第47話 虹を映す水面の下、それぞれの思惑
特殊能力管理局実働部隊、チーム・ダイアモンドの
壁の一画を占める大きなモニターと周囲に浮かぶ無数のホログラムパネルからなるモニター群へ視線を走らせながら、その正面でホログラムキーボードを操作する
「テロリスト達の護送は無事に終えたそうですね。
「そう。良かった」
隣のオペレーターから報告を受け、
管理局が主に担当するのは能力者に絡んだ事件がほとんどで、今回のようなテロ事件も本来は対テロ特殊部隊なんかに任せるのが普通だ。だが今回は、狙われた場所が場所なだけに、事情が違った。特殊能力者が集まる学園を襲い、更に生徒の一人が攫われたとなれば、国の行政機関としては動かざるを得ない。なので、学園で拘束したテロリストや通報にあった廃工場の残党の確保に、管理局の実働部隊も数名向かったのである。
「被害者の
「三日浦ちゃんもそんなに歳変わらないでしょ?」
「ワタシは誘拐なんてされたらトラウマもんですよ。反撃出来るような特殊能力もありませんしね」
彼女は無能力である事を示すかのように、ハーフアップに結ばれたキャメル色のセミロングヘアを撫でる。明るい髪色だが、彼女もれっきとした無能力者だ。
「それにこの子。芹田くんも、能力者といえど武装集団相手には戦えない類の能力でしょう? それで助けが来るまで耐えてたなんて、強い精神してますよ」
ホログラムパネルのひとつに映し出されていた二人の学園生の資料を眺め、感心したように頷く三日浦。隣に立っている天刺は、しかし別の何かを案じるような表情をしていた。
「それでも、彼らはまだ子供よ。こんな事が何度も続けば、心も傷付いちゃうわよ」
「何度も、ですか……確かにこの二人、最近何かとよく出てきますよね」
ショッピングモールでの発火能力者暴動事件。星天学園での能力暴走事故。そして、今回の学園襲撃テロ事件。芹田に至っては、三年前の能波災害の被害者でもある。学生時代のうちに経験する出来事としては余りに濃く、そして物騒だ。一人の大人として、天刺は彼らが心身ともに傷付いていないか心配していた。
「あ、彩月ちゃんと言えば」
小さな車輪がついた四歩の脚によって支えられる不思議なシルエットの車椅子が、座っている三日浦の言葉と共に天刺の方へ向く。
「『ゴーストタウン』の件はどうします? 聴取に同行するっていう六星さんにその事も聞かせますか?」
百人以上の能力者を原因不明の昏睡状態に陥れた『ゴーストタウン』と同じ白髪で、さらに普通の女子高生にしてはありえないほど情報が隠されている謎の少女。彩月夕神には、『ゴーストタウン』本人ではないかと疑いの目がかかっていた。
「……いえ、その必要は無いわ」
少し悩む仕草をした後、天刺は小さく首を横に振る。
「確かに彩月ちゃんについては謎が多いけど、まだ取調べをするような段階でも無いわ。仮に彼女が『ゴーストタウン』だったとしても、今この場では何も吐かないはず。あくまで被害者として彼女たちから話を聞くだけだから、警察側で読心系能力者の立ち会いとかも無いでしょうし」
「それもそうですね。心が読めないんじゃ噓も見破れませんからねぇ。最近の人は能力に頼り切りで、能力者なんていない一世紀ほど前と比べて素の技能が鈍ってるとか言いますしねー」
「あはは……まあ、それは警察に限った話でもないけどね」
皮肉を込めた三日浦の言葉に、天刺は頬を掻きながら苦笑する。
発達を続ける科学技術やとても便利な特殊能力に依存し、現代人はより楽をするようになった。そんな人達の中から、能力を使って犯罪を犯す者が表れるのだ。
そして、『ゴーストタウン』によって新たな能力を授かろうとする者もまた、楽をして力を得ようと、いけない道に流されてしまう者達なのだろう。結果的に『ゴーストタウン』によって力を授かった者は精神状態に異常が見られ、もれなく暴れ出したり事件を起こすのだから、警察や管理局もこれを無視する訳にもいかない。
「とにかく、テロリストは一旦警察に任せて、私達は『ゴーストタウン』についての調査が急務よ」
「ですね。奴は能力者の昏睡と、能力付与による暴走又は暴動、その二つを引き起こしている。放っておけば被害者が増すばかりですし」
「三日浦ちゃんには引き続き、ネット掲示板やSNSの書き込みを中心に『ゴーストタウン』について手がかりが無いか調べてもらえるかしら」
「もちろん、お任せ下さい!
