第30話 大人達の対策

 月乃裏つきのうら総合病院を後にした天刺あまざし亜紅あくは、近くのバス停のベンチに腰を下ろし、スマートバンドで通話を繋げていた。相手は同じ実働部隊『チーム・ダイアモンド』のオペレーター、三日浦みかうら羽野うの


「――というのが、さっき針鳴じんみょう八柳やなぎちゃんから聞いて来た、能力暴走の全容よ」

『原因不明の昏睡って時点でまさかとは思ってましたけど、やっぱり「ゴーストタウン」が関わってたんですね』

「ええ。『ゴーストタウン』の容姿についても、三日浦ちゃんや調査部隊の人が調べてくれたものと大体同じだったわ」


 無能力者に能力が発現し暴れ出す、という不可解な事件を追っていた天刺たちは、一ヶ月前、望んだ能力を自由に得る事が出来るという都市伝説『ゴーストタウン』の存在を知った。調べていく内に、彼女たちは『ゴーストタウン』は実在するという事を突き止めた。


 過去にネット掲示板に「『ゴーストタウン』によって能力を得た」と書き込んだ人物を一人ずつ特定し、暴動事件の犯人と照らし合わせた。すると、実にその九割が一致したのだ。残りの一割は面白半分で書き込まれたものだった。


 これで、『ゴーストタウン』が無能力者へ能力を与えていたという事が明らかになった。そして、同時並行して進めていた、ここ三ヶ月で頻発する能力者昏睡事件の調査によって、この事件にも『ゴーストタウン』が関わっている可能性が浮上した。


 昏睡した被害者のもとへ一人ずつ出向き、所持品へのサイコメトリーなど能力による調査。被害者の親族や友人などへの、昏睡直前の被害者についての聞き込み。街中の監視カメラの記録確認などなど。特殊能力管理局の調査部隊によって集まった情報を元に、『ゴーストタウン』と接触していたという事が発覚したのだ。


『能力を得た無能力者の暴動、能力者の集団昏睡、さらに今回の能力の暴走……その全てに関わってるなんて、何者なんでしょうね、「ゴーストタウン」とは』


 無能力者に能力を与え、能力者を健康そのもので眠らせ、さらに今回の『能力を増やす影』を操る事による能力の暴走。

 裏で糸を引いている、とかでは無い。全ての事件が『ゴーストタウン』ただ一人によって引き起こされているのだ。


『本当に一人の能力者による犯行なのか、疑いたくなります』

「調査部隊の報告だと、少なくとも浮かび上がって来た犯人の容姿は全て同じだったのよね」

『ええ。やせ細った白髪の人物。カメラに映っていた背格好や骨格などを見るに、二十代前半の男性って所かと。残念ながら顔までは分かりませんでしたが』


 三日浦の声にため息が混ざった。

 本来、特殊能力管理局の実働部隊は、こんな警察のようにイチから調査したりはしない。地道な調査は専門の調査部隊に任せ、情報が完全に集まったのち、実働部隊が危険な犯人の確保に向かう事がほとんどだ。


 だが、今回の『ゴーストタウン』が関わる一連の事件は、一括りに『ゴーストタウン事件』としてチーム・ダイアモンドが主導で調査から解決まで任される事となった。主に、天刺の強い希望によって。


「ごめんね、私のわがままのせいで、皆の仕事まで増やしちゃって」


 追えば追うほど嫌な予感がふつふつと湧き上がる『ゴーストタウン』。それがどうにも放っておけず、彼女は自分のチームが主導となって調査を進めると上層部に進言したのだ。


『謝らないでくださいよ。みんな隊長の力になれるなら喜んで仕事しますって』

『その通りです、天刺隊長』


 電話の向こうで三日浦に続いたのは、芯の通った低い男の声。チーム・ダイアモンドの一人、六星ろくぼし英正えいせいだ。

 二十代も後半に差し掛かった、数年ながらも大きな経験の差を感じさせる男。彼もチームの一員として、隊長である天刺を深く尊敬していた。


「六星さん、そちらに戻っていたんですね。お疲れ様です」

『ええ、ただいま終わりました。隊長のご指示とあらば、また何処へでも出向きますよ』

「あはは……ありがとうございます。でも無理はしないでくださいよ」

『ご心配には及びません。今回の仕事はスムーズに終える事が出来ましたので』


 彼には天刺が直接、ある仕事を頼んでいた。それは、『白髪の能力者』との面談である。


 特殊能力者の髪色は無能力者とは違い、赤や黄色など産まれた時から様々な色をしている。その中でも、『ゴーストタウン』本人の容姿として浮上した青年の白髪は、割と珍しい色だった。


『データバンクに記録されている都内在住の白髪の能力者、計四名。今日は三名の能力者に直接会って来ましたが、いずれにも「他人に能力を与える」や「原因不明の昏睡に陥らせる」といった能力は確認されておらず、また「ゴーストタウン」に関する話にも心当たりは無い様子でした。まあ、あくまで話を聞いただけですので、「ゴーストタウン」候補から外れる訳ではありませんが』

『となると、都外に住んでるって事ですかねー? 実際、被害は東京だけじゃない訳ですし』


 三日浦の言う通り、『ゴーストタウン』による昏睡の被害は東京の外、山梨や埼玉付近にも出ている。あくまで東京を中心にしているだけで、都外に潜伏している可能性だってある訳だ。しかし、判断材料が少ない今、そう決めつけるのはまだ早いだろう。


