第38話 徹底的に叩き潰す
まるで画面の向こうの出来事かのように、目の前の光景が他人事のように思えた。
アサルトライフルから放たれる弾丸は
「え……?」
誰も死んでいない。傷ひとつ付いていない。確実に死ぬと悟った俺は、その現状を理解するのに数秒の時間が必要だった。そして、その数秒が経った直後。声が聞こえた。
「間に合ったー。寄り道はするもんじゃないね」
この非常時において場違いなほど明るく、そして落ち着き払った少女の声。それが聞こえた時には、既に近くに現れていた。
その場の全員が、声の主へ振り向いた。
「無事だった?
向かい合う俺たちとテロリストの間を、彼女は何食わぬ顔で横断する。
風に揺れるセミショートの白髪は、死というものが浮き彫りになって俺たちを縛るこの空間においての、唯一の光に思えた。
「
「開口一番に人の心配? ボク的には嬉しいけど、まずは自分の心配しようよ。ボロボロだよ?」
「いや、これはさっきのランク戦で……」
まるで武装集団などいないかのように俺へ笑いかける彩月は話しながら、血を流して倒れる先輩に左手を向けた。淡い光が倒れる先輩の体を包む。
「い、痛みが消えた……」
「ほら、さっさと下がって。危ないよ」
先輩相手にも構わず片手で追い払う礼儀の無さは、まさにいつも通りの彩月。
その片手間に、彼女は右手を顔の横で掲げた。空間に固定されたかのように静止していた銃弾は、ひとりでに彼女の右手へ向かって動き出し、彩月は集まった銃弾をぎゅっと握る。
「ぽいっ」
そして右手に集めた弾丸を、豆撒きをするかのように軽く放り投げた。それらは宙に放り出された途端、まるで失った慣性を取り戻したかのように直進し、プロテクターで武装していた一人を襲った。銃弾の嵐を一身に食らい、テロリストの男は崩れ落ちる。他のテロリスト達は仲間を撃たれた驚きと共に銃口を向けるが、彩月はその殺意を受け流して軽く指を振った。
「殺してはないよ。ボクだって命は尊ぶからね」
リーダー格の女性は、うめき声を零して崩れ落ちる男を一瞥し、忌々しげにプラズマ銃を彩月へと向けた。
「お前、なぜ能力が使える……!?」
「何でだと思う? 答えはCMのあとでー、なんて」
おどけた仕草で体を揺らし、パチンと指を弾いたかと思うと、地面に突き刺さっていた念波遮断装置が内側から爆散した。煙を上げて壊れた装置へ見向きもせず、彩月は失笑する。
「教えると思う?」
「……っ!」
あくまでも明るい声で、テロリスト達を見据える彩月。彼らはその脅威を再認識し、その銃口を一人の少女へと向ける。
「こいつを殺せ!!」
女性の号令と共に、弾丸の嵐が咲き乱れる。しかしその全てが、不可視の障壁によって弾かれた。むき出しの殺意も、何十人をも殺せてしまう凶器の雨も、彼女は涼しい顔で受け流していた。
「ささ、みんなは早く逃げてねー! 能力はもう使えるでしょー?」
突然の急展開に呆けていた周囲の生徒たちは、彩月の声を聞いて我に返ったように駆け出した。能力が使えるようになったといっても、彩月のように武装者と応戦しようとはとても思えないのか、誰もが背を向けて逃げ出した。
走り去る彼らに何人かのテロリストは銃を向けたが、その弾丸も生徒たちには届かない。全て彩月の空間障壁によって阻まれた。
「ほらほら、流輝君たちも。学園のあちこちにいたあいつらの仲間は全員やっつけたから、どこに逃げても安全だよ」
「お前、たった一人でテロリスト達を……てか、本当に何で、あの状態で能力が使えたんだ?」
「ふふっ、それはまだひーみつ」
口に指を当てて、彩月はニコリと笑う。たった十数センチ先では戦争のような銃撃の嵐が炸裂しているというのに、俺はその明るい笑みに見惚れてしまった。いつも通りの彼女を見て、張り詰めた緊張感が解けたのかもしれない。ケンに腕を引かれてハッと我に返った。
「情けないけど、ここはあいつに任せようぜ。これで全員助かるんだ」
「……ケンたちは先に逃げててくれ。俺はここに残る」
「おいおい、いきなり何言い出すんだよ」
今の俺は余りにも無力だ。能力が戻った所で、能力でもない純粋な銃撃の前では、俺は相変わらず無能力同然なのだから。
だからこそ、ケンを筆頭に、その場の全員が俺の言葉に目を丸くした。
「あいつらの目的は俺なんだ。俺が逃げ回れば、俺を追って危険な奴らが学園中をうろつく事になる。なら、ここに留まる方がいいだろ? 避難した皆の所に、わざわざテロリストを引きつれちゃ元も子もない」
「それはまあ、そうだけど……」
「それに俺ならもう大丈夫だ。ここは今、学園で一番安全な場所だから」
銃弾という脅威をものともしない学園最強の能力者へ視線を送って、俺は言った。
「なんたって、ここには彩月がいるんだからな」
俺の言葉を受け取り、彼女は嬉しそうに声を弾ませた。
「期待されちゃしょうがないねぇー。頑張っちゃおうかな」
「まあ、確かに彩月がいれば一気に安心感増したな……んじゃあ、俺らもここに残るわ」
張り詰めた意識をほぐすように、ケンはため息をついた。俺たちがここに残ると確認した彩月は、
「流れ弾には気を付けてねー」
とだけ言い残し、くるりと半回転。テロリスト達へと向き直った。ああは言ったものの、彩月の実力をもってすれば流れ弾のひとつも飛んで来ないだろうけど。
