第29話 子供達の対策

 双狩ふがり針鳴じんみょう先輩に頼まれていた飲み物を買って病室に戻ると、ちょうど同じタイミングで彩月さいづきが帰って来た所だった。ドアが開いた瞬間、室内に転移して来たので少し驚いた。


「彩月、大丈夫だったか? 少し遅かったな」

「ちょっと苦戦しちゃってね。逃げられちゃったけど、情報は持って帰ったよ」


 苦戦したって、その能力者と戦ったのか。見た所怪我などはしていないようだが、あの彩月と渡り合える奴がいるなんて驚きだ。


 それから、俺たち三人は彩月が得て来た話を聞いた。

 影を操る『ゴーストタウン』と呼ばれる能力者の容姿。彼が『全ての能力者は仲間である』という不思議な発言を残した事。そして、能力を持つ能波の塊――『霊』を生み出す能力の事。


「霊に能力を使わせる事で、実質的に複数能力を自在に操れるって事か……とんでもない奴だな」

「ねー。ボクもビックリだったよ」


 椅子にもたれかかりながら、缶ジュースをちびちびと飲む彩月。ちなみに飲み物は自分の分含めて三本しか買っていなかったが、俺の分は彩月にあげた。体を張って情報を取って来た一番の功労者だしな。


「能力を生み出す能力だなんて、いくらなんでも無茶苦茶よね。ほとんど万能じゃない。どうせならそっちが欲しかったわ」


 針鳴先輩はアイスコーヒーを飲みながらそう愚痴る。というか今更だが、病室で飲み物を飲むのは大丈夫なのか……? 持って来たのは俺なんだけど。こぼしたら白いシーツが大変なことになるぞ。


「針鳴さん、まさかまた能力を取り替えようとか思ってないでしょうね?」

「じょ、冗談よ……そんな怖い顔しなくても」

「当然よ。電流操作の『霊』と戦うのだって、私も芹田せりだも苦労したんだから。もっと厄介なのと戦うのは御免だわ」

「本当は八柳やなぎ先輩がまた寝込んじゃうのが心配だって、素直に言えばいいのにぃ。うふふ」

「変な笑い方しないで! 別にそんなんじゃないし」


 口の端を吊り上げて楽しそうにからかう彩月。双狩はツンとしてそっぽを向いた。もしかしたら図星だったのかもしれない。強気な態度を取っている彼女だが、実は思った以上に優しい奴だ。それはもう、ここにいる全員が知っている。


「うん? でもちょっと待って」

「どうした、双狩」


 そんな彼女が、ふと疑問を顔に浮かべる。


「針鳴さんと『ゴーストタウン』の話を統合すると、『ゴーストタウン』は力を望む人に霊を埋め込んで、新たな能力を与えてるのよね」

「ええ。少なくとも電流操作の霊を取り込む時、最終的な選択は私に委ねられたわ。無理矢理入れられたって感じじゃなかった」

「じゃあさ、これ以上力を欲しがったりしなければ、あいつは近付いて来ない訳で……一応は無害って事?」


 そんな双狩の意見に、彩月は小さく唸る。


「どうだろうねぇ。確かに彼は攻撃するボクに対して何も反撃しなかったし、『全ての能力者は仲間だ』っていうのも本当なのかもしれない。でもね」


 彩月は僅かに険しい顔になった。いつも何考えてるのか分からない笑顔を浮かべている彼女にしては珍しく、何かを懸念しているような表情だった。


「これはただの直感なんだけど……彼には何か、もっと大きな目的があるような気がしてならないんだ。謎めいた雰囲気が、そう思わせてるのかもしれないけど……」

「そっかー。じゃあどのみち、警戒はしといた方がいいって訳ね」

「だね。ここにいる全員は『霊』を見ちゃってる訳だし、口封じだとかなんとかで、何かの拍子に矛先が向けられる可能性も無いとは言い切れない」


 彩月のその言葉を受け、俺は静かに拳を握る。

 そうだ。ここにいる皆は『ゴーストタウン』と関わりが出来てしまった。他の能力者よりも、彼に一歩近い所にいる。


 ついさっき天刺あまざしさんから聞かされた話を思い出す。被害者の総数が百人を超える昏睡事件。狙われるのは能力者。犯人は『ゴーストタウン』か、その関係者である可能性が高い。


