第51話 救世主の卵

 自分の席で数名のクラスメイトに囲まれる俺は、話題を変えるように小さく咳払いをした。


「それにだな。俺への謝罪より、やるべき事はあるはずだぞ?」


 集まるクラスメイト達へそう呼びかけ、俺は右隣へ視線を向ける。机に座って俺たちの様子を眺めていた彩月さいづきと目が合うと、彼女は不思議そうに頭を傾けた。


「俺たちが助かったのは何から何まで全部彩月のおかげなんだ。まずはそれについて感謝するべきなんじゃないか?」

「え?」


 いきなり話の中心に置かれ、目を丸くする彩月。俺を囲んでいた数名のクラスメイトも、そんな彼女へ向き直った。


「そうだよ、お前は俺たちの命の恩人だ! ありがとな!」

「戦いにしか興味が無い戦闘狂って噂を信じちゃってたけど、本当は優しいのね!」

「うへへ、それほどでもないよ。いやそれほどでもあるかなー。もっと褒めてもいんだよー?」


 一斉に感謝を述べられ、彩月はお気持ち程度に謙遜するも、まんざらでもないようだった。ニコニコ笑顔でご満悦な様子。


「テロリストたちを一瞬でボコボコにするんだもんな。さすがはランク1位だぜ!」

「校内を駆け回って全ての敵を倒すなんて、まるでヒーローよ。かっこよかったわ!」

「え、そうかなー? さすがに言い過ぎじゃなあい?」

「そんな事ないよ! 私ファンになっちゃいそう!」

「俺も憧れちまうぜ!」

「え、ええーっと……そんなに?」


 立て続けに褒めちぎられ、始めは調子に乗っていた彩月の威勢が段々となくなっていく。

 俺が言えたものじゃないけど、彩月が他の同級生と話している所はあまり見た事が無い。転入早々ぶっちぎりの強さで1位になった雲の上の存在である彩月は、こうも直接的に感情をぶつけられた事が無いのかもしれない。次第に焦りのようなたどたどしさが見えてきた。


 何事も余裕綽々でこなしてみせる彩月がうろたえるなんて新鮮だなぁ、とぼんやりと眺めていたが、それは他の奴らも同じなのかもしれない。絶対的強者の意外な一面を見られた事が面白いのか、クラスメイトたちの大絶賛大会は次第に加速していった。


「変な二つ名や噂が飛び交ってるけど、他の皆も本当の彩月さんを知らないなんて勿体ないわ」

「2位の志那都しなつにもファンクラブあるくらいだし、1位の彩月にあってもおかしくは無いよな」

「私達で、強くて優しくて可愛い彩月さんの事をもっと広めましょう!」

「ミステリアス最強ヒーロー万歳!!」

「星天学園の生ける伝説! 希望の星!!」


 彼らもわざとやっているのだろう。あまりに大袈裟過ぎるべた褒めコールは続いた。もっと褒めろと冗談半分で言ったのは彩月なのだが、本人は徐々に恥ずかしくなったのかすっかり黙ってしまった。話を彩月へと誘導したのは俺だし、少し申し訳なくなって来たので止めてやろうかと思っていた時。


「う、うわあああああああああ!!」


 ついに我慢ならなくなったのか、顔を赤らめた彩月は椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がり、風のような速さで俺の背に隠れた。そのまま襟首をひっ掴んで盾を構えるが如く俺を引きずって縮こまった。


「ボクの凄さがみんなにも伝わったみたいで嬉しいなあ! あはははぁー!」

「うぐっ、くるしい……彩月、俺は盾じゃない……」


 余裕そうに振る舞っているが全然余裕には見えない。声も上ずってるし、照れを隠すように笑いながら俺の首を引っ張っていた。

 彼女は人の好意に慣れていないのかもしれない、なんて分析している暇も俺には無かった。それほど力は強くないものの、襟首を引っ張られれば首も簡単に締まる。気道を確保するために床に倒れ込んだ俺は、本格的にプロレス技をかけられたみたいになっていた。


「あんたら、何やってんのよ……」


 これだけ騒げば人も集まって来るもので、新たに増えた物見客の中には、呆れ顔で俺たちを見下ろす双狩ふがりの姿もあった。


「ご、ごめんね彩月さん。ちょっとからかい過ぎたかな」

「思いのほか親しみやすい奴なんだって思うとつい……」


 ボディービルの掛け声のように矢継ぎ早に称賛していたクラスメイト達も、さすがにやりすぎたと謝る。まだ恥ずかしさが残るのか、彩月は少し頬を赤らめたまま大袈裟に咳払いをした。


「まあ、今回はこのくらいで勘弁してあげるよ」

「この期に及んでまだ強がっている……」

「何か言ったかな?」

「いやなにも」


 俺は今朝自分で絞めたうえに追撃を喰らってそろそろ壊れそうな喉をさすりながら、彩月から向けられた視線を躱す。今の彩月は照れ隠しで何かを破壊しそうなので無闇に触れないようにしよう。

