第14話 嵐の後、蠢く闇

「あー、負けたー!」


 俺は人が見ているにも関わらず、その場に体を投げ出した。大の字になって寝ころび、青空を視界いっぱいにおさめる。

 分かってはいた。勝つつもりで挑んではいたが、負ける可能性の方が明らかに大きいのは理解していた。でも……。


「悔しいもんだなぁ」


 俺は流れる雲を眺めながら、独り言ちる。

 悔しい。だが、全力を出してあの2位とぶつかり合っての敗北だ。だからだろうか、悔しさと同じくらい、清々しさも感じる。学んだことが実になっているのを実感するような充実感もある。


「良い戦いぶりだったぞ、芹田せりだ

「ん……?」


 一人では無かった。意外にも、志那都しなつはまだそこにいて、倒れる俺に手を差し伸べてくれた。


「あ、ありがとう」


 俺はその手を取って立ち上がる。ランク戦が終わればすぐに帰るものだと思ってたから、意外だった。


「侮っていた訳では断じてないが、それでも意表を突かれたのは驚きだ」

「結局負けちゃったけどな」

「それと、ひとつ教えてくれないか」


 言葉を共に差し出されたのは、途中で脱ぎ捨てた俺のジャージ。律儀に能力で砂埃を掃ってくれていた。


「俺はあの竜巻に意識の大部分を割き、打ち消された箇所からお前の位置を特定したはずだった。なのに避けるどころか反撃出来たのは何故だ?」

「あれか。思いつきでやってみたんだが、成功してたみたいだな」


 俺はジャージに袖を通しながら、あの時の事を思い出す。


「俺の能力は、触れた能力を打ち消す力。俺自身もそう思ってたんだけど、実際には違ったんだ」

「何? だが実際、お前は数々のランク戦で無効化能力を振るっていたはずだが……」

「ああ。正確には、だったんだ」


 まあこれも、彩月さいづきに言われて気付いたんだけどな。

 特訓初日、彩月が導き出したこの答えこそ、俺の本当の能力だったんだ。


 皮膚に触れた能力を打ち消すのではなく、体を覆うように広がる『特殊能力を打ち消す力』に触れた能力が、打ち消されていたのだ。そのおかげで皮膚に触れる手前で能力が打ち消され、物がぶつかる際の衝撃も来ない。そして、その力場は俺の服ごと包み込んでいるから、全身に炎をぶつけられても燃え移らない。ショッピングモールで暴れていた能力者の炎攻撃を受けても無傷だったのもこのおかげだったのだ。


「そんで竜巻に閉じ込められたあの時、俺はジャージの上着を腕に巻いて力場を纏わせたうえで、竜巻にぶつけたんだ。俺の体を離れたら服に纏う無効化能力も失われるから、結構ギリギリのタイミングだったんだけどな」

「なるほど……竜巻を打ち消したのはお前ではなくお前の服。だから位置の捕捉がずれ、俺が飛ばした石弾にも当たっていない。結果として砂煙の中を進みながら回り込むだけの余裕が出来た訳か」

「そんな感じだ。まあ賭けみたいな作戦だったし、結局お前の対応力の方が一枚上手だったみたいだけど」


 自分の体に力場を纏わせる。それはつまり、手に持っていれば何でも無効化能力を付与できるという訳ではない。あくまで能力の範囲は俺自身な訳で、今回のジャージだって体の一部となるぐらいグルグル巻きにしてなかったら意味が無かったはずだ。


 でも、もしこの無効化能力を纏わせる範囲をある程度大きくできるようになれば、さらに戦略の幅は広がる。これからももっと鍛えていけば、さらに強くなれるだろう。


「……!」


 志那都の肩越しに、俺たちのランク戦を最前列で観戦していた彩月と目が合った。彼女はパチリとウインクをしてサムズアップした。例え敗北に終わったとしても、彼女は俺の健闘を称えてくれている。俺も笑みと共に頷き返した。


 自信を持って志那都の挑戦を受ける気になったのも、俺があの志那都とそこそこ渡り合えたのも、全部彩月のおかげだ。

 次はもっと強くなる。自分から強敵にぶつかっていけるぐらいに強く。


「いつかまた、もう一度戦ってくれ。今度は俺の方から挑戦するよ」

「望むところだ。いつでも待っている」


 俺が差し出した手を、志那都は握ってくれた。固い握手を交わしたところで、ひとつ気になった事を聞いてみる。


「ところで志那都、俺に勝って得たポイントはいくつだ?」

「1ポイントだな」

「すっくねぇ……やっぱ差を実感するな」


 こればかりは肩を落とさざるを得ない。明らかな序列の差を数字で感じてしまう。


 でもまあ、ここから頑張ればいいのだ。

 この敗北は間違いなく前進だ。ランク戦をする事で改めて、進んでいると実感する。異能学園成り上がり計画、だっけか。


 夢を叶えるための――使命を果たすための、大きな一歩だ。





     *     *     *





 都内某所。

 薄暗い廃工場の奥で集まる、十数の人影があった。


「送られた物資に不備は無いだろな」

『もちろんだよ』


 集まる人影の中心にいる女性の、温度を感じられないような冷たい声が、がらんどうの工場内に響く。そして返す声は、彼女の目の前に置かれた通信端末から聞こえた。年齢や性別が判別できないような、ボイスチェンジャーの耳障りな高い声。


『ちゃーんと最新の兵器をそろえてあげたよ。ハッキングツールの方もバッチリだったでしょ?』

「ああ。セキュリティに潜り込めるなんて、思ってもみなかった」

『なら、僕らを疑うことないじゃないか』

「どうにも信用ならないんだ。ネットワーク自体はともかく、お前個人は」

『ひっどーい。僕の心は繊細なんだよ?』


 冷たく返す女性に対して、通信端末の声はひょひょうとしている。そして、他の人影たちは黙ってそれを聞いていた。

 集まっているそれら十数人の男女は、全員が防護服と銃器で武装している。その内のひとりの男性が、情報端末を持って一歩進み出た。


「情報が揃いました。いつでも行けます、リーダー」

「よし。始めるか」


 男性へ向けて頷いた後、女性は黒い手袋をはめ、通信端末に手を置いた。


「通信はここで切る。また何かあれば呼びつける」

『はいはーい、お気をつけて。「スターダスト・ネットワーク」はいつでも悪人を歓迎するよ』

「歓迎、ね……」

『あ、ちゃんと端末は破壊するんだよ? ログの方は消してあげれるけど、ハードの処理はきちんとねー』

「……」


 最後まで信用ならないという表情のまま、女性は無言で通信端末の電源を落とした。そのまま床へ転がし、プラズマ銃の引き金を引いた。高熱によって跡形もなく溶け崩れた端末を一瞥し、踵を返す。


「『スターダスト・ネットワーク』でしたっけ。大丈夫なんですかね……」

「通信の向こうにいるヤツは知らんが、少なくとも武装これの性能は確かみたいだ。警察や管理局でしか使えないであろうこんな武器、一体どこで手に入れてるんだか」


 女性はそう返しながら、集まる人影に向かい合った。


「お前たち、準備はいいな。次の標的は星天学園のこいつだ」


 女性は手元にある端末に触れ、ホログラムパネルを投影する。そこに映し出されているのは、一人の学園生についての情報。学園のサーバーから抜いて来た生徒情報だ。黒い髪に深緑スプルース色の瞳をした男子生徒。


「芹田流輝るき。ヤツは間違いなく、我々が狙う『ゴーストタウン』と接触している。必ず捕らえるぞ」


 女性を含む、そこにいる全員の。

 、一人のへと向けられていた。

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