 彩月が聞いて来た『ゴーストタウン』本人の言葉によると、全ての能力者は仲間であり、害を与えるつもりは無いと言う。望んだ者に、新たな能力を与えるだけだと。そして、結果的に針鳴先輩は昏睡してしまった。


 仮に、集団昏睡事件の犯人が『ゴーストタウン』だとして。その昏睡の原因は、全員が針鳴先輩と同じように、能力との親和性や互換性のようなものが無かったからなのか?もしそうだとしたら、五日前のような『能力の暴走』が頻発するはず。でも、天刺さんは今回のような規模の暴走は始めてだと言っていた。


 推察というには根拠薄弱だが、背筋を伝う嫌な予感も込みで、こう考える。

『ゴーストタウン』は、霊を埋め込む以外の方法でも人を眠らせる事が出来るのではないだろうか、と。


 やっぱり、『ゴーストタウン』は関わらなければ無害、なんて甘い存在じゃないかもしれない。


「みんな、ちょっと話があるんだけど、いいか?」


 この事を話すと、もしかしたら今以上に危なくなるかもしれない。れっきとした『事件』の領域に足を踏み入れる事になる。だから、慎重にならざるを得ない。


 でも、よく考えてみたらどうだ。針鳴先輩は被害者で、俺たちは当事者だ。考えようによてはもう、なってしまったんだ。なら、話すべきだろう。

 誰にも話さないか、誰かに話すか。天刺さんは俺に任せると言ってくれたんだし。


 報道されていた昏睡事件の真相、そして『ゴーストタウン』との関係。学園が狙われるかもしれないという事。天刺さんから聞いたそれら全てを、俺は三人に話した。


「能力者の、集団昏睡……」

「百人以上もの人達が『ゴーストタウン』の被害者だなんて……私もその一人になりかけてたのね」


 双狩と針鳴先輩は特殊能力管理局が隠していた真実に、驚きを隠せない様子だった。特に針鳴先輩は、自分と同じ境遇の能力者が大勢いたという事実も衝撃だったようだ。


「昏睡した被害者は三ケタにものぼる。八柳先輩のような霊の暴走は確認されていない。ってなると……『ゴーストタウン』による昏睡には二種類あるのかも」


 そしてやはりと言うべきか、彩月は冷静で、いち早く情報を分析していた。俺の考える仮説と全く同じ答えが出たのも驚きだ。


「流輝君もそう思ったから、ボクたちにもこの話をしたんだね」

「ああ。やっぱりさすがだな、一瞬でそこまで考えれるなんて」

「ふふん、凄いでしょ」

「ねえ、どういう事?」


 得意げに胸を張る彩月とは反対に困惑している双狩と針鳴先輩に、俺は説明した。


「『ゴーストタウン』は特殊能力を宿した能波の塊を能力者に憑依させる事で、特殊能力を増やしている。そして二種類の能波がぶつかり合った結果、針鳴先輩のように昏睡し、霊が飛び出してしまった。でも、百人以上の被害者の全員がそうなら、霊による能力の暴走はこの街で頻繁に起こっているはずだ」

「でも、ニュースではそんなのやってないし、管理局員の亜紅あくさんですら知らない。つまり、ほとんどの昏睡者は霊の暴走が起きてないんだよ」

「なるほど、それで二種類あるって事ね」


 同じに思える『能力者の昏睡』でも、暴走が起きるものと、起きないものがある。無理に能波を取り込んで暴走が起きるのだとしたら、暴走を起こさずに眠らせてしまう手段は別にあるって事だ。