 始めて見る彩月の一面は新鮮だが、同時に何が起こるか分からない凶悪ビックリ箱みたいな危険性もある。矛先が向くとすれば一番近くにいる俺だろうし、注意しなくては……。


「そういえば気になってたんだけどさ」


 と、俺と彩月を囲むクラスメイトのうち一人が新たな疑問を投げかけて来た。


「芹田と彩月ってどういう関係なんだ?」

「え?」

「どう、って?」


 予想外の質問に、俺と彩月は同時に聞き返していた。


「ほら、お前ら何か特訓みたいな事してるし、よく一緒にいるだろ? 珍しい組み合わせだなーってずっと思ってたんだよ」

「そうそう。私たちも話してたよね」


 一人の男子の言葉に、他の者も頷く。特訓を初めて最初のうちは、確かに俺たちについて勘ぐるような噂が流れたような気がする。日が経つにつれて消えて行ったと思っていたのだが、彼らの中ではずっと疑問に残っていたようだ。まあ実際、これだけ有名な彩月が誰かといるってだけでもだいぶ話題になるのは確かだし、そりゃ気にもなるよな。


「どういう関係、か……」


 パッと思いつかなかったので少し考えてみたが、これがなかなか難しかった。


 師弟と言うほど堅苦しい関係でもない気がするが、友人と言うとさっぱりし過ぎているというか、それだけではない気もしてくる。1位の座を狙うライバル候補、と言うには今の俺のランクはかけ離れ過ぎているし……高校生らしい甘酸っぱい関係では、まずないだろう。

 俺からすれば何度も助けられた恩も感じているし、秘密を打ち明けられたほどには信頼している。けど、俺からの一方的な印象を『関係性』とは呼べないし、上手く表現できる言葉が見当たらない。


「何なんだろうな、俺たち」

「何なんだろうねぇ」


 考えれば考えるほど、自分でも不思議に思うような奇妙な関係である。彩月もおおよそ同じ事を考えていたのか、顔を見合わせて、二人して答えを出せないでいた。


 だが、その僅かな沈黙を全く別の意味と捉えたのか、質問してきたクラスメイトたちはにわかに騒ぎ立て始める。


「やっぱり、ただならぬ関係じゃなかったんだな!」

「詳しく聞かせてちょうだい!!」


 見るからにお喋り好きという印象の男子やこの手の話題が好きそうな女子が食いついて来た。


「お、落ち着け落ち着け。別に思ってるほど楽しい話題じゃ――」

「隠すなって芹田ぁ~。同じB組の仲間じゃないか!」

「ほとんど初会話なんだけど……!?」


 距離の詰め方が素早過ぎる。俺もこれくらい積極的なら一年の頃からクラス内にも友達出来てたのかな……ってそうじゃなく!


「いや本当に、お前らが思ってるような関係じゃないぞ」

「ホントかぁ? 二人ともそれぞれ違う意味で有名人なんだし、隠してもすぐバレると思うぞ?」

「そうだよ! それならいっそ私達に話してみない? 大丈夫、変に噂広げたりしないから!」

「おぉー、めんどくさっ」


 一緒に巻き込まれている彩月は、隠しもせず笑顔で悪態をついた。目立ちたがりな所もある彼女だが、こういったスキャンダルめいた面倒ごとは好まない様子。まあ、そんな浮ついた噂が広まっても、百害あって一利なしというやつである。俺も同感だ。


 先ほど彩月へ向けて放たれた熱量が再び火を吹く前にどうにか逃げられないかと考え出したが、囲まれているこの状況だと簡単じゃない。

 そんな時、ふと目が合った双狩に、俺は視線で助けを求めた。俺のヘルプコールが伝わったのか、クラスメイトの悪ノリに乗っていなかった彼女は口を開く。


「で、本当の所どうなのあんた達」

「お前も敵かっ!」


 全くもって伝わっていなかった。まさか双狩までこの話題に食い付くなんて。

 無いものをあると思っている奴を納得させる事ほど難しいことはそうそうない。俺と彩月の間に特別な関係があると勘違いしている彼らをどう説得したものか……。


「おっ、人気者だね芹田くーん」


 助け船は思いもよらない所からやって来た。ニコニコと楽しそうに笑いながら俺たちの輪に混ざったのは、朝に挨拶に来ていた管理局員の一人、鎖垣さがきさんだ。クラスメイト達の視線が集まる中、彼は俺の肩に手を置いた。


「お取込み中のところ悪いねみんな。芹田君借りてっていい?」

「え、俺ですか?」

「さっき学園長と話してたんだけどさ、キミを連れて来るよう頼まれたんだよ」


 学園長の呼び出し……? 昨日の件で話があるのかな。

 俺の能力の秘密を知られてしまったのかと一瞬頭をよぎったが、それについては『ゴーストタウン』がテロリストの記憶を上手いこと改竄してくれたみたいだし、バレてないと信じよう。


 とにかく、この危機から脱するチャンスが舞い降りて来てくれたので、俺は足早に退散する事にした。


「じゃ、じゃあそういう訳だから俺はこの辺で……!」

「先生の呼び出しならしゃーないか。んじゃあこの続きは寮に帰ってから聞かせてもらうぜ」

「うぐ……」


 この場から逃げ切れたとしても、寮に帰ったらまた質問攻めに遭うのか。星天学園の生徒は実家に帰省する時以外は寮で過ごす事がほとんどで、俺も基本的にはここにいるつもりだ。同じく寮に残るらしい彼らとは当然、明日からも顔を合わせる事になる。

 逃げの選択肢は残されていないというのか。頭が痛くなってきた……。

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