第22話 身に余る影は溢れ出る
「ちょ、どうしたの!?」
「先輩! 大丈夫ですか!?」
急に倒れた
「どうしたんですか!?」
ふらふらと力なく立ち上がる針鳴先輩からの返事はない。代わりに飛ばされたのは、彼女の能力である放電攻撃。立て続けに飛んでくるそれを払いながら、俺は苦しそうに頭を抱える先輩の姿を捉えていた。
きっとこの攻撃は、針鳴先輩の意思によるものではない。
「うぐ、ああああああ!」
「あんた、どうしたっていうのよ!」
双狩からの呼びかけにも応じない。まるで精密機械が壊れかけているかのように、彼女のあちこちから電気が漏れ出ていた。
「どうなってんだ? 明らかにまともじゃない……」
「あっ!
双狩が指さすのは、頭を抱えて苦しむ針鳴先輩の背中。厳密には、そこから生える謎の『影』。
まるで炎から煙が立つように出て来る、青黒い霧のようなナニカだった。それは針鳴先輩の体から伸びており、人の上半身ような形を取ったままゆらゆらと揺れている。その不定形な姿は、まるで幽霊のようだった。
「な、何よあれ……」
「先輩の体から出て来てる……!?」
人型の影に目は無いが、不思議と寒気のようなもの感じ、直感する。アレは、俺たちを見ている。
青黒い影がうねり、ざわめいた。
「ああああああああ!!」
その直後に、針鳴先輩の苦しそうな悲鳴。溢れ出る電撃は強さを増し、最初はちょっとした火花程度だったが、今や落雷のような威力になっている。当たった周囲の雑草や鉄柵は焼け焦げていた。
何が何だか分からないが、あの幽霊みたいなモノが先輩に悪さをしているという事だけは確かだろう。
「……あれも、誰かの能力なのか……?」
雷撃は周囲にばらまかれるだけじゃなく、そのいくつかは真っ直ぐ俺たちへ向かって放たれる。それらを打ち消しながら、考える。
幽霊のような青黒い影。明らかに普通じゃないソレは、恐らく特殊能力によるもの。アレのせいで針鳴先輩は能力の制御が出来なくなっているのかもしれない。
誰が、何のためにやっているのか。そんな事は分からないが、もしもあれが特殊能力なのだとしたら。
「だったら、俺の能力で消せるかもしれない」
膨大な雷撃の渦の中を突っ切ると考えると足がすくむ思いだが、今もずっと針鳴先輩が苦しんでいるんだ。ぐずぐずしてるとどう悪化するかも分からない。少しでも早く、助けないと。
「双狩は飛んでくる雷撃が当たらないよう隠れといてくれ」
「あんたは……まさか、あの中に突っ込む気?」
「能力による攻撃は打ち消せるし、大丈夫だ」
静かに拳を握り、針鳴先輩の背中から生えている影を見据える。俺の意思を感じ取ったのか、影は再びざわめいた。膨大な電気が周囲に放出され、校舎と第二グラウンドを隔てる鉄柵にまとわりつく。
「……!?」
その次に起こった光景に、俺は走り出そうとした足を止めてしまった。
結合部分が焼き切られバラバラになった鉄柵が、地面から抜き取られ、まるで重力が無くなったかのように宙に浮かび始めたのだ。
「何だコレ……これも別の能力……?」
考える暇もなく、攻撃はやって来る。宙に浮いた鉄の棒が、俺たちに向かっていくつも飛んで来た。勢いよく発射された鉄の棒は狙いもあやふやで、真横を通り過ぎたり地面に突き刺さったりしたのがほとんどだった。
が、その一つが俺の左肩に直撃した。幸いと言うべきか、回転しながら飛んで来たおかげで槍のように突き刺さる事は無かった。
それでも鉄は鉄。物凄く痛いし、何より俺に触れても勢いが死んでいなかった。あれは、ただ能力で操っているだけじゃない。
「もしかして、磁力……とか?」
ぽつりと、双狩は影を睨みながら呟いた。
「どういう事だ?」