 新たな力を望む能力者に霊を与えるという『ゴーストタウン』の行動は、あくまで能力者が望むか否かに左右されている。双狩の言った通り、望まなければ無害のようなもの。


 だが。

 その『もう一つの手段』が、あくまで『ゴーストタウン』の意思によって引き起こされているものだとすれば。力を望まないというだけでは、安全じゃないという事だ。


「特殊能力者が集まる星天学園が狙われるかもしれない。天刺さんもそう考えて学園の大人達に話をしてるみたいだけど、俺たち自身も注意しておかなきゃいけないんだ」


 俺は自身の考えを皆に伝えた。いつ来るかも分からない身の危険に備えるために、俺たちは俺たちで行動を取らなければいけない。


「つまり、ボクたちが学園を守ればいいんだよ」


 椅子から立ち上がった彩月は、空になったジュースの缶を高くかかげる。


「今日ここに、ゴーストタウン対策本部・星天学園支部の設立を決定します!」

「対策本部……?」

「そう。能力者にとって『ゴーストタウン』が敵か味方か分からない以上、ボクたちが素性を調べ、事態を収束させる必要があるんだよ!」

「ちょ、ちょっと待って」


 楽しそうに場を仕切る彩月に、双狩は待ったをかけた。


「天刺さんは学園側でも『ゴーストタウン』に気を付けて欲しいって言ってただけで、調査を手伝えとは言ってなかったんでしょ?そういうのは私たち学生が出張らなくても、管理局の大人に任せた方がいいんじゃない?」

永羅えらちゃん、明日は我が身だよ」

「えっ?」

「『ゴーストタウン』の手口は二種類あるって言ったでしょ? 一つ目は今回の八柳先輩のやつで、もうひとつの方法は不明。いつ何時なんどき、誰がどうやって狙われるかも分からない。明日には学園中の能力者が『ゴーストタウン』の手に落ちているかもしれないよ!!」


 背の低い彩月は頑張って怖がらせようとしているのか、椅子の上に立って双狩に立ちはだかる。双狩は無言で見上げている辺り、全然効果は無かったみたいだが。危ないので降ろさせた。


「大袈裟だが、まあ彩月の言う通りでもある。次は俺たちが狙われるかもしれないし、周りの人達かもしれない。これ以上被害が拡大するより先に、出来る限り対策を取るべきだと俺も思う」

「影ながら学園を守る正義の秘密結社! 楽しそうでしょ?」

「コラ、不謹慎だぞ」


 俺に咎められても彩月は笑っていた。やれやれとため息が出るが、それは双狩のものと重なっていた。


「しょうがないわね。ここまで話を聞いちゃった以上、私も協力するわ」

「もちろん私もよ。人手がいる時はいつでも言ってちょうだい。風守隊かざもりたいを動かすから」


 グッと拳を握って、針鳴先輩も名乗り出る。風守隊、もはやただのファンクラブじゃなくなりつつあるな。


「いいねぇ実働部隊って感じで。じゃあ対策本部の司令官は、ボクと流輝君ね」

「俺も……!?」

「そりゃ、流輝君の話がきっかけだもんね」


 いきなりデカすぎる役目を投げつけられ、声が上ずってしまった。

 でも、そうだな。天刺さんから託された話をみんなにしたのは俺な訳だし、管理局の大人から大事な役目を任命された最初の一人だ。それくらいの責任は全うするべきだな。


「分かった。頑張るよ」


 ちゃっかり自分も司令官ポジションに置いているのは、俺一人に負担を背負わせないという彩月なりの気遣いか、単に楽しそうだから指揮を執りたいだけなのか。彩月の表情からは何も探れず、俺の視線に気付いても、ぱちりとウインクを返されただけだった。


 こうして密かに結成された、ゴーストタウン対策本部・星天学園支部。後で天刺さんにも報告しとかないとなぁ。

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