第20話 形勢逆転

 陰に隠れながらこそこそと部室棟を進んでいた俺と双狩ふがりだが、ふと違和感を覚えた俺は曲がり角から体を出し、周囲を見渡した。


「何か、三階に来てから一気に人がいなくなったな」

「確かにそうね。風守隊かざもりたいっぽい子は誰もいない」


 先ほどまでは、一階に二、三人は必ずいるぐらいには見かけたのだが、三階に上がってからは一人も見当たらない。さすがに俺たちが学内情報部を目指す事を予想して守りを固めてたりはしていなかったが、それにしてもがら空きすぎる。まあ、少し違和感は残るが、進みやすいに越したことはないか。


 念のため警戒しながらも歩みを進め、俺たちはようやく学内情報部の部室前までやって来た。部室からは微かに人の話し声が聞こえる。その中には聞き慣れたケンのものもあった。誰もいなかったり既に風守隊に制圧されていたらどうしようかと思っていたが、杞憂だったようだ。

 ノックをすると「どうぞー」と声が返って来たので、ドアをスライドさせて中へ入る。


「失礼します。ちょっと相談、が……え?」


 部室を一目見て、俺は立ち尽くしてしまった。固まってしまった俺の後ろから顔を出した双狩も「うわっ」と引き気味な声を零す。


 扉を開いた先。学内情報部の部室では、そこの部長さんと俺の幼馴染が二人がかりで数人の女子生徒を縄でふんじばっていた所だった。


「……ケン、お前何やってんの」

「誤解しないでくれ流輝るき! これはいわゆる正当防衛というやつでだな……!!」

「そうだとも。彼女たちが先に襲って来たから、私たちは仕方なくこうしてるだけなのだよ。本当に仕方なく」

「にしては楽しそうだけどこの人……」


 そう双狩がジト目で見つめる先では、確かに部長さんが楽しそうな笑みを浮かべながら床に張り倒した女子生徒を拘束していた。女子同士じゃなければ問題になってそうな絵面だ。というか加担しているケンはもう誤解されても弁明できないだろ。


「それでお二人さん、どのような用事かな?」

「……その前に話聞かせてもらっていいですか?」


 自然な流れで話を進めようとする部長さんに、ひとまず説明を求めた。





     *     *     *





 女子生徒たちを全員縛って部室の端に並ばせた部長さんは、まるで彼女達がいないかのように滑らかに俺たちへの説明へと移行した。

 と言っても話は簡単。学内情報部に風守隊が押し寄せてきたが部長さんとケンの二人で撃退した、という事らしい。言われてみれば確かに、縛られた彼女たちのうち二人ほどはさっき校舎裏でも見かけた顔のような気がする。


「たった二人で……大丈夫だったんですか?」

「この通り、無事も無事さ。葛副部長も頑張ってくれたからね。ただ、肝心の隊長を逃がしてしまった」

「だが、もう大丈夫だぜ流輝。それと、双狩だったか。風守隊の奴らはお前達を追ってるみたいだけど、今は逆に俺たちが追い回してるからな!」


 拳を握りしめて元気よく言うケン。話によれば、他の学内情報部の部員たちが部長さんの指示で学園中を捜索し、風守隊を捕まえていってるらしい。学内情報部にあるデータを使えば風守隊のメンバーや各隊員の能力はおおよそ把握できるし、風守隊は散り散りになっているため数というアドバンテージを活かせない。もうじき全員捕まえて片が付くだろう、と部長さんは言っていた。驚くべき手際だ。


「彼女たちはランク戦でもないのに他人へ向けて能力を行使した。その時点で罰則だ。順当にいけば、風守隊は解散だろうね」

「そんなっ!」


 部長さんの言葉に反応したのは、部室の隅に座らされている風守隊の女子生徒たちだった。


「私たち、もう風守隊として活動できないんですか……!?」

「ま、部活とかならまだしも非公式なファンクラブだしな。当然だろ」

「仮に部活だろうと何だろうと、人に向けて能力を使うだなんて立派な暴力よ」

「うう……」


 ケンと布狩のお説教を受け、風守隊の彼女たちは力なくうなだれる。さっきまで追いかけ回されてたのに、こう弱気になられるとちょっと強く出にくいな。双狩はズバッと言ってのけたが。


「というか双狩、お前も風守隊の新メンバーとか行ってなかったか? 今は対立してるけど、解散になって良いのか?」

「いいと言えばいいんだけど、うーん……」


 双狩は煮え切らない返事のまま、腰に手を当てて黙ってしまった。それは風守隊の解散に思う所がある、という感じではなく、何かを言い出すべきか迷っているような態度だった。

