第15話 彷徨う影

 特殊能力管理局。それは、特殊能力者が引き起こす事件や事故などの対応を主な任務とする行政機関である。

 天刺あまざし亜紅あくもそこに所属する一人で、彼女は管理局の実働部隊のひとつ、『チーム・ダイアモンド』の隊長でもある。


 そしてこの日も、チーム・ダイアモンドはとある特殊能力者による暴動事件を鎮圧し、帰って来たばかりだった。天刺は疲れ切った顔のまま、しかし休憩室には向かわず情報作戦室オペレータールームに足を運んでいた。自動ドアをくぐると、薄暗い部屋に浮かび上がる無数のホログラムモニター群が出迎えた。


三日浦みかうらちゃん、いる?」


 天刺は人影の見えない闇に向かって声をかける。すると、すぐに返す声があった。


「いますよー。なんでしょ隊長」


 入口の正面に位置する壁に浮かび上がる、ひと際大きなモニター。その前にあった真っ白な椅子がゆっくりと半回転し、座っていた女性は天刺の姿を見て手を挙げる。いや、彼女が座っているのはただの椅子ではない。


 様々な白い機械が付いている背中部分からは二本の細長いアームが伸びており、シート部分から独立して伸びる四本の足が支える、多脚電動車椅子だ。大きなタイヤが付いている車椅子本来のそれとは違い、小さなタイヤがいくつも付いた脚が四本伸びている様は、車椅子というよりも四足歩行動物を模した機械の上に座椅子を乗せているようにも見える、不思議なビジュアルだった。


 そこに座っているのは、ハチマキのようなコントロールデバイスを頭に装着した、キャメル色の髪をハーフアップにした女性、三日浦羽野うの。少女と言われても気付かないぐらいには外見年齢が若く、実際の年齢も天刺より三つ下なだけだ。

 彼女は来訪してきた上司の顔を見て、すぐさま心情を察した。


「メチャクチャお疲れのようですね」

「あはは……相次ぐ傷害事件や集団昏睡、今日みたいな暴動まで。最近は能力者絡みの事件が多いから」

「確かに、最近は頻発してますね。息つく暇もないとはこのことです」


 辟易したため息と共に言う三日浦は、天刺と話ながらも視界の端では高速でスクロールするホログラムパネルをちらちら確認し、ホログラムキーボードを片手で撃ち続けている。見ただけで分かるほど忙しそうだ。


 彼女は作戦中の隊員を裏からサポートするチーム・ダイアモンドのオペレーターであり、情報の整理や分析、必要とあらばハッキングまでこなしてしまう優秀な情報分析官だ。


「ごめんねそんな時に。ちょっと確認したいデータがあって」

「構いませんよ、隊長の頼みなら。なにをご所望で?」

「ついさっきの事件の犯人について詳しく知りたいなって」

「了解でーす。十七秒お待ちを」


 電動車椅子を再びくるりと半回転させ、モニターに向かい合った三日浦はホログラムパネルをいくつも呼び出し、あっという間に目的の資料を引っ張って来た。彼女がこれだけ本気を出すのは、普段の業務よりも天刺のお願いの時だけだ。


「出た出た、ショッピングモールで暴れたっていう彼ですよね。確か火炎操作系の能力者だって……え? 何ですかコレ」


 呼び出したホログラムパネルを見て、訝し気な声を零す。彼女の隣に来た天刺も揃って画面を眺める。


「この資料の彼、『無能力者』って書いてません?」

「そうなのよ。現地で犯人を捕らえてくれた民間人の協力者に聞いた話なんだけど、犯人が話してたらしいのよね。『無能力者の自分に価値は無い』って」

「なるほど……つまり彼もって事ですか」


 三日浦はさらにホログラムパネルを呼び出す。ここ最近、都内で頻発している特殊能力者による事件の容疑者達のデータだ。全部で二十三人。そしてその資料に添付されている顔写真のどれもが、をしている。


「ある日突然能力に目覚め、性格までもが豹変したように事件を起こす。どの事件にも共通して言える事ですね」

「ええ。そして今回、ショッピングモールで暴れた彼も」

「自然現象とは思えませんし……何なんでしょうね」


 特殊能力者はその全員が、産まれた時から特殊能力を持っている。産声を上げた直後に空を飛んだり火を出したりする訳では無いし、それを自在に制御できるようになる年齢は人によって大きく異なるものの、少なくとも生後半年までには何かしらの兆候が見えて来るものなのだ。それは言い換えれば、この世に生を受けてから半年以上経っても何も起きなければ、その人間は無能力者であると確定するという事。


 そして無能力者として生まれた者は、その後何をしようと能力に目覚める事は無い。修行をしても、勉強をしても、祈り続けても。一生かけてどんな努力をしようとも、能力を得られたという事例は今まで一度も無かった。今回の、一連の事件が起きるまでは。


