第27話 狙われる理由、選ばれる理由

「ゴーストタウン……?」


 能力を増やす事のできる謎の影を操る能力者は針鳴じんみょう先輩に、そう名乗ったそうだ。

 話を聞いてるうちに、もしかしたらと思ってはいた。幽霊の力で能力を入れ替える存在、ゴーストタウン。そんな都市伝説があるとケンも言っていた。


 だが改めてその名前が出て来ると、妙に落ち着かない気分だった。


「人の名前なのにゴーストタウンって……変な名前ね」

「だから言ったでしょ? 明らかに偽名だって」


 拍子抜けしたような双狩ふがりに対して、針鳴先輩は呆れ混じりに肩をすくめる。


「でも実際会ったとなると、案外しっくり来るのよねー、その名前。あいつの周りに幽霊みたいな影がうようよしてるんだもの。歩く心霊スポットよ」

「それは嫌ね。私も会いたくないわ」

「双狩さん、幽霊苦手なんだ。いつも強気な感じだけど、案外可愛い所あるじゃない」

「……冗談よしてよ。むしろ幽霊が得意なんて方が変わり者よ」


 先輩と後輩の差を感じさせない気さくなからかい合いが繰り広げられる。俺はそれを一歩引いた位置で聞きながら、自分がやけに緊張している事に気付いた。


 どうして? ゴーストタウンという存在が話に上がって来たから? この一連の騒動を引き起こした犯人の事は、然るべき罰が必要なはずなのに。何故、自分の失敗が他人にバレてしまわないか心配するかのように、気が気じゃないんだ……?


