第52話 大人は見ている
「いやぁー、あっついねぇ。君達の半袖シャツが羨ましいよ」
学園長室へ向かう俺の隣を歩きながら、
そう言えば、
「ただの興味本位の質問なんですけど、実働部隊の仕事で戦う時もそのスーツなんですか?」
管理局の人と話せるいい機会だし、個人的な疑問を投げかけてみた。暑さにやられて不機嫌そうな顔をしていた鎖垣さんだが、俺の視線に気付くと笑顔を返してくれた。
「動きにくそうって思うだろ? ところがどっこい、これは戦闘用に調整された特別仕様なんだ。防炎防刃はもちろん、温度変化や衝撃にも耐えられる。他にも壊れたら自動で救援を呼ぶ内蔵チップだったり、安っぽいけどそれなりのホログラムを作れる投影装置だったり、いろいろと機能が満載なワケ」
「なるほど……服っていうより、ほとんど防具みたいなものですね」
「そそ。一応、熱中症でぶっ倒れないよう小型冷房装置もついてるんだけど、この暑さだと焼け石に水ってヤツさ」
鎖垣さんは肩をすくめてため息を零す。
社会人としての制服ではなく、実働部隊としての装備なのか。夏でも長袖なのもそれが理由なんだろう。
「そうだ。オレからも一つ、興味本位の質問をいい?」
廊下ですれ違う生徒に愛想よく手を振りながら、鎖垣さんは俺へ訊ねる。
「君、今の生活は楽しい?」
「……え?」
いきなり予想外の問いが来て、俺は反射的に鎖垣さんの顔を見上げた。教室でもう一人の管理局員とコントのようなやりとりをしていた愉快な雰囲気のままで、しかし俺へ向けられる栗色の瞳は、大人びた静けさを宿していた。
「そうですね……楽しいですよ」
ふざけ半分で聞いているのではないと察し、俺はちゃんと考えてから口を開いた。
「友達と遊んだり、勉強したりするのは楽しいです。努力が思うように実らない事も多いですし、よくいろんな事に巻き込まれますけど、この学園にいられて良かったなって思います」
この学園に入学するまでの経緯――この能力の出所については人に言えるようなものではないし、決して褒められた事でもない。でも、こんな学園生活を過ごせているのは、間違いなくあの時の選択のおかげ。それについての後悔は、もうしない。
「なら良かったよ。青春は大事にしなきゃだしな」
俺の答えを聞くと、鎖垣さんはニカリと笑いながら俺の肩を叩いた。質問の意図が分からない、と俺の顔に書いてあったのか、彼は歩きながらこう続けた。
「実は、隊長から君の話を聞いたんだ。あ、知ってると思うけど隊長ってのは天刺隊長の事ね。あの人、君と
「天刺さんが……?」
「君達二人、立て続けに事件に巻き込まれてるじゃん? ショッピングモールでの爆破魔事件とこの前の能力暴走、そんで昨日のテロと誘拐。君は三年前の『能波災害』にも巻き込まれてたんだろ? 若者の心に一生モノの傷を残すには十分すぎる体験の数々だ。いち大人として心配にもなる」
さっきの質問は、俺のことを心配してのものだったのか。出会ったばかりの人にさえ心配をかけている事に申し訳なく思う反面、改めて言われると確かに濃厚すぎる学生時代だと、自分でも驚いた。
「ありがとうございます。でも、俺は見ての通り大丈夫ですよ。それなりに怖い思いもしてますけど、トラウマとかも無いです。確かに俺はいろんな事件に巻き込まれてますけど、俺はその度に、誰かに助けられていますから」
三年前は天刺さんに命を救われた。ショッピングモールでの事件は彩月がトドメを刺したし、
俺は人に助けてもらってばかりだ。俺もいつかは、人を助ける側の人間になりたい。能力を得たからには、このチカラで人を救わなきゃいけないんだ。
「そっかそっか。いやはや、たくましいねぇ。話に聞いてた通りだ」
「話って、俺の話どこまで聞かされてるんですか? まさか管理局中に……!?」
「あっはは! そんな驚かなくてもいいぜ? ちょっとした世間話に名前が挙がっただけだ。別に管理局が君に目を付けてるとかじゃないから」
「そ、そうですよねー。すみません」
誰にも言えない事、特に
「あっと、そうだ。これも隊長から聞いた話なんだけどさ」
鎖垣さんは周囲を見渡して誰もいない事を確認してから、僅かに声のボリュームを落としてから続けた。
「君達、『ゴーストタウン』の対策本部作ったみたいじゃん」
その名が挙がって、緊張からか無意識に力が入るのを感じる。もしかしたら来るかもと思ってたけど、やっぱり聞かれるよな。
「ええ、まあ」
針鳴先輩のお見舞いに行ったあの後、彩月が持ち帰った『ゴーストタウン』についての情報と、俺たちで『ゴーストタウン』から学園を守るための集まりを組織した事を、天刺さんには報告してある。『ゴーストタウン』について追っている管理局員として、鎖垣さんがこの話を聞いているのは当然だろう。
ただ、昨日の出来事を経て、
「でも、それほど大したものじゃないですよ? 対策本部とは言っても、警察や管理局の方みたいに積極的に捜査をするわけでも無く、ただ警戒するだけの集まりですし」
「いやいや、集まるってだけでも意味はあるさ」
子供だけで危険な事をするな、と注意される事も想像していたが、鎖垣さんはそれを否定しなかった。
「相手は目的も手段も能力も、全てが未知数の能力者だ。特殊能力を自由に入れ替えられるっつー都市伝説としての『ゴーストタウン』もそこそこ広まっているし、裏にどれほどの協力者がいるのかも不明瞭。まあ一言で言うなら、超ヤバいヤツだ。警戒するに越した事は無いし、頼れる仲間がいるってのはいいもんだぜ」
やはり百名以上もの昏睡者を出している『ゴーストタウン』の話になると、鎖垣さんの纏う空気も若干張り詰めたものになる。しかし俺を気遣ってか、すぐに元の笑顔へと切り替えた。コロコロと表情が変わる人だ。
「それに、ちょっと不謹慎かもしれないけど、部活みたいで面白そうじゃん?」
「部活ですか」
「ほら、対策本部も後ろに『部』って付いてるし、申請したらギリ部活として認可してくれるんじゃね? この学園、そこんところ緩くていろんな部活があるのもウリの一つじゃん」
なんて無茶苦茶を言い出すんだこの人。『ゴーストタウン』の事は公に出来ないと分かった上でのジョークなのだろうが、考え方が突飛だ。
「そしたら部費も貰えるしさ、作戦会議と称してファミレスでメシ食いに行ったりできるぜ? 実質タダ飯!」
「な、なかなかずる賢い事考えますね……」
「いつの時代も、若者の懐事情は厳しいもんだからな。悪知恵は働かせてなんぼだ」
鎖垣さんはニヤニヤと悪い笑みを浮かべて言った。管理局の人は皆が真面目な人なのかと勝手に思っていたが、こういう人もいるみたいだ。
社会人としての一般論ではなく学生に寄り添った身も蓋もない助言をしてくれる鎖垣さんのような人は、初対面でも話しやすかった。
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