第28話 秘密を抱えた者
話を終えると、
「それじゃ、今日はここまでにしときましょうか。ごめんなさいね、ちょっと話が長引いちゃった」
「いえそんな。ありがとうございました」
天刺さんはそのまま背を向けて立ち去る。と思ったが、数歩進んだ所で立ち止まった。
「それと最後に、『ゴーストタウン』についてだけど」
ビクリ、と無意識に体が強張るのを感じた。
そんな俺へ、首だけで振り返った天刺さんは優しく微笑みを向けた。
「知っている事を今すぐ全て話せ、なんて事は言わないわ。私は尋問は苦手だし好きじゃない。
「天刺さん……」
「気が向いたら、いつでも連絡して来てね。人生相談も常時受け付け中よ」
そう言い残して、今度こそ天刺さんは去って行った。
迷いが無く、芯が通っている立ち姿。何度見ても憧れる大人の姿だ。
「はぁ……」
やっぱり俺には、隠し事は難しいようだ。特に天刺さんは何でもお見通しのようだ。
俺は大事な事を隠している。天刺さんにだけじゃない。
「……覚悟を決めるしかないかなぁ」
ひとり呟きながら、ゴミ箱へ紙コップを入れる。そのまま何気なく、窓の向こうに広がる中庭の景色へと視線を移した。
どれが本物でどれがホログラムか、肉眼では見分けがつかないほど精巧に作られた自然の空間。中には小さな噴水やベンチ、リハビリ用の簡単なジョギングコースも用意されている。
「……ん?」
そんな中、ベンチの傍に横たわっている黒い物に目が留まった。ちょうど人間くらいの大きさの何か。いや、人だアレ。黒い服を着た人が芝生に倒れていた。
ここは病院だ。人が倒れているとなると、かなり危ない状態の可能性だってある。
「大丈夫ですか!?」
俺は急いで中庭へと走り、倒れる人に駆け寄った。七月下旬だというのに見てるだけで暑くなるような黒いロングコートを羽織った男。見たところ歳は近いと思う。目を閉じたまま、微かに肩を上下させて横たわっている。もしかして、寝てるだけ……?
「これは……そっとしておいた方がいいのかな」
「助かった。起こしてくれて」
「うわっ!?」
いきなり声がした。数秒前まで眠っていた彼は、まるでスイッチが切り替わるかのようにパッチリと目を開いていた。
「疲れがたまっていたのかもしれない。ちょっと座ってただけなんだが、いつの間にか眠ってたみたいだ」
「その……大丈夫か?」
「大丈夫とは?」
「こんな暑い日にロングコートなんか着て、熱中症で倒れてるのかと思ったよ」
「それなら問題ない。俺の体は温度変化に鈍感みたいだから」
「いや、そんなレベルじゃないと思うけど……」
明らかに冬物であろうコートを着ている彼は寝転がったまま、何故か俺とは視線を合わせようとしない。いや、さっきから視線が動いていない。表情も変わらないし、まるでお面でもつけているような印象だ。
寝転がったままの彼は右手を上に伸ばし、何かを探すように手をわたわた動かした。その全てが空を掴んだのち、諦めたように手は垂れ下がる。
「悪い、起き上がるの手伝ってくれるか?」
「わ、分かった」
今の謎の動作は、起き上がる体を支えるためにベンチを掴もうとしていたのか。それにしてはベンチの無い全く別の方向へ手が伸びていたけど。ひとまず彼の手を取って起き上がらせ、ベンチに座らせた。何となく俺も隣に座る。
「ありがとう。寝起きは力が入らなくて、能力もうまく使えなくてな」
「能力……?」
目の前のロングコートの少年は、俺と同じような黒い髪をしている。けど今の口ぶりだと、彼は能力者のようだ。確かによく見れば、両目は黒ではなく、能力者らしい色がついていた。ほんのりと暗い赤色だ。
「実は俺も、髪は黒いけど能力者なんだよ。仲間を見つけたみたいでなんか嬉しいな」
俺と同じ黒髪の能力者。自分以外では始めて出会った事もあり、つい声が弾んでしまった。
「同じ黒髪か……すまない、能力を使わないと目が見えないんだ。ちょっと待ってくれ」
「……!」
目が見えない。だから起きたばかりの時は視線が合わず、さっきも立つのに一苦労だったのか。
彼は目元を隠すように右手で両目を覆った。そしてゆっくりと手を放し、瞼を持ち上げる。血のように赤い両目に、能力によるものらしき紫の光が見え隠れしていた。その赤と紫の混ざる瞳が、俺へと向けられる。
「……なるほど、黒髪に緑の瞳か。確かに俺と似てるな」
「能力で、視力を補っているのか……大変だな」
「そうでもない。慣れたら本物の目よりも便利さ」
その目の検査とかでこの病院に来ているのだろうか。あまり触れちゃいけないデリケートな話題かもしれない。
「ところでその制服、星天学園のだよな」
「え? ああ、そうだけど」
少年は俺の服を見ていた。白を基調に緑のラインが入っている、星天学園の夏服。確認したという事は彼自身は学園生じゃないっぽいが、それでも一度見たら分かるぐらいには、星天学園は有名校のようだ。
「能力者の学校か……面白そうだな」
ずっと無表情な彼だったが、その言葉を零す瞬間だけは、少し笑っているように見えた。それも、少し寂しそうに。
「もしかして、中学の頃は学園志望だったり?」
「いいや、諸事情あって学校には行けてないんだ。だから、似た者同士が集まる場所に興味があってな」
「あー……何かごめん」
俺、さっきから彼の地雷を踏み抜いてばっかりだな……何か申し訳ない。
「……? なぜ謝る」
「いや、目の事とか学校の事とか、言いにくい事を言わせるような質問を重ね重ねしちゃって申し訳ないなって」
「気にする事はない。俺が勝手に喋ってるだけだ。それに……」
黒コートの少年は、中庭の自然を見ながらしみじみと言う。
「不思議と、お前になら何を話してもいいような、そんな安心感があるんだ」
彼のその言葉には、取り繕ったような建前のようなものは感じられなかった。思っている事がそのまま零れたようなその言葉に、俺はどこか懐かしさを覚えた。
感情表現が苦手なのだろう無表情。平坦ながらも意思の伝わる声。血のような赤い瞳と、その奥に宿る紫の光。そして、俺と同じ黒髪。そのどれもが、初めて見たとは思えない。謎の既視感を覚えてしまう。
――俺はどこかで、彼と会ったことがあるのか……?
