第40話 『無能力者』の真実
意識を取り戻して一番に感じたのは、脇腹の痛みだった。それから体の感覚が戻って来た頃。俺は『パレット』とか名乗ったテロリストに捕まって、どこかに連れて来られたのだと理解した。
恐らく椅子のようなものに座らされており、両手は背もたれの後ろに、両足は椅子の足に、それぞれ固定されている。自力での脱出はほぼ不可能だろう。
いつ殺されるかもわからないこの状況だが、俺はパニックに陥る事は無かった。
これから自分の身に起こる悲惨な結末を具体的に思い浮かべるより先に、つい先ほど聞いたばかりの声が耳に飛び込んで来たからだ。
「どういう事だ! あの装置は不良品なのか!?」
何かに向かって叫ぶ女性の声。この声は確か、テロリストのリーダー格の女性の声だ。少し低めのしっかりした声だったが、今は失態を追求するかのように声を張り上げていた。
『不良品とは失礼だなー、しっかり機能する事は確認済みだよ。能力はしっかり無効化できたでしょ?』
女性の声に返されたのは、ボイスチェンジャーでも使っているのか、性別や年齢が声色からは予想できないような甲高い声だった。それも低品質な通信機越しに通話しているのか、音に若干のノイズが混ざっている。
反射的に顔を上げたくなるのをぐっと我慢し、聞き耳を立てる。すぐ近くにいるであろう女性は、俺が起きている事に気付いていない。ここは寝たふりをして、やつらの会話を聞いておこう。何か情報が得られるかもしれない。
「ああ、確かに念波遮断装置によって、あの場にいた星天学園生数十人の能力は封じられた。荒業で突破しかけたヤツもいたが、まあ脅威では無かった。問題はアイツだよ」
『……あー、
ボイスチェンジャーの声から飛び出たその名前に、俺はまた反応しかけた。
『もしかして、彼女には念波遮断装置が効かなかった?』
「お前……! さては知ってて黙っていたな!」
『そんな人聞きの悪い事言わないでよー。不確定な情報を与えて混乱させたくなかっただけさ。あの装置が彼女に有効かどうか、僕にも分からなかったのは本当なんだからさ』
「軽く言ってくれるな……彼女が動いたせいで、学園に突入した仲間は皆やられたんだぞ」
てっきり仲間同士で状況報告でもしているのかと思ったら、何やら彼女たちの関係は険悪そうだ。
『まあまあ、そう怒らないで。君も知ってるでしょ? 彼女の情報は入手が難しいんだよ』
「それは……確かにそうだった。学籍データをハッキングして調べた時も、あの女に関する情報は極端に少なかった。能力まで伏せられていた」
学籍データにハッキング……確か一ヶ月くらい前に、『学園のデータサーバーが何者かにハッキングされた』とかケンが冗談交じりに話してたな。ただの噂だと聞き流していたが、本当だったのか……後でケンに謝ろう。俺が無事に帰れたらの話だけど。
『それに彼女と戦って、なおかつ君がここにいるという事はだ。僕の言った通り電磁波爆弾を使ったんでしょ?』
「……ああ。彩月夕神は電磁波――それもパルス状の強力な電磁波に弱い。それはお前の言う通りだった」
『じゃあ、それでチャラにしてくれないかな? しっかり有益な情報をあげたじゃん』
そう言えば確かに、彩月は投げらた何かから身を守るように防御をしていた。アレが電磁波爆弾とやらで、彩月は電磁波に弱い……?
それが本当だとしても、何でこいつらがそれを知ってるんだ?
