第25話 こんな能力なんか

「私の身勝手な行動のせいで、たくさんの人に迷惑をかけちゃったわけね……」


 ひと通り事のあらましを説明し終えると、針鳴じんみょう先輩は額に手を当ててため息をついた。


芹田せりだ君や双狩ふがりさんはもちろん、学内情報部や風守隊かざもりたいのみんな、学園の先生方にも、果ては管理局の人にまで……ああ、頭が痛くなってきた」

「そ、そんなに思い詰める事無いですよ先輩。風守隊との騒動は情報部が穏便に情報操作してくれましたし、能力の暴走だって先輩に非はありません」


 せっかく昏睡状態から目が覚めたのに、どんより落ち込んでいては元気になるものもならない。実際、能力の暴走については影が原因であって先輩は悪くないのだし。出来るだけ必死にフォローしたつもりだが、針鳴先輩は首を横に振った。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、その影の件だって私が悪いの」

「えっ……どういう事ですか?」

「私が、自分で影を招いたのよ。私が望んでね」


 その言葉に、俺たちは息を呑んだ。先輩を苦しめていたあの影を自分で招いた、だって……?


「管理局の……天刺あまざしさん、でしたっけ。私の能力が変質してたって言ってましたよね」

「ええ。あなたの能力について見させてもらったけど、実際に起こった現象は、あなたが引き起こせる規模を遥かに超えていた」

「あれは能力が変わったんじゃないんです。。暴走したのも、その能力が私に合わなかったからだと思うわ」

「ふ、増えた……!?」


 思わぬ発言に、双狩がのけぞる。


「どういう事? まさかあんたも、彩月みたいに複数の能力を使えるって事……!?」

「いやいや、あの子みたいな正体不明の能力じゃないわよ。本来の私は、電撃を放てるだけの普通の能力者よ。あの影を取り込んでから、私の放電能力に強力な電流操作能力がプラスされた。同系統の能力だから変質したように見えたでしょうけど」


 影を取り込んで、能力が増えた……? 今まで複数の能力を使う能力者なんて、一度も確認されていない。謎過ぎる彩月は置いておくとして、今回の針鳴先輩はもともと普通の能力者だったのが、影の影響で増えたと言う。


「つまりこう言う事かしら」


 ぴっと人差し指を立てて、天刺さんが言う。


「あの『影』は能力を増やす不思議な力を持っていて、それを取り入れた針鳴ちゃんは磁力を操れるほどの電流操作能力を手に入れた。でも、体に合わずに暴走した、と。そしてそのチカラは、あなた自身が望んで手に入れた」

「ええ……」


 俯き加減の針鳴先輩は、膝の上で拳を握る。毛布がくしゃりと歪んだ。


「こんな大ごとになるって分かっていたら……ううん、あの時の私には、後先を考えられるほどの余裕なんて無かった。何とかなるでしょうって楽観的に考えて、降って湧いたチャンスに縋っただけ……」

「先輩……一体、何があったんですか?」


 針鳴先輩の顔からは、後悔の色がにじみ出ていた。その後悔や苦しみは、きっと吐き出した方が良い。俺たちがそれを受け止めるのにふさわしいかは、分からないけど。

 先輩にとって俺はただの他人でしかないだろうけど、俺は彼女の後悔を和らげてあげたい。


「……私は、自分の能力があまり好きじゃなかったの」


 ぽつりと。針鳴先輩は語り出した。


「電気を出す、ただそれだけの能力。機械への干渉や細かい電子操作なんて芸当は出来るはずもなく、微妙な電力調整が関の山。星天学園には、私以上に多才で強力な能力者がたくさんいる。その劣等感もあったのかしらね。いつしか『能力を替えたい』って思うようになったの」


 能力を替えたい、か……。

 握られる拳に、その感情が切実に込められている気がした。


「そんな時、ある人が現れたの。一週間ぐらい前だったかな。そいつはたくさんの影を従えていて、その内のひとつを私にくれると言った。これを取り込めば、もっと強い能力が手に入るってね。そんな都合の良い話、そうそうあるはずないのに」


 たくさんの影……あんなのが、他にも複数いるってのか。彩月はそんなヤツを追いかけているって事か……大丈夫なのか? 少し心配になってきた。

 針鳴先輩は寒気を押さえるように、自分の腕をさすっていた。


「今思えば、不気味なヤツだったわ。幽霊みたいな影が周囲に漂う中、何考えてるか分かんない笑みを浮かべてた。あいつ自身も幽霊みたいに存在感が無くて、それでも視界に入れば必ず目に留めてしまうような異質な雰囲気を纏っていた。あの姿を思い出すだけで、気味が悪いわ」


 吐き捨てるように言う針鳴先輩。そしてため息交じりに笑った。まるで自分自身に呆れているように。


「まあそんな感じで新たな能力を手にした私だけど、体に合わずに暴走して、このザマって訳。正直、ただの自業自得なのよねー」


 先輩が「私が悪い」と言っていたのはこういう事だったのか。影をいくつも従えている能力者から影を貰う選択をしたのは自分だから、結果的に暴走して周りに迷惑をかけたのも自分のせいだ、と思っているのだろう。


「でも、やっぱり俺は、先輩は悪くないと思います」


 気付けば、俺はそう声を出していた。ぽかんとしている針鳴先輩へ向けて、俺は言葉を続ける。


「自分の能力に不満を持つ人なんてたくさんいるだろうし、俺だってそうでした。彩月と会うまでは、自分の能力をハズレ能力だと思って、わがままにも『もっと強いのがよかった』なんて望んでましたし」


