第54話 大きな隠し事

 学園長室を出た先で、廊下の壁にもたれて立っていた彩月さいづきと目が合った。


「あれ、お前何してんの?」

流輝るき君を待ってたんだよ。情報部に行くんでしょ?」

「ああ、それか。先に行ってても良かったのに」


 一昨日『ゴーストタウン』対策本部を作った俺たちは、本来ならば昨日の放課後にケンたち学内情報部に事情を話して協力を申し出るつもりだったのだ。しかし、昨日はテロ事件がありそれどころではなく、結局話は出来なかった。なので今日の放課後にその話をしに行こうと、双狩ふがりが提案したらしいのだ。彼女は先に向かっているという。


「それで、?」

「……」


 部室棟へ足を進めながら、彩月は俺の顔を覗き込んで訊ねる。彼女が言っているのは、ケンたちに『ゴーストタウン』の事をどこまで話すか、という事だ。


 彩月も昨日見た通り、『ゴーストタウン』は俺の秘密を守る手助けをしてくれた。彩月に俺の幽閉場所を教えたのも彼だと聞いた。彼自身の言葉通り、彼は俺たちの味方でいてくれているらしい。

 そして彼は『ゴーストタウン』対策本部についても知っているらしかったが、その上で、俺たちの前に悠然と姿を現した。学生の立てた対策本部などに情報が漏れても何も問題は無いと確信しているのか、それとも俺の秘密を知っているというだけで、言葉にせずとも口止めが成立していると考えているのか。


 ともかく、俺と彩月が『ゴーストタウン』と対面したという事実を皆に話せば、確実に話の流れや掴んだ情報について訊ねられる。そうなれば、彼がテロリスト達の記憶を改竄した事や、その理由――つまり、俺の能力の秘密について近付く事になる。


「……やっぱり、昨日あいつに会った事は言わないでもらえるか?」


 この学園に通い続けるためには、俺はこの秘密を隠し続けなくちゃいけない。でもやっぱり、伝えるべき時には伝えるべきだと思っている。特に、幼い頃から俺を助けてくれたケンには、こんななし崩し的な展開ではなく、もっとちゃんとした場面で真実を伝えたい。


「おっけ。一昨日病院で話し合った事を、そのまま鶴斬つるぎ君たちに伝えるって感じだね」


 俺の意を汲みとったのか、彩月は多くを聞かず、静かに頷いてくれた。


「悪いな。隠し事を強要してるみたいで」

「何言ってるのさ。流輝君が謝る事じゃないよ。ボクもそうするべきだって思ってたしね」

「そう言って貰えると助かるよ」

「それにひとつの秘密を共有してる仲だしね。なら一蓮托生、共犯者ってことで!」

「別に犯罪はしてないけど……」


 いや、能力を使って一般人に危害を加えた『ゴーストタウン』の情報を意図的に隠すのは、見方によっては犯罪幇助ほうじょと言えるかもしれない。保身のために罪を犯すような真似はしないと声に出して告げたのは確かだが、改めて現状を確認すると、その信念に背いていないかと思ってしまう。


 ただ、これは俺の秘密を守るためじゃない。『ゴーストタウン』が不利にならないよう動いているのだって――


「そうだ、『ゴーストタウン』繋がりで気になってたんだけど」


 容赦なく廊下に差し込む夏の日差しに目を細めながら、彩月は俺を見上げた。


「昨日あれから、彼から連絡とか来てたりしない? ボク、まだ彼の事ちょっと疑ってるんだよね」


 彩月は訝し気に眉をひそめながら言う。


「流輝君の力を借りる事について昏睡事件とは関係ないって言ってたけど、だからと言って完全な善行とも思えなくてねー」

「まあ、疑わしいのもしょうがないよな、相手が相手だし。俺もどんな話が出て来るか不安だ」


 俺は努めて平静を装う。違和感が出ないよう気を付けながら、またひとつ


「でも大丈夫、まだ何も来てないよ。あいつも『また後日』って言ってたし、しばらく時間が空くんじゃないか?」

「まあ、それもそうかな」


 まだ少し引っかかる部分はあるみたいだが、一応は納得したみたいだ。

 何を考えているのか分からない彼女だが、その勘は時に、異様に鋭く真実を突き刺す。隠し事をしている身としては、言葉を交わすだけでも実にヒヤヒヤする。


「でも、何かあったらボクにも言ってよ? 迷惑をかけちゃうかもしれないから、とか何とか言って一人で突っ走るのはナシだから」

「うっ、俺が言いそうな事を……やっぱお前にはお見通しか」

「でしょ? 分かっちゃうんだから」

「そうだな。何かあったら遠慮なく頼るよ」

「ならよろしい」


『ゴーストタウン』絡みの不安を打ち消すように、彩月は彼女らしい明るい笑顔を浮かべた。


「彼に何かされたらボクがぶっ飛ばしてあげるから。どれだけ能力を持つ『霊』を隠し持っていたって、ボクが本気を出せばちょちょいのちょいだからね!」

「それは頼もしいな。学園最強が味方なんて」


 シャドーボクシングをしながら元気に語る彩月に笑みを返しつつ、俺は湧き出る罪悪感をひっそりと押し留める。


 これから先、俺は大勢の人に隠し事をして生きていく事になる。申し訳なさや罪悪感にも、早いうちに慣れておかなければいけないのかもしれない。

 秘密を隠し続ける事が人を救う事に繋がるのなら、俺が感じる後ろめたい気持ちなんて些細な問題だ。俺が『ゴーストタウン』に――『彼ら』に協力すれば、多くの人が救われる。彼はそう言ってくれたから。