「いえ、まだそうと決まった訳じゃないわ。容姿を変えられる能力はいくらでも存在するし、『ゴーストタウン』にそんな能力を持った協力者がいるかもしれない。単純に変装として髪を染めたり、ホログラムアクセサリーとかで白く見せてるだけって可能性もあるしね」


 ベンチに座りながら、空を赤く染める夕陽を見上げる天刺は、そっと息を吐いた。

 捜査は難航している。今日、被害者である針鳴の口から新たな情報を得る事が出来たものの、『ゴーストタウン』本人への手がかりは未だ薄いままだ。


『そう言えば隊長、そちらの白髪の能力者はどうでした?』


 ふと、報告を終えた六星から問いかけられる。


『四人目の白髪の能力者、彩月さいづき夕神ゆうか、何か分かったことはありましたでしょうか』


 東京都内に住む、四人の白髪の能力者。そのうち三名については、六星が今日の調査に出向く前に管理局のデータバンクを調べる事で、事前に人となりや能力については把握していた。だが、『彼女』だけは違った。


 星天学園の二年生、彩月夕神。彼女の経歴や能力の詳細については、見る事が出来なかったのだ。

 もちろん、管理局員だからといって全ての人間の詳細をその場で自由に見れるわけでは無い。だが、総理大臣のような偉い人でも経歴を詐称した犯罪者でもなく、『いたって普通の女子高生』である彼女の情報が隠されている事は、あまりに不自然だった。


 天刺は少し前に言葉を交わした少女の顔を思い浮かべながら、仲間たちに情報を共有する。


「今回、能力の暴走についての捜査という名目で学園の学籍データを覗いたんだけど、彼女の能力については一切の情報が伏せられていたわ。分かったのは成績がすごく優秀な事と、何度か生徒指導を受けるような、ちょっとやんちゃな子って事くらいね」

『能力の情報が伏せられていた? おかしくないですかそれ』


 三日浦の疑問はもっともだった。星天学園は特殊能力者を集め、正しい力の使い方について学ばせ育てる学校。そんな場所に転入したというのに、彩月の能力は教員相手ですら伏せられているというのだ。


『管理局にもデータ無し。学校にもデータ無し。怪しさ満点じゃないですかその子。もう重要参考人として同行をお願いしてもいいんじゃないですか?』

『それはさすがに強引だろう。……隊長、その人物とは接触したのですか?』


 後半は天刺へ向けた問いだろう。天刺は肯定を返した。


「ええ。針鳴ちゃんの病室で、お友達と一緒にお見舞いに来た彼女と偶然会ったわ」

『お見舞いに来た……優しい子なのかな。じゃあ犯人じゃないか』

『だから、答えを出すのはまだ性急だ。感情や行動などいくらでも偽れる。もう少し深く考えたらどうだ』

『ちゃんと考えてますよーだ。六星さんや、ワタシの方が実働部隊歴は先輩なんだぞ? 敬語使え敬語』

『何故それを今持ち出す? 人生歴は私の方が先輩だ。第一、私は敬うべき人にしか敬語は使わない』

『なにおう? 体も年齢も態度もデカいだけの後輩め、今すぐ夕飯時のお茶の間にアナタの個人情報を垂れ流してやっても良いんだぞ? 現代社会じゃハッカーが最強なんだよ』


 通話を繋いでいる上司そっちのけで言い合いを始めてしまった二人。いつもながらの光景に、天刺は小さくため息をつく。


「二人とも、喧嘩は駄目よ」


 その一言で、二人の口論はピタリと止んだ。二人とも、天刺の言う事だけは素直に聞くのだ。素直なのは悪い事ではないのだが、自分抜きでも仲良くして欲しい天刺としては複雑な気分だった。


「彩月ちゃんについては別途調査しましょう。すぐには無理かもしれないけど、情報源に心当たりもある。悪い子には見えなかったけど、まだ彼女も『ゴーストタウン』候補からは外れないわ」


 謎多き能力者、『ゴーストタウン』。白髪という共通点があり、そしてほとんどの情報が秘匿されている、彩月夕神。

 天刺個人としては、明るく元気な女子高生という側面を見た彩月を疑いたくはない。だが、私情を挟むわけにはいかないのもまた事実。この国の安全と秩序を守る管理局員として、天刺は時に、心を鬼にしてでも全てを疑わなくてはならない。


 仮に、彼女が犯人である可能性が限りなく低いと分かっていても。


「それじゃあ、詳しい打ち合わせはまた後で。とりあえず二人とも、今はゆっくり休んでね」


 通話を切り、ゆっくりとベンチから立ち上がる天刺。こんな暑い日にもパンツスーツを崩さず真面目に着ているせいか、かなり汗ばんでいた。タイミングよくやって来たバスに足早に乗り込み、冷房の効いた車内で一息ついた。


 先ほどの会話で彩月の名前を出したからか、天刺はふと、ショッピングモールで彼女と初めて会った時の事を思い出していた。あの時は確か、発火能力で暴れ出した能力者を、芹田せりだと彼女が無力化し、捕らえたのだ。


 暴れていたあの発火能力者も、『ゴーストタウン』によって能力を得た者で間違いない。無能力者として産まれたはずなのに、能力が発現し、そして逮捕された時には能力が消えていた。


(。そこだけ見たら、今回の針鳴ちゃんと同じね……)


 思えば、前回も今回も、あの二人が当事者として関わっていた。


 情報が一切出てこない不思議な少女と、少年。


「どうか二人が、悪い子ではありませんように」


 他の乗客には聞こえないような小さな声で、天刺は神に祈るように独り言ちる。

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