった工事現場にある簡易トイレへ視線を向けながら提案しやがったのだ。アレに俺を突っ込んで吹き飛ばそうと言うのかこいつ。


 冗談はさておき、俺はスマートバンドで地図を開き、汚染区域までの距離を調べた。


「うわっ、こっから歩いて一時間以上……下手したら二時間かかりそうだな」

「仕方ないさ。他に方法はなさそうだ」


 こいつ、移動はほとんど『霊』に能力を使わせていたって言ってたけど、長時間歩く事についてはすんなり受け入れるんだな。満員電車は初めてだから疲れただけで、運動自体はそこまで苦手じゃないのか?


「ま、しょうがないか。良い運動だと思えばいいな」


 観念して、俺も『ゴーストタウン』と並んで夜道を歩き出した。彼は念のためにと変装は解いていないが、その必要も無いほどに人の気配がしなかった。学園周辺は夜でも人だらけだから、この静けさは何だか新鮮だ。


「せっかくだし、何か話をしようよ。そうすれば長時間移動もあっという間だろうしね」

「話って言ってもなぁ。何話すんだ?」

「そうだね……君が気になっている事があれば、その疑問に答えてあげるよ。協力に応じてくれたお礼って事で」


 俺が彼に協力するのは、俺の秘密が洩れないよう助ける事の条件だったはずだから、それに礼をされるのも違う気がするけど……まあ、せっかくの機会なのでありがたく受け取っておこう。


「気になってる事か……」

「何でも聞いていいよ。例えば、

「……っ!」


 真っ先に思いついた事をドンピシャで当てられ、ビックリして隣の青年の顔を見た。彼は相変わらず笑みを浮かべたまま。俺にとってはとても大きな謎だが、彼にとっては隠すほどでもない情報のひとつなのだろうか。


「……じゃあ、話してくれよ」


 ヒントではなく直接答えを教えてくれるというのなら、願っても無い申し出だ。


「自分から言うくらいなら、お前はきっと全部知ってるんだろ?」


 二年前、俺は『ゴーストタウン』に連れられる形で『裂け目』へと到達してこの能力を得た。他の人みたいに『ゴーストタウン』からではなく、何故か『裂け目』から貰ったチカラなのだ。

 その時、彼はこの能力について『あらゆる能力を打ち消す能力』だと言っていた。だが、それがこの能力の全てでは無いことを、俺は今日知った。


 目を閉じていた数秒間で、俺を閉じ込めていた部屋は半壊し、テロリストたちは全員気を失っていた。リーダーの女性が言うには、それは俺がやった事らしい。俺の能力には、俺の知らない攻撃性が存在するのだ。それは絶対に知っておかなくちゃいけない。


「俺の能力の全てを、教えてくれ」

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