第36話 色を持たざる襲撃者

 頭上から響いた轟音に、俺は鷹倉たかくらへと向けた拳をピタリと止めた。鷹倉も同じように止まり、反射的に上を見上げていた。


 ガラスの天井が音と立ててバラバラに割れた。俺たちのランク戦を周りで見ていた生徒達から悲鳴が溢れる。それを認識した時には、凶器となったガラスの雨が俺たちに降り注ごうとしていた。逃げる間もない。


「伏せろ!」


 だが、俺たちがズタズタに引き裂かれる事も、強化ガラスに押しつぶされる事も無かった。張り上げられた声と共に暴風が吹き荒れ、ガラスの雨は誰もいない方向へ吹き飛ばされた。

 風が飛ばされた方向を見ると、突然の事に驚きながらも、咄嗟に能力で俺たちを守ってくれた志那都しなつの姿があった。


「二人とも大丈夫か」

「志那都! お前のおかげでこの通り無事だよ」

「へッ、お互い怪我はしてるけどな」


 鷹倉の言う通り、さっきまでの戦いのせいで、俺も鷹倉も本当の意味で無事とは言えないかもしれない。だが少なくとも、崩落による怪我は無い。志那都に救われた。


「それにしても、一体何が――」


 俺が零した疑問の言葉は、更なる音によって遮られた。

 ドゴンッ!! と、砲丸投げの鉄球が落ちるような重い音と共に、破れた天井から『何か』が落ちて来た。


 一言で表すなら、人間の胴体ほどはある、大きな鉄の杭。


「な、何だコレ……?」

「……あのドローンが運んで来たのか」


 志那都が見上げる先に、小さな黒い影が見えた。破れた天井のさらに向こうにいるもの。それは大きなアームの付いた一機の小型飛行ドローン。役目を終えたのか、ソレはどこかへ飛び去ってしまった。


「……これ、誰かの荷物?」

「んな訳あるかよ。天井ぶち破って配達するとかどんな業者だ――うぉっ!?」


 言葉の途中で、鷹倉は鉄の杭を見て変な声を上げた。俺と志那都、それから他の生徒たちが見つめる中、その大きな鉄杭は動き出した。側面が割れ、まるで花が咲くかのように大きく広がったのだ。


 中から覗くのは、青白く発光する機械部品。ただの杭じゃなく、何かの機械のようだ。いきなり降って来て、そしてスタンバイし出した機械を呑気に観察していた、その時だった。


「ぐあっ……!!」


 耳鳴りを数十倍に膨らませたかのような、甲高い音が耳を貫いた。それも一瞬ではなく、しばらく続いている。俺たちは皆、たまらず耳を押さえた。


「うる……せぇんだよ!!」


 苛立つ鷹倉は吐き捨てながら、機械を殴ろうと拳を握る。しかし、不意にその動きが止まった。鷹倉は困惑を顔いっぱいに広げて、己の拳を見つめて呟いた。


「能力が、出ねぇ……」

「え……?」


 能力が使えない。その言葉の意味を聞き返そうとしたその時、中庭を囲う壁の一画が連続で爆散した。


 今度こそ爆弾でも使ったのだろう。壁の近くの人工芝は小さく燃えており、壊された壁からは黒い煙が上がっていた。立て続けに起こる謎の現象に疑問と混乱が広がり、小さな悲鳴やざわめきが生徒達の間を伝播していく。


「全員動くな。妙な真似をすれば殺す」


 そして極めつけは、聞いた事もない女性の声による脅迫。黒煙を払って、星天学園の中庭に足を踏み入れたのは、黒いプロテクターで全身を武装している見知らぬ十数人の集団。その全員が黒いヘルメットで顔を隠しており、銃器を携えていた。


「な、何なんだ、次から次へと……」


 恐怖よりも混乱が勝つのか、悲鳴を上げて逃げ惑う者はいない。状況を理解したとしても、動くなと言われたのだから、誰も動けないはずだ。

 相手は銃を持った大人。高校生の集団に、抵抗する術などあるはずもない。

 ……少なくとも、ここが普通の高校ならば。


「動けば殺す、だってよ。面白いこと言うじゃねぇか、テロリストさんよ」

「ここを特殊能力者が集まる星天学園と知っての襲撃か?」

「そんなオモチャで能力者を止められるとでも思っているのか」


 と、映画だとすぐにやられる脇役が言いそうなのセリフを吐きながら、三年生の先輩たちが歩み出て来た。

 そう。ここにいるのは全て特殊能力者。戦える能力を持っているのはその全員という訳では無いが、中には銃相手に正面から渡り合える者だっている。彼らがその筆頭なのだろう。


