第23話 特殊能力の変質

 学内情報部の部長さんが行った『後処理』――もとい情報操作によって、風守隊かざもりたいという志那都しなつの親衛隊による一連の騒動は、生徒同士のちょっとした喧嘩という事になった。幸い目撃者もいなかったので、部長さんにかかれば簡単な仕事だったそう。


 だが問題は、針鳴じんみょう先輩に憑りついた謎の『影』による能力の暴走。グラウンドの鉄柵や校舎の壁が一部崩壊するという物理的な爪痕が残ったそれは、さすがに揉み消し切れなかったようだ。俺と双狩ふがり、それから最後に駆け付けた彩月さいづきの説明や、偶然映っていた監視カメラの映像などによって、この件は『針鳴先輩の能力の暴走』という事で落ち着き、先輩たちに何かしらの処分が下る事は無かった。


 しかし結局のところ、何も解決はしていない。

 針鳴先輩の能力を暴走させたと思しき幽霊のような影は、先輩の中にいるままだ。


 何より、針鳴先輩はあの日から、未だ意識を取り戻していない。





     *     *     *





 あの一件から五日後。今日もまた、放課後になると針鳴先輩のお見舞いに行く。彩月と双狩も一緒だ。

 学園からバスに乗って十分ほどにある、月乃裏つきのうら総合病院。そこに、ずっと眠ったままの針鳴先輩は入院している。


「あと一週間もすれば夏休みだねぇ」

「もう二年の一学期が終わるなんて、早いものね」

「ボクはこの学園に来て初めての夏休みだから楽しみだなー」


 受付で手続きを済ませ、針鳴先輩の病室がある階まで向かうエレベーターの中。彩月と双狩の会話を聞きながらも、俺の意識は別の所へ向いていた。


 先輩の中に入ったままの影。あんなものは始めて見た。針鳴先輩のものとは別の意識や感情が混ざっているような、不気味な影。

 あれは何なのだろうか。誰があんな事をしたのか。目的は何なのか……さっぱり分からない。


 何よりあの時俺が、すぐに打ち消さずに別の手段を取っていれば、問題なく駆除できたのではないか。俺がしくじったせいで、針鳴先輩は未だ眠り続けているのではないのか……そんな後悔のようなやりきれない想いが渦巻く。


「あんたのせいじゃないわよ」


 階数を表示するディスプレイを見上げながら、双狩は俺を尻目にそう言った。


「どうせ、針鳴さんが寝込んだままなのも自分の不手際だとかって思い詰めてんでしょ?」

「あ、流輝君考えそー」

「この件に関しては、誰も悪くないわよ。あの気味悪い影の正体も、真相も、誰も分かんないんだし」


 意外だった。双狩が俺を気遣ってくれた事も、俺が何を考えてるのか当てられた事も。まだ始めて話してから日も浅いのに、図星過ぎて驚いた。


「……ありがとな。でも、そんなに思いつめてる訳じゃないよ。誰が何のためにやったのかって、ちょっと考えてたんだ」


 俺がごまかすような笑みと共に言うと、双狩も考え込むように腕を組む。


「……やっぱり、誰かの仕業なのかしらね」

「針鳴先輩の能力は放電。あんな変な影は出せないだろうし、第三者の能力による可能性が一番高いと俺は思う」


 何より、あの時の先輩はすごく苦しそうだった。わざわざ自分からあんな辛い目に遭いにいくとは考え辛い。


「ボクはその影っていうの、見てないからなんとも言えないなー。あっ、そうだ永羅えらちゃん、ちょっと記憶覗かせてよ。そしたらボクも議論に参加できるしさ」

「嫌よ何か怖いし。てか、あんたそんな事も出来るのね」

「えーいいでしょー、ちょっとだけだしさー」

「イヤなものはイヤ」


 お菓子をねだる子供のように双狩にくっつく彩月と、それを面倒そうに押しのける双狩。何かこの二人、仲良くなってる……?


 そうこうしているうちに目的の階に到着。さすがに病室が並んでいる所なので、エレベーターを降りると彩月も少し大人しくなる。いや、努めて大人しく振る舞っているというより、自然とテンションが下がっているようにも思える。エレベーターに乗る前までは、エントランスでもそうだった。