「性別も年齢も出身地もバラバラ。いきなり能力が生まれたってコト以外に、何か共通点はあるんですかね……?」

「まだ分からないわね。むしろ、二十三件もあってまだ解明できてないのはちょっとまずいかしら」

「ともかく、また一件追加ってワケですか。能力者集団昏睡事件と並行して調査しなくちゃいけないのに、また増えちゃって……」


 隊長の苦労も伺い知れます、とため息交じりに言う三日浦。そして、ふと気になったかのように天刺に問う。


「ちなみに、今日の能力者、能力の方はどうなったんです?」

「留置所に到着した時には、すでにそうよ。護送中はヘルメット型の念波遮断装置をかぶせてあるから髪色の変化に気が付かなかったみたいだけど」

「やっぱりですか」


 この事件の、もうひとつの特異な点。それは、突然目覚めたはずの特殊能力が、容疑者から消えてしまう事だった。それに伴って変色していた髪や瞳の色も元に戻ってしまうそう。


「髪の色が変わるなんてまるでカメレオンか何かですね。何なら一度見てみたいですよ」

「ふふ、それは確かに」


 三日浦の冗談にクスリと笑みをこぼす天刺。一方、作業を一時中断した三日浦は、頭に巻いた脳波を読み取って操作するコントロールデバイスによって、電動車椅子の背中から伸びるアームを動かし、電気ケトルで沸かしたお湯を注いでコーヒーを淹れた。


「何はともあれ、少しは休みましょうよ隊長。働いてばかりじゃ気が持たないですよ」

「ありがとう。お言葉に甘えてちょっと休憩しようかしらね」


 近くのソファーに腰を下ろす天刺と、車椅子で向かいに来る三日浦。二人で他愛のない話をしながらコーヒーを飲む。

 チーム・ダイアモンドには他にも隊員がいるが、天刺と三日浦は特に仲が良かった。他の隊員も同じだが、三日浦も天刺にスカウトされて管理局に入った。そんな経緯もあり、彼女は天刺に感謝すると同時にとても尊敬していた。


「へぇー。三年前の能波災害で助けた子と会ったんですか」

「元気そうだったわ。ああいう若者を見ると、私たちも頑張って平和を守らなきゃって思うわね」

「隊長だってまだ若いでしょ。実力はベテラン級でもまだまだぴちぴちの若者ですよ」

「はは、ありがとう」


 ブラックコーヒーを飲みながら、天刺はふと今日再会した黒髪の能力者の事を思い出す。


(彼も途中から自分に能力がある事に気付いたって言ってたけど……まさかね)


 無能力者による能力の発現。ケースは似ているが、彼は性格が豹変した様子も無いし、そもそも彼の場合は無から発現したのではなく後に発覚しただけ。関連付けるにしても無理矢理が過ぎるだろう。気のせいだと受け流して、天刺はコーヒーと共にその不完全な推理を飲みこんだ。


「あ、そう言えば」


 一緒に休憩中だった三日浦は、ふと思い出したかのように端末へと向き直った。


「どうしたの?」

「昨日SNSでたまたま見つけた都市伝説なんですけど……これ、どう思います?」


 ホログラムパネルの一つに表示されたのは、どこかの掲示板サイト。ページのトップには『ゴーストタウンについて語り合おう』と書かれていた。


「ゴーストタウン……?」

「知る人ぞ知るって感じの、最近有名な都市伝説です。何でも、ものなんだとか」

「ええ……ちょっと無茶苦茶じゃない?」

「まあ、所詮は都市伝説ですからね。そもそもゴーストタウンが『何』を指しているのかも、噂によってバラバラですし。どこかの場所だったり、人物名だったり、組織名だったり」


 片手でキーボードを操作しながら砂糖たっぷりのコーヒーをちびちび飲む三日浦。次々と浮かび上がるホログラムパネルには、彼女の言う通りちぐはぐな書き込みが散見される。


『ゴーストタウンに行ったら俺も能力者になれた!』

『会ってみたら意外と優しい人だったな』

『聞いた話と違うんだけど、結局それって人の名前なの?』

『ゴーストタウンって組織の人達が能力をくれるってマジ?』

『俺、自分の能力嫌いだったから新しいのと交換してもらったわ』


 当人たちがどこまで知っていて、どこまで本気で言っているのかも分からないが、ネットの書き込みなどこんなものだろう。


「これ、本当の事なの? 能力を自由に入れ替えるだなんて……」

「そんなことある訳が無い、と言いたい所ですけど。無能力者がいきなり能力を得る事件が頻発してる今では、笑えないですねぇ」


 これはただの都市伝説オカルト。人の噂と興味本位で生まれた作り話。しかし、そう断言できないほどには、現状と重なる部分が多かった。


「この都市伝説、出所を探ったりできないかしら」

「隊長の指示とあらばやってみますけど……噂なんてねじ曲がっては尾ひれが付いての繰り返しですから、根源まで辿れるかは分かりませんよ?」

「出来る限りで構わないわ。お願いできる?」

「もちろん! お任せください!」


 甘いコーヒーをぐいっと飲み干し、指の準備運動をしてから、さっそく作業にとりかかる三日浦。邪魔にならないよう脇にどいた天刺は、ひとり考える。彼女のコバルトグリーンの瞳は、ここではないどこかを見ていた。


(ゴーストタウン……何か、嫌な予感がする。『三年前』と同じような、無視できない嫌な予感が……)

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