第32話 少女達の答え合わせ

 病室で二人きりになった針鳴じんみょう双狩ふがり。話を切り出したのは、針鳴からだった。


「双狩さん。あなたに風守隊かざもりたいの副隊長になって欲しいの」

「……え? 私が?」


 いきなりの申し出に、双狩は目を丸くして驚いた。


「ていうか、どうして急に副隊長なんか? 今までもあんた一人でやって来たんじゃないの?」

「今まではね。でも、これからはもう事情が違うでしょ?」


 彼女が言っているのは、恐らく『ゴーストタウン』の事。『ゴーストタウン』への対策本部として、風守隊が動く事も予想されるという事だろう。


「いざという時に、今まで通り隊長わたしただ一人の指示で動いていたら、迅速な連携を取りにくいでしょ?」

「まあ、それはそうかもね」

「それにね、もうひとつ理由がある。また私が今回のように、おかしな行動を取ってしまった時の事よ。もしもまた、私の独断で風守隊が動きそうになった時、私や彼女たちを正しく抑え込めるもう一人のリーダーが必要だと思ったの」


 シーツの上に置かれた針鳴の手に、グッと力が込められた。


「今回はたまたま怪我人も出なかったし、みんな優しく許してくれた。だけど、もし次があったら。次はもっとひどい、取り返しのつかない事態になってしまったら。そう考えると、このままじゃ危ないなって思ったのよ。私の勝手で、風守隊の皆の学園生活を台無しにしちゃう事だけは、絶対にあってはいけないから」

「ふぅん……」


 風守隊の皆へ申し訳なく感じる想い。針鳴はそれを自らに刻み込むように、目を伏せた。


「やっぱりあんた、しっかり隊長してるわよ」


 針鳴が上体を起こして座っているベッドが、僅かに揺れた。伏せていた目を開くと、椅子に座っていた双狩が、ベッドの端に腰掛けていた。手を伸ばせば届く距離だった。


「あんたの考えは分かった。そのうえで答えるけど、私は副隊長にはならないわ」

「え、今のは了解してくれる流れでしょ」

「どっちにしろ私、もう風守隊抜けようと思ってるし。副隊長は他の子に任せた方がいいわよ」

「ちょっとそれは聞いてない」


 立て続けのカミングアウトに抗議を申し立てる針鳴。彼女に対し、双狩は肩をすくめて続けた。


「風守隊はもう私を敵対視しなくなったけど、それでも抜け駆けした私を良く思わない子はいると思うわ。どっちみち、風守隊に来た目的は果たせたようなものだし。だからそろそろ潮時かなって」

「目的……?」

「まあ、それもあんたのおかげでもある訳だから、風守隊を抜けても協力はするわよ」

「私のおかげ?」


 双狩の言葉の意味がよく分からずに首をかしげる針鳴。彼女が双狩にした事と言えば、風守隊を率いて芹田せりだと彼女を追い回したぐらい。そもそも彼女が風守隊に入ってから日も浅いのだ。彼女が何かの目的があって風守隊に入ったとしても、それを成し遂げられたとはとても思えない……。


「……もしかして」


 いや、一つあった。

 唐突に、ふと頭に浮かんだその仮説は、考えれば考えるほどしっくり来るものだった。


「双狩さん、芹田君のこと好きなんじゃない?」

「……は? なんでそうなるの」


 面倒臭そうな口調で返す双狩。何なら顔にも出ていた。対して、針鳴は面白がるように笑みを浮かべた。


「私があなたにした事と言えば、五日前に芹田君とあなたを捕まえようと追い駆けた事。その過程であなたと芹田君は共に逃げ、そして協力して事態を収拾させた。あなたが風守隊に入ったのだとすれば、今回の件で近づけて、目的は達成したようなものじゃない?」

「へぇ……」

「私たち風守隊が志那都しなつ様の情報を集めると共に、最近志那都様と親しくなった芹田君たちについても調べている事を、あなたも知っていた。だから、あなたが風守隊に入ったのはその情報を手に入れるため。芹田君から志那都様の情報を聞き出そうとしたのも、私たちが持っている芹田君の情報と交換するための交渉材料として……こんな所かしら?」


 得意げな顔で自信満々に推理を披露した針鳴。それを聞き終えた双狩は、小さく笑みを零した。


「……まったく。よくもまあ、そこまで予想できたものね」


 そして、一秒前の笑みが噓かと思うような鋭い眼つきで針鳴を射抜く。


「誰にも言うんじゃないわよ。特に芹田には絶っ対に」

「あれ、当たりだったの? 私名探偵だった?」

「…………」

「あのー、別に言いふらしたりしないからさ、病み上がりの先輩の足首を無言で握りしめるの止めて欲しいな。あなた結構力強いのね。足取れちゃいそう」


 自分の体を人質にとられた針鳴は、別の理由で入院期間が長引いてしまう前に両手を上げた。ごめんごめん、と笑いながら謝るが、後輩から注がれる眼光に冷や汗を流す。銃口でも向けられているかと錯覚するような気迫だ。


