第31話 気を付けてね

「……と、まあそんな感じで、学内情報部が上手いように情報操作してくれたみたいです。だから、風守隊かざもりたいのメンバーが何か重い罰則を受けたりとかはしてないですよ」


 ここにいる皆で『ゴーストタウン』対策本部なるものを結成した後。五日も眠っていた針鳴じんみょう先輩に、風守隊との騒動があってからこの五日間の事を伝えていた。


「後は先輩が無事に戻って来たら、全部解決です」

「そう……たくさんの人に迷惑をかけちゃったわね」


 大きなため息と共に、針鳴先輩は肩を落とす。それから、俺たち一人ひとりに顔を向けて言った。


「改めて言わせて。芹田せりだ君、双狩ふがりさん、それから彩月さいづきさんも。本当にごめん」


 ベッドに座ったまま、深く頭を下げる針鳴先輩。サルビアブルーのセミロングヘアがさらりと垂れ下がった。


 風守隊の隊長として、たくさんの人を巻き込んでしまった事へのけじめだろうか。変に誤魔化したりはせず、一年下の後輩三人に、真正面から頭を下げた。


「あの時の私はどうかしてたわ。霊の影響なのかもしれないけど、それを言い訳には出来ない。あなた達に力を向けたのは事実なんだし……」

「謝罪はもう良いわよ」


 先輩の言葉を遮るように真っ先に声を上げたのは、双狩だった。


「そう何度も謝られると、本当にあんたが悪かったって気になるじゃない」

「え、いや、本当も何も、私が悪いんだけど。風守隊を引きつれてあなたと芹田君を追い回してたのは私で……」

「その前よ前。事の発端を考えてみなさい」


 腕を組んでうっすらと笑みを浮かべる双狩。突っぱねるような言い方だが、そこには彼女なりの優しさが滲み出ていた。


「あんたは抜け駆けした私をこらしめようと風守隊を動かしたんでしょ? なら全ての元凶は私よ」


 拳を握り、親指で力強く自身を指す双狩。本当に先輩相手でも敬語を使わない彼女だが、今はその堂々たる振る舞いが、今の針鳴先輩にとってはかえって良いのかもしれない。


 それに、よくよく考えてみれば双狩の言う通りだ。確か風守隊の新メンバーであるはずの双狩が、彼女たちを差し置いて志那都しなつの好きな物を俺に聞いて来たのが全ての始まりだった気がする。あの時は、まさかこんな大ごとになるとは思ってなかったけど。


「そう言えば、何で双狩は抜け駆けなんかしたんだ? 先輩や風守隊と同じ志那都のファンなら、一緒に穏便に協力し合ったりとか……」

「あんたには教えないわ」

「なんで!?」


 あまりに素早く拒否されたので驚いてしまった。俺が志那都に告げ口しないか疑っているのだろうか。

 本人が教えてくれないのならしょうがない。話す気もなさそうだし、そもそもこの一件はもう解決したんだしな。


「まあとにかくそう言う訳だから、あんたは何も悪くないって事。分かった?」


 呆気にとられていた針鳴先輩だったが、俺たちを見回して、それからふっと笑みを零した。俺たちがもう気にしていない事は、分かってもらえただろう。


「ありがとう、みんな」


 憑き物が落ちたように、先輩は笑っていた。





     *     *     *





 気付けばもう五時半を過ぎており、陽が傾き始めていた。面会時間は午後六時までだが、ギリギリまで居座るのも迷惑だろう。俺たちはそろそろ帰る事にした。


「それじゃあ先輩、お大事に」

「また明日来るねー」


 いつの間にか明日からは彩月も来る事になっていた。と言っても、眠っていた時も体に異常はなく、こうして無事に目を覚ました今も針鳴先輩は至って健康だ。問題がなければ明日か明後日には退院できるだろうし、ここへ来るのもあと僅かだ。