「彩月、病院苦手なのか?」

「病院がっていうより、なんか雰囲気がねぇー……」


 彩月は煮え切らない返事をして、ぎこちなく笑っていた。


 そうしてやって来た針鳴先輩の病室前。ノックをするも、やはり返事は無い。まだ目は覚めていないようだ。パネルに手をかざすと扉が開き、俺たちは奥に進む。

 点滴に繋がれた針鳴先輩が眠っているベッドの、その傍らに立っていた人物を見て、俺は目を丸くした。


天刺あまざしさん……!?」


 水色のショートボブが目立つ、パンツスーツの女性。特殊能力管理局の天刺亜紅あくさんだった。彼女の方もこちらに気付いて、意外そうに眉を持ち上げた。


「あら、芹田せりだ君。それに彩月ちゃんも。偶然ね」

「どうしてここに……もしかして、針鳴先輩とはお知り合いですか?」

「いいえ、この子との面識はないわ。今日は仕事で来たの」


 仕事……? 能力が暴走した針鳴先輩に話を聞きに来た、とかだろうか。


「ねえ芹田、あの人誰? 知り合い?」


 ちょいちょいと俺の服を引っ張る双狩が、小声で訊ねる。


「管理局の天刺亜紅さん。まあいろいろあって顔見知りだ」

「か、管理局の人と知り合いって、あんた何やらかしたのよ」

「いや俺が何かしたんじゃないから」


 そんな事を言い合う俺たちに、天刺さんは近づいて来て、双狩に名刺を差し出した。


「管理局の実働部隊所属の天刺よ。よろしくね」

「双狩永羅です。……これ、名刺ってやつですか?」

「今どき見かけないわよね。でも手っ取り早く自己紹介が出来て便利だし、私はよく使ってるの」


 天刺さんは何かと昔の物を好んでいるらしい。

 そう言って笑う天刺さんは、未だ眠り続ける針鳴先輩へと視線を移す。


「みんなは彼女のお見舞いかな?」

「はい……まだ、目が覚めないみたいなんですけど」


 医者が言うには、意識が回復しない原因が全く分からないそう。体のどこかが傷ついている訳でもないし、脳機能にも全く異常がない。むしろすぐに目が覚めても良いぐらいに健康体らしく、今はただ眠っている状態に近いそうだ。

 それでも、意識だけが戻らない。原因不明の昏睡状態。


「やっぱりあの『影』が、何か悪さしてんのか……」

「芹田君は、何か心当たりがあるみたいね」


 さすが管理局の大人、鋭いな。管理局の実働部隊としてたくさんの現場を見て来たであろう彼女なら、もしかしたら影について何か知っていかもしれない。俺は頷き、天刺さんに尋ねた。


「天刺さんは、能力が暴走した所って見た事ありますか?」

「そうね……『意図しない方向に能力が向かった』とか『予想以上に威力が出た』とかを暴走に含めるなら、何度も見た事があるわ。でも、今回みたいな規模の暴走は始めてよ」

「管理局の人でも始めてなんですか……」

「まあ、私もそこまで長く勤めてるわけじゃないしね」


 意外そうに呟く双狩へ天刺さんは苦笑し、続ける。


「針鳴八柳やなぎちゃんの学籍データを見させてもらったんだけど、彼女の能力はあくまで放電。磁力を操るまで細かい電流の操作は出来ないとあったわ」

「それじゃあつまり、暴走に伴って本来の能力が強化された、という事ですか」

「強化っていうのはちょっと違うかもねー」


 そう口を挟んだのは彩月。彼女は虹色の瞳で俺たちを順番に眺めながらこう言った。


「確かに、ただ電気を出す能力が、磁力を操れるまで精密な電流操作が可能になったら『強くなった』って思うかもだけど、電子操作能力っていう系統が同じだけで、個々の能力としては別物なんだよ。電流の『放出』と『操作』は全然違うでしょ?」

「なるほど……つまり、放電能力が電気操作能力になったのは、強くなったんじゃなくて……」

、って事になるわね」


 双狩が引き継いだその言葉に、天刺さんは頷いた。どうやら天刺さんも、既にその結論に達していたようだ。彼女はその答えを難なく導き出した彩月へ笑みを向ける。


「すごい、よく分かったわね彩月ちゃん。ランク1位だけあって能力の事にも詳しいのね」

「あれ、亜紅さん、何でボクが1位だって知ってるの? 話したっけ?」

「学籍データを見るときに目に入っちゃってね」

「いやぁー、ボクの名が管理局にも広まっちゃうなあ。有名人だー!」

「個人情報だし、あんまり広めたりはしないわよ」

「えー、じゃんじゃん宣伝しちゃっていいのにー」


 彩月と天刺さんが楽しそうに話している間、俺はちょっぴり冷や汗をかいていた。もしかしたら俺の89位という情けないランクも見られたかもしれないのだ。

 俺の方から一方的に憧れているだけとはいえ、天刺さんに見られるとちょっと恥ずかしい。見られるのならせめて、上位半分以内のランクになっておきたいものだ。


 夏休みも全力で鍛えて、二学期からランク戦しまくってやる。俺はそう密かに決意した。

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