第24話 影の逃亡

「って、いけない、話が逸れちゃったわね」


 仕切り直すように、天刺あまざしさんは軽く手を叩いた。


「私が言いたかったのはみんなの言った通り、針鳴じんみょうちゃんの能力が暴走と同時に変わってしまったという事。監視カメラの映像を見た時にそれを不思議に思って、こうして直接お見舞いに来たの。ご本人の話を聞けたらって思ったんだけど……残念ながらまだ目は覚めないみたいね」


 今までにない能力の暴走に変質。確かに、放っておいていいものじゃないだろうな。能力が変わるだなんて、俺も聞いた事無いし。


「さっき仕事で来たと言っていたのは、そういう事でしたか」

「ええ。校舎の一部が壊れるほどの能力の暴走とあっては、管理局も放置してはおけない。対策のためにも、原因は明解にしておく必要があるわ」

「原因って言ったら、やっぱりあの幽霊みたいな『影』じゃない?」


 そう言い出した双狩ふがり。対して、天刺さんは首を傾げた。


「影? それはどういうものかしら」

「あれ、監視カメラ見たんですよね? 針鳴さんの背中から、こう……黒いモヤモヤが出てたじゃないですか」

「黒い、もやもや……?」


 双狩は身振り手振りで説明するが、天刺さんにはピンと来ていない様子。あんな異質なもの、さすがに見逃すとは思えない。


「もしかして、カメラには映って無かったんじゃないか?」

「映らないって、それもう本格的に幽霊じゃない……」


 双狩はあからさまにげんなりとして言う。確かに幽霊とかはいて欲しくないよな。

 しかし今の時代、特殊能力があるからこそ、あらゆる不可思議な出来事を特殊能力の仕業として片付けられてしまうのもある。もしかしたら、今まで俺たちが能力だと思い込んでいたものが実は全く別のナニカだった、という可能性もありえるのだ。となると、あの影はやはり幽霊……?


 とにかく、俺と双狩は天刺さんに例の影を説明した。針鳴先輩が苦しみ出した直後に現れた、人の形を取った青黒い影。

 まるでソレが針鳴先輩に代わって能力を操っているかのように、影がこちらを攻撃して来た事。俺がソイツに触れた時、俺の能力が何かを打ち消した事。そしてその影は、先輩の体の中に戻ってしまった事。


「暴走したのがその『影』の仕業だとして、やっぱり誰かの能力によるものなんでしょうか」

「その線が一番現実的かしらね……そんなものが自然発生したなんて報告は一度も聞いた事がないし。誰かが意図的に針鳴ちゃんに『影』を仕込んだ、という事になるわね」

「学園にそんな能力者いたかしら。彩月、あんた知ってる?」

「能力を変質、暴走させる影を生み出す能力かぁ。ボクも聞いた事もないや。少なくとも学園にはいなさそうだよ」


 となると、学園の外の能力者によるものなのか……? 一体何のために。


「管理局の方でも調査してみるわ。これが誰かが意図的に仕組んだものなら、事故じゃなく事件になるわけだしね」

「分かりました。学園でまた何かあれば、その時は連絡してもいいですか?」

「もちろん。情報提供はとても助かるわ」


 誰かと連絡でもしているのか、スマートバンドのホログラムパネルを操作しながら、天刺さんは笑みと共にそう答えた。


 本来こういうのは全て、本職の大人たちに任せておくべきなのだろうが、これは学園の中で起こってしまった出来事。俺たちはもう当事者になったのだ。俺にも出来る事があるかもしれないのに、天刺さんたちに丸投げする訳にもいかない。学園内の出来事は学内情報部が把握してるはずだし、明日ケンや部長さんにでも聞いてみるか。


「それにしても」


 と、天刺さんはホログラムパネルを閉じながら、冗談めかしてこう言った。


芹田せりだ君と会う時は、いつも何かしらの騒動と一緒よね。この前のショッピングモールでの放火事件もそうだったし」


 そう言えばそうだな。今回やショッピングモールの件、そして始めて会った時も能波災害から守ってくれたのがきっかけだ。


「って、まるで俺が面倒ごとを持ってきてるみたいに言わないでくださいよ」

「そうそう。流輝るき君は勝手に飛び込むだけだもんね」

「それはフォローしてるつもりなのか?」


 彩月の笑顔の奥にある真意が読めない。更には隣から双狩が「あんたいつも今回みたいな無茶してんの……?」とジト目を向けてきた。何で俺が悪いみたいになってんだ……悪いのは事件を起こすやつだろ。俺は悪くない。


「でも実際、それくらい能力者絡みの事件は頻発しているの。みんなも気を付けてね」

「言われてみれば、ニュースでも最近よく聞くわよね。暴動事件がどうとか」

「物騒な世の中だねぇー。世の中の能力者の印象が悪くなったら困るよ」


 やれやれ、と彩月はため息混じりにそう言った。


 特殊能力者が発見されたばかりの数年間は、それは酷い迫害を受けていたらしい。念じるだけで物を動かしたり破壊したり出来る能力者を怖がるのも無理ない話ではあるが。


 今でこそ法律でしっかり管理されるようになり、特殊能力も個性の一つとして認められるまでになった。だが、能力者による事件が今後も増えていけば、彩月の言う通り能力者に対する風当たりが強くなりかねない。俺もひとりの能力者である以上、他人事ではない問題だ。


