第三章 無能力者たちの叫び
第34話 そこそこの因縁に決着を
誰だって、他の誰かより優れていたいと思うはずだ。特別でありたいと思うはずだ。
少なくとも、彼はそう思っていた。
特殊能力者が当たり前に存在する現代で、無能力者の少年が特別かそうじゃないかと言われたら、まず間違いなく特別じゃない。
産まれた時から決まっていた、今更になって覆るはずもない事実。それでも彼は特殊能力を欲していた。そこに特別な理由など無く、けれど何度も、夢に見る程に渇望した。諦めるべきなのに、諦め切れなかった。
そんなやるせない毎日を過ごしていた、ある日の夜。少年はその人物に出会った。
肩まで届きそうな、男にしては少し長い白髪。色白の肌と細い体格の青年だった。一月末の深夜だというのに寒がる様子もなく歩く薄着の彼を、少年は訝し気に見つめていた。
「声が聞こえたんだ。
レモン色とオリーブ色のオッドアイが、真っ直ぐと少年の目を見る。優しい声色で語りかけて来た青年に、少年は返事も出来ずに目を丸くした。初対面の相手なのに、考えている事が見透かされているという事実に驚いていた。
「君を待っていたよ」
東京の郊外にあるありふれた住宅街の、軽自動車もすれ違えないような狭い路地。都市開発がやや遅れていて、街を無機質に彩るホログラムのない夜の道で。
優しく微笑む謎めいた雰囲気の青年は、少年を『特別な存在』にした。
* * *
「で、
「うーん……」
「この前は60位くらいのヤツに挑戦しようって時に、
「ああ。結局負けちゃったし、俺は未だ89位なんだよなー」
「どこらへんに挑むのがいいとか、
「まあ、一度だけ聞いた事があるけど……『流輝君がいけると思った相手と戦うのが、一番上手くいくと思うよー』って言われた。アドバイスとかは特にナシ」
「なるほどなぁー。要は自分で考えろって事か」
「だろうな」
とは言っても、『どのくらいのランク差なら戦いやすいか』とか、彩月が知ってるとは思えない。なにせ彼女は、転入初日からランク一桁の同学年はもちろん、先輩後輩かまわず実力者相手に片っ端からランク戦をふっかけて、なおかつずっと無双していたのだ。星天学園生歴が短い転入生というのもあるし、彩月がランク戦について詳しくなくても不思議ではない。
「でも、彩月の言う事も一理あると思うぜ。自分で選んだ相手なら、自信を持って戦えるだろ?」
「それもそうだな。じゃあ、今度こそ60位くらいの人に――」
「
ホログラムパネルをスクロールさせようと伸ばした手は、一人の生徒の呼び声によって止まった。確か同じクラスである男子生徒。彩月や
今まで積極的に友達を作ろうとしなかったせいで、俺は情けないことに同じクラスの男子とはほとんど話せていない。俺の名前を覚えてもらえてるのも、珍しい能力と黒髪、そしてランク戦全敗という悲しい記録が噂されての物だろう。
まあ最近は、志那都相手にそこそこやりあえたのが広まってか、少しは良い意味で名前が広まっている気がする……と、思う。自意識過剰じゃないと思いたい。
「お前、メシ食ってる場合じゃねぇぞ!」
「どうした、そんなに慌てて」
「どうしたもこうしたも、今すぐ中庭に来いよ!」
クラスメイトの彼は、何やら慌てた様子でまくし立てる。走って俺を探し回っていたのか、心なしか息も上がっていた。
「
「鷹倉が……?」
一年の頃から俺をからかい、何度もランク戦を挑んではボコボコにして来たクラスメイト、鷹倉
「あいつが暴れ出す前にはやく行った方がいいぜ!」
「分かった。すぐ行くよ」
食べ終わった食器を返し、俺は鷹倉がいるという中庭に向かう。
「行って大丈夫か、流輝。どうせまたからかわれるだけだぞ?」
「まあそうだろうな。逆に、あいつに会って良い事なんて一つも無いよ。でも無視して機嫌を損ねられるよりまだマシだ」
早歩きで廊下を進みながら、ケンは心配そうに声をかけて来た。ケンの予想はまず間違いないだろうが、俺が返答として口に出した言葉もまた事実だろう。ここで無視しても、いつか向こうから殴りかかってきそうだし、呼び出されたなら素直に出向くのがノーリスクだと考える。
そうこう話しているうちに、すぐに中庭にたどり着いた。
夏の日差しは暑いからか、中庭を覆うドーム状のガラスの天井には日差し除けの膜が張られていた。その隙間から漏れる日光と照明が照らし、ひんやりと冷房が効いている。普段ならベンチに座って昼食を取ったり談笑する生徒で溢れているのだが、今は静まり返っていた。ある人物を遠巻きに囲うように、皆が端の方に避難していた。
