第50話 夢と現実、準備と清算

 どうにかこうにかホームルームまで間に合った俺たちは、汗だくになった体を教室内に巡る冷房の風で冷やしながら先生の話を聞いていた。

 昨日のテロリストは無事に全員が捕まった事。学園側も警備の見直しを徹底している事。その影響で見慣れない警備員の大人がうろつく事になるが気にしないで欲しいなど、昨日のテロ絡みの報告が続いた。


 唯一の大怪我人である三年の先輩も、彩月によってその場で完治していた。最終的には学園側の怪我人はいなかった事もあり、教室内の空気もそこまで重くはなかった。


 ただ、やはりというか何というか、俺はちょくちょく視線を感じていた。テロリストの目的が俺だという事は、昨日中庭にいた生徒は皆聞いている。そして、あの直前までは俺と鷹倉たかくらがランク戦をしていたという事もあり、このB組のクラスメイトのほとんどがあの場所にいた。そりゃ気になる訳だ。


 俺は出来る限り、その視線には気付かないふりをしていた。目が合うと気まずいし、何よりさっきの夢を思い出す。

 この事件は俺のせいで起こったものだと思っている人も実際いるかもしれない。悲しいが、そう思っても仕方のない事だ。


 俺はとりあえず無視を決め込む。あの悪夢は予行演習みたいなものだ。奇異と嫌悪の視線が来ると分かっていれば身構えておけるというもの。対鷹倉を想定して鍛えていたスルースキルをここで発揮する時なのだ。当の鷹倉は視線もよこしてこないけど。


「それで、夏休みについてだが」


 俺が一人で心理防壁を展開していた頃、先生の話は夏休みについての連絡に移っていた。


「知っているとは思うが、職員会議の結果、一学期は今日で終わり。明日から夏休みになる事になった。各教科の課題や登校日などの予定については特に変更はない」

「えー、宿題減ったりしないんすかー?」

「ちょっと多すぎますよ!」

「残念ながらいつも通り、しっかりあるぞ。ちゃんと終わらせて提出するように」


 茶々を入れる生徒をたしなめつつ、先生は続けた。


「ここからが大事な話だ。さっきも言った通り、今回の事件を経て学園の警備態勢はより強化される事になった。それと同時に、今日から特殊能力管理局の方にも来てもらう事になったんだ」


 先生のその言葉に続くように、教壇側の扉が開いた。現れたのは、スーツを着た二人の大人の男性。どちらも若く、一人は人の良さそうな笑みを浮かべ、もう一人は引き締まった顔つきをしている。先生に促されて二人が教壇に立つと、背後のスクリーンに二人の名前が映し出された。


「特殊能力管理局実働部隊、チーム・ターコイズの穂道ほみち葵伊あおいだ。本格的に警備態勢が確立されるまでの間、学園の警護を担当する。よろしく頼む」


 スーツを着こなし、髪もきっちりと整えているキリッとした男性が穂道さん。言葉選びや話し方からも厳格な人なのだと伝わって来る。


「どーもー。チーム・ダイアモンドの鎖垣さがき氷真ひょうまでーす。全身武装したお堅い警備さん相手だと話し辛いと思うんで、何かあったらオレたちに相談してねー」


 対して、スーツをやんわりと着崩し、リーフグリーンの髪を背中辺りまで伸ばした中性的な印象の男性が鎖垣さん。一歩間違えれば不真面目と捉えられそうな態度でも、『親しみやすい』という印象を抱けるような柔和な人物だった。


「穂道さんが話してくださった通り、お二人は学園の警備が整うまでの間、万が一に備えて管理局が派遣してくださった実働部隊の方々だ。学園近辺で不審な人物を見かけたり、他にも不安な事があれば相談するといい」


 先生の言葉を受けて、鎖垣さんはニカッと笑った。


「ウチの隊長の言葉を借りるならば、『人生相談はいつでも受付中』ってやつだ。部活、進路、恋愛の悩みも乗ってあげるぜ!」

「おいコラ、適当言うんじゃない。俺たちはスクールカウンセラーじゃないんだぞ」


 隣に立つ穂道さんから鋭い視線を向けられるも、鎖垣さんは笑いながら受け流した。


「お堅いなー葵伊は。子供に寄り添えない大人は嫌われますぞ。そんなんだから二十五にもなって彼女の一人も出来ないんだよ」

「それは関係無いだろ。そもそも、お前も人の事を言えた物じゃないはずだが?」

「オレは高校ん時に彼女いましたー。まぁ三ヶ月で別れたけど。そうだ、せっかくだし現役の高校生に聞いちゃおうか。この中に恋人いる人手ぇ上げて! そしてオレたちに彼女の作り方を教えてくれー!」

「ふざけるのもいい加減にしろ。勤務中だぞ」

「ほら、こちらのマジメ君も彼女欲しいって」

「言ってない!」


 スーツ姿の大人二人による漫才のような応酬に、教室中に笑いが溢れた。

 これだけの会話で二人の関係性が掴め、何より警備強化という物々しい言葉によって漂っていた緊張感をほぐすような笑いを生み出した。これが大人のコミュニケーション能力というやつか……?


