第19話 情報は力なり

 放課後ともなると、部室棟には多くの生徒の姿が見える。主に文化部に所属する者だったり、部室で筋トレなどをしている運動部だったり。そんな生徒達と廊下ですれ違う度、俺は痛い視線を向けられている。何故なら今の俺は、忍者か特殊部隊のごっこ遊びみたいに壁に張り付くように隠れながら移動しているからだ。


「あんた、傍から見たら面白いぐらい浮いてるわよ」

「……うるせい。堂々と歩いて鉢合わせるよりいいだろ」


 虚空から届く双狩ふがりの笑いをこらえるような声。俺だって恥ずかしいに決まってるだろこんな移動方法。早く学内情報部の部室がある三階に行きたい。


「待って芹田せりだ……!」


 腰をかがめたまま歩き出そうとした俺の腕を、見えない双狩の手が掴む。その拍子に彼女の透明化が解けたが、そのまま双狩は小声で続ける。


「階段の踊り場で掲示板見てるフリしてるあの子、風守隊のメンバーよ」

「本当か。じゃあここは通れないな」


 風守隊かざもりたいの奴ら、探して回るだけじゃなく見張りも配置してるのか。もし全ての階段に風守隊がいれば、学内情報部の部室にはたどり着けない。直接ケンに会って話を付けれないとなると、メッセージで情報のやり取りをするしかないが……やはり忙しいのか、メッセージに返信は無い。


「情報部の力が借りられないのは痛いな……」


 けれど、それじゃあこの先どうする。相手の情報無しで戦うのはあまりに不利だ。彩月さいづきとは戦いながら相手の能力を推察する特訓をして来たけど、それはあくまで一対一のランク戦での場合。数の差で押されれば、ひとつひとつの能力に対処する暇もなく、あっという間に捕まるだろう。


「私が何とかしてみるわ」

「え……?」


 まさか、階段で待ち伏せてる彼女に何か仕掛けるつもりか。


「連中、俺の事は捕えようとしてたけど、お前には容赦なく攻撃してたぞ。危ないだろ」

「大丈夫よ。別に特攻かますわけじゃないんだから」


 そう言いながら集中するように目を閉じると、彼女の姿が水面に石を投げ入れたように歪み始める。そして数秒後には、姿


「ふふん、どんなもんよ。光の波長や反射をいじれば色を変えられるから、変装も出来ちゃうってワケ」

「へぇー。便利な能力だな」


 そうして俺にも誰か分からない生徒の姿になった双狩は、そのまま何気ない足取りで踊り場の少女へ近づいた。


「ねえあなた、さっき先生が探してたよ。急ぎの用事があるって」

「え、本当!? ありがとうございます!」


 変装した双狩にあっさりと騙された少女は、手元の端末を操作しながら、階段を駆け下りてどこかへ行ってしまった。恐らく風守隊の誰かに見張りを交代してもらう旨の連絡を入れたのだろう。俺は変身を解いた双狩のもとに急ぎ足で向かう。


「微妙に声色も変えて、いい演技だったぞ」

「ありがと。速く行きましょ」


 短く笑みで答え、再び透明になる双狩。俺も交代の見張りが来る前に、壁に張り付きながら慎重に進む。学内情報部まではもうすぐだ。





     *     *     *





 芹田たちが忍びながら進んでいる頃。

 彼らがまさに向かっている先、学内情報部には先客が来ていた。この場合、が一足先だった、と言うべきか。


「……何の用だよ、この忙しい時に」


 うんざりした様子でそう吐き捨てるのは、後ろ手に両手を縛られ椅子に座らされているケンことかずら鶴斬つるぎの声。彼の隣に同じように縛られている学内情報部の部長である女子生徒も、それに同調する。


「全くだね。一学期最後の学内掲示板を作るのに私たちは忙しいんだ。君たちみたいにお暇じゃないんだよ」


 挑発の色を隠しもしない言葉を投げかける部長の先にいるのは、輝く浅葱色の瞳で二人を見下ろし、手のひらで電撃をバチバチと弾けさせている風守隊隊長、針鳴じんみょう八柳やなぎ。そして彼女の後ろに控える数人の女子生徒。


「私たちも十分忙しいわよ。お互い多忙の身なら、手早く済ませた方がいいでしょ?」

「だから素直に言う事を聞けと? 志那都しなつじんに関する全ての情報を渡し、なおかつ芹田流輝るきと双狩永羅えらを捕らえるために情報面でのあらゆるサポートをしろ、なんて命令を」

「ええ。素直に従うなら拘束を解いてもいいわ。私たちが指示した作業を最優先でしてもらうけど」


 不遜な態度を崩さない針鳴の言い分に、部長は呆れ混じりに笑みを浮かべてかぶりを振る。


「そんな私利私欲に塗れた要求、まるでテロリストか何かかな。とてもじゃないけど呑めないね。私たちは映画に出て来るような情報屋じゃないんだ。集めた情報を、部としての活動を逸脱した事に利用する真似はしない。諦めて帰るんだね、親衛隊諸君」


