第45話 人生の真ん中にある些細な秘密
ここへ来る途中に
彩月は能力を使って瓦礫を溶かして再び固めるという器用な方法でテロリストたちを全員拘束し、一か所に固めて眠らせた。
その後、俺たちは廃工場を出てすぐ傍にあったベンチに座り、警察が来るまで待っている事にした。
「あっついねー」
「本格的に夏って感じだ」
廃工場前のベンチは日陰になっていたが、それでも蒸し暑い事に変わりは無い。先ほどまでは暑さなど気にもならなかったが、緊張が抜けると一気に汗が流れてくる気がする。
そして、腰を下ろして一息つくと、鈍っていた思考がいつも通りに回り始める。
「もうすぐ一学期も終わるって所で、とんだ酷い目に遭っちゃったね」
「だな」
俺が目を閉じていた数秒で起きた出来事。
壁や天井を破壊するほどの破壊力の行使。それによってテロリストたちは全滅した。リーダーの言葉が本当なら、ソレは俺がやった事になる。
「このあと事情聴取とかあったら、
「確かにな」
俺の能力は特殊能力を打ち消す能力。厳密に言えば、能力を打ち消す力場を発生させて体に纏う能力。誰かが俺の体を操って何かをしようとしても、それは打ち消されるはず。俺の体が俺以外の意思で動くなんてありえないはずなんだ。
もしくは、この能力には俺の知らない秘密があるとでも言うのか……?
「学園が襲われた事の影響で夏休み減ったりしないよね? もし短くなったら一緒にデモ活動しようよ。夏休みを増やせー! ってさ」
「ああ」
「あれ、乗り気とは意外だね。止められると思ったのに」
能力者の意思とは関係なく能力が発動するなんて、これはもう暴走と言ってもいいだろう。それも、使用者の俺が知らない側面での暴走。
俺はこの能力の事を知らなければならない。建物の壁を容易く破れるような威力を出す能力が、万が一人に向いてしまうような事が無いように。知らなかったじゃ済まされない事態に陥る前に。
「……
「そうだな」
この能力について、俺よりも詳しく知ってそうな奴に聞くしか無いか。俺に能力を与えた――
「流輝くーん!!」
「うわぁ! 何だっ!?」
急に耳元で大声を出され、飛び跳ねそうになった。早鐘を打つ心臓を押さえ、彩月の方を向く。彼女は頬を膨らませて俺の頬をつねって来た。
「ど、どうふぃた」
「ボクの話聞いてた?
まずい。何も聞いてなかった。考え事に没頭しすぎていたか。とりあえずそこそこの力で頬をつねる手をどかし、俺はさっきまでとは別件で頭をフル回転させる。
「も、もちろん聞いてたさ。夏休みにどこ行くかって話だろ? 涼しそうだし俺は水族館の方が……」
「そんな話一ミリもしてないよ」
「えぇ……」
「ついでに言うとこの二択も全く関係ない単語だし」
「騙したな!?」
なんだその引っかけは! 俺だけ間近に迫る夏休みに浮かれてるみたいで恥ずかしいだろ……!