「電流の周りには磁力が働くって習ったでしょ? あのあり得ない量の電流で強い磁力を生み出して、鉄柵を飛ばして来てるんじゃない?」
「なるほど……」
それなら打ち消せないのも納得だ。針鳴先輩の能力はあくまで電気を生み出すだけな訳で、それによって磁力が生まれるのは、能力とは関係ない。電流を巧みに操る事で磁力の向きや強弱を間接的に操っているとしたら、俺の能力では無効化できない。
あの影が――あの影を操っている能力者が他にいるとして。そいつが針鳴先輩の能力を無理矢理操っているとしたら、俺がアレに近づこうとしているのを察して、俺への攻撃の手を強めたという事になる。俺に対処できない攻撃で、近づかせないようにしている。俺に触れて欲しくないのだ。
つまり、アレは俺に消せる。
「磁力は消せなくても、それでも特攻する気?」
走り出そうとする俺を見て、双狩が聞いて来た。俺は無言でうなずく。無論だ。目の前で苦しんでいる人がいるのに、危ないからって逃げるような真似は出来ない。
「はぁ……しょうがないわね!」
俺の横に立つ双狩が右手を払う。同時に、俺に向かって飛んで来た鉄の棒が俺に当たるより先に、光と共に弾けて真っ二つに割けた。
隣を見ると、双狩の周囲に光の玉がいくつか浮いていた。それらは双狩の指示に従って飛ばされ、鉄の棒を撃ち落としていく。
「お前、そんな事もできるのか」
「熱を持つ太陽光を一点に集めて熱球を生み出して、レーザーっぽく撃ってるだけよ。あの4位と戦ってた
そう言われて、彩月と特訓を始めたあの日の昼休みを思い出す。学年ランク4位の
「電流から磁力の存在を見つけたり、光を操る能力のバリエーションだったり……双狩って実は頭良い?」
「実はって何よ失礼ね。少なくとも自分の能力の工夫ぐらいは、頭悩ませて考えたんだから」
光球を飛ばして鉄の棒を撃ち落としながら、双狩は俺を睨めつけた。
そうだよな。双狩もきっと、ランク戦で勝ち上がるために能力をどう活かして戦うか考えているはずだ。俺と彩月がそうしているように。
「そんな事より、行くんでしょ?」
「ああ。さっきは隠れとけなんて言ったけど、援護頼めるか」
「言うまでもないわ」
周囲が僅かに暗くなった。いや、すぐ隣にいる双狩の周りが明るくてそう錯覚しているだけなのか。彼女の周囲に太陽光を一点に集束させた光球が十数個も集まり、一斉に放たれた。まるで流星群のようなレーザーの掃射で、針鳴先輩の背後で不気味にうねる青黒い影が浮かせていた鉄材が、次々と焼き払われていく。
「今よ芹田!」
「ああ!」
残弾が無い今が最大のチャンス。俺は日々のランニングで鍛えて来た足腰を精一杯動かして走った。
幽霊のような影は近づく俺へ威嚇するようにざわめき、苦し紛れの雷撃を放ってくる。しかし、全て俺の能力が打ち消してしまう。俺は避ける必要すらない。針鳴先輩と影へ向かって、ただ走る。
周囲に網のように電気がばらまかれた。まだ地面に刺さっていた鉄柵や土に埋まっていた鉄片、さらには校舎の壁を抉り、中の骨組みになってる鉄材まで抜き取って。磁力によって動かせるあらゆる物を自身の周囲に引き寄せる影は、腕のような部分を天に掲げた。その様は、さながら重力を忘れた鉄材を操る指揮者のよう。
「マズい……!!」
俺は磁力を生み出す電流の元である影へと手を伸ばすが、まだ距離が足りなかった。俺の頭上まで浮き上がった鉄材群が、一斉に降り注ぐ。バラバラの鉄柵が地面に突き刺さり、鉄材の刺さった校舎の壁の一部は土煙を立てて落下する。磁力によって自由落下よりも格段に勢いが付いたそれらは、ひとつひとつが殺傷力の塊だった。
「芹田!!」