「あ、待って双狩さん」

「ん?」

「ちょと話があるんだけど、もう少しだけいいかしら?」


 針鳴先輩に呼び止められ、怪訝そうにしながらも、立ち上がりかけた双狩は再び椅子に腰を落とした。


「しょうがないわね。もう少し話し相手になってあげるわ」


 それから俺たちに向かって軽く手を上げた。俺は頷き、手を振り返す。


「じゃ、お先」

永羅えらちゃんもまた明日ー!」


 双狩を残して、俺と彩月は病室を後にした。


 窓から夕焼けが差し込み、真っ白な廊下がオレンジ色に染まっている。

 エレベーターを待っている間、来た時と同じように彩月は静かだった。何か気になるのか、落ち着きなく視線を彷徨わせている。来た時は誤魔化していたが、やはり病院が苦手なのかもしれない。

 病院や役所などキッチリとした施設は特有の厳かな雰囲気があるし、まあ気持ちは分からなくもない。


「針鳴先輩、無事に目が覚めて良かったな」


 彩月がこうも大人しいと、普段との違いが激しすぎて何だかむず痒い。俺は気を紛らわすように話を振った。


「風守隊の人達も俺や双狩を敵視しなくなったみたいだし、これで一件落着って感じか」

「だね。後は『ゴーストタウン』が無事に捕まれば解決だ」

「『ゴーストタウン』の件、明日ケンや部長さんにも話してみるか。『ゴーストタウン』対策本部って銘打ったくらいだし、情報の扱いに長けた人達も必要だろ」

「うんうん、情報部が味方に付けば心強いよ」


 話していると彩月の表情も柔らかくなっている気がした。実は俺が気にするほどでも無かったのかもしれない。彩月だって小さい子供じゃないんだし、病院が苦手といってもそう深刻でも無いだろう。


 到着したエレベーターに乗り込んだ。滑らかな音と共に下へ降りるエレベーターの中で、彩月はふと話題を変えた。


流輝るき君に話しておきたい事があるんだ」

「どうした、改まって」


 意味も無く階数表示を見上げていた俺は、声をかけられて彩月の方を向く。彼女は壁にもたれてうつむいたまま、いつになく真剣な面持ちで思考を巡らせているようだった。


「さっき『ゴーストタウン』と戦った――というより、ボクが一方的に攻撃して凌がれただけなんだけど。対峙して、能力をぶつけ合って分かったんだ。あいつは、

「普通じゃない……?」

「何て言えばいいのかなー」


 いつもは思った事をズバッと言う彩月が、何故だか言葉を選んでいるような気がして不思議だった。


「特殊能力者っていう枠組みを超えた特別な力、って言うのかな。いやでも、犯罪者を特別って言うのは何か癪だなぁ」

「特別な力か……確かに、能力を持つ霊を生み出して複数能力を使ったり他人の能力を増やすなんて、特殊能力の中でも異質だよな」

「異質……そう、そんな感じ!」


 しっくりくる表現を見つけて満足げに頷く彩月だが、すぐに表情を引き締めた。


「それと、あいつは流輝君の事を知ってるような口ぶりだったんだ」

「……っ」

「もしかしたら、あいつも流輝君に目を付けているのかもしれない。だから、気を付けてね」


 七色の光を湛える瞳は、真っ直ぐと俺に向けられていた。

 命にかかわるようなケースこそ無いものの、能力者を次々と昏睡させていく『ゴーストタウン』は間違いなく脅威だ。仮に本気で戦う事になったとしたら、彩月と渡り合えるほどの能力が、俺に向く事になる。


 彩月はそうなった時の事を、案じてくれているのか。


「……ああ。気を付けとくよ」


 俺は余計な心配をさせないよう、出来るだけ明るい顔を作ってみせた。


 彼女に鍛えられ、二年生の学年ランク2位である志那都とそこそこ戦えて、俺は前よりかは強くなったはずだ。けど、過去の自分と比べて成長しているのはまだ『当たり前』のラインだ。当然、そこで満足しちゃいけない。


