第39話 攫われた芹田

 吹き荒れる志那都しなつの烈風により、中庭を埋め尽くす煙幕は一瞬にして取り払われた。しかし、そこには最後まで立っていたはずの女性はおらず、意識の無いテロリストたちが倒れているだけだった。


「あれ……流輝るき君がいない!?」


 そして、芹田せりだの姿もまた、忽然と消えていた。


「クソッ! あいつ、流輝を連れて逃げやがったのか!」


 かずらは後悔と怒りを込めて拳を握りしめた。その怒りは、半分は自分へのものだった。


 敵の目的は芹田だと、初めから分かっていた。なら、こうなる事だって考えられたはずだ。なのに、彩月さいづきが来たならもう安全だと思って、芹田とここに留まってしまった。無理に引っ張ってでもここから離れていれば助かったかもしれない。そんな後悔が押し寄せて来る。


 だが、それは結果論に過ぎない。芹田の言う通り、ここから離れた途端に更なる追っ手が来たかもしれない。

 何にしろ、事が起こってから後悔してもキリがないだろう。


「これは……流輝の端末か」


 屈みこむ葛が拾い上げたのは、芹田の学園端末。学園から支給されたこの端末には、GPSによる追跡機能が搭載されている。テロリストがこれに気付かず芹田のポケットに入れっぱなしになっていれば、すぐに追えただろう。


「……敵も馬鹿じゃないってか。チクショウ」

「彩月、手分けして探すぞ。まだそう遠くには行ってないはずだ」

「うん!」


 冷静に行動を始めた志那都と彩月は、襲撃者たちが壁に開けた大穴から外に飛び出そうとした。


「待て、二人とも!」


 だが、唐突に響いた静止の声に、二人は立ち止まる。

 校舎と中庭を繋ぐ通路を歩いてやって来たのは、高そうなスーツに身を包んだ長身の男性。シワの刻まれた厳つい顔は、かつてない非常事態を前にして一層険しくなっていた。

 星天学園の学園長、惑井まどい恒筆こうひつ。彼に続くようにして、後ろからは数人の教師が走って来た。


「遅くなって済まない。学園中で倒れているテロリスト共を放置しておくわけにもいかなくてな」


 学園中で倒れているテロリストというのは、ここに来るまでに彩月が倒して回っていた者達の事だろう。学園長は他の職員と共に、彩月が彼らを無力化した後の処理をしていたのだ。


「奴らの設置した念波遮断装置のせいで、私たちも能力を使う事が出来なかった。彩月君が動けなかったらどうなっていた事か」

「学園長! そんな話後でいいから! まずは流輝君を助けにいかないと!」


 今にも走り出そうとする彩月の肩を、学園長の大きな手が掴んだ。


「焦るな。追って来る事も、奴らは当然想定しているはずだ。このまま飛び出したとしても探し出せるとは限らない。それに、既に警察が動き出している。国立学園の生徒が誘拐されたともなれば、警察も迅速に動いてくれるはずだ」

「そんな呑気な事言ってられないよ! ボクならすぐに探し出せる!」

「どんなルートを使ったのか知らんが、未知の念波遮断装置など用意してくる連中だぞ。他にもどんな物を隠しているのかも分からん。そんな所に生徒を向かわせるわけにはいかない」

「そんなの関係ないよ。学園長も知ってるでしょ? ボクにはそんじょそこらの機械兵器なんて効かない。対物ライフルでもプラズマ銃でも、何を用意してようとボクなら負けない! 戦車でも核ミサイルでもレールガンでも何でも!!」


 芹田が攫われたのは自分が油断したせいだと自身を攻めているのか、彩月は珍しく、明らかに冷静さを欠いていた。そんな彼女を見下ろす学園長は、威厳に満ちた低い声で彩月へ言い聞かせる。


「葛君のドローンからの映像で、状況は概ね把握している。奴らは君のを把握していた。そうだろう?」

「……っ!」


 何か言おうと口を開いた彩月の動きが止まる。そんな生徒を見下ろして、学園長は諭すように静かに語った。


「あといくつ、君への対策を講じているのかも分からない。奴らにとって面倒な追っ手でしかない君は、無力化されればすぐに殺されるぞ」

「……それでも、流輝君が危ないかもしれないじゃん」

「それは無論だ。一秒でも速く芹田君を助け出す為に、学園側も動くつもりだ。だが君達は休め。犯罪者の相手は大人の仕事だ」


 彩月は不服そうに、しかし学園長の言い分にも一理あると思ったのか、反論はせずに黙ってうつむいた。

 学園長は、気絶したテロリストを拘束したり恐る恐る戻って来た生徒達に対応したりする教師たちを見渡し、それから彩月たちへ視線をよこした。


「友人を想う君達の気持ちは良く分かる。彼を助け出そうと、テロリスト相手でも行動しようとするその勇気はとても評価できるものだ。だからこそ、判断を誤ってはいけない。芹田君に無事であってほしいと君達が願うのと同じくらい、私は君達に無事でいてほしいと思っているのだよ」

「学園長……」


 普段は学園長の事を『式典での話が長い人』としか認識していなかった葛は、彼から出た教育者らしい言葉を聞き、少しだが尊敬の念を抱いた。テロリストたちが自分達の命を狙っていたこの場に、ようやく『大人』がやって来た事に安心もした。焦りと怒りが収まり、冷静さを取り戻していくような感覚だった。


「ねえ、学園長」


 だが、彩月はそうでもなかったらしい。先ほどのようなすぐに出て行ってしまいそうな危うさこそ消えていたものの、背の高い学園長を見上げる虹色の瞳には、天真爛漫な普段の彼女とは真逆の、まるで機械のような温度の無い光が宿っていた。


