第46話 二年ぶりの再会
悩みを受け止めてもらえたからか、いくらかスッキリした気分だった。
だがそれは精神的な話であって、現状が良くなった訳では無い。
『パレット』の連中は俺と『ゴーストタウン』が関わっていると知って俺を攫った訳だし、リーダーの女性には俺の口から真実を語ってしまった。このまま奴らを取り調べるなり記憶を覗くなりされれば、俺の能力が俺のものではないと知られてしまう。そうすればきっと、学園にもいられなくなるだろう。
「さっきは些細な事なんて言っちゃったけど、確かに退学の危機ってなると、重大だよねぇ」
「どうにかしたいけど……多分どうにも出来ないよな」
中庭に入り込んで来た『パレット』達が俺目的で襲って来た事は、学園内ではすでに周知の事実となっているだろう。そうなれば、なぜ
「テロリストたち全員消しちゃう……?」
「それだけは止めろよ」
さらりと言ってのける
やるかやらないかはともかく、出来るか出来ないかで言えばほとんどの事が出来てしまえるだけの能力を、彩月は持っているのだから。
「というかさ、そもそも『人から貰った能力で学園に入学してはいけない』なんて規則あるのかな? 知らないけど多分無いよね?」
「それはまあ……無いだろうな」
後天的に能力を得るなんてイレギュラー、想定してるはず無いだろうし。
「もしかして彩月、学園長とか学園の偉い人を説得するとか考えてる?」
「ぱっと思いついただけなんだけど、いい案じゃない? 駄目そうならボクが脅してでも」
「どうしてそう物騒な方向に突っ走ろうとするんだ……」
彼女の言う通り、最後は大人たちと話し合って決めるしかなさそうだ。まあ、望みは薄いかもしれないけど。本当は能力を貰ったのに『後になって能力に気付いた』って設定で入学したのは、見方によっては経歴詐称みたいなものだからな。罰則は免れないだろう。
でもまあ、これは俺がした選択の結果だ。俺は能力者になって学園に入学したから、彩月を始めとするいろんな人達に出会えたんだ。仮に望まない終わり方になったとしても、あの日の選択に後悔は無い。
あるとすれば、とても大きな心残りかな。学年1位になって彩月と戦うという約束も果たせてないし。
「やっぱりテロリスト全員殺しちゃうか」
「オブラートに包む気無くなったな……」
澄ました顔で殺すとか言わないで欲しい。せめて今からでも大人たちとの交渉材料を探すか……。
「その必要は無いよ」
出し抜けに、声が響いた。
俺たち二人の他には気絶したテロリストしかいないはずのこの場所で聞こえた声に、俺たちは驚いて立ち上がった。
聞き覚えのある声だ。
ゆったりとした落ち着いた声。心の奥底を見透かしているかのような声。この声を、忘れるはずはない。
「……っ!!」
その人物は、俺たちの目の前に音もなく現れた。
歳もそう離れていないであろう細身の、白髪の青年。彩月とはまた違った思考の読めない微笑みと、そこから溢れ出る未知の雰囲気は、たとえ別人が全身ホログラムで完璧に変装したとしても真似できないぐらいには異質だった。
「『ゴーストタウン』……!」
俺に能力を与えた二年前と、何も変わっていない。二年も経てば多少なりとも人は変わるものだろうが、それでも彼には、何の変化も見えない。そんな不気味さがあった。
「久しぶりだね、芹田流輝。そして君はさっきぶりかな」
にこやかに挨拶をする青年。後半は彩月の方を見て言っていた。俺はその意味を訊ねるように隣へ視線を送る。
「実は流輝君の居場所、彼に教えてもらったんだよね」
「こいつに……!?」
彩月は『ゴーストタウン』から視線を外さず、警戒したままそう答えた。
「昨日の今日で何の用事かな。今度はキミが流輝君を攫いに来たの?」
「そんな事はしないよ。いろいろと話したいことはあるけど、今は状況が差し迫ってる訳だしね、簡潔に済ませよう。僕は取引に来たんだ」
「取引、だって?」
俺からも、彼とはいろいろと話したい事や聞き出したい事がある。けれど、彼が危険な人物であるとつい最近知った身としては、嫌でも警戒してしまう。そんな俺を見ても、『ゴーストタウン』はちっとも不快そうにはしなかった。
「君の状況は概ね把握している。君の能力について、知られてはならない人間に知られようとしている。そうだね?」
「あ、ああ。そうだ」
どうして分かるのか、なんて無駄な質問はしない。目の前の彼なら今の状況を把握する事など造作もないだろうから。
こいつもある意味では彩月と同じ、何でも出来てしまえる存在だ。
「単刀直入に言おう。今の君を助ける代わりに、僕に協力してほしい」
目の前で笑みを浮かべる『ゴーストタウン』は、そんな事を言い出した。
「協力……? 何企んでるのか知らないけど、流輝君に何かしようって言うなら――」
「まあ落ち着いて、最後まで聞いて欲しいな。攻撃の意思は全く無いし、君達を害しようとも思ってない。それは本当さ」
噛みつこうとする彩月に待ったをかけるように、『ゴーストタウン』は軽く両手を上げる。
「俺を助けるって言うのは、どういう意味だ」
「そのままの意味だよ。君を狙って動いていたテロリスト全員の記憶を改竄し、君の能力は生まれつきの物であると書き換える。君を攫ったのも、あくまでその特異な能力に目を付けただけ、という設定にすれば問題ない」
