第41話 白き実は集い、錯綜する
突如として学園端末に送られたメッセージに記されていた座標は、目立たないビルの屋上。攫われた
夏の暖かい風がスカートの裾をはためかせる。
屋上を見渡した彩月は、やがてその人物を見つけ、眉をひそめた。
「キミがこのメッセージをよこしたの?」
彩月の声を聞き、屋上の縁に立って空を見上げていた人物は振り向いた。二十代に差し掛かったばかりのような若い顔の青年。髪は白く、レモン色とオリーブ色のオッドアイが、彩月の虹色の瞳と交差した。
「やあ。昨日ぶりだね、彩月
「『ゴーストタウン』……」
いつもの笑みはそこには無く、彩月はただ真っ直ぐと目の前の青年を見据えていた。
そして無言で、彩月から氷の槍が放たれた。『ゴーストタウン』は涼しい顔でそれを打ち砕く。正確には、氷の槍を砕いたのは彼の背後に控える『霊』によるものだが。
「いきなり攻撃とは驚いたね。話をしに来たのなら、まずは落ち着いてくれないかな?」
「ボクは
つい昨日、
「謎のメッセージに誘われて来てみれば……まさか、全部キミが仕組んだ事じゃないよね? だとしたらボクは、この街もろとも破壊してでもキミをとっ捕まえるよ」
「まさか。昨日も言っただろう? 僕にとって、全ての能力者は仲間さ。そんな仲間たちが集まる学園にテロリストを仕向けるような真似はしない。君なら、噓を見抜く能力ぐらい用意できるんじゃないかな」
テロリストによる学園襲撃に関与していないと主張する一方で、やはり何が起こっているのかは正確に把握しているようだ。
彼の言う通り、今ここで彼の発言の真偽を確かめる事自体は、彩月にとっても造作もない。だが、そうはしなかった。
いつ『ゴーストタウン』からの攻撃が来てもいいように、彼女は能力の全リソースを戦闘準備に向けていた。
「……まあ、君が何を思おうが、僕としては信じて欲しいと言うしかないけどね」
警戒心が滲み出ている彩月を見て苦笑し、『ゴーストタウン』は片手を持ち上げる仕草をした。それに呼応するように、また新たな霊が出現する。彩月は攻撃を警戒するが、彼は優しく微笑むだけ。
「彼を助けたいのは僕も同じさ。でも、僕が直接出向くわけにもいかなくてね」
スカートのポケットに入れていた学園端末が着信音を奏でる。彩月は目の前の青年をじっと見つめたまま、端末を取り出してメッセージ機能を立ち上げた。表示されたのは、ここから少し離れた所にある廃工場の情報だった。
「それに彼だって、僕なんかより君が迎えに来てくれる方が嬉しいだろうし」
「ここに、流輝君がいるの?」
「それは保証する。今はまだ無事みたいだよ」
無事であると聞いて、張り詰めた彩月の緊張が解れかけたが、すぐに気を引き締め直す。
今はまだ、と彼は言った。それは実際にその通りであり、いつテロリストが芹田に危害を加えるか分からないのは確かだ。
「早く行くといいよ。僕はワケあって、テロリストの前に現れる訳にはいかないんだ」
「……一応、この情報は信じる事にするよ」
示された廃工場の位置を確認し、端末を仕舞い込む。それから『ゴーストタウン』へ視線を向けた。
「でも、キミの事はやっぱり信用できない。キミは流輝君を狙ってるみたいだし」
「狙ってはいないよ。むしろ彼の事は気に入っているんだ。面識もあるしね」
「面識が……? 流輝君はそんなこと一言も言ってなかったけど」
「何を話すかは彼次第さ。彼は君達と僕への対策をする集団を作ったみたいだし、立場上言い出しにくい事もあるだろう」
彼は、芹田たちが自分への対策本部を作り上げた事まで知っているらしい。
この青年――『ゴーストタウン』と芹田に面識がある。その真偽のほどは定かでは無いが、今は心の内に留めておくだけにしておく。まずは芹田の救出が最優先だ。
「
