第26話 霊を統べる白い男

 いつの間にか背後に現れた白髪の少女――彩月さいづき夕神ゆうかを見て、同じ髪色をした青年は目を丸くする。


「君は……そうか、彼を追って来たんだね。幽霊を見るのは初めてかい?」

「あー、とぼけなくても大丈夫だよ、全部知ってるし」


 彼は、彩月をあくまで『幽霊のような影を追ってやって来た普通の少女』として接するつもりだったらしいが、彩月は腕を振って遮る。


「キミがその影を操っている能力者だね。八柳やなぎ先輩の能力を暴走させて、五日間も昏睡状態にした張本人」

「……どうやら、本当に全部知ってるみたいだね」


 隠す気は無くなったのか、青年は彩月に向き直って肩をすくめる。


「でも、君の推測は外れてるよ。僕は能力を暴走させてこいだなんて言ってないし、昏睡していたのも副作用みたいなものだ。僕がやったのは、あくまで彼女の中にこの霊を入れてあげただけ」

「入れて?」

「そう。彼女が更なる力を欲していた。だから僕は、その望みを叶えてあげたんだ。しかしまあ、彼女とこの霊の相性は悪かったみたいだけど」

「相性、ねー……」


 彩月はいつも通り談笑するかのように頬を緩めたまま、しかしうっすらと細められた虹色の眼光は鋭かった。


「そりゃあ良いわけないじゃん。


 対する青年の笑みも崩れない。優し気なはずなのに、見ていると吸い込まれてしまいそうな、底の無い深淵のような笑みだ。


「……すごいな、そこまで分かってしまうなんて」

「あまりボクをなめちゃいけないよ」


 彩月には、能波パターンを観測して相手の能力を知る事も出来る。眠っている針鳴の能波パターンを覗いてみた時は、ぐちゃぐちゃで良く見えなかった。それは能力の暴走のせいだと思っていたが、実際は二種類の能波が一人の中に混在していた為、上手く読み取れなかったのだ。


「やはり君は、本当にいろんな能力が使えるみたいだ」

「……ボクの事も知ってるみたいだね。ボクってば、やっぱり有名人なのかな」


 彼が自分について知っている事には少し驚いたが、わざわざ表に出すほどでもない。彩月にだって、彼の能力はだいたい想像できているのだし。

 得意げな顔で、彩月は青年の周囲に漂う複数の影を指さす。


「ソイツらの正体は、だね」


 本来ならば能力者の体内に流れているはずの能波が、むき出しになって漂っている。彩月たちが影と呼んでいた青年の周囲に漂う能波の塊――彼はそれを『霊』と呼んでいるようだ。彩月がさっきまで追っていた青黒い霊の能波パターンを視た結果、そのパターンが示す能力は『電流操作』。針鳴が暴走させた能力と一致する。


「能波は全ての能力者の体内に流れているから、もちろん八柳先輩には八柳先輩の能波が流れてる。そんな中に別の能波を入れようものなら、体が拒絶して能力の暴走ぐらいするよね」

「その通り。理論上は君の言った通りさ。けど、ごく稀に成功するケースもある。同系統の能力なら能波パターンを『上書き』する事で、能力を変質させる事も不可能ではない。だから、彼女にも与えてみたんだ」

「……要するに、二種類の能波を体内に入れてみて、先輩なら大丈夫かどうか試してたって事だよね?」

「人聞きが悪いなぁ。さっきも言ったけど、力を欲していたのは彼女の方だ。僕はそれに応えただけ。成功する可能性があるのなら、例え失敗する確率の方が大きくても、本人の意思を尊重してあげたいからね」


