第42話 深淵につながるモノ
俺の言葉を、テロリストの女性は疑わしく思っているようだ。プラズマ銃は向けられたままで、鋭い眼つきも緩まない。
「『裂け目』に触れるだと……? デタラメを言うなと言ったはずだ。あそこは誰も足を踏み入れる事の出来ない領域のはず。能力者ならともかく、無能力者に到達できるはずが無い」
「俺も前まではそう思ってたよ。でも、どうしてか近づけたんだ。多分、『ゴーストタウン』の案内があったからかもしれないけど」
「やはり絡んでいたか……『ゴーストタウン』とは何なのだ? 思えば、それを始めに聞くはずだったんだ」
「俺が話を逸らしたって言いたいの……?」
俺は口先だけで相手を足止めできるほど話術が得意ではない。適度に噓を織り交ぜて話をややこしくするなんて芸当も、多分見破られるだろう。だからこそ、仕方なく本当の事を話しているのだ。
「『ゴーストタウン』は人だよ。能力者」
「他者に特殊能力を与えることができるというのは?」
「本当だ。俺の知り合いにも『ゴーストタウン』に能力を与えられた人がいる。平和的じゃ無かったけど」
『ゴーストタウン』についても、俺は皆に黙っていた。それを話せば、芋づる式に俺の秘密まで明るみに出てしまうかもしれなかったから。
頑張れば隠し通せると思っていたんだ。でも、その結果がこれだ。ズルをして、噓をつき続けていたツケが回って来たのかもしれない。
「だからと言って、俺が『ゴーストタウン』の連絡先とか知ってるわけじゃないからな? アイツが来たいと思わない限り、お前のもとにも現れない」
「『ゴーストタウン』は自らの意思でしか行動しない。『裂け目』へ行くのにも、『ゴーストタウン』の協力が必要……つまり、『ゴーストタウン』が現れるまで待つしかない、と? 私達にそんな余裕があるように見えるのか?」
「それは知らねーよ。学園を敵に回したお前達は、実質この国に狙われてるようなもんだ。そう考えたら、確かにお前達に余裕は無いな」
せめてもの抵抗にと嫌味を言ってみたが、それが良くなかっただろうか。目の前の女性の目つきが変わった。
「……その通りだ。私達には余裕がない。お前などに構っていられる余裕もな」
あぁ、今回ばかりは死ぬな俺。捕まえたテロリスト達を尋問してからじゃないと学園側は手がかりがほとんど無い状態だし、警察や管理局も間に合わないだろう。かと言って俺に何かが出来る訳でも無い。能力者相手で一対一ならそこそこ戦えるこの能力も、機械兵器の前には無力。
「新たな情報を得られた事には感謝しよう。『パレット』が創り出す新たな世界を、あの世で見ているがいい」
「……なあ、最後にひとつだけ教えてくれないか。冥途の土産ってやつだよ」
死にたくない。でも、どうにもできない。少しでも長く生きていたいという本能によるものなのか、気付けば俺はそう口にしていた。
「俺は特別な存在になりたくて、能力を欲してた。お前はこの世界を新しくするだの何だの言ってたけど、そもそもどうして能力者になりたいんだ?」
「特別な存在か……逆だよ」
プラズマ銃の銃口から燐光が零れる。空気の焼ける音が、俺への死の宣告だった。
「私はただ、この世界の『普通』になりたかった。それだけだ」
冷たく言い放つ彼女の瞳には、何かを切実に願うような光が垣間見えた。だが、それ以上は無い。
俺は目を伏せた。どうせ闇が訪れるのなら、先に自分から潜りに行ってやる。反抗するかのように、視界を闇に閉ざした。
そして、音が消えた。あらゆる感覚が切り離されたような浮遊感を感じた。
これは魂が抜ける感覚なのだろうか。そんな取り留めのない事を考えていると、すぐに
俺の中に『何か』が勢いよく流れ込むような感覚。まるで誰かが中に入っているかのように、とても窮屈で変な感じがした。だが、それも一瞬。すぐに無へと引きずり込まれて行き……。
気付けば、目を開いたまま仰向けに寝転がっていた。
「…………あれ?」
天井に大きく開いた穴から、眩しい青空を見上げていた。
地面は固い。首を動かして周りを見てみると、ここは確かにさっきまでいた部屋だ。何故か壁や天井の大部分が破壊されているが、場所は移動していない。
「俺、生きてるのか……?」
何が起こったのか分からない。プラズマ銃に焼き殺される直前に目を伏せ、再び目を開けば
椅子に縛られていたはずの手足も自由だ。というかそもそも座ってたはずなのに、今は寝転がっている。
俺はゆっくりと立ち上がり、改めて周囲を見渡す。壁や天井には大穴が開いており、無事な部分もひどくひび割れていた。室内で強力な爆弾でも使ったかのようだ。薄暗かった部屋がいつの間にか、風通しの良い廃墟になっていた。
「……あ」
そして目の前に、先ほどまで話をしていた女性が倒れていた。身に纏っていたプロテクタースーツは砕け散っており、黒いインナーがあらわになっている。
それと、先ほどまでは確かにいなかったはずのテロリストの仲間が五人、彼女と同じような損傷で倒れていた。生きてる……よな?