「まったく……それでは、C組への挨拶に向かいますので、これで失礼します」

「みんな、これからよろしくねー」


 先生に丁寧に一礼して教室を後にする穂道さんと、俺たち生徒に向けてにこやかに手を振って去る鎖垣さん。廊下に出てからも二人の話し声――というより、一方がもう一方を叱りつけるような声が聞こえ、なおも笑いでもって教室内がざわつく。


 何かすごい人達だったな。管理局のイメージとはいい意味で違うような気さくな人と、イメージ通りである誠実な人だった。確かに鎖垣さんの言う通り、武装を固めた警備の人よりは、ああいう人達がいてくれた方が気軽に相談も出来るだろう。


「なんか、亜紅あくさんとはまた違ったタイプの人だね」


 隣の席の彩月さいづきが小声でそう話しかけて来た。


「だな。でも頼もしいのに違いは無い」

「確かにね。なんたって実働部隊の人だし。能力も強そうだった」

「しれっと人の能力確認するなよ」

「だって気になるじゃん」


 鎖垣さんが所属しているというチーム・ダイアモンドといえば、天刺あまざしさんが隊長を務める部隊だ。もしかしたら天刺さん経由で俺の話を聞いているかもしれない。

 そう言えば、昨日の聴取の最初から最後まで俺と彩月に同行してくれた管理局の人もチーム・ダイアモンドの人とか言ってたっけ。何かと接点が多いなぁ。何度も管理局にお世話になっている、とだけ聞くとしょっちゅう補導されてる不良少年みたいで嫌だけど。


 管理局の二人が去った後も、夏休みについての先生の話は続いた。気付けば午前十時を過ぎ、朝食を食べそこなった俺のお腹が静かに呻き出した頃。


「最後に、進路希望調査のデータも送信しておく。まだ早いと思っているだろうが、一年もすれば受験で大忙しだ。実家の両親と話し合ったりして、今のうちにしっかり考えておくように」


 提出物や連絡事項などのデータを端末に送信し、全ての話が終わった。先生方は今後の対応についてこれからも大忙しのようで、終業式は省略となった。つまり、これにて一学期はおしまい。明日からは夏休みとなる。


「進路希望かぁ……」


 学園端末のデータを眺めながら、俺は母さんになんて話そうか考えていた。

 そんな時、いくつかの気配が集まって来るの感じ、顔を上げる。俺の席へと何人かのクラスメイトが集まって来ていた。特に接点がある訳でも無く、申し訳ない事に名前も覚えていないのだが、彼ら彼女らは皆、先生の話を聞いている間にちらちらと俺を見ていた人達だった。


 今朝方見た夢では、俺のせいだの何だの廊下ですれ違いざまにチクチク言われたのだが、こうも面と向かって言われるのか。現実は夢より厳しいようだ。

 よし、メンタルが崩壊しないよう頑張って無視するぞ。クラス替えの無いこの学園で一年生の頃から孤立していた俺にとって特に面白みのない学園端末も友達だ!


芹田せりだ、お前大丈夫なのか?」

「……え?」


 出し抜けに心配の言葉が飛び出したものだから、俺は思わず学園端末へと沈めていた視線を上げた。俺の無視作戦は秒で破綻した。でも仕方ないだろう。ナイフで刺されるかと思ったら、それがスポンジ製だったようなものだから。


「俺たちが避難した後、攫われたんだろ? あのテロリストどもに」

「あの人達に何されたの? 本当に大丈夫?」

「えっと、まあ、うん。この通り無事に返って来れたけど……」


 奇妙な肩透かしを食らった俺は困惑気味に答える。誰も俺を攻めない。それどころか、心配してくれている。


「もしかして朝からチラチラ見てたのって、俺がいつも通りの状態か気にしてた、とか……?」

「当たり前だろ。そんなに話した事無いとはいえクラスメイトなんだしさ」

「私たち、中庭から避難してからも心配してたんだよ」

「そ、そうなのか……それはどうも」


 皆々様とは話した事すらないけど……それを言うのは野暮だろう。例えクラスが同じという接点しかなくとも、こうも無事を喜んでくれて、嬉しくないと言ったらそれは嘘になる。


「それと、芹田に一つ謝りたいんだ」

「謝る……?」


 俺が聞き返すと、彼らはバツが悪そうに視線を落とした。


「昨日、テロリストの奴らがお前さえ手に入れば引き下がるって言った時、お前を生贄にするみたいなムードだったじゃんか。それを謝りたくて」

「あの時はとにかく助かりたい一心だったけど……冷静になって考えたら、私たち結構ひどいことしてたなって」

「だから、昨日はすまなかった!!」


 その場にいる数名を代表するように、俺の真正面にいた男子が頭を下げた。勢い余って下げた頭が俺の机と激突し鈍い音を立てたが、小さく呻くだけで顔を上げようとはしない。彼なりに誠意を表しているのだろうか。


「べ、別に怒ったりしてないから、顔上げてくれ」


 何となくだが、怒ってないと言ってる人の過半数は既に怒ってるパターンが多い気がするので、本当に怒ってないとアピールするように、俺は出来るだけ穏やかな口調で話しかけた。


「何とも思わなかった訳じゃないけど、あの時はしょうがなかったろ。誰だって死にたくはないし、助かる方法があるって言われたら、それしか見えなくなるもんだ」


 人の命を数として見るのなら、あの時『パレット』の奴らが提示した条件は破格とも言える。大勢の命が、たった一人の命と交換で無傷で助かるのだから。実際あの時、俺も自分を捨てる選択を取ろうとしたのだし、考えていた事は彼らと同じようなものだ。


「それに、結果的に全員無事なんだしいいんじゃないか?」


 これは俺の本心だった。あの事件は俺のせいなんじゃないかと問われても、俺は完全に否定は出来ない。もしも誰かが大怪我をしていたら、責任を感じていたかもしれない。だからこそ、誰一人欠ける事なくこの教室に集まっている事に、とても安心した。


 もっと言えば、夢で見たように四方八方から嫌悪の言葉と視線の刃で刺されるような事にならなくて良かったとも安堵している。

 俺が精神的に不安定になっていただけだったのだろう。このクラスの人達は、俺が思っていたほど冷たい奴らじゃなかったみたいだ。

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