 自分で言ってても、本当に我がままな願いだと思う。俺に限っては特に、、そんな傲慢な事を考えていたんだから。


「悪いのはそこに付け込んでくる奴です。それで暴走したのだって、全部あの影が悪いんですし。だからその……先輩は悪くないですよ」


 勢いだけで言葉が出ていただけに、最後の方は的確な表現が見つからなかった。だが、想いは伝わったのだろうか。針鳴先輩の顔は明るかった。


「後輩にここまで気を遣われるだなんて駄目な先輩ね、私」


 それから、吹っ切れたようにぐっと伸びをして、


「なーんか、そこまで言われたら私も自分は悪くないような気がして来たわ」

「ええ……そこで開き直っていいの?」

「いいじゃない。可愛い後輩が私を許してくれたんだから」

「そ。まあ、私も概ね同意見だし別にいいけど」


 ひとつ年上の先輩相手にも毅然とした態度を崩さない双狩は、呆れつつも顔をほころばせた。


「それで、針鳴ちゃん。その後は、影の能力者と出会ったりした?」


 病み上がりに辛い話をさせてしまったからか、いつも以上に優しい口調で天刺さんがそうたずねた。


「いいえ、あの後はさっぱり接触無しですよ。影も消えて能力も元に戻った今、ホントにそんなヤツいたかも疑ってしまうくらい」

「能力、戻ったんですか?」

「何となくだけど、もう電流操作なんて出来る気がしないわ。たぶん影と一緒に、能力も出て行ったのよ」


 影を取り込むと能力が増えるんだから、影が出て行ったら能力も消えて当然か。という事は、今の針鳴先輩の体は元通りって事かな。それは良かった。


「当時の事を思い出させるようで悪いんだけど、その能力者について、覚えてる事があったら教えてくれないかしら」

「ええ、もちろん。迷惑をかけたのに変わりはないですし、それで少しでも手伝いになれるなら」


 思い出すだけで気味が悪いと言っていた影の能力者について聞き出そうと、天刺さんは控えめに問いかけた。しかし、針鳴先輩はもう平気そうだった。天刺さんの言葉に頷き、思い出そうと口元に手を当てて考える。


「確か……男の人だった。それも結構若かった気がする。異様なほど髪が白くて、優しく笑っているはずなのに不気味で……そいつ、私が学園の敷地外をぼんやり散歩してる時、いきなり現れたのよ。まるで新しいチカラを欲している私の願いを感じ取ったかのような感じでね。今思えばそれも気味悪いわ」

「電子ドラッグ屋とかそういう輩は、弱みにつけこみやすい人間が無意識に立ち寄りそうな場所に、待ち構えているっていうものね」

「ちょっと双狩さん、怖い事言わないでよ」

「ごめんごめん」

「もう……あっそうだ、名前」


 ふと思い出したように、針鳴先輩はポンと手を叩く。


「さすがに怪しすぎて、名前を聞いたのよ。明らかに偽名だったけど」

「偽名……?」

「偽名っていうか、ニックネームみたいな感じだったわね。ゲームのハンドルネームみたいな」


 まあ、そんな怪しいやつが簡単に本名を教えはしないか。本名でなくとも、何かしらの関係は見つかるはずだ。大事な情報に違いはない。

 俺たちが聞き入る中、針鳴先輩は記憶をひねり出して口を開いた。


「あいつはこう名乗ってたわ。確か――」





     *     *     *





 どこにでもある雑居ビルの屋上。飾り気のない白いシャツとロングパンツの青年が、街の景色を見下ろすようにそこに立っていた。

 肌は色白で体付きも細い。健康が心配になるような体躯の青年だ。そんな印象を抱いてしまうのは、不気味なほど真っ白な髪のせいでもあるかもしれない。


 彼の周囲には、人型をした不気味な影が五つほど浮いていた。どれも霧のように透けており、人型を保ったまま幽霊のように浮かんでいる。その色は薄い赤だったり濁った緑だったりと様々だ。真夜中に出くわしたら声を上げてしまうようなソレだが、昼間の雑居ビルの屋上とあって、幸い誰の目にも留まっていない。


「……おや」


 そんな奇妙な幽霊群に、またひとつ加わる影があった。ほど近くにある月乃裏つきのうら総合病院の方向からやって来た、青黒い影だった。自分のもとへふよふよやって来た影に、青年は語りかけるように独り言ちる。


「君が帰って来たって事は、あの少女とは相性が合わなかったか。同系統の能力でも必ず適合するとは限らないんだね」


 優しい声色で語る青年は、ちらりと病院の方を見やる。そこで眠っているであろう一人の少女は、今ごろ目を覚ましていることだろう。


「この前はひと暴れしたみたいだけど、あまり能力者を傷付けては駄目だよ?」


 青黒い影へ、青年はたしなめるように言う。当然言葉による返事は無い。が、彼らにだけ分かるコミュニケーション方法でもあるのだろうか。青年は満足そうにうなずいた。そして、再び街へ視線を下ろす。

 行き交う人々を、レモン色とオリーブ色のオッドアイが静かに見下ろしている。


「能力者は皆、僕の仲間なんだから」


 誰に向けられたものでもない言葉は、しかし一人の少女に拾われた。


「面白い冗談を言うね、キミ」


 青年の背後から声を投げかけたのは、彼と同じ純白の髪をした小柄な少女――彩月さいづき夕神ゆうかだった。

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