第44話 二元世界の正しき人間

「この世界に存在するものは、よく二種類に分けられる」


 立つ事もままならないテロリストの女性は、座ったまま静かに語り出した。無視するわけにもいかず、俺は少し離れた所に立って話を聞いていた。


「二元論と言うやつだ。呼び名はどうだっていいがな。善か悪か、正解か不正解か、好きか嫌いか。それらは相反するものとしてこの世に存在する。ならばもし、人間が『能力者』と『無能力者』で二分されるとしたら。もしその二つに、正解不正解の判定が付けられるとしたら」


 彼女は俺の目を真っ直ぐと見て、突拍子もない問いを投げかけて来た。その問いかけは、彼女の訴えでもあるのだろう。


「一体どちらが正解で、どちらが不正解だと思う?」


 当たり前だが、この世界には様々な人が生きている。年齢、性別、種族、文化、それぞれ違いを持ち、人の数だけ人の種類はいる。

 それをあえて能力を持っているかいないかで分けて考える、というのが彼女の言っている事だろう。


「正しい人間の姿がどちらなのか、決まっていたとする。もしも特殊能力者こそが正しい人間の姿であると言われたら、私達のような無能力者はどうすればいい?」

「そんなの……」


 正しい人間の姿が、どちらかひとつだなんて思わない。そう反論しようとしたが、出る直前で言葉は喉に詰まった。


 この世には能力者であるというだけで迫害を受ける者も大勢いると聞いた事がある。逆に、特殊能力者こそ新たな人類の可能性だと持ち上げる大人たちも少なからずいるらしい。


 それに、俺だってそうだ。

 無能力者だった頃は、能力者に憧れていた。それは、能力者か無能力者かで自分と人を判断している事の証だ。


「能力者の数は年々増加している。いずれ無能力者は進化に出遅れた旧人類と言われ、徐々に居場所を奪われ、いつの日か人権すら奪われてしまう。馬鹿馬鹿しい妄言だと思うだろうが、無いとは言い切れないだろ? そして私は、その未来を恐れている」


 能力の無い者と書いて、無能力者。そのたったひとつの呼び名が、既に能力者をある種の『基準』としている事を示してしまっている。


 既にあるのだ。無意識に広まっているのだ。

 能力者であるか否か。それだけで人間をカテゴライズするような、大きな枠組みが。


「……さっき言ってたよな。この世界の『普通』になりたいから、能力が欲しいって。それはつまり、お前の言う『正しい人間の姿』になりたかった、って事か」

「ああそうだ。この世界を変えたい。恐れている未来を変えたい。そう思い、志しを共にした仲間たちが集まったのが『パレット』だ。そして世界を変える為には、まずはスタートラインに立たなければならない。特に能力で成功して得をしているような連中は、無能力者の話など聞きもしないだろうからな」


 そう言って、彼女は自嘲気味に冷笑を浮かべる。


 彼女たちはテロリスト。学園を襲い、人を撃ち、俺を攫った悪人だ。でも、俺には彼女の言っている事を笑う事は出来なかった。どんな高尚な目的を掲げて居ようとも、犯罪者の話など知った事じゃない。そう切り捨てる事は出来なかった。


「……こんな事、無能力者でいる事を拒んだ俺が言えたものじゃないけど」


 答えを求めて進み続けている彼女の目を見て、俺は俺の思った事を口にした。


「俺は能力を持ってないってだけで、劣っている事にはならないと思う」

「それは何故だ」

「そうだな……例えばお前」


 俺に示され、女性は訝し気に眉をひそめる。


「お前はたくさんの仲間を引きつれていただろ? しかも力で押さえつけるんじゃなくて、皆の方からついて来てくれている。知り合いの先輩にもたくさんの同志に隊長として慕われている人がいるから、その凄さは分かってるつもりだ。その、カリスマ性って言うのかな。お前にあるそれは、特殊能力とか以前に、人として誇れるものだと思う」

「そんな大層なものじゃないさ。私が最初に言い出したからリーダーをやっているだけだ。私がいなくても、他の者が『パレット』を引き継ぐだろう。まあ、今はすっかり全滅だがな」

「それでもだよ。誰もやろうとしなかった事を最初に言い出すっていうのは、結構勇気がいるものだと思うぞ」


 俺が学年ランク1位を目指そうとしたのも、彩月さいづきが提案してくれたから。あいつが手を引っ張ってくれなかったら、俺は勇気が出ずに挑戦を諦めていたかもしれない。


「まだお前よりも人生を歩んでない俺が偉そうかもしれないけど……お前は特殊能力とは別の、もっとすごい能力を持ってる。俺はそう感じる」

「……そうか」

「あ、でも犯罪を認めてる訳じゃ無いからな。誘拐されるのなんて結構怖かったし」

「ふっ、思いの他あっさり情報を喋るお前はなかなかに面白かったぞ」


 彼女に小さく笑われた。こっちは殺されそうになって割とかなり怯えていたというのに。


「お前のような能力者と話したのは初めてかもしれないな」

「まあ、俺だって元無能力者だし」


 俺と彼女は似ているかもしれない。

 能力を持たずして産まれ、能力を欲した。俺の場合は、たまたま『ゴーストタウン』と出会い、ただの偶然によって能力を得る事が出来た。彼女の場合は、同じ意志を持つ仲間と一緒に、自ら行動を起こして道を外れた。