対して俺はというと、制服にも穴は開いておらず、肌にもこれといった傷は無い。いや、
「室内は崩壊寸前、テロリストたちはボロボロ。で、俺だけが無事……」
体感時間は三秒にも満たない、ほんの一瞬。たったそれだけで、時間が飛んだかのように状況が一変していた。
「何があったっていうんだ……?」
誰かに攻撃された? それとも助けが来たのか? そう思ったが、ここには倒れるテロリストと俺しかいない。誰かがこんな惨状を引き起こしたのだとしても、その『誰か』はどこにもいない。
少なくとも生きているのは喜ばしい事だ。だけど何が起きたのか分からないせいで、手放しで喜ぶ事はできそうにない。
とりあえずここから脱出して誰かに助けを求めるか。今は学園端末もスマートバンドも持ってないから、連絡も出来ないし何も買えない。喉も渇いたが、水も買えない。
車が通れそうなほど大きく開いた壁の穴から外を覗き込むと、地面が下に見える。どうやらここは二階か三階のようだ。優しく吹く風が気持ちいい。
「ここからは……降りれないよな」
ならば部屋の出入り口を見つけよう、と視線を動かした時。ゆっくりと体を持ち上げるテロリストの女性の姿が見えた。俺は反射的に身構えたが、彼女は立ち上がろうとしたものの、すぐに座り込んでしまった。右肩を痛そうに押さえている。
「よかった、生きてた……」
一体何が良かったのか、自分で言った事なのに俺にも分からない。だが今は、とにかく現状を把握したかった。相手が俺の命を狙っていたテロリストだとしても、俺は話を聞く相手が欲しかった。
「なあ、ここで何があったんだ?」
プラズマ銃も粉々に破壊されていたので、いきなり殺される事は無いはず。俺は恐る恐る話しかけた。
座り込む女性は俺を見上げる。頭からは僅かに血が流れていたが、彼女はそれを気にも留めず俺を睨むように見据える。そこには、先ほどの攻撃的な殺意は感じられなかった。それに勝る別の感情が浮かんでいるようだった。
「何があった、だと?」
それは困惑だった。
「何をとぼけて……お前がやったんだろう」
「は……?」
頭を打って幻覚でも見ているのだろうか。俺が大量破壊兵器みたいな威力の攻撃が出来るはずも無いと、こいつも分かってるだろうに。
「俺は目覚める数秒前まで、お前に銃を向けられてた。で、気が付いたら部屋がこうなってた。俺にも分からないんだよ」
「……覚えて無いのか?」
「いや、本当だって」
彼女の要領を得ない言葉に首を傾げていると、彼女にも俺の疑問が伝わったのだろうか。女性は小さくため息をついて、座り込んだまま俺を見上げた。
「覚えて無いならいい。どうであれ、この騒ぎは外にも伝わっているはずだ。私達が捕まるのも時間の問題だな」
自嘲気味に笑みを零し、女性は投げやりにそう言った。
「何かやけに潔いな……さっきまでしぶとく逃げてやろうみたいな事言ってたのに」
「……自覚がないのかもしれないが、この惨状を引き起こした本人が言うと挑発のようにしか聞こえんな……」
「え?」
「逃げようにも逃げれないんだよ。足が動かん」
雑に自分の足をはたく女性。どうやら逃げる事もままならない負傷のようだ。もう俺に危害を加える事も出来なさそうだ。
「そっか……ところでさ、外と通信できる端末とか無い?」
「そんなものは無い。私達は仲間内でしか連絡を取り合わないからな。公衆電話でも歩いて探せ」
「歴史の授業でしか聞いた事無いってソレ……じゃあ飲み物は?」
「図々しい人質だな。やらん」
さすがに敵から渡された水は飲みたくないので半分冗談のつもりだったのだが、女性は素っ気なく突っぱねる。
彼女たちをこのまま放置してここから去るか、助けが来るまで見張ってるか、どうしようか……出来ればすぐにでもここを離れたいが、背を向けた隙に伏兵からズドンといかれたくもない。
「どうせ私はここで終わる。仲間も皆捕まり、夢は潰える」
俺が次の行動に悩んでいると、女性はそう話しかけて来た。体が痛むのか声に力は無いが、それでも黒い瞳は淀んでいなかった。
「少し、話を聞いてくれないか」
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