「…………」


 ――


「芹田? どうしたのよ」

「……え?」

「顔色悪いわよ」


 ふと我に返った。怪訝そうな顔の双狩が俺を見ていた。針鳴先輩と天刺あまざしさんも不思議そうにしている。


「い、いや、何でもない。ずっと冷房に当たって冷えただけだ、たぶん」

「ふーん。気を付けなさいよ?」

「確かに、ちょっと長居しすぎたかしらね。私はそろそろおいとまするわ」


 天刺さんは隅の棚に置いていた鞄を手に取り、中から取り出した物を針鳴先輩へ渡した。お菓子の包み紙だ。


「お見舞いの品としては味気ないかもだけど、よければクッキーをどうぞ。下の売店で売ってたの」

「わあ、ありがとうございます! 五日間点滴だけで生きてたみたいなのでお腹空いてるんですよー」

「今日は話を聞かせてくれてありがとね。芹田君と双狩ちゃんも。それと、彩月さいづきちゃんにもよろしく」

「はい。帰って来たら、改めて連絡します」


 彩月のやつ、影を追って出て行ってからしばらく経つけど、大丈夫だろうか。


 俺たちに挨拶をして部屋を出ようとした天刺さんだったが、ドアが開いたタイミングで立ち止まった。


「そうだ、芹田君。少し時間いいかしら。ちょっと話したい事があるの」

「え? 分かりました」


 このタイミングで、わざわざ病室の外でする話ってなんだろう。ひとまず彼女の後に続いて部屋の外へと向かう。


「芹田、ついでに飲み物買ってきてよ」


 そんな俺の背中に、双狩の声が届く。


「なんて滑らかなパシリ……何がいいんだ?」

「リンゴジュースお願い。無かったらグレープでも可よ」

「あ、じゃあ私はコーヒーで。冷たいのね」

「先輩まで……分かりましたよ。リンゴジュースとコーヒーね、了解」


 振り向かずに返事を残し、病室を後にした。エレベーターを待つ間、天刺さんがクスリと笑う。


「尻に敷かれてるわね。これからも苦労しそう」

「よしてくださいよ……」

「仲良しさんが多くて羨ましいわ」


 仲良しか……針鳴先輩と話すの、今日で二度目なんだけどな。まあ、気さくに距離を詰めて来てくれる方が、変にかしこまらなくて済むし楽ではあるけど。


 エレベーターが来たので二人で乗る。どうやら話というのは一階でするようだ。


「ところで芹田君、体は大丈夫なの?」


 エレベーターが下降する間、天刺さんからそう聞かれる。質問の意図が分からず、静かに降りるエレベーター内に数秒ほどの沈黙が出来た。


「体……? 至って健康ですけど」

「そうじゃなくってね。学園で監視カメラの映像を見たって言ったでしょう? その時、磁力でいろんな物が飛ばされる中を芹田君が突っ切って行くのが見えて」

「あぁ、それですか」


 俺の左手は自然と右腕を押さえていた。針鳴先輩の中から出て来た影による磁力攻撃で、俺の体はあちこち傷ついていた。さすがに五日もあればほとんどの痛みも引いて来たが、まだちょっと痛む所もある。針鳴先輩が知れば申し訳なく感じてしまうかと思って何ともなかった風に振る舞っていたが、天刺さんにはお見通しだったようだ。


「今は全然大丈夫ですよ。もう二、三日したら完全回復だと思います」

「そう、なら良かったわ。でもあんまり無茶したら駄目よ?」

「ハハ……気を付けます」


 俺は苦笑するしかなかった。俺は周りの人から危なっかしいやつだと思われてるのかもしれない。彩月にも似たような事を言われてたし。


 ほどなくしてエレベーターは一階に辿り着き、天刺さんに促されるままやって来たのは、壁の一面が大きな窓になっているデイルーム。しかも周りには人が誰もいない場所を選んで、机を挟んで向かいに座る形に。

 天刺さんが奢ってくれた紙コップのコーヒーを俺がひと口飲んだ所で、さっそく天刺さんは話を切り出した。


「芹田君は、先日都内で起こった集団昏睡事件について知ってるかしら」

「集団昏睡……確か西の方の街で、数人の能力者が突然目を覚まさなくなったっていう、あれですか?」


 ニュースラジオを垂れ流しながらランニングをしていたので、たまたま頭に入っていた。あれは一か月前くらいのニュースだった気がする。


「ええそうよ。ただ、世間一般的に知られているものと、事実は大きく違うの」

「事実と違う……?」

「混乱を避けるために『数人の能力者が昏睡』という事になってるけど、実際の被害者はそんな規模じゃないのよ」


 天刺さんは鞄から取り出した棒状のデバイスを机に置く。机に這うようにホログラムキーボードが出現し、上部にはホログラムパネルが出て来た。天刺さんはキーボードをいくつか操作した後、俺に見えるようホログラムパネルを反転させた。


「地図……?」


 映し出されていたのは、東京とその周辺の地図。いろんな所に赤いマーカーが配置されていた。


「これは過去三ヶ月間に集団昏睡があった地域をマッピングしたものよ。この赤いマーカーのある地域で、平均五人ほどの能力者が意識を失った」

「これ、全部ですか……!?」


 マーカーは二十ヵ所以上ある。それも東京西部を中心として、隣の山梨や埼玉の方にまで被害が出ている。

 こんな数で、しかも一か所につき五人前後の被害者がいるなんて……確かに、ニュースでやっていたものと大きく違う。


「これだけの数が三ヶ月という短期間の間に、しかも東京全体に被害が出ているとはいえ、多くは西部を中心としていて地域に偏りがある。自然とは思えないそれを、私たち管理局は誰かの手によって人為的に引き起こされた、『事件』として捜査を進めているの」

「能力者の、集団昏睡事件ですか……」

「目的や手段も未だ不明。そんな事をそのまま知らせたら、大きな混乱を招く事になる。だからこの事実は報道されていないのよ」


 ざっと計算しただけでも被害者の総数は百人ほど。確かにそんな事がありのまま知らされれば、次は自分が狙われるかもしれない、と世の能力者は気が気じゃなくなるだろう。ただでさえ能力者は百人に一人程度と言われているのに、そんな能力者が百人も都内や周辺地域から消えているのだ。狙われる確率は増していくだろう。


「そんな重大な話を、どうして俺なんかに?」


 ホログラムパネルから天刺さんへと視線を移す。彼女は管理局の実働部隊の人間。当然、こんな情報を誰にでも教えているはずないだろうし、教えていい訳が無い。


「昏睡事件の被害者は全員が能力者。規模が規模なだけに、偶然ではないでしょうね」

「能力者だけが狙われている……」

「そう。そして芹田君たちが通っている星天学園は、都内で一番能力者が集まっている場所と言っても過言ではないわ」

「まさか、次は学園が狙われてるんですか!?」


 思わず椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がってしまった。幸い周囲に人はいなかったが、ここが病院の中である事に変わりは無い。俺はすぐに座り直した。