 立場が逆だった可能性だって、十分にあるのだ。


「無能力者であり、能力者でもある。お前はこれからの世界を変えてくれるかもしれないな」

「え、やだよそれ。俺テロリストにはならんぞ」

「気にするな。ただの独り言だ」


 そう言って目を伏せ、彼女は小さく笑った。何かを悟ったような、しかし全てを諦めたわけではなさそうな笑みだった。


「それに、私もまだ夢を捨ててなどいない。これからは独房生活だろうが、もしまた日の目を見る事ができたら……その時はまた、違った方法で世界に訴えかける」

「やっぱ諦めてなかったよ……」

「当然だ。特殊能力というひとつの個性いろを与えられなかった無能力者の叫びを世界が思い知るまで、『パレット』は不滅だ」


 揺るぎない信念を感じさせる瞳でもって、『パレット』のリーダーは力強く告げた。


 直後、大きな粉砕音が下から響いて来た。

 重機で壁に突っ込んだかのような、壁面が崩れ落ちる轟音と共に、廃工場全体が小さく揺れた。空の見える壊れかけの天井からパラパラと破片が落ちる。


「お迎えが来たみたいだな」


 迎え……? まさか、こいつらの仲間がリーダーを助けに――


「わっ!?」


 背後の壁が粉砕された。一瞬で壁をぶち抜き、瓦礫を踏み越えて姿を現したのは、見慣れた制服と白髪の少女。


「彩月!?」

流輝るき君いた!!」

「お前、どうやってここが……?」


 目が合うや否や、顔を綻ばせて駆け寄って来る。迎えって、俺の方のかよ。


「流輝君大丈夫!? ちゃんと手足揃ってる? 内蔵全部ある?」

「いや怖いな!!」


 彼女の中で悪者イコール臓器売買みたいなイメージがあるのか知らないが、臓器目当てで星天学園を襲撃したりしないだろうに。

 開口一番にそんな事をまくし立てるものだから、助けに来てくれた安心感より先に笑みが零れた。それと体をペタペタ触られるのは恥ずかしいのでやめていただきたい。


「この通り無事だよ。血の一滴も流れてない」

「ホント? なら良いんだけど……いや良くないよ!」


 俺の背後で座り込んでいたテロリストの女性を見つけたのか、彩月は俺を庇うように前に立ち塞がった。身長差があるので俺の体はそれほど隠れてはいないが。


「今度こそボコボコにするからね。少なくとも半殺しに」

「彩月、この人もう立てないぐらいボロボロだから」

「でも……せめてもう少しサンドバッグにしたい!」

「お前普段からそんなにバーサーカーだっけ?」


 不気味な稲光を右手に生み出し始めた彩月の肩を掴んで静止をかける。なにも死体蹴りのような追い打ちをかけなくてもいいのではと思う俺だったが、彩月は少し納得できないようだった。


「もう俺は解放されたんだしさ、正当防衛でもないのに暴力を振るうのは良くないだろ?」

「むぅ……まあ、流輝君は無事みたいだし、被害者がそう言うならいいけど……」


 冷静になってくれたのか、彩月は能力を引っ込めた。俺の代わりに怒ってくれるのは嬉しいが、これ以上痛めつけてもどうにもならない相手を攻撃する必要は無いように感じる。俺があの女性と話をして、彼女たちを少し理解してしまったからかもしれないけど。


「安心しろ。私はもう、反撃する手段も持ち合わせていない。そう警戒するな」

「するに決まってんじゃん。キミはテロリストなんだよ」

「それもそうか……好きにしろ。ここに倒れている彼らと私で残った『パレット』は全員だ。気を張るだけ無駄さ」


 そして会話を打ち切るように、リーダーの女性は目を閉じた。それっきり話そうとする素振りも無いので、やがて彩月も警戒を緩めたようだった。


「この人はもう戦う気は無いみたいだし、もういっか。それより気になる事があるんだけど」


 彩月は俺の方を見ながら、床に転がっているテロリストたちを指さした。


「これは流輝君がやったの?」

「何かそうっぽいんだけど、何も覚えて無いんだよ……そもそも俺にそんな能力あるわけないのに」


 俺はそこが一番気になっている。正直、助かったという安堵や疲労をあまり感じないのも、コレに対する疑問が大きすぎるからかもしれない。


 あの場には、確かに俺とリーダーの女性しかいなかった。でも、数秒ほど閉じていた目を開いたら人が増えていて、しかも全員倒れていて、部屋はメチャクチャ。誰かが一瞬で助けに来てすぐに消えたのかとも考えたが、リーダーの女性は俺がやったと言っていた。が、こんな事が出来ないのは自分が一番よく分かっているので、当然そこで納得は出来ない。


「ふーん。不思議な事もあるもんだね」

「そんな軽いもんじゃないと思うけど……」

「でも、それなら無闇に話さない方がいいかもね。警察の人が来たらボクが暴れたって説明しとくよ」

「悪いな……助かるよ」

「いいのいいの。丸く治まるのが一番だしね」


 彩月は明るく笑みを浮かべた。いつも見ている彼女の笑顔を見ると、無事に終わったのだと心がようやく理解した。

 今回俺が助かった原因は謎だが、それでも今この瞬間は、精神的にも彼女に助けられた気がした。

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