 しかし、彼女が再び口を開くより先に、据え置きのコンピューターに向かって何かをしていた部長さんが声を上げた。


「おっと、見つけたよ」

「何してんすか部長」

「撮影用のドローンを遠隔操作して、逃げ出した針鳴じんみょう八柳やなぎを探していたんだ」


 モニターに映し出されている映像は、ドローンが撮影しているリアルタイムの風景。どうやら彼女は、当てもなく逃げ回っているらしい。その必死そうな表情を見るに、策が残っているようにも思えない。ちなみに部長さんから聞いた話だが、風守隊隊長の彼女は先輩だったらしい。俺めちゃくちゃタメ口だったよ。


「ああ、隊長……」

「隊長だけでも生き延びてください……私たちの犠牲を踏み越えて……!」

「お前らは俺たちを何だと思ってんだ」


 モニターを見上げる風守隊の悲しそうな声に、呆れながら突っ込むケン。どうやら風守隊の皆は、隊長を慕っているらしい。

 そう言えば彼女は、俺や双狩と校舎裏で出くわした時も、うまく風守隊をまとめていたように感じる。それは風守隊は針鳴先輩を、そして針鳴先輩は風守隊を信頼しているからこその連携なのだろう。


 風守隊は、人数でいうと野球部などの大きな運動部相当の集団だ。そんな規模の集団をひとつにまとめ上げる針鳴先輩の手腕は、実は物凄いものなのかもしれない。しかし、そんな風守隊も今は隊長の彼女のみ。恐らく向こうも焦っているはずだ。ならば、動くなら今だろう。


「……部長さん。学内情報部の皆さんを針鳴先輩から遠ざけてもらえませんか?」


 不思議そうに俺を見るケンと双狩。部長さんは俺の言いたい事を察したのか、笑みを湛えたまま機械の操作を続けている。


「おい流輝、どういう事だ?」

「このままあの人を追い詰めていったら、この件は終わる。でも、そんな終わり方でいいのかなって思ったんだ」


 初めて出会った時の針鳴先輩の言葉を思い出す。風守隊が俺に接触して来たのは、志那都と仲の良い俺に話を聞く為と、抜け駆けした双狩を捕まえる為だ。そして、その双狩も、俺が志那都と親しくしていると知って声をかけて来た。ならば原因の一部には俺も混ざっているのだ。


 針鳴先輩の言う通り、俺は『当事者』。なら当然、この件について相応の責任を取る必要がある。


「俺の自己満足かもしれないけど、俺はこのまま成り行き任せで終わりにしたくない。あの人たちとは――風守隊との決着は、俺自身でつけるべきなんだ」

「……そっか。流輝がそう言うんなら、俺は何も言わねぇよ。部長もいいっすよね?」


 ケンに呼ばれ、背中を向けていた部長さんは首だけで振り向いた。そしてニコリと笑う。


「私は構わないよ。私たちは巻き込まれただけで『当事者』ではないからね。ここからは君たちに任せて、私たちは後処理でもしているよ」

「後処理?」

「私たちは学内情報部。その名の通り、学園内の情報を扱う部活さ」

「……?」


 不思議な言葉を残して、部活さんは早速作業に取り掛かってしまった。そんな背中を見て、ケンは苦笑する。


「部長、久しぶりの事件だからって楽しそうにしてんなぁ」

「事件を楽しむって……」

「まあ変わった人だからな。俺も入部してからすぐに思い知らされたぜ」


 学園中を駆け回って風守隊を捜索している他の学内情報部員にはケンが連絡を入れてくれた。追い詰められた事でヤケになってとんでもない事をやらかしそうな場合以外は、針鳴先輩とは接触せずに監視しておく事。副部長としてそう指示を出してくれた。


「それじゃ、後は針鳴先輩の所に行くだけだな」

「ちょっとあんた、まさか私を忘れてないでしょうね」


 部室を出ようとする俺の肩を、後ろから双狩にがっしりと掴まれた。


「私だって立派な当事者、元凶の片方でもあるんだから。決着をつけるっていうなら、当然私も行くわよ」

「……ああ。分かった」


 風守隊が消えてしまう事については、迷いなど無いのだろう。髪と同じマリーゴールドの瞳に揺らぎは無い。


「よし、行くか」

「早く終わらせるわよ」


 針鳴先輩を追跡しているドローンの位置情報が学園端末で共有されたのを確認し、俺と双狩は学内情報部を後にした。

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