 ――彩月。お前が本当に戦うべき相手は、『ゴーストタウンあいつ』なんかじゃないはずだ。


 明日から始まる夏休みに浮かれているのか廊下を歩くだけでも楽しそうな隣の少女を見て、彼女にかけてあげるべき言葉を飲み込んだ。今必要なのは、言ってもどうにもならない言葉をかける事ではなく、今を楽しむ彼女の近くで一緒に笑ってやる事なのだから。


 俺は彩月に噓を吐いた。

 本当は昨日の夜、俺は『ゴーストタウン』と会って話をした。


 俺はたった今結んだ彩月との約束を破る事になる。

 俺に『何か』があった場合でも、俺は彼女に助けを求める事はできない。


 でも。それは全部、お前のためなんだ。


 そんな手垢のついた言い訳のような台詞を、心の中で呟く。

 俺が『ゴーストタウン』の味方をするような行動を取るのも、全て彩月を救う為。意図しない形で彼女の秘密を知ってしまった俺ができる、せめてもの償いと恩返しのようなものだ。


 全ては、昨晩の出来事が始まりだった。





     *     *     *





「夜でも暑いなぁ……」


 日付が変わりそうな深夜に一人、俺は駅前のコンビニの前で人を待っていた。特別に熱帯夜という訳でもないのだが、夏の夜は蒸し暑い。風が弱いのも不快感に拍車をかけていた。


 警察や管理局の人達との事情聴取が終わり、寮で男子たちに質問攻めに遭った後。ベッドに入ろうとしていた十一時過ぎに、俺のスマートバンドにメッセージが届いたのだ。そこには場所と時刻が記載されており、そこで待ち合わせをしようという旨のメッセージだった。

 登録していないアドレスだったのだが、文末に付け加えられた差出人の名前を見てしまえば、俺はすぐにでも動かざるをえなかった。たとえ、明日も学校のある高校生にはキツイ時間帯だとしても。


「やあ、待たせたかな」


 噂をすればなんとやら。じっとりとした暑さに耐え切れずコンビニに入ろうかと思った時、待ち人はやって来た。無地の白シャツと簡素なズボンという夏らしいラフな格好で、が俺の隣に歩いて来た。待っていた人と微妙に違う。


「……そっくりさん?」

「ああ、すまないね。この髪は変装用だよ」


 俺の疑問に気付いた彼は、右耳に付けていた丸い飾りのイヤリングを指でつまむ。すると彼の頭部にノイズが走る。数秒後、そこには俺の記憶通りの、肩まで伸びた白髪が現れた。どうやらホログラムで本来の白髪の上から黒髪を映し出していたようだ。


「ホロアクセというやつさ。なかなか便利だろう?」

「能力者が髪色全体を偽装するような装飾品を付けるのはマナー違反だけどな」

「いいじゃないか。僕は実質指名手配犯みたいなものだしさ」

「管理局に目を付けられてる自覚はあったのか……」

「当然さ。噂が広まるよう促したのも、監視カメラや目撃者の記憶といった証拠を残したままにしているのも、全て僕自身の選択なんだから」


 涼しい顔で言ってのける彼からは、底知れない何かを感じる。何もかもが彼の思い通りなのではと思考が飛躍してしまい、少し怖くもなる。だが今日に限っては、彼は敵ではないのだし、少しは安心してもいいのだろうか。


「半日も経たずにまた会うとはな、『ゴーストタウン』」


 目立つからか、今夜は能波の塊である『霊』は一体も連れて来ていない。傍から見れば、夜中に散歩をしているただの大学生。

 それでも、その計り知れない実態の一端を知っている俺からすれば、街の中を悠々と歩いている事自体が奇妙に思えてしまうような存在だ。


「さっそくだけど、ひとつ良いかな?」

「お、おう……何だ?」


 都市伝説としてまことしやかに噂され、犯罪者として管理局にも探られている、得体の知れない能力者。そんな『ゴーストタウン』こそ、俺をここに呼び出した張本人。会って早々、何を言い出すつもりだ……?


「今日は暑いし、アイスでも食べないかい?」

「……」


 身構えていた俺の耳に入って来たのは、そんなごく普通で庶民的な提案だった。

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