どれだけ撃っても銃弾が効かないと諦めたのか、いつの間にかアサルトライフルによる掃射は止んでいた。
「すぐに終わらせるなら、催眠で全員眠らせれば片が付くんだけど……キミたちは駄目だね」
ぱんっ、と両手を合わせ、彩月はクラスで意見交換でもするような気軽さで告げた。
「ボクたちの学園生活に傷を残したキミたちは、徹底的に叩き潰してから眠らせる」
敵が二の句を継ぐ暇も無かった。テロリスト達の握る銃の全てが、まるで見えない刃に空間ごと切り刻まれたかのようにバラバラに分解された。驚きながらも得物を手放した彼らは、腰に下げた拳銃を引き抜こうと手を伸ばす。だが、それすらもかなわなかった。
彩月が指揮者のように手を掲げると、一人は衝撃波で吹き飛ばされ、一人は地面を割って呼び出した植物の根にがんじがらめにされる。銃を持って引き金を引く事に成功した者もいたが、銃弾はくるりと反転して撃った者の肩を貫いた。ある者は念動力で振り回され、ある者は雷撃を全身に浴びせられる。戦況は一瞬で覆った。
「何だこの化け物は……!!」
「能力者といえども人間だ! 撃たれれば死ぬはず――ぐああ!!」
最後まで応戦する者も、武器を投げ捨て逃げ出す者も、彩月は全て逃さない。彼女に背を向けたその時には、四方八方から瓦礫をぶつけられてあっさりと撃沈。情けない悲鳴を残して倒れ伏した。
全ての攻撃が的確に武装者を叩き、一撃で戦闘不能にしてしまう。多岐にわたる能力の種類にも驚かされるが、殺さない程度の適切な威力の調節や命中精度なども、機械じみた正確性だった。力を完璧に使いこなしている。
「すごい、さすが彩月だな……」
たった一人で数多のチカラを次々と振るう様は、もはや特殊能力者という枠組みを超えているようにも見える。学園最強の力を目の当たりにして、俺たちは改めて格の違いを痛感した。
この場では、全てが彼女の意のままとなる。他の追随を許さない、彼女だけの独壇場だった。
そして、気付いた時には、リーダーの女性以外の全ての武装者が、武器を手放して床に転がっていた。
* * *
「キミが最後だね」
始めの位置から一歩も動いていない彩月は、リーダーの女性に向かって手を突きだす。
「聞いてない……こんなヤツがいるなんて」
プラズマ銃は見えない手に握り潰されたようにぐちゃぐちゃにされており、ほとんど丸腰。そんな状態でも、リーダーの女性はヘルメット越しに彩月を睨みつけていた。その黒い瞳は誰にも見えていないが、そこに宿る戦意は未だ消えていない。
「次に目が覚めた時には留置所だろうし、言い残した事があれば言っていいよ?」
「……っ」
笑顔で手のひらを突きつける彩月。その手からどんな能力が飛び出すかも分からない。
同年代の生徒よりも少しばかり小柄な少女に、自分は銃口よりも恐ろしい物を向けられている。テロリストの女性はそう確信していた。
「……私たちの名は『パレット』。この世界に革命を起こす者だ。覚えておけ」
「へぇー。散り際に名乗るとか、なんかいかにもな悪役だね」
「子供には……ましてお前のような能力者には分からないさ。能力主義のこの世界で、私たち無能力者がどれだけ辛い想いをしているかなんてな」
「ふぅん。ま、人それぞれの悩みがあるよね。でも他人を巻き込むのはよくないよ?」
どこまでも緊張感の無い声色で、彩月はその手に電流を生み出す。
「キミも痛めつけてから眠らせる。高校生の青春って貴重なんだから、勝手なテロ行為でその時間を奪った罰ね」
「……」
少女の形をした化け物を目の前で見据え、女性は押し黙る。わずかだが彼女と言葉を交わしている間、少しずつ腰に伸ばしていた手で、ある物を握る。そして。
「ここで終わるものかッ!!」
腰に下げていたソレを、彩月へ向けて力いっぱい放り投げた。彼女の見せる最後の抵抗を撃ち落とそうと、すました顔で右手を向ける彩月。しかし、その物体を見て目を見開いた。それは握り拳よりも二回りほど大きな、カプセル型の機械だった。
「これは……!」
直後、ソレは
小型電磁波爆弾。電子機器を麻痺させる電磁パルスを放つ爆弾だ。
人体に対するダメージは全くと言ってもいいほど無いソレに対し、しかし彩月は防御を選んだ。空間歪曲による障壁と磁力操作能力による磁気バリアを張り巡らせ、電磁パルス攻撃を防いだ。
「うわっ!?」
そして、過剰なまでに防御に意識を割いた一瞬を、『パレット』と名乗ったテロリストの女性は逃さない。隠し持っていた発煙弾をいくつも投げ込み、一面を煙で覆い尽くした。手を伸ばした先も見えないほどの濃い煙幕が、中庭を覆い尽くす。
「何だコレ!?」
「うかつに動くな。何が来るか分からないぞ」
落ち着いた志那都の声に従い、芹田たちもその場にとどまる。
すぐに志那都が風を起こして、煙を吹き飛ばすはずだ。そう油断していた芹田の脇腹に、強烈な痛みが走った。
「がっ……!」
スタンガンでも受けたのだろうか。全身から力が抜け、その場に膝を付く。
いつの間に背後まで迫っていたのか。彩月や志那都に任せっきりで、芹田は完全に注意をおろそかにしていた。
急速に薄れていく意識の中で、ヘルメットを被った人影を見た。しかし、抵抗しようにも体が動かず、声も出ない。彼の意識はすぐに落ちた。
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