 善意を疑われるのは心外だとでもいう風に、青年は両手を広げた。


「それでも結果的に、同じ仲間である能力者の彼女を傷付けてしまった。その事は申し訳なく思ってるよ」

「さっきも言ってたね、それ。能力者は仲間だって。どういう意味?」

「そのままの意味さ。僕にとって、この世の能力者は全て仲間だ。困っていたら力を貸してあげたい。悩んでいたら力になってあげたい。ただそれだけ」


 あまりに個性的な彼の思想に、彩月は内心困惑していた。

 更に強い能力を欲していた針鳴に霊を与え、能力を強い物へと変質させたのは、彼なりの親切だとでも言いたいのか。彩月には理解出来なかった。


「まあいいよ、話の続きは後でゆっくり聞いてあげるから。たぶん、ボク以外にもキミと話がしたい人は多いと思うよ?」


 冗談めかしてそう言う彩月だが、決して油断している訳では無かった。


(彼の能力はたぶん、自分の能波を体内から切り離して、パターンを別の能力のものに書き換えて他人に出し入れする能力。そうして出来た霊を取り込んだら能力が増える――もしくは彼の言った通り、能波パターンが『上書き』されて能力が変質するんだ)


 工程を省略して端的に言えば、『他人の能力を書き換える能力』。聞いた事もない能力だが、特殊能力なんて人に寄って千差万別なのだ。何より飛び切り特異な能力を持つ彩月じぶんが人の事を言えたものではない。


(つまり、彼単体では攻撃が出来ない。自分の能力を変質させちゃったら元に戻せないだろうからね)


 彩月の目的は、この事件の犯人である能力者を見つける事。そして可能ならば、捕まえて管理局に引き渡す。ならば、彼女の取るべき行動は一つだった。


「それじゃ、ご同行願おうかなっ!」


 彩月が右手をかざす。屋上の縁に立っていた青年の周囲に重圧が加わる。指一本動かせなくなった自分の体を見て、青年は意外そうに眉を持ち上げた。


「重力の増大と念動力による拘束か……複数能力の同時使用も朝飯前って感じかな」

「キミに抵抗する術がないのは分かってるよ。大人しくしてくれれば――えっ?」


 彩月の言葉が最後まで続く前に、青年の姿が消えた。そして、数メートル横に出現する。


「出来れば君とは戦いたくないんだけどね。未知数な君の能力とぶつかり合うのは、さすがの僕でも怖い」


 言葉ではそう言いつつも、彼の笑みは消えていない。


(空間転移……!? 自分の能波は書き換えられないっていうのは、ボクの勘違いだった?)


 再び青年にかかる重力を増幅させる。彼の立つ床がメキメキと音を立てた。しかし、すぐにそれも止む。彩月がかけた過重力が、押し返されているのだ。


「単なる重力操作は、逆向きの重力操作で相殺できる」

「空間転移だけじゃない!?」


 驚きながらも、間髪入れずに周囲の空気を圧縮させて彼の体を縛る。さらに彼の立つ屋上のアスファルトを液状化させ、くるぶしの辺りまで沈み込んだ所で再度固形化させた。僅か三秒で展開される徹底的な拘束だった。


「このくらいじゃ僕は止められないよ」


 だが、それすらも無意味。

 青年の周囲に漂う霊が蠢いたかと思うと、彩月の拘束が全て同時に打ち壊された。圧縮空気は膨大な風で弾かれ、足を固定したアスファルトはコナゴナに切断された。彩月の笑みから余裕が消える。


「……どうやらボクは、見当違いをしてたみたいだね」


 彩月は青年へではなく、周囲の霊へとレーザービームを放った。しかしそれも、集束させた光が当たる直前に分散させられ、失敗に終わる。その際に、彩月は別の霊が不自然にうねっていたのを見た。


 今まで彼が使った能力は、空間転移、重力操作、風力操作、物質切断、光子分散。そして彼の周囲に漂う霊の能波パターンは、それらと全て一致している。つまり……。


(能力を使っているのは彼じゃなくて、周りの霊。彼が霊に能力を使わせてるんだ)


 霊――能波の塊は、人型を取ったままゆらゆらと不気味に漂っている。


(彼の本当の能力は、能波パターンによる他人の能力の書き換えなんかじゃなく、切り離した能波のパターンを書き換え、それに対応した能力を霊に発現させる……)


 言うなれば、


(ある意味ボクと同じ、複数能力の使い手かぁ……けど、攻略法は見えた!)