「来たな、芹田」
円形に広がる中庭の、その中央。
高い樹木を背にして、鷹倉が仁王立ちで出迎えた。俺は彼と少し距離を置いて向かい合う。
「なんだ鷹倉、用事って」
「俺と勝負しろ! 誰とも戦えないお前に、今日も俺が相手をしてやるよ!」
またランク戦か。俺みたいな格下を倒して悦に浸るよりも、もっと身近な相手を探してランクを上げるべきだろうに……なんて、89位が言えたものじゃないか。
「最近お前、随分と噂になってるじゃねぇか。あの1位と特訓してるとか、あの2位と戦ってたとかな」
「そうだけど。もしかして危機感でも抱いたか?」
「いいや、むしろ逆だぜ」
力強く、ともすれば邪悪とも呼べてしまいそうなほどに、鷹倉は口の端を吊り上げた。筋肉に満ちた巨体はまさに、悪の組織の幹部みたいな迫力がある。
「いつも一発か二発殴った程度でダウンしてたお前が、ちっとは強くなったんだろ? それでこそなぶり甲斐があるってもんだろうが」
「性格悪いな……知ってるけど」
「そういう訳で、戦えや! 『無能力者』よぉ!」
拳を打ち鳴らし、叫ぶ鷹倉。そのあだ名、もうお前以外に使ってるやついないよ。多分だけど。
一歩前に出て、俺は正面から鷹倉を見つめ返した。数か月前の俺なら、これも経験だと言えども乗り気にはなれなかっただろう。だが、彩月と特訓を続けてきた今なら、その挑戦にも堂々と受けて立とうと思えた。
「いいぜ。今度こそ勝ってやる」
学園端末を取り出し、ランク戦を行う事を報告する。すぐに審判用ドローンが飛んで来た。
「今回も
「こっちこそ、望むところだ」
これで六回目にもなる鷹倉とのランク戦。ルールはいつも、どちらかが降参するか、ドローンが続行不可またはその必要が無いと判断し止めるまで戦い続けるものだった。ランク戦としては一番ありふれた決闘スタイル。
『それでは、ランク戦を始めてください』
ドローンの機械音声により、戦いの火蓋が切られた。
俺の無効化能力じゃ先制攻撃は出来ない。いつも通り、鷹倉が拳を握って踏み込んで来た。
正直、同い年とは思えないような体格の鷹倉に降参させるのは難しい。というか本人の性格を考えるに、俺に力があったとしても降参はしないだろう。だからと言って、戦闘不能になるまでボコボコにするのも力量差からしてまず無理。
なら、狙うは審判ドローンによる中断。これ以上ランク戦を続けても意味が無いと判断されれば、ランク戦は中断される。その際は引き分け判定になり、ドローンのカメラ越しに見ている教師の独断で、優勢だと感じた方に追加でポイントが加算される決まりだ。つまり、俺の取るべき戦い方は――
「食らいやがれ!」
岩をも砕きそうな右拳が、俺の顔めがけて繰り出される。何度も見て来たそれを、俺は左に身を捻って躱した。
鷹倉は踏ん張って勢いを殺し、間髪入れずに左拳を突きだす。それもギリギリの所で回避できた俺は、更なる追撃に備えて数歩後ずさる。
「芹田の割にはよく避けるじゃねぇか」
「どうも」
俺が実質的に『勝つ』ためには、鷹倉の攻撃をひたすら避け続け、どこかで一発でも攻撃を食らわせられればいい。
このまま俺が避け続ければ、ランク戦は長引き、昼休みが終わる前には中断される。そして一方の攻撃が全く当たらず、もう一方の攻撃がほんの少しでも当たっていれば、客観的に見た勝者はどっちになるだろうか。
時間切れによる終了の場合、攻撃が当てられなかった鷹倉と攻撃が当たった俺と、どちらが優勢かと言われたら、たぶん後者。
俺はただ避け続け、一発でも加えられればそれでいい。時間切れ狙いなど卑怯かもしれないが、これも作戦なのだ。正々堂々と正面からぶつかり合えば、今まで通り惨敗するのだから。悔しいが、鷹倉はそれくらい強敵なのだ。
「だがな、芹田よぉ。今回の俺はひと味違うぜ」
自信満々に言い放つ鷹倉は、両の拳を強く握りしめて構える。暗い紺色の瞳が、淡く輝きを帯びた。
「今回は、お前相手に
「……っ!」
高らかに宣言する鷹倉の両手を中心に、小さな風が巻き起こる。
初めてのランク戦で俺に能力が効かないと分かってからは、いつも素の腕力だけで俺を沈めて来た鷹倉。そんなあいつが、能力を使うと告げた。
「能力はただぶつけるだけの物じゃねぇ。お前と戦う2位のヤツを見て、戦いってモンが何か分かったぜ!」
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