「そうか。僕としては、君達とは戦いたくないんだけど」
「ボクはいつでも戦う気満々だからそのつもりで!!」
ビシッと指をさされた『ゴーストタウン』は、そのまま彩月が飛んで行くのを見送っていた。
「彩月夕神。君には感謝しているよ。彼のチカラを引き出してくれているからね」
青年がひとりと数体の霊が漂うだけの屋上で、彼は独り言ちる。
「でも、今回は
周囲に漂う霊の一体がうねり、青年の体が淡い光に包まれる。
「彼を無事に助ける為には、僕が『彼女』を動かす他無いか」
その言葉の意味する所は、彼にしか分からないだろう。そのつぶやきが夏の空気に溶ける頃には、彼は忽然と姿を消していた。
* * *
「お前は幼少期から付き合いのある能力者の友がいるようだな。ならば、もっと早い段階で無効化能力の存在には気付いたはずだ。お前の能力が、本当に生まれ持ってのモノだったらな」
古ぼけた薄暗い部屋の中で、椅子に縛り付けられている俺は、目の前でプラズマ銃を突きつける女性の言葉を聞いている。
「二年前、お前は『ゴーストタウン』と接触し、そのチカラによって能力を得た。そうだな?」
「…………」
「今まで能力と接する機会が少なかったから無効化能力に気付かなかった……そういう設定で通っているみたいだが、そんな噓はじきに破綻するだろう。その黒髪じゃ、能力者の学園だとさぞ目立つだろうな」
能力者は派手な色の瞳や髪をして生まれて来る。遺伝などは関係なく、まるで突然変異かのように。だからこそ、能力を持たずに生まれた者は普通の人間のように、親譲りの髪色をして生まれて来る事がほとんどだ。
だからこそ、黒髪は無能力者の証とも言える物になっている。その言い分はまるで、色が付いた能力者こそが『普通』であると、世界が認識しているようにも感じる。
この世界は、能力ありきで回っている。だから俺は――
「……お前の言ってる事、半分は合ってるよ」
――だから俺は、
「
俺は諦めと覚悟を込めた瞳で、目の前のテロリストを見返す。俺もかつては、彼女と同じ黒い瞳をしていたものだ。
「俺は二年前にこの能力を得た。それまではただの無能力者。能力者の幼馴染に憧れていただけの、ただの凡人だった」
本当の事は、ケンか彩月に最初に話したいと思っていた。でも結局、こんな形で口に出す事になるとはな。何となく残念だ。これは俺がずっと隠し続けていた秘密なのだから。
俺はズルをして学園に入ってるようなものだ。自分で不正を行った癖に、バレた後が怖いからと、誰にも言い出せなかった卑怯者だ。借り物の力を我が物顔で振るう、とんだクソ野郎だ。
「けど、ひとつ訂正させてもらうぞ」
目の前の彼女が引き金を引けば、俺はプラズマに焼き払われて確実に死ぬ。それでもなお、俺は強気に相手を見上げた。
「確かにこの能力は俺のものじゃないけど、『ゴーストタウン』に貰ったわけじゃない」
「何? デタラメを言うな」
女性の視線が一層険しくなる。
「無能力者として生まれた者が後天的に能力を得られた例は確認されていない。だからこそ、『ゴーストタウン』の特異性は唯一無二のものなんだ。それ以外に何があると……」
「『裂け目』だよ」
女性の言葉を遮るようにして、俺はその言葉を呟いた。
「知ってるだろ? 西の方に開いた空間の『裂け目』。俺も巻き込まれた『能波災害』の元凶。俺は
自分の事だというのに、結局詳しい事は俺にも分からない。ただひとつ言えるのは、世間には知られていない大きな深淵の一部を、俺は過去に覗いてしまっているという事。その秘密の一端を、俺は彼女に話した。
「三年前、東京西部に出現した『裂け目』。ソレへ触れる事が出来れば、お前も能力者になれるんじゃないか?」
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