 部長はあくまで冷静に要求を跳ねのける。情報の悪用はしない、させない。それが学内情報部部長としての信条だった。その頑なな意思をぶつけられた針鳴はため息を零す。


「この部室、結構狭いわね。それに冷房を切れば密室」


 針鳴は手のひらで尚も弾け続ける電撃を見せびらかすようにしながら、


「このまま空気を電離させて、オゾンの毒でじわじわと命を削る事もできるのよ?」

「お、おおおお俺たちはそんな脅しに屈したりししししないぜ!!」

「……めちゃくちゃ声震えてるけど」


 敵である針鳴すら呆れるほど動揺を露わにする葛。しかし、それでも友人を売るような真似をしなかったのを見るに、彼は本当に友人想いの男らしい。部長はそんな後輩を一瞥し、笑みをこぼした。


「葛副部長の言う通りだ。私たちはそんな見え透いたハッタリには騙されない。君の能力じゃ、思い通りにオゾンを生み出せるほど正確な電子のコントロールは不可能なはずだ」

「ぐっ……バレてんのね」

「第一、本当にそんな事が可能ならとっくにしてるだろう? あらかじめ異臭が漂う程度に濃くしておけば、拷問の材料にもなりえるというものさ。もしくは気道に刺激を感じる程の濃度にすれば、いろいろと吐いてくれそうだよね? 情報だけでなく中身も一緒に」

「……何か部長の方が具体的に怖いこと考えてません……?」

「気のせいさ」


 本当だったら怖いじゃ済まない、と隣で青ざめる葛に笑みをもって返す部長。とても尊敬できる部長なのだが、葛はたまにこの人が怖くなる時がある。何をするか分からないというよりは、その気になれば何でもやらかしそうで。


「まあつまり、見栄を張って賢げな単語を並べてハッタリに説得力を持たせようとしても、君のキャラ的に無駄だから見破れるという事だよ」

「う、うるさいわね! いいじゃないちょっとくらい賢い能力の使い方出来るアピールしたって!!」

「無理に知的な演技をしなくても、人間スタンガンくらいが十分似合ってるよ」

「あなた馬鹿にしてるでしょ!?」


 今度は針鳴が冷静さを欠いていた。そして、そんな同級生を面白そうに眺める部長。不思議な事に、形勢が逆転しかけている。

 その流れを感じ取って、部長は再び口を開いた。


「君たちは情報が欲しくて私たちを拘束した。それで合ってるかい?」

「え、ええそうよ。さっきも言ったけど、志那都様に関する情報、それと芹田君と双狩を捕まえるために必要なあらゆる情報が必要なの」

「ふむ。ならこうしないかい?」


 拘束されているというのに笑顔が絶えない部長から、こんな提案があった。


「私たちは情報は渡せない。でも、君たちが欲しがってる情報に行き着くためのヒントなら渡してもいいよ」

「ヒント……?」

「そう、ヒント。志那都刃に関する情報も、芹田流輝と双狩永羅を捕らえるために役立つ情報も、そのヒントに辿り着けさえすれば自ずと分かるよ」


 部長のニコニコと人の良さそうな笑みを見ていると、まるで、その笑顔の裏にある何かを察する事が出来るのか、試されているように感じてしまう針鳴だった。

 だが、相手は学園のあらゆる情報が集まるとまで言われている学内情報部の部長。本人の信用は置いておくとしても、情報の確度は疑うべくもないだろう。


「しょうがないわね……それでいいわ。ここで一生だんまりを決め込まれるよりよっぽどいいもの」

「交渉成立だね。あ、その前に私たちの拘束は解いてくれるかな? ヒントだけ持ち逃げされちゃったら、掲示板制作の続きが出来なくなる」

「ホント、自分の立場を分かってて言ってるのかしら……まあいいわ」


 針鳴が承諾したのを見て、風守隊のメンバー二人がそれぞれ葛と部長の後ろに周り、両手を縛っていた縄を解き始める。その気配を背後に感じながら、部長はふと思い出したかのように言う。


「おっと、私としたことが、一つ言い忘れていたよ」

「今度は何?」

「君は違和感を抱かないのかい? ここに私と葛副部長という事実に」

「……?」


 何を言っているのか分からない、という風の針鳴に向けて、部長はぽつりとささやくようにこう続けた。


「学内情報部の部員は六人。ここにはいない彼らが、

「……まさか!!」


 何かを察した針鳴が学園端末を操作しようとするが、それが間違いだった。注意を一瞬でもよそに向けてしてしまった時点で、彼女は部長の策に嵌っていた。

 何故なら、相変わらず不気味な浮かべたままの部長とその隣にいる葛の自由は、たった今解かれてしまったのだから。

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