第37話 誰もが助かる方法
「……は? 俺?」
名を呼ばれ、銃口と共に視線を向けられ、俺は驚きのあまり呆然と立ちすくんでいた。
「そいつを私たちに差し出せば、すぐにこの場から去ろう。弾薬とエネルギーの無駄だ。誰も殺しはしない」
生徒達の視線が俺に集まるのを感じた。疑問と困惑を浮かべて、あるいは、穏便に解決できる唯一の方法を見つけた者が、
「早く決めろ。
ヘルメットの女性がプラズマ銃で指し示したのは、仰向けに倒れて呻く一人の先輩。押さえる傷口からは今も血が流れている。
「……っ」
こいつらは何故か俺を狙っている。言葉の真偽は分からないが、俺さえ手に入れば他の皆は殺さないと言った。あくまで目的は俺。要求を拒めば、俺は連れ去られるだろう。もちろん、その時は皆が死ぬ。
一秒悩むごとに、撃たれた先輩は多く血を流し、一歩ずつ死に近づいていく。迷っている時間は無い。
皆が俺に視線を向けている。その目で訴えている。お前が行けば皆が助かるんだと。
ここにいるたくさんの人間の生死が、俺という個人の存在で左右される。意識しないと緊張で呼吸が止まりそうだった。冷や汗が頬を伝う。
目の前で人が死ぬ所は、三年前の災害で見た事がある。だが、それは俺とは無関係の死だった。今は違う。俺が無理にでも拒めば、皆殺しにされる。それは俺が殺すようなものだ。
選択肢なんて無いのかもしれない。
「分かっ――」
「芹田」
決死の一歩を踏み出そうとした、その時。
芯の通った声と共に、左肩を掴まれた。ハッとして振り向くと、
「お前は今、焦っている。人の生き死にが関わっているのだから当然だろう。だが、だからこそ落ち着け」
「何言ってんだ……俺が行かないと皆が」
「落ち着けと言ったはずだ。今はまだ、生きるか死ぬかの二択じゃないだろ」
「え……?」
背の高い志那都に見下ろされる。冷静な口調で語りかけられ、荒くなっていた呼吸が少しマシになった気がした。
「念波遮断装置。貴様はそう言ったな」
志那都は俺から襲撃者の女性へとその視線を移す。
「今も妨害信号が発せられ、俺たちの能力を封じているのだろう。だが、疑問には思わないのか。ここにいる数十人の能力を一度に、完璧に使用不能にする。そんな都合のいい物が、存在するのかと」
「何?」
「他人の決められた序列を振りかざし、驕るのは嫌いだが……」
それぞれの銃器を持って武装しているテロリストを睨みながら、志那都は両手を突きだした。
「学年2位の能力を、舐めるなよ」
風が吹いた。大穴が開いた天井や壁から入り込む生暖かい夏の風が、志那都の周囲に集まり出した。俺と戦った時よりもずっと弱い。だがそれでも、能力が使えている。
「なるほど……確かに、この人数の能力者を完全に抑え込むには、妨害信号の総量が足りないか」
学年ランク2位。その順位に裏付けされた圧倒的な底力をもってすれば、不完全な妨害信号を上回る念波が発生し、能力が使える。純粋な強さで学年の上位まで上り詰めた志那都だからこそ出来る力業だった。
しかし、それでも。
「だが、脅威にはならないな」
冷たく言い放つ襲撃者のリーダー。そして事実、その言葉の通りだった。
攻撃するために周囲の風を集める志那都は、物凄い量の汗を流し、呼吸も荒かった。普段なら眉一つ動かさず車すら持ち上げられるような竜巻を生み出す事ができる、あの志那都がだ。妨害信号を受ける中で無理に能力を使う事は、想像以上に負担がかかるようだ。
「ぐっ……」
顔をしかめる志那都は、とても苦しそうだった。
「おい、もう良いって。俺があいつらに付いて行けば皆助かるから……」
「……芹田。聞くまでもない質問だが、あいつらはお前の知り合いか?」
肩で息をし、眉間にしわを寄せて。テロリストたちを睨みながら限界まで集中して、志那都は問いかけて来た。
「お前には、連れ去られる心当たりはあるのか? ここにいる全員の命と自分を天秤にかけろと理不尽な選択を迫られるような義理も、責任もあるか?」
少なくとも、俺にはあいつらが俺を求める理由がさっぱり分からない。この無効化能力が欲しいのだろうか、と一瞬浮かぶくらいだ。
「……無い、と思う」
「なら、お前がその足を進める必要は無い」
「志那都……」
やっとの思いで生み出された、風の弾丸。烈風をまとめて発射したソレは、しかしプロテクターを装備しているテロリストたちを吹き飛ばすには至らなかった。威力が足りないのだ。それを確認するや否や、再び能力を使おうとする志那都。
「もう無理するなよ。お前の言葉は嬉しいけど、今はもうどうにも……」