「学園長は流輝君の事、どこまで知ってるの?」

「この学園の長として、生徒の成績や素行、人となりは知っているつもりだが」

「そうじゃない。彼の能力の事だよ」


 何も感じないが故の無表情ではなく、胸の内から湧き上がる感情を押し殺そうとした結果そうなったかのような。感情を宿さない瞳で、目の前の大人をじっと見ていた。


「流輝君もするつもりじゃないよね」

「……どういう事だね?」

「事情は全部知ってるんでしょ? この学園の一番上なんだから。そのままの意味だよ」


 冷たく言い放つ少女と対峙して、学園長は僅かに目を細めた。そして、ため息を零す。


「君の考えは大体読めた。だから、私からは『そんな事は毛頭考えてもいない』と答えよう」

「…………」

「芹田君は必ず助け出す。落ち着かないだろうが、君達は休みなさい。死を身近に感じる体験など、若い心に悪影響しか及ぼさんからな」


 最後にそう言い残して、学園長は他の教師たちのもとへ歩いて行った。彼と彩月が何を話していたのかよく分からなかった葛は、いつになくとげとげしい彩月に、心配そうに声をかけた。


「俺も心配なのは同じだが、学園長の言う事も正しいと思うぜ、彩月。俺たちは自覚してる以上に精神的に参ってるはずだ。まずは心を落ち着けようぜ」

「……うん、そうだね」


 返される言葉に力は籠っていなかったが、張り詰めていた空気は多少和らいだように感じた。暴走しそうな危ない様子は脱したようで、ほっと安堵のため息を零す葛。


「にしても……何であいつらは芹田のヤツを狙ったんだ?」


 そう疑問を唱えるのは、芹田とのランク戦でシャツが土塗れになっている鷹倉たかくらだった。


「あれ、お前まだいたんだ」

「んだとコラ。いちゃ悪いかよ」

「いやなんでも無いです……」


 心の声が思わず声に出てしまった葛は鷹倉に凄まれて小さくなる。


「鷹倉も芹田の事が心配なんだろう。大丈夫、俺も同じだ」

「は? ンなわけねぇだろうが」

「なんだそうだったのかー。さてはツンデレってヤツだなお前」

「だから違うっつってるだろ!!」


 勝手な解釈をする志那都と葛に、抗議の声を上げる鷹倉。騒がしい男三人を眺めていると、心ここにあらずといった様子だった彩月も、小さく笑みを零した。


「でもまあ、鷹倉の言いたい事は分かるぜ。あいつらは星天学園生なら誰でも良かった訳じゃ無く、流輝だけを狙ってた。それには理由があるはずだよな」


 首を捻る葛に、最初に意見を出したのは志那都。


「思いつくものと言えば、やはり芹田の能力だな」

「確かに、俺らと流輝にある違いは、やっぱ能力だよな」

「『あらゆる特殊能力を無効化する』能力。あれがあれば、警察の能力者や管理局の実働部隊の攻撃すらも無効化できる。全員に行き渡っていた奴らの装備を見るに、恐らく銃火器などの武装も潤沢。彩月が数を減らしたとはいえ、再び仲間を集められたら、さらに大掛かりな犯罪も可能になるだろう」

「そう言われれば、改めて流輝の能力ってヤベェんだな……」


 犯罪行為にも治安維持にも、武力行使には強力な特殊能力が不可欠になったこの時代。その全てを打ち消してしまう芹田はまさに最強の盾だろう。


「けど、テロリスト共は芹田を殺そうとしただろ。それは違うんじゃねえの?」

「あ、そういやそうだったな」


 鷹倉のその言葉に、葛はハッとする。あの時彩月が来なければ、確実に芹田達は死んでいた。芹田の能力を利用しようとするなら、生かしたまま捕まえるはずだ。


「何人か狙っている人がいて、流輝君はその第一候補だった。そんな感じじゃない?」


 気持ちも落ち着いたのか、話に混ざった彩月はそう意見する。


「必ずしも芹田を生け捕りにする必要は無かった、という事か。だとしたら、連中の目的は何だ……?」

「うーん……情報、とか?」

「情報?」


 彩月が頭を捻って絞り出した仮説に、葛達は首をかしげる。


「流輝君を含む一部の人しか知らない事があって、その情報を狙ってやって来た、とか。割とありそうじゃない?」

「そうだなぁ……でも流輝のやつ、テロリストに狙われるような情報持ってんのか……? 学園内の情報ってんなら、ウチの部長か生徒会長辺りを攫って行きそうなもんだが……」


 憶測は立てられるが、結局の所は予想の域を出ない。それでも、何かしていないと落ち着かず、彩月たちはしばらく芹田誘拐の目的について考えを巡らせていた。

 そして、テロリストたちについて詳しく話が聞きたいからと、彼らは一人の教師の案内で空き教室に向かう事になった。


「ん……?」


 そんな時。ふと、彩月の学園端末が着信を知らせた。この端末は学内ネットワークに繋がっており、生徒や教師の間でやり取りが出来る簡易的なメッセージ機能がある。

 しかし、このタイミングでわざわざ連絡するなんて、一体誰が何の用事だろう。怪訝そうにポケットから端末を取り出した彩月は、表示されたメッセージを見て驚愕のあまり目を見開いた。


 差出人は不明。校内の人間としかやり取りが出来ないという仕様上、この時点でもうおかしい。だが、彩月が驚いたのはそこじゃない。

 記されていたのは、どこかの座標を示す数字。そして、たった一文の言葉が、メッセージの最後に付け足されていた。


『芹田流輝の居場所を教えよう』


 記された場所に行けば、彼が連れて行かれた先が分かる。謎のメッセージはそう言っているのだ。

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