「流輝君どうしたの? さっきからぼーっとして」
「あー、ちょっと考え事をな」
「頭の上にミニブラックホール生み出しても気付かないぐらいの悩み事?」
「お前なにしてんの!?」
「冗談に決まってるじゃん。気付かないなんて重傷だねこりゃ」
「くそう……」
からかわれてる気がする。だが、隣の彩月は俺で遊んでいるような笑顔ではなく、心配するような表情で俺の顔を覗き込んでいた。
「ホントにどうしたのさ。もしかして誘拐されたのが精神的にキツかった?」
「いや、そう言うのじゃないんだ。それは心配しなくても」
「元々は学園でボクがしくじったから流輝君は連れ去られたんだよね。守るって言ったのに守れなかった事、謝って無かったよ。ごめんね」
「それは……違うだろ」
柄にも無くしゅんとする彩月に、俺はすぐに否定した。
「悪いのは全部テロリストだろ。それに、彩月が助けに来てくれなかったら俺達は学園で確実に死んでた。だからお前が謝るのは違う。謝るのならば、俺の頭上にブラックホールを作った事を謝れ」
一瞬ぽかんとしていた彩月だが、次の瞬間には小さく吹きだしていた。
「……ふふ。あははっ、それは冗談だってば」
「知ってる。だから今のも冗談だ」
「本当に作ってたら流輝君の髪の毛、根こそぎ吸い込まれてるよ」
「この歳でハゲは御免だ。絶対するなよ」
彩月はすぐにいつもの明るい顔に戻っていた。実際彼女は何も悪くないのに、落ち込まれると俺も気分が良くない。いつもの調子に戻って何よりだ。
「で、何悩んでたの?」
ズバッと攻めて来るな。まあ、変に探られるよりは単刀直入に聞かれる方が楽かもしれない。こっちの方が彩月らしいし。
俺にはやらなきゃいけない事があるはずだ。意識外で発動した俺の未知の能力について調べるよりも先にやるべき事――彩月や皆に、言わなきゃいけない事があるはずだ。
「……ひとつ、伝えたい事がある」
「ん、なあに?」
特殊能力者としての
この秘密を彩月に話すのは、とでも勇気がいる。彼女は俺を学年1位にするために特訓をしてくれている。彼女が転入してからの四か月、そのほとんどを共に過ごした。その時間を無為なものにしてしまう、俺へ向けてくれた彼女の努力を踏みにじってしまうようなものだ。
俺を狙ってこの事件を企てた『パレット』の奴らから、俺が本来は無能力者である事が、学園の大人達や警察に広まるだろう。今までは『長い間自分の能力に気が付かなかった』という設定がまかり通っていたが、今回はそうもいかない。きっと警察も管理局も『ゴーストタウン』について必死に追っている。そこに関連する人物として挙がった俺の素性を調べられたら、噓なんてすぐに破綻する。
そうしたら俺は、星天学園に通い続ける事はできなくなる。
無能力者は、能力者の学園にいてはいけないのだから。
「俺は……」
リーダーの女性の問いに対して正直に答えた以上、この事実は覆せない。
どうせ皆に知れ渡るんだ。なら、自分から言ってしまおう。せめて彼女には、直接伝えなければいけない。
――お前がそれほど真剣に悩んでいるのなら、相手も同じくらい真剣になって聞いてくれるはず。
つい昨日会ったばかりの、妙に気の合う黒髪の能力者に言われた言葉が頭をよぎる。
彼に相談し、俺は気付いた。口に出して話せば、気持ちは伝わると。
何と言われようとも、どう思われようとも構わない。この先大勢の人から多種多様な言葉を投げかけられようとも構わない。自分の口から告げる事こそが、俺の責任だ。
「俺は、本当は無能力者なんだ」
今まで鍛えてくれた師匠のような、学園生活を共にした友人のような、そんな不思議な関係の少女へと、俺は真実を告げた。
意外と言うべきか、彩月は驚きも困惑もせず、ただじっと俺を見ていた。続きを待っていると受け取って、俺は言葉を紡ぐ。
「この能力は二年前、『ゴーストタウン』と一緒に『裂け目』の前まで行った時に宿ったものなんだ。俺は無能力者として産まれて、その時まではごく普通の人間として生きていた。この瞳も、昔は無能力者らしく黒色だった。だから……今まで、噓をついてたんだ。ずっと本当の事を黙って、騙してたんだ。ごめん」
浮かんで来た言葉を全部口にしているような感じで、まとまりのない謝罪になったかもしれない。でも、余計な前置きをして取り繕うなんて不誠実だ。胸の内を全てさらけ出すように、俺は自分の秘密を話した。
「……それは、今まで誰にも言ってないの?」
「ああ。ずっと隠してた。ズルをして手に入れた能力で入学したなんて知れたら、きっと学園にもいられなくなる。それが怖かったんだ」
「そっか」
怒っただろうか。それとも幻滅しただろうか。彼女の顔を見て、俺は驚いた。
「ありがとね、ボクに話してくれて」
彩月は笑っていた。あどけない笑みを浮かべ、七色の瞳は優しさの光を湛えて俺を見返していた。
「なんで、そんなに嬉しそうなんだ……?」
「え? だって、秘密をひとつ打ち明けてくれたんだもん。誰だって人に言えない秘密は持ってるものだよ。それを話してくれるほどには信頼されてるのかなって思うと、嬉しいでしょ」
そりゃ、人にはそれぞれ秘密があるだろうけど……そんな軽い話じゃなくないか?