安否を確認する双狩に声を返す余裕も無い鉄の雨。かろうじて直撃は免れたものの、体のあちこちが痛みを訴えていた。恐らく飛び散った破片が当たったのだろう。
痛い。だがちょっとしたすり傷だ。俺よりももっと痛い思いをしている人が、目指す先にいるんだ。俺は一度止まった足を再び動かす。
土煙を抜けた先。うずくまる針鳴先輩と背中から生える影まであと数メートルの所まで来て、影は最後の抵抗を見せた。正面から雷撃を連射しつつ、先ほど降り注いで地面に転がったり突き刺さったりしている鉄材や鉄柵を、再び俺にぶつける軌道で飛ばして来たのだ。俺の周りにはあらかた鉄材が降っていたので、全方位から俺に引き寄せられるように凶器が迫る。逃げ道は無い。
「こっ、のおおおおおおおッ!!」
ここまで来ればもう、突っ走るだけだ。正面から槍のように迫りくる鉄柵を走りながら右に避けると、右から飛んで来た壁の破片が腕に当たり、体のバランスが崩れる。そのまま倒れてしまいたい衝動をぐっと抑え、痛みをかき消すように、固く拳を握る。
逃げようとしているのか、影は人型が崩れるほどその場で蠢く。が、どうやら針鳴先輩の中から完全に出る事は出来ないらしい。もしかしたら、逃がすまいと針鳴先輩の意識が捕まえているのかもしれない。そんなヤツめがけて、俺は拳を叩き込んだ。
「消えろおおおおおおおおおおお!!」
まるで煙を殴っているかのように、何の感触のない。だか、俺の能力は『何か』を打ち消した。それは確かだった。
俺が触れた幽霊のような影は今にも消えそうなほど薄くなり、そのまま
「消えない、のか……?」
あの影が誰かの能力によって生み出されたモノならば、俺が触れてしまえば消えるはずなのに。確かに攻撃は止み、影は大人しくなった。だが、針鳴先輩からは離れていない。どういう事だ……?
「う……ぁ……」
「先輩、大丈夫ですか!」
地面に伏せて苦しんでいた針鳴先輩に掛け寄り、軽くゆすってみる。どうやらうっすらとしか意識は保てていないみたいだが、苦痛は感じなくなったようだ。小さく呻きながらも、危険な状態からは脱したように見える。
俺が先輩に触れても、今度は何かを打ち消すような感触は無い。やっぱりあの影は、先輩の中に入ったままなのか……?
「芹田! 離れて!!」
「……っ!」
突然、背後から切羽詰まったような双狩の声が響く。そしてほぼ同時に、頭上から岩が割れるような重い音が聞こえた。見上げると、先ほど影が磁力で骨組みの鉄材を強引に引っこ抜いた校舎の壁が崩れ、今まさに落ちて来る所だった。
自動車ほどはある、潰されたらまず助からない大きさだ。
「ぐっ……」
先輩を抱えて逃げようとした瞬間、体中に走る痛みがそれを拒んだ。その場で膝をついた姿勢で固まってしまう。
双狩が落ちて来る外壁を特大のレーザーで焼き払おうとするも、半分ほどは残ってそのまま落ちて来る。もう、目の前まで迫っていた。
「悪くない戦いぶりだったよ。思わず見入っちゃったくらいにね」
そんな、明るく弾むような少女の声と共に、降り注ぐ瓦礫が一瞬にして消えた。
突然の出来事に思わず呆けていた俺は、数瞬後に声のする方を向く。そこにいたのは、俺を潰すはずだった瓦礫の上に座ってこちらを見下ろしている、白い髪と虹色の瞳を持つ少女。ショッピングモールの件に続き、彼女に決着を付けてもらったのは二度目だ。
「彩月……」
「ボクが呼び出しくらってる間に、とんでもない事になってたみたいだね」
俺と針鳴先輩、少なくとも二人分の命を救った少女は、なんて事のないように笑っていた。
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