「おい芹田」
今度は右から。荒々しい声と共に肩を掴まれ、勢いよく引っ張られて振り向かされた。
「俺との決着がついて無いってのに、逃げる気じゃねぇだろうな」
「お前、今はそんな事言ってる場合じゃ」
「そこのクソ共!!」
鷹倉は俺の話を聞かず、テロリスト達に向かって叫ぶ。
「俺たちの戦いを邪魔しやがって! 何の目的で芹田を狙ってんのか知らねぇけどな、銃にしか頼れねぇお前らに、俺の戦いを邪魔する権利はねぇ!」
「笑わせるな。お前達こそ、普段から能力に頼っているのだろう? そのご自慢の力も今は使えないんだ。お前達は黙って、ただ私たちに従えば」
「うるせぇバーカ!」
今度は背後から。女性の言葉を遮って放たれた小学生みたいな罵倒の主は、後ろから歩いて来て、俺の前に立ちふさがった。
「ケン、お前も……」
「特殊能力は体の一部だ。お前らの持ってる誰でも使える安っぽい道具とは訳が違うんだよ! 自分の能力を百パーセント使いこなすのだって大変なんだぞコラ!」
「だから何だ」
「流輝はな、そんな特殊能力を使ってのし上がろうと、頑張ってんだよ! さっきだって17位の鷹倉といい勝負してたってのに……それをお前ら、自分勝手な都合で台無しにしやがって! 学校を襲うテロリストとかいつのフィクションだよ。二十一世紀もお終いだってのに、時代遅れだバカが!!」
精一杯の悪口を言っているケンは、ズボンのポケットから小さな端末を取り出した。ケンが強く握ると、三枚のホログラムパネルが出現し、どこからともなく多数のドローンの飛行音が聞こえて来た。
「学内情報部なめんなよ……! こちとら撮影のためにドローンの扱いには慣れてんだよ!」
「……なるほど、抵抗するか」
先頭の女性は面倒そうに舌打ちをする。そして、プラズマ銃の銃口が向けられた。それを合図に、他の武装者たちも各々の銃を構えた。その光景を目の当たりにしながらも、ケンは小声で耳打ちした。
「……志那都、もっかい風吹かせられるか?」
「分からん。だがやれと言うならやるしかない」
「俺がドローンを突撃させて隙を作る。その間に烈風でやつらの足をすくってくれ」
「なら俺は、近づいてあの女をぶん殴る。
こいつら、この期に及んで作戦を立てている。俺を差し出せばそれで済む話なのに、俺を守ろうとしているのか。
「流輝、敵の狙いはお前だ。俺らが始めたら、混乱に乗じて逃げろ。警備システムが既に通しているだろうし、ちょっと持ちこたえれば俺たちは助かる」
「でも、それだとお前らは無事じゃ済まないだろ」
「うるせ、分かってるよ。お前の言いたい事も全部。でも、俺だって譲れないモンがあるんだよ」
ケンは震える足を叩いて、力強く笑みを浮かべて見せた。
能力が使えないこの状況で、銃口を向けられている。死ぬかもしれないというのに、自分の意思を貫いている。
昔からそうだった。幼い頃から、俺は特殊能力に憧れ、能力者であるケンにも憧れていた。俺なんかよりもよっぽど男らしいこいつに憧れていた。
彼の隣に立ってみたい。そう願っていたからこそ、俺は能力を――
「分かった」
覚悟を決めた。俺はその決意が零れないよう拳を固く握り、ケンの隣に並んだ。
「俺も行く。俺も鷹倉と同時に特攻して、あいつらを殴る」
「は!? いや、奴らの目的はお前なんだぞ!」
「だからこそだ。あいつらは俺を殺さない。だから、俺が一番適任なんだ」
俺はケンのように、心の真ん中に据えるような譲れない意思は無いかもしれない。けど、一つだけ分かる事がある。
「……ここで逃げたら、絶対に後悔する」
無慈悲にも俺たちへと向けられている銃口を睨み、俺は決意を口にした。そして、目の前の敵にも言葉を投げかける。
「お前ら、俺を狙って来たみたいだな。なら、俺を殺さず捕まえてみろよ!」
それは、俺へと意識を向けさせるための挑発のつもりだった。だが、プラズマ銃を構える女性はそれを一笑に付す。
「何か勘違いをしてるようだな」
女性がヘルメットに覆われた頭をわずかに動かすと、他のメンバーがその意思を汲みとったかのように、全員の銃口が
「私たちの目的はお前だが、絶対に殺さないなど一言も言ってないぞ?」
「……!!」
「手間を取らせやがって、お前はやめだ。見せしめに、まずはお前から殺す」
始まりの合図なんて無い。志那都が風を起こすよりも、ケンがドローンを動かすよりも、鷹倉が走り出すよりも、誰よりも速く。
数多の銃声が、中庭を埋め尽くした。
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