 やがて双狩はその威圧を引っ込め、シーツの上から掴んでいた針鳴の足から手を放した。針鳴は足を引き寄せるように体育座りをして、両手で足をさすりながら双狩を見つめる。


「で、彼のどこが好きなの? こんな事言うのはアレだけど、彼って志那都様みたいに文武両道才色兼備ってほどじゃないでしょ? となれば、あなただけが感じる別の魅力があった訳だ」

「いや、まあ何と言うか……」


 予想以上にグイグイ来る先輩に、さっきまでの凶器のような威圧はどこへやら、双狩は目を逸らした。そんな反応を可愛がるように、針鳴は畳みかける。女子高生はこういった話題に積極的なのだ。


「うちの学園はクラス替え無いから、芹田君とは一年の頃から同じクラスだったんでしょ? それなのにあなたは最近になって行動を起こし始めたのよね。最近の芹田君に関するトピックと言えば……やっぱり例の特訓と志那都様とのランク戦ね? ひたむきに頑張る彼に心を打たれたとか! 去年までは何とも思ってなかったクラスメイトの躍進に興味をそそられたとか! 他には――」

「だあああああああああ!! 大体そんな感じよ! だからもういいでしょ!? その話はおしまい!!」


 まるでスピーカーで心の声を垂れ流されている気分だった。

 胸の内をまるっとそのまま見通されたかのような推理に、双狩の羞恥心は爆発した。


「はあぁぁ……迂闊だったわ。変なこと口走るんじゃなかった」


 今更のように後悔を露わにする双狩は、脱力するようにベッドへ上体をうずめた。


「いや、そんな思いっきりため息つかなくても……ちょっと傷付く。ほんとに誰にも言わないから」

「それは一応信じる。でもね、他人に知られたってこと自体が、何か恥ずかしいのよ……」

「恋というものは得てしてそういう物よ。恥ずかしげもなく堂々と言える女の子なんてほとんどいないわ」

「そんなものなの……?」

「そんなもの。先輩が言うんだから間違いないわよ。私は未経験だけど」

「駄目じゃない」


 ウインクと共にグッと親指を立て、ここぞとばかりに先輩風を吹かせようとする針鳴。しかし説得力がまるで無い彼女の先輩風は限りなく無風だった。


「まあ経験に基づくアドバイスは出来ないけど……それでも、恋の悩みを共有できる人を持っておくのは大事なのよ? 私は応援してるわ」

「ホントに? 面白半分でからかったりしたら脳焼くわよ」

「目こっわ……からかったりしないって」


 光を操る能力者は眼光も自在に鋭くできるのだろうか。針鳴はひとつ下の後輩とは思えない圧におののいた。


「脅されなくても協力くらいするわ。今回の一件を許してもらった事も、助けてもらった事も、あなた達には本当に感謝してるんだから」

「……そう。ならその気持ち、ありがたく受け取るわ」


 諦めたようにため息をつく双狩。密かな想いを先輩に知られた事の気恥ずかしさも、彼女の真摯な感謝の前にはひっこめざるを得ない。

 その代わりとでもいうように、双狩はいたずらっぽく笑みを浮かべた。


「ところで、私だけ知られた状態はフェアじゃないわよね? あんたも好きな人教えなさいよ」

「そう来たか……でも残念ながらいないわよ、そんな相手。むしろ紹介して欲しいくらいね」

「ホントに? 志那都とかは?」

「志那都様は違うわよ。人類の誰よりも尊敬してるけど、恋愛対象としては見てないわ」


 彼女の中ではキッパリと線引きされているらしい。誤魔化している風でもなく、さっぱり否定した。


「風守隊の中には志那都様に恋愛感情を抱いてる子もたくさんいるけど、みんながそうな訳じゃ無いのよ。私みたいに有名人を応援するような感じの子もいれば、そこまで熱狂的でもないけどその場のノリで集まってるだけの子だっているわ。だからこそ、中途半端故の団結力みたいなものもあるけど」

「そうだったのね。まあ変人集団なのに変わりは無いけど」

「あなたも人の事言えないでしょ。意中の相手の情報を裏ルートから手に入れようとしたクセに」

「いやいや、あんたみたいにストーカーまがいの事はしてないわ」

「ストーカーとは何よ。気になる事について調べただけよ」


 傍から見ればどっちもどっちであり、二人は大して変わらない。

 興味の対象が、好きな人なのか憧れの人なのか。彼女たちの違いは、たったそれだけなのかもしれない。


 ある意味では似た者同士なのだろうが、二人がそれを肯定的に捉えられる日は遠そうだった。

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