 俺たち星天学園の生徒にとっては、見慣れていない銃よりも特殊能力の方がまだ『想像出来る脅威』だった。逆に言えば、特殊能力と銃となら、特殊能力の方が強いとさえ思っている者もいるという事。


 だが、俺は先ほど鷹倉が呟いていた事が引っかかっていた。、とあいつは言った。

 何だか嫌な予感がする。


「先輩、ちょっと待――」

「言ったはずだが」


 呼び止めようと出た俺の言葉も、自信満々に挑発する先輩の歩みも。たった一発の銃声にかき消された。


「妙な真似をすれば殺す、とな」


 リーダー格と思しき先頭の女性が右手に握る片手拳銃。その銃口からはうっすらと白煙が昇っていた。

 声を上げる暇も無く、気付けば仰向けに倒れていた先輩。制服の脇腹の辺りがじんわりと赤く染まり、すぐに血が広がった。


「ちっ……外したか。これだから古い火薬の銃は嫌いだ」


 小さく呟く女性の声を聞き流しながら、俺たちは現状を遅れて理解した。

 撃たれた先輩が叫ぶ。その悲痛な声が引き金となり、あちこちから悲鳴が上がった。膨れ上がった恐怖が破裂し、皆がパニックになる。


 傷を治そうと倒れた先輩に近づいた者は、能力が使えない事に気付いて混乱していた。やけくそになって反撃しようとした者も、何の現象も起こせずに戸惑っていた。


 能力が使えない。相手は銃を持っている。

 その事実を認識し、最悪の結末を想像してしまった者からパニックに陥った。


「黙れと言ったはずだ!」


 張り上げられる女性の声。同時に、中庭の中央にそびえ立つ木の幹が深く抉られた。女性が握っていたのは、拳銃よりも一回り大きな、最新式のプラズマ銃だった。

 人間の体よりも頑丈な樹木が一撃で焼き払われた。その光景を見て、湧き上がったさらに強い恐怖が、皆の悲鳴を無理矢理に押し留める。


「無駄に死体を量産する気は無い。目的さえ果たせれば、お前達に興味など無い」


 ヘルメット越しにも伝わる、冷え切った声。俺たちを見下すその態度が、この場の優劣を嫌と言うほど表していた。


「言っておくが、教員どもは来ないぞ。校内の至る所に仲間が突入している。それに」


 ヘルメット頭の女性は俺たちの傍にある、花弁を開いた鉄杭に顔を向けた。


「その念波遮断装置は学園全体に効果が及ぶよう、複数個所に設置したからな。この学園内で能力が使える人間は一人もいない」

「遮断装置だって……?」


 念波遮断装置。内側から青白く発光する鉄杭を、彼女はそう言った。


 ――全ての特殊能力者に共通して有るものと言えば、それは体内を流れる『能波』と、脳から発せられる『念波』。能波とは、能力者の体内に流れるエネルギーの事。そして念波とは、特殊能力者が能力を使う際に発しているとされる脳信号の事だ。


 念じる事で物質を操る。念じる事で精神を操る。特殊能力を根本まで突き詰めると、全ては『念じる』事が始まりとなっている。

 その時に脳から発せられ、物質や人の精神に干渉する念信号が『念波』と呼ばれるもの。俺たちは自分の意思で能力を発動させていると思い込んでいるが、実は無意識に発せられた念波が能力を使っている。そう言われているようだ。


 そして、その念波を阻害する音波や電気信号を発し、念波を遮断する――いわばジャミングをおこなう事で、特殊能力を封じる。それこそ、襲撃者の言う『念波遮断装置』だ。その存在を授業で初めて聞いた時は、俺の無効化能力の唯一性が薄まっていくような気がしてへこんだのを覚えている。


「何で……」


 だが。念波遮断装置は、特殊能力管理局が能力犯罪者を捕らえる際に使用される最新機器のはず。それも授業で習った念波遮断装置は、頭に被せて妨害信号を与えるヘルメットのようなもの。こんな一風変わったスピーカーのような、広域にわたって能力を封じるような遮断装置は聞いた事も無い。


「何でこんなものを、お前たちみたいなテロリストが持ってるんだ……?」

「答えると思うか?」


 プラズマ銃を向けられ、俺は口をつむぐ。それと同時に声を発したのは、冷静に敵を睨んで隣に立つ志那都。


「要求は何だ。教師の所ではなく、俺たちの所に来たのも関係しているのか」

「察しがいいな。その通りだ」


 この場を支配していると言ってもいい襲撃者たち。その先頭に立つ女性の声が、志那都の問いに答えた。


「私たちの要求はただ一つ」


 リーダーの女性の、いや、武装集団の全員の視線が、俺へと向けられた。


芹田せりだ流輝るき。そいつを私たちに差し出せ」

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