「そうは言うけれど、いつもの
「えへー、分かってますよう」
たしなめるような隊長の言葉に照れ笑いを浮かべ、三日浦はモニター群に向き直る。彼女の素早い指の動きに合わせて、画面がせわしなく動き始めた。
特殊能力管理局は、警察にも対処できないような危険な能力者から人々を守るためにある組織。だが、そんな正義の目も届かないような闇も、この社会には存在している。
神様でもない限り、この世の全てを見通す事など出来ないのだ。
* * *
「……『パレット』は壊滅か。やはり想像通りの強さだね、彩月夕神は」
闇が広がる空間を、モニターがぼんやりと照らしていた。電子の光を浴びながら零れた声は、その空間にただひとり存在する人物のもの。その人物は、誰に聞かせる訳でも無い声を、事実を再確認しているかのように放つ。
「今回の件で、警察や管理局も僕たちの存在に気付くだろう。それか、既に気付いた上で放置してるのかな? 何にせよ、闇に潜ってコソコソするのはもう無理かなー」
背もたれに体重を乗せ、椅子が軋む音が響く。ため息に混ざる自分の声が思いのほか弾んでいる事に気付いて、その人物は口元に笑みを浮かべた。
「うんうん、状況は動き続ける方が面白いもんね」
笑みを湛えるその人影を照らす大きなモニター画面に表示されているのは、学校の裏サイトやダークウェブを想起させるような不気味な配色のサイトページ。一番初めに見える画面のトップには、『
「仲間を増やして敵の大群を一掃する。うーん、王道RPGって感じで良いね! あー、いいや、増やしてるのは仲間じゃなくて手駒だし、それは違うか。やろうとしてる事は戦略シミュレーション的なやつかな? まあどっちでもいいや。そろそろ、第二段階といこうか」
ひと昔前のキーボードから奏でられる打鍵音が、その人物の声に重なる。楽しそうな声と共に組み立てられる計画の残虐性は、今はまだ当人にしか分からない。今は、まだ。
「全ての能力者を滅ぼす、大計画のね」
闇の底で、人知れず悪魔は微笑んだ。
* * *
夜は不思議だ。外に出るだけで特別な事をしているように錯覚したり、何でも上手くいくと確信できる謎の自信が湧いたりする。いわゆる深夜テンションというやつだろう。何年か前もそんな気分を味わいたくて、夜に家を抜け出して近所を散歩したりしてたっけな。
けど残念ながら、今はそんなちょっとした背徳感と小さな万能感に浸れるような心境ではない。
俺の前には一人の青年が先導するように歩いている。先ほどまで彼と言葉を交わしていたのだが、とある廃ビルに入った辺りで自然と沈黙が続き、何だか緊張してきたのだ。
「そう固くなる必要は無いよ」
後ろを歩く俺の緊張を感じ取ったのか、青年は肩越しに振り返って小さく笑みを浮かべた。
「今日は顔合わせと具体的な説明だけで終わるつもりだよ。今すぐどこかへ特攻させるような真似はしないさ」
「それはさっきも聞いたし、そこを心配してるわけじゃないんだよ。何か、お前が集めた協力者ってだけで、身構えちゃうというか……」
「そうかい? まあ、言いたい事は分かるよ。同じ志を持つ仲間とはいえ、初対面はそれなりに緊張するからね」
「いや、志しが同じかどうかも分かってないから不安なんだけど」
人を助けたいという彼の言葉に嘘はないように思える。だから俺はここにいる訳だし、ここまで来た以上、何でも来やがれの精神で腹をくくるべきなのも分かっている。
けど、目の前で柔和な笑みを浮かべる人物が人物なだけに、嫌でも警戒してしまう。
「さあ、ここだよ」
やがて辿り着いたのは、廃ビル内にあるひとつの部屋。人がいた頃は会議室として使われてそうな部屋だ。
天井や壁の大部分が崩れているこの部屋に扉などは無く、入口の前に立った俺に、室内にいた人達の視線が集まった。俺は意を決して、先を行く青年に続く形で中に足を踏み入れる。
歳はそれほど離れていなさそうな数人の男女。廃墟に似つかわしくないお洒落な服装の人や、真夏だというのに黒いロングコートを羽織った人、仮面のせいで顔すら分からない人もいる。それぞれ瓦礫に座ったり壁にもたれたりと、自由な格好で集まっていた。
そんな見た目はバラバラな人達だけど、ひとつだけ、共通して言える事があった。彼らが身に纏う雰囲気、あるいはこの場における空気そのものが、目の前の人たちが夜の廃ビルにたむろするただの不良集団では無い事を物語っていた。
秘密結社、レジスタンス、
そんな言葉が似合うような、ある種の秩序と暴力性が共存している空気。彼らは皆、一様にしてそんなただならぬ気配を纏っている。
値踏みするような視線、期待するような視線、様々な視線が俺に注がれる。驚いた事に、その中には見知った顔も混ざっていた。だが俺が何か言うより先に、『彼』の声が滑らかに紡がれた。
「僕たちの目的は、全ての能力者を救う事」
俺をここまで連れて来た、純白の髪を肩まで伸ばしたオッドアイの青年。
崩落した壁の向こう――夜闇に紛れる俺たちを照らし出す月明かりと、三年前まで人がいたはずの更地を背景に。『ゴーストタウン』は両手を広げて語りかけた。
「『プリズム・ツリー』へようこそ、芹田流輝」
俺を取り巻く環境は、一般男子高校生のそれとは大きくかけ離れているように思う。何かと物騒な事件に巻き込まれ、それが落ち着けばまた別の事件が顔を出す。それらは一見して断続的なものに思えるけれど、実は深い所では地続きになっているのかもしれない。
『ゴーストタウン』が俺の前に現れた二年前のあの夜から、俺の運命は大きく変わり始めていたのだ。
何色でもなかった俺の人生に、
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