「ずっと噓ついてたんだぞ? 少しは怒ったりしないのか?」
「それくらいで怒るほどボクは子供じゃないよ。本当の事しか言わない人間なんていないし、ボクだって噓くらい吐くもん」
「学園が『パレット』に襲われたのも、俺に『ゴーストタウン』と接点があったからだ。それも俺のせいなんだぞ?」
「キミ、さっき自分で言った覚えて無いの? 悪いのは全部テロリストだ、って言ってたじゃん。キミの中にどんな秘密が眠っていようとも、それを暴きに押し寄せて来る方が悪い。だから流輝君は悪くない」
俺が自らの落ち度をさらけ出していき、彩月がそれらを否定していく。奇妙な応酬が繰り広げられていた。
「お前が鍛えてくれた能力だって、本当は俺のものじゃない。今までの特訓は何だったんだって、思わないのか?」
「ボクが鍛えたのは流輝君であって能力じゃない。今まで流輝君が積み上げて来た努力は全てキミの中にあるはずだよ? 能力の出所がどうであれ、懸命に努力したのはキミだ。キミだからこそ、その能力と共に成長して来たんじゃない。まさか、借り物の能力だったら今までの全てが無駄だった、とは言わないよね?」
「それは……もちろん」
押しの強い彩月の視線に、俺はたじろぐように声を返す。
無駄なんかじゃない。彩月との特訓があったからこそ、
「他に何か言いたい事はある? キミが自分の悪い所を一つ言う度、ボクは流輝君の良い所を三つ言っちゃうよ」
「いや、そんなに無いだろ」
「あるよ。ちゃんと将来の夢を持っていて、努力家で、友達想いで、勇気があって、根性があって、人助けが出来て」
「分かった俺が悪かった。恥ずかしいからそのくらいで勘弁して」
「ちょっと抜けてる所があって、たまに危なっかしくて、時々いらない所で変に真面目だし、あと悩みを抱え込み過ぎるし、何考えてるのかよく分からない時もあって……」
「っておい、なんか途中からおかしくないか?」
改善するべき所まで挙げられている気がするのですが。抗議の視線を送ると、彩月はにひっと笑った。
「どう? 流輝君にはこれだけ特徴があるんだ。ボクもキミも知らないキミが、まだあるかもしれない。能力に秘密がある事くらい、些細な事に思えて来たんじゃない?」
隣に座る彩月は、足をゆらゆらさせながら当たり前のように言い、笑った。いつも真意の読めない明るい笑顔を浮かべているが、今日だけは彼女の気持ちが伝わった。
「……ははっ、そうかもな」
昔から能力者に憧れて、そして能力を得た俺は、特殊能力は自分の全てであると思っていた。能力を中心にして自分の人生を動かすものだと、何の疑問も抱かずに進んで来た。それを偽る事は、人生で一番大事な秘密を隠す、一番悪い事だと思っていた。
でも、彩月の意見はちょっと違った。能力とはあくまで特徴のひとつであり、それについて秘密を持つのは、それほど重大な事じゃない。嫌いな食べ物を隠したり、本当の趣味をごまかしたり、そんな些細な秘密の一つなのだと言う。
それがあまりにポジティブな彩月らしい考え方で、俺はどこか可笑しかった。
それこそ彩月の能力だって、学園の七不思議に勝手に入れられているぐらいには謎だ。それでも彩月は自分なりに学園生活を謳歌している。俺とも普通に話しているし、ケンや
そう前向きに思えるぐらいには、俺も彩月に感化されているのかもな。
本当に、俺は彼女には助けられてばかりだ。いつまで経っても返しきれないような恩を貰っている。
「俺はお前がいないと、結構なダメ人間なのかもなぁ」
「なになに? 新手のプロポーズ?」
「そうじゃない。何でそうなる」
少なくとも、俺の能力について知った程度では、彼女の態度は何も変わらない。それが何故だか、俺にはとても嬉しかった。
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