記憶の改竄……確かに『パレット』全員の記憶を弄れば、俺の秘密が流出する心配は無くなる。そんな事までいとも容易く出来てしまえる事が少し怖いが。
「記憶の操作くらいボクにだって出来るよ。キミみたいな怪しいヤツと取引なんかしなくてもね」
「本当にそうかな? 星天学園はじきに、テロリスト達の身柄を警察に引き渡すだろう。君はテロリストを乗せた護送車を襲う、あるいは刑務所に突撃するとでも言うのかい? そんな事をすれば君も学園にいられなくなるよ」
「できるもん! 何なら今すぐやっても」
「待て待て、警察を襲うなんて駄目だ」
ムキになって飛び出しそうになる彩月の手を掴んで止める。俺のせいで彩月が犯罪者になるのは絶対に駄目だ。
察してくれたのか、俺の顔を見て、彩月はぐっとこらえるように拳を握った。
『ゴーストタウン』はにこやかな顔で続ける。
「僕なら誰にも気づかれずに記憶を書き換えられる。仮にバレたとしても、僕側にダメージは無いに等しい」
俺を助けて、俺を学園に通わせて、彼にどんなメリットがあるのかは分からない。もしくはそこはどうでも良くて、その対価として俺に何かしらの協力をさせる事が目的なのか。どちらにしろ、答えは決まっている。
「どうかな? 君たちにとっては願ったり叶ったりの申し出だと思うけど」
「悪いが、それは断る」
きっぱりと即答した俺を見て、彩月は驚き、『ゴーストタウン』は意外そうに眉を持ち上げた。
「どうしてだい?」
「……過去の俺は、お前に恩を感じていた。でも今の俺には、お前が何かよからぬ事を企んでいるようにしか思えない。
「なるほど。僕は僕の思う正しさに従っているけれど、それは主観的な物に過ぎない……確かに君達にとっては、僕の行いは悪行と呼べるものだね」
「だから、俺はお前に協力はしないし、助けも借りない」
垂らされた蜘蛛の糸は掴みたくなる。でもその糸を掴んだ結果、周りの人を傷つける結果を引き起こしてしまうとしたら、俺は糸を手放す。
その意思を伝えるように、俺は真っ直ぐと『ゴーストタウン』を見据えた。俺の視線に返されるオッドアイにどんな感情が帯びているのか、俺には分からなかった。
「君の主張は分かった。そのうえで一つ、訂正させてもらうよ」
彼は一度目を伏せ、穏やかな口調で続けた。
「今回僕が君に協力して欲しい事は、件の集団昏睡事件とは何も関係は無い。君が思っているような悪事ではないし、むしろ逆だ。人助けに協力して欲しいんだ」
「何だって……?」
「僕にはたくさんの助けたい人達がいるんだ。そして今は、少しでも多く有用な協力者を集めている所だ。だから君に声をかけたのさ。対能力者戦における最強のジョーカーである能力を持つ君に」
犯罪では無い、人助けに協力してほしいだって? にわかには信じがたいが……。
「……噓は言ってないね」
隣の彩月がそう耳打ちした。何かしらの能力で『ゴーストタウン』の発言に噓が無いか調べたのだろう。彼が犯罪行為ではない、ただの人助けを手伝って欲しいと言っているのは本当の事なのか。
「それは、俺じゃないと出来ない事なのか?」
「そうは言わないけど、いてくれるだけで成功率はかなり上がるだろうね」
彼は人を助ける為に、力を借りたいと申し出ている。それが嘘じゃない事は、今さっき彩月が確認した。それで俺の秘密が守られて学園に居続けられるというのなら、俺が拒む理由はなくなった事になる。正直、疑いは晴れないが……。
「……分かった。その話、受けるよ」
「ありがとう。僕も助かるよ」
「ただし」
俺は一歩踏み出し、『ゴーストタウン』を見澄ましながら、食い気味に言葉を繋げた。
「お前のやってる事が少しでも悪い事だと思ったら、俺は協力関係を断つ。たとえ俺の秘密を広めると脅されようともだ。保身のために罪を犯す人間にはなりたくないからな」
「それで構わないよ。詳しい話はまた後日伝える。協力するに値するかどうか、その時に君自身で答えを出すといいよ」
柔和な笑みを浮かべる彼の体がふわりと浮かび上がった。話は終わり、という事だろうか。
「テロリスト達の記憶処理は既に始めている。警察がここに駆け付ける頃には完了していると思っておいてくれ」
「信じていいんだな」
「もちろんだよ。僕は君の味方だ」
そう言い残し、瞬きをする間に彼の姿は消えていた。夏の空に溶けるように消えた『ゴーストタウン』を追うように、空へと首を持ち上げる。
二年越しの彼との再会は、静かな嵐のように過ぎ去っていった。新たな火種の予感を俺に手渡しながら。
「本当に良かったの?」
「まあ、不安は残るけどな。人を助けたいっていうのがあいつの嘘偽りない本心なら、協力しない訳にもいかないだろ」
敵なのか味方なのか分からない。恩か敵意か。俺はあの青年に対してどんな感情を抱けばいいのか分からなかった。
彼との再会が何を意味するのかも、きっと神のみぞ知る所。今はとりあえず、学園での日常が終わらない事に安堵するばかりだ。
こうして、学園を巻き込んだテロ騒動の幕が下りた。
結果的に俺は無事だったものの、万事解決と言う訳では無かった。俺の心には、やはり自分の能力についての疑問が残っている。
俺は自分の能力について――特殊能力というものについて、もっと知る必要がある。誰かを守る以前に、誰かを傷付けないためにも。
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