「だから、何か悩んでるなら聞くぞ」
「え?」
唐突に、彼はそんな事を言って来た。
「人の心が読めるってほどじゃないけど、俺の目には人が考えてる事が『見える』んだ。お前からは何か悩んでる感じの色が見える」
「そんな事が分かるのか……すごいな」
悩みか……確かに、悩んでる事はあるな。
「じゃあ、ひとついいか?」
「ああ」
少し遠慮がちに切り出したが、隣の少年は静かに促してくれた。俺は夏の青空を見上げながら、愚痴でもこぼすかのように話し始める。
「俺はいろんな人に隠し事をしてるんだ。それは、本当なら隠さず言うべき大事なことで、でも、言ってしまうとどうなるか分からない。隠し事を打ち明ければ、今までの生活が続けられなくなるかもしれない。そうはならないかもしれないけど、なる可能性もある。それぐらい大きな隠し事なんだ。それを、打ち明けるべきかどうか悩んでる」
どうして俺は、始めて出会った少年にこんな話を聞いてもらっているのだろう。自分で語っておいて、何故だか分からない。でも、話すと少しスッキリした。
「なるほど。それは難しい悩みだな」
黒コートの少年は俺の話を聞いて、考え込むように目を伏せる。彼も彼で、初対面の人の悩みを真剣になって考えてくれている。表情が動かないのも不器用なだけで、きっと良い奴なのだろう。
「実は俺も、ほとんど同じような悩みを抱えていた事がある」
伏せていた目をうっすらと開いた彼は、どこか遠い目をしていた。
「重要な秘密を抱えていて、それを共有するかどうか悩んだ。悩んだ結果、俺は秘密を打ち明ける事にした。皆は俺の全てを聞いてもからかわずに、真摯に受け止めてくれた。俺は出会いに恵まれていたんだ」
気付けば、少年の赤い目は、俺をしっかりと捉えていた。
「お前が隠し事を打ち明けるかどうか悩んでいるのは、お前の心の中に、打ち明けるべきだという思いが少しでもあるからだと思うんだ。絶対に言うべきじゃない秘密なら、悩みすらしない」
「確かに、それはそうだ……」
「そして、打ち明けるべき相手が――打ち明けてもいいと思える人が、傍にいるからこそ悩んでいる。それはとても良い事だ」
かつては彼も、彼なりの苦労があったのだろう。彼の言葉には、そう思わせられる重みがあった。うわべだけの言葉を並べるんじゃなく、ちゃんと俺の話に向き合ってくれているのが伝わった。
「……なんて、偉そうな事を言ったけど、俺が言いたかったのは一つだけだ。お前がそれほど真剣に悩んでいるのなら、相手も同じくらい真剣になって聞いてくれるはず」
「気持ちは伝わる、って事か」
「そういう事だ」
俺の重大な秘密。打ち明かしてしまえば、確実に何かが変わる。それが良い方向か悪い方向かは分からない。分からないから踏み出せずにいた。けど、彼の話を聞いて、少し前向きに考えてみてもいいと思えた。
「半分実体験の混ざったお悩み相談は以上だ。助けになってたらいいが」
「大いに助かったよ。ありがとな」
「それはよかった」
俺が笑うと、彼も小さく微笑む。
言えば伝わる。気持ちもきっと、伝わるはずだ。
「それじゃあ、俺はこれで。用事があるのを忘れていた」
「用事があるのに寝てたのかよ」
「寝るつもりは無かったんだがな」
少年はゆっくりと立ち上がった。強い風が吹き、黒いコートと黒髪が揺れる。
「
黒影神夜。初めて聞くはずの名前なのに、スッと耳に滑り込むような音だった。
「俺は芹田
「数少ない黒髪の能力者同士のよしみだ。また会う事があれば、よろしく」
「ああ。もう炎天下で寝るなよ」
「気を付ける」
小さく笑みを残し、暑そうな黒いロングコートをはためかせながら、黒影は去って言った。
「なんか、不思議なやつだなぁ」
彼の背中を見送った俺は、ベンチの背もたれに体を預けた。日が傾いてきても、夏の日差しはまだまだむし暑い。こんな日にロングコートを着て、彼は本当に大丈夫なのだろうか。
彼は変人の部類に入ってしまうかもしれないような人物だったが、その言葉は間違いなく俺に響いた。
「打ち明けるべきだと思ってるから悩んでる、か……怖いぐらいに的を射たアドバイスだな」
すぐに決めることは出来ないけど、真剣に考えれば、いつか答えは出るはずだ。予期せぬ相談人のおかげで、俺は後ろ向きな考え方をせずに問題と向き合えそうだ。
特殊能力者を狙っているという『ゴーストタウン』について、俺が取るべき選択を決めるんだ。
「あっ」
だがその前に、もうひとつ大事なことを思い出した。
「
俺も俺で、用事があるのを忘れていた。
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