 いつかまた、こんな場面に立ち会った時。彩月こいつに心配されないぐらいには、強くなっておきたいもんだな。


「あ、でも心配ならボクが守ってあげるよ?流輝君だけなら二十四時間三百六十五日、ずっと傍で守ってあげられるから」

「いやそれは勘弁願いたい」


 物の例えだとしても二十四時間は怖い。それに学園最強の能力者とはいえ、自分より背の低い少女にずっと守られている男子高校生って、情けないにも程がある。俺にだってプライドはあるのだ。


 でも今の言い方だと、という風にも捉えられる。つまり、『ゴーストタウン』相手に二人以上を守りながら戦うとしたら、簡単にはいかないという事かもしれない。そんな相手と、こいつは一対一で……。


「彩月、本当に大丈夫だったのか?」

「え? 何が?」

「『ゴーストタウン』と戦ってだよ。実はどこか怪我してたり、変な精神攻撃食らってたりしてないだろうな……」


 こちらを見上げる彩月はキョトンとした顔で黙り、それから吹き出した。


「あははっ! なになに、心配してくれるの?」

「わ、悪いかよ」

「悪くないさ。むしろ嬉しいよ」


 彩月は拳を握って俺を軽く小突きながら、ぱっちりウインクした。


「さっきも言った通り、あいつはボクの攻撃を防ぐばっかりで、反撃は一切無かった。ボクは無傷だよ」

「そうなのか? なら良いけど」


 さっき真剣な顔で忠告されたからだろうか。俺が『ゴーストタウン』に対して過剰になってるだけで、彩月にとってはそう警戒するほどの相手でも無いのか……?

『ゴーストタウン』の脅威度、それから彩月の考えてる事がよく分からない。相変わらず、明るい笑顔の奥にある真意は読めない。


「疑うなら確かめてもいいけどね」

「それは良いから!!」


 ごく当たり前のように服を捲ろうとする彩月の手を掴んで止める。本当に何を考えてるのか分からない。恥じらいとか無いのかこいつ。俺の方が顔が熱くなって来た。エレベーター内にも冷房は効いているはずなのに。


「無事ならいい、無事なら。でも無茶はするなよ?」

「それ流輝君が言うかなぁ」


 俺の体をじっと見る彩月は、正面までやって来て、俺の右腕をパシッとはたく。能力が乗ってるわけでもない、彩月の素の力で。それでも俺はちょっぴり痛くて顔をしかめた。ちょうどそこは、霊の磁力操作による鉄柵攻撃が当たった所だった。


「お前、気付いてたのか」

「気付かない訳ないじゃん。特訓の時も、いつもと動きが違ったんだもん」

「……よく見てるな」


 上手く隠せてると思っていたが、天刺さんにもバレてたし、彩月にもお見通しだった。単純に俺の噓が分かりやすいだけかもしれない。

 俺は無効化能力のおかげで、テレパシーなどの読心系の能力で頭の中を覗かれたりはしない。だがそんなものが無くても、彩月の洞察力の前では簡単な噓などお見通しみたいだ。いつの日か、彩月に俺の思考を全て先読みされたりしそうで怖い。学年1位の力をなめてはいけないな。


 エレベーターが一階に到着し、俺たちは外に出た。声のボリュームを落としながらも、俺はいらない心配をかけさせないように強く振る舞った。


「心配ないよ。痛みもほとんど消えてるし、大した怪我じゃない」

「ホントに? 隠してない?」

「隠してないって。誓う」


 疑わしそうに俺の目をじっと見ていた彩月は、やがて満足気に頷いた。


「ならよし。今回の無茶は許しましょう」


 許された。ショッピングモールでの一件で、もし無策で突っ込んで怪我をしたら恐ろしい罰が待っている、とか彩月に脅されたのを覚えている。今回はギリギリセーフみたいだ。


「でもホント、流輝君っていつも何かしらに巻き込まれてるよね。やっぱり二十四時間警備を検討した方がいいかな?」

「やめてくれマジで」

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