 彩月が拳を握ると、呼応するように周囲の風が荒れ狂う。


「狙うはキミじゃなくて、そっちの霊だ!」


 巨大な風の刃が飛ばされた。屋上のアスファルトを削りながら迫る凶器は、しかし、風を操る能力を持つ霊によって打ち消される。

 だが、そちらはフェイク。気を逸らすための目くらましだ。


「その能力のバリエーションじゃ、炎は防げないよね!」


 隙を突いて放たれたのは、槍のように凝縮された炎。十本以上あるそれが、一斉に放たれた。

 青年はそれに烈風を浴びせていくつかを無力化したが、全ては捌ききれなかった。灼熱の槍がひとつの霊を貫く――その刹那。


 床を割って、逆向きの滝のように勢い良く飛び出した水の壁が、一瞬で炎の槍を鎮火した。


「うっそー……」


 まだ見ぬ新たな能力。その存在を確認した彩月は、更に信じられないものを見た。


 未だ余裕を感じさせる青年の背後から、さらに五体以上の霊が姿を現したのだ。当然それに伴って、相手する能力が五種類増えた事になる。


「さすがにズルすぎない?」

「そうかな。これでもようやく互角になったぐらいじゃないかな?」

「自分で言うのもなんだけど、このボクと互角ってだけで、それはもうズルだよ……」


 合計十一種類の能力の同時使用。もしそれを一斉に向けられたら、さすがの彩月でも防ぎ切れるか分からない。

 しかし、幸いと言うべきか、彼は彩月に反撃しようとはしていない。彼が言っていた『能力者は全て仲間だ』という言葉には彩月も当てはまるという事なのだろうか。


「……でも」


 そんな状況に置かれてもなお、彩月は笑っていた。いや、これは今までの笑みとは種類が違った。



 それは、学園のどこかで戦闘狂と噂される所以。彼女は能力による戦いが好きだった。


「やる気になっちゃったみたいだね……そうなると困るのは僕の方だ。同じ能力者は傷つけたくない」


 肩をすくめて苦笑する青年は、ふわりと宙に浮かんだ。


「あっ、こらー! 逃げるな!」

「ごめんね。君と全力で戦闘すると被害が広がりそうだし、ここは撤退させてもらうよ」


 彼が浮遊すると、数々の霊もそれに追従する。実際はあの霊のうちどれかが青年に浮遊能力を使っているのだろうが、結果としてはどちらも同じだ。


「はぁ……残念。ちょっとワクワクしてたのに」


 戦ってくれないと諦めた彩月は、がっかりした顔で彼を見上げる。


「……ねえ、ひとつ聞いてもいい?」

「なんだい?」

「ボクには、キミ本体の能波パターンが見えなかった。気絶してた八柳先輩みたいに二種類の能波が混ざってぐちゃぐちゃなんじゃなく、パターンそのものが無かった。能波はあるのに、ね」


 星天学園では最強と名高い彩月。誰にも負けた事はなく、あらゆる能力を知り尽くしているかのように、どんな相手でも一手上をいく。そんな彼女が、怪訝そうに眉をひそめる。鎌をかけているとかではなく、純粋に分からない事を訪ねていた。


「キミは……?」


 白い少女の虹色と、白い青年のレモンとオリーブのオッドアイ。二つの視線が交わった。

 奇妙な間が空いた。ビルの屋上を吹き抜ける風が二人の白髪をなびかせる。


「その問いには、はいともいいえとも答えられるかな」


 やがて口を開いたのは、青年の方だった。


「僕は確かに能力者だ。この霊たちは僕の能力で動いている。けど僕は、

「どういう事?」

「ただの能力者じゃない、という意味だよ。君や『あの少年』と同じ、

「……キミ、流輝るき君のこと知ってるの?」


 彩月の気配が先ほどよりも若干険しくなる。しかし、その問いに返答は無かった。

 最後まで意味ありげに微笑んだままの青年は、上空からこう言葉を投げかけた。


「最後に名乗っておくよ。僕の名前は街中に広めて欲しいからね。そして、どこかで人知れず悩みを抱えている能力者なかまに届いて欲しいと願っている」


 奇妙な青年が最後に残した名前。それは奇しくも、とある病室で目を覚ました少女が口にした名と一致していた。


「僕の名前は――『ゴーストタウン』さ」

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