「…………うっ」


 そんな事を考えていた時だった。小さなうめき声が聞こえた。

 俺たちは全員喋るのを止め、声のした方――ベッドの方へ視線を向ける。横たわったまま目を覚まさない針鳴先輩が、苦しそうに顔をしかめていた。そして。


「……っ!?」


 そこに、いた。

 人型の青黒い影が、霧のようにゆらゆらと揺れながら針鳴先輩の体から出て来たのだ。


「天刺さん、コイツです!」

「これが……」


 天刺さんは素早くスマートバンドのカメラを影に向け、ホログラムパネルを覗いた。


「やっぱり、映ってない……」

「芹田! はやく触らないとまた!」

「ああ!」


 慌てる双狩の声に、俺は頷く。また影が出て来たって事は、ここで五日前のように先輩の能力が暴走するかもしれない。

 病院で電撃の能力が暴走なんてしたらただ事じゃない。俺は急いで、影に手を伸ばした。


 しかし、影はそれをひらりと躱した。針鳴先輩の体から完全に抜け出し、宙に浮かんでいる。空中に漂う影は、そのまま窓の方へと動き出した。


「逃げる気か……!」

「拘束するわ!」


 追い駆けようと俺の足が動くより速く、天刺さんが影へ右手を突きだした。

 直後、影を囲むよう現れたのは、ガラスのような半透明の赤い障壁。球状のバリアで影を包み込んだのだ。


「あっ……!」


 しかし、影はそのバリアをすり抜けた。そして、そこに何も無いかのように窓ガラスもすり抜け、外へ飛び出してしまった。まるで幽霊のように。


「逃がしたか……」

「ボク、追いかけてみるよ。もしかしたら影を生み出してる能力者の所に行ったのかもしれないし」


 そう言い残して彩月は、その場から掻き消えた。空間転移能力でも使ったのだろう。相変わらず行動が速いな。


「あの影については、ひとまず彩月ちゃんに任せるとしましょうか」

「そうですね……追いかけようにも、もうどこにいるか分かりませんし」


 もし影を生み出してる能力者とかち合ったとしても、彩月なら大丈夫だろう。あいつが負ける所なんて想像できないし。


 それにしても何故、今になって影が出て来たんだろうか。しかも前みたいに、針鳴先輩の能力を暴走させるような真似はせず、逃げるようにどこかへ消えていった。影を操る能力者が何か指示を出して、影を先輩の体から出したんだろうか……。


「あれ……?」


 不意に、ベッドの方からそんなか細い声が聞こえて来た。俺たちの視線が集まる中、針鳴先輩はうっすらと目を開けた。


「ここ、病院……?」

「針鳴先輩!」

「ようやく目が覚めたのね」

「芹田君、双狩さんも……あれ、どうして私……」


 ゆっくりと起き上がった針鳴先輩は、自分がなぜ病院にいるのか分かっていないようだった。天刺さんが一歩近づいて、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「あなたは能力が暴走して、意識を失っていたのよ。五日間もね」

「い、五日も……!? って言うか、あなたは……?」

「特殊能力管理局の天刺よ。わけあってお邪魔してるわ」

「え? 管理局……? ちょっと待って、情報が整理できない」


 天刺さんへ待ったをかけ、針鳴先輩は腕を組んで目を伏せる。


「うーん……校舎裏で芹田君と双狩さんに会ったのは覚えてる。それから、急に苦しくなって……それで……」


 混乱させないよう、俺たちは先輩の言葉を遮らずに続きを待った。だが、首を捻る針鳴先輩は諦めたようにため息をついた。


「それからは分からないわ。気付いたら眠ってて、今起きたらここにいた」

「能力が暴走したのも、覚えてないんですか?」

「暴走……? あーでも、うっすら覚えてるかも。苦しくなって意識がもうろうとしてた時、能力が勝手に使われた感じがした」

「勝手に使われた?」

「あくまでそんな感じってだけよ。まるで自分の能力が、別の誰かに無理矢理使われてた感覚だったの。ハンドルを奪われたというか、操縦席を押しのけられたというか」


 なるほど……その『別の誰か』が影――もしくは、影を操っている能力者って事か。それならもはや、暴走って表現も正しいか分からなくなって来たな。天刺さんの言う通り、これは事故じゃなく事件の臭いがする。


「そうだ、芹田君。あなたが助けてくれたんでしょ?」

「え?」

「苦しいのが無くなった時、あなたの声が聞こえたの。その能力で私を止めてくれたんでしょ? ありがと」

「ど、どういたしまして」


 こうも直接お礼を言われると照れくさいな。俺は気恥しさを誤魔化すように頭を掻いた。

 針鳴先輩は、まるで憑き物が落ちたかのように、すっきりした顔をしていた。その浅葱色の瞳にも、最後に会った時のような陰りは無い。あの影が出て行ったおかげなのだろうか。


「でも、俺だけじゃないですよ。双狩だって手伝ってくれましたし、最後は彩月にも助けられました」

「彩月さん……ああ、二年生のランク1位ね。なら彼女にもお礼を言っておかないと」

「さっきまでここに来てたんですけど、影を追って出ていったばかりで」

「カゲ? なにそれ?」


 あ、そう言えば針鳴先輩はあの影を見てないんだったか。彼女自身に憑りついてたんだからそれはそうだ。

 俺たちは針鳴先輩に、影のせいで彼女の能力が暴走していた事や、その影がついさっき先輩の体から飛び出して行った事などを説明した。

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