「す、すみません、つい……」

「大丈夫よ、落ち着いて。まだ学園が狙われてるわけじゃない。能力者だけを狙う犯人なら標的にするかもしれないってだけよ」

「でも、安心できない事に変わりは無いですよね……?」

「そうなるわね。だから、あなたにこの事を話したのよ、芹田君」


 ホログラムパネルを閉じながら、天刺さんは言う。


「学園の上層部、それもごく一部の人間にはこの事を知らせて、警戒を強化させてるわ。でも、大人の目がどこにでも届く訳じゃ無いし、全ての子供たちを守れる訳でも無い。だからが起こってしまったわけだしね」

「今回のような……あっ!」


 そう言われて、ようやく繋がった。能力を暴走させた針鳴先輩は、五日間眠り続けていた。全くの健康体で意識だけが戻ってこない、原因不明の昏睡状態に。


「まさか犯人は、同じ……?」

「でしょうね。能力を増やすという謎の影を操る能力者『ゴーストタウン』と、集団昏睡事件の犯人は、恐らく同一人物。他に共犯者がいる線もあるでしょうけど、繋がっていると見て間違いない」


 先輩の話を聞く限りだと、今回は『学園生を狙った』というより『針鳴先輩の意思に応えた』と言った方が適切だろう。だからさっき天刺さんは、学園が狙われているわけではないと言っていたんだ。

 だがこの一件で、星天学園の生徒も狙おうと思えば狙えてしまう事が証明された事になる。もはや学園も安全じゃない。


「もちろん、今回の件を踏まえて学園上層部とは話し合いを進め、改めて警戒を続けてもらう事になる。けどそれも完全じゃない。だから、生徒側にもこの事を知ってもらって、大人の目が届かないような所も警戒して欲しいと思ったの。子供たちの作るコミュニティって、大人たちが思っている以上の力を持ったりするものだし」


 その言葉には頷ける。現に俺は、学内情報部や風守隊かざもりたいなど、実質的に学園内の出来事を左右してしまえるような集団と、いくつか関わりがあるのだし。


「かと言って、大々的に知らせる訳にもいかないから、まずは一部の人間に話して協力してもらおうと思ったのよ」

「その『一部の人間』の第一号が、俺って事ですか……」

「そう言うこと。分かってもらえたかしら」


 天刺さんの言葉に、俺はぎこちないながらも頷いた。

 話は理解できた。この街で能力者が次々と狙われていて、その矛先が学園にも向けられる可能性が高い。その時素早く対応できるように、教師側だけでなく生徒側にも協力者が欲しいという話だ。でもそうなると、ますます分からない事がある。


「その、話をしてもらってからこんな事言うのも情けない話ですけど……最初の一人が俺で良かったんですか? 生徒会や風紀委員会、集団ではなく個人が必要だとしても彩月とかの方が、事件を解決できる能力は俺よりあると思いますけど……どうして俺を?」

「そうね。勘かしら」

「……はい?」


 あまりにあっさり言うものだから、反応が遅れた。こんな大事なことを、勘で選んだ人に話すって……。


「昔から言うじゃない、『刑事の勘』って。管理局員は刑事じゃないけど似たような物よね」

「も、もう少し真面目に……」

「至って真面目よ? たまには論理や計算だけじゃなく、第六感に従って動くのも大事なの。これは大人としての経験則」


 天刺さんはウインクしながら得意げに言い、コーヒーの紙コップを傾けた。


「それに、芹田君なら誰彼構わず話してしまうような心配も無いしね。誰にも話さないか、信頼する誰かに話して協力者を増やすか。そこらへんの判断もあなたの裁量に任せるわ。私は私の勘と芹田君を信じる」

「そ、そうですか」


 信じるとまで言われたら、期待に応えなければいけないな。俺だって学園が襲われるのは困るわけだし、天刺さんの力になれるなら、喜んで協力しよう。


 ただ一つ、心配があるとすれば。この件に関わった以上、俺たちはそう遠くない内に『ゴーストタウン』と相まみえる事になる。それが少し、だった。

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