「それとこれとは話が別だ。私達は仲間を大勢失ったんだぞ」
『そっか、そうだった。今の君達は人手不足なんだよね。なら傭兵でも送ろうか? それか裏社会の取引に慣れてる犯罪組織でも……』
「人手不足だと? そんな話をしているんじゃない!!」
『おおっと、急に怒鳴らないでよ』
「皆それぞれの想いを持って、私に付いて来てくれた仲間なんだ。お前が私達の事をどう思っているのかは知らんが、私の仲間は人数合わせの『人手』じゃない。これだけは覚えておけ」
女性の口調に熱がこもる。学園を襲った事は悪い事だし許せないが、テロリストである彼女は仲間を想っているようだ。
『あっそ。まあ何でもいいけど』
ボイスチェンジャーの声は、それをどうでもいい事のように冷たくあしらった。
『それで、これからどうするの? 一応教えとくと、彩月夕神の情報は全て「サイクキア」にある。彼女の出自、能力、その他もろもろの情報は全てね。欲しかったらそっちへどうぞ』
「必要無い。何故ただの女子高校の詳細が研究機関にあるのかは知らんが、あの女には用は無い。
俺の名前が出て来た……やっぱり誰でもいい訳じゃなく、俺に用があって攫ったのか。
それと、『サイクキア』って確か特殊能力の研究所の名前だったよな。何で彩月が関係してるんだ? いろいろ情報が多すぎて整理し切れない。
「私達は私達で勝手にやる。お前が『スターダスト・ネットワーク』の利用者なのか管理者なのかは知らないが、やはりお前個人は信用ならない。悪いが、ここで関係は終わりだ」
『ふーん、まあそれが君の選択なら、僕からは何も言わないさ。せいぜい頑張ってね』
そう言い残して、それっきりボイスチェンジャーの声は聞こえてこなかった。そして、しばらく無言の時間が続いた。
どうしよう、どのタイミングで眠ったふりをやめて起きればいいんだ。そろそろ目を開けて周囲を確認したい。でないと落ち着かない。
風とか感じないし、声の反響的に室内だとは思うけど……実は無言で背後に何人も人が立っていて、俺に銃を突き付けている可能性だってある。まずい、想像すると余計に緊張して来た。
「おい、起きているんだろ?」
「……っ!!」
いきなり声をかけられ、ビクンと体が跳ねた。
「……バレてたか」
「安心しろ。今の会話を聞かれたからといって今すぐ殺したりはしない」
今すぐじゃなくても後で殺すって意味だろそれ。
うっすらと目を開くを、ここは灯りの無い薄暗い部屋だった。壁も床も経年劣化のような汚れやヒビが目立つ。長い間使われていない建物の中だろうか。上の方にあるひび割れた窓からの日光だけが、部屋の中を照らしていた。まるで捨てられた物置か独房だ。
意外にも、部屋の中にいるのは俺とリーダーの女性だけ。彼女は目の前の壁にもたれ掛かりながら立っており、静かに俺を見ていた。
ヘルメットは被っていない。凛とした強面に短い黒髪、瞳の色も黒だった。能力者ではないのか。
「初めに言っておくが、お前の替えはいる。一番有用そうだからお前を連れて来たが、要求を拒んだり逆らったりしたら即座に殺す」
気付けば、彩月に潰されたはずのプラズマ銃を、俺に向けていた。ここがこいつらのアジトなら、そりゃ替えの武器くらいあるよな。
「……分かった。俺も命は惜しい。反抗はしない」
国が運営する星天学園にテロリストが乗り込んでくるなんて一大事だ。すぐに火消しに走るだろう。救助だって来るはず。でも、それがいつになるかは分からない。
相手を怒らせるのは論外として、とりあえず話に乗るふりをして話を長引かせよう。本当なら命惜しさにテロリストの協力をするなんて死んでも御免だけど、見せかけだけでも従順に……。
「なるべく話を長引かせて救助を待とう、だとか考えているんだろ?」
なんだよ、それもバレてるのかよ……!
「悪いが私たちはゆっくりしてられないんだ。迅速にいかせてもらうぞ」
鋭い眼つきとプラズマ銃の銃口が俺に向けられる。発射準備は整っていると告げるように、プラズマ銃から機械の駆動音が小さく響いて来る。心臓に悪い。
「……目的は何だ。俺の能力か?」
「替えはいるといっただろう? お前の能力に用は無い。……いや、だが能力に関わっているのは確かだな」
「どういう事だ?」
俺と彼女の視線がぶつかる。僅かな間を置いた後、目の前のテロリストはこう言った。
「私達の目的は『ゴーストタウン』だ」
「……ッ!」
「あらゆる能力を自由に得る事ができると言われている『ゴーストタウン』を手中に収め、私達『パレット』は能力者が優位に立つこの世界を支配する」
まさか、ここで『ゴーストタウン』の名前が出て来るなんてな。つい昨日、彩月たちとも話したばかりなのに。
「私達は知っている。過去にお前が『ゴーストタウン』と接触しているという事をな」
「へぇ……」
「さあ、死にたくなければ教えてもらおうか。『ゴーストタウン』とは何だ。お前は知っているはずだ」
冷たく言い放つ女性は一歩近づき、無能力者の証である黒い瞳で俺を射抜く。彼女には、俺は何色に見えているのだろうか。
「お前の能力は、
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