第13話 無敗の風神
迎えた放課後。第一グラウンドにて、俺と
「ランク戦は受けてくれるようだな」
制服のままの志那都は、ポーカーフェイスで俺を見据えながら口を開く。
「ああ。せっかく挑んでくれたんだしな。学ばせてもらうぜ」
「それだ。その努力を続ける意志を見込んで、俺はお前に戦いを申し込んだ。力の差など関係なく、受けてもらえると思っていた」
以外にも嬉しい言葉を貰ってしまった。実力者に一目置いてもらえているというのは悪い気はしない。
文武両道で能力も強い。ひたすらに寡黙で孤高を貫く、絵に描いたような『強い男』。それが志那都
まるで俺とは違う世界の存在かに思える。が、実際は同じ星天学園に通う、同じ学年の生徒。能力的な実力や人間的なステータス以前に、俺たちは対等。少なくとも、こうして対峙している今は。
「ルールはどうする? 決めて良いぞ」
「先に相手の頭に触れた方の勝ちというのはどうだ。お互い三十メートルほど離れた所でスタートだ」
「いいね、それでいこうぜ」
志那都の提案を呑み、お互い距離を取る。『降参するか止められるまで戦い続ける』というランク戦では一般的な決闘スタイルを選ばなかったのは、能力の相性が悪いからだろうか。あいつも俺の能力を知っているだろうし。
ランク戦の申請により、審判用ドローンがグラウンド上空に現れる。それを確認し、場の緊張感は一気に高まった。
『それでは、ランク戦を始めてください』
機械音声が響いた直後。
志那都から俺に向かって、一直線に暴風が吹き荒れた。まずは小手調べだろうか。何の小細工も無い大火力の烈風。俺は立ってるだけで、それをやり過ごす。
「当然、打ち消されるか。実際に相対するのは初めてだが、やはり不思議な能力だな」
「俺も初めてだよ。お前の風を浴びるのは」
俺は出来るだけ威勢よく振る舞いながら、間合いを計る。彩月に次ぐ学園の実力者。その能力は風を操るという至ってシンプルなもの。だが、単純故に強力だ。
星天学園にも風力操作系の能力者は何人もいるが、志那都はその全てを網羅する完全上位互換。風を起こす、風を纏って空を飛ぶ、風による周辺の探知など、風力操作系能力者ができる事はたいてい志那都にもできる。それぐらい多様性のある能力なのだ。
「でも、打ち消しちまえば関係ないよな!」
俺は意を決し、駆け出した。
志那都の瞳が光り、再び繰り出される烈風。今度はそれに混じって風を固めた弾丸もいくつか飛んでくる。複数の攻撃手段を同時に打ち消せるかどうか、俺を試しているのだろう。残念ながら、それは彩月と特訓を始めて初日に通った道だ。
「……なるほど」
全てを体当たりで打ち消す俺を見て、志那都は呟いていた。彼との距離は二十メートル。このまま打ち消しながら走れば、すぐに届く。
「っ!」
だが、相手はあの2位。そう簡単に事が進むわけがない。
三度目の暴風。しかし今度は俺にぶつけてはこない。まるで俺を台風の目にするように、俺を囲んで風が吹き荒れた。強烈な風が暴れ、グラウンドの砂塵が竜巻となって俺を囲んだ。
風と砂塵、二重の檻。打ち消そうと強引に進めば、勢いよく回転する砂や石粒に体中を叩かれるだろう。それに、俺が打ち消せるのは、あくまで志那都の能力によって生み出された風のみ。
風とは空気の流れであり、志那都が生んだ風によってグラウンド中の空気が押し流されているとすれば、この竜巻だって触れただけで全てが綺麗に消滅するとは思えない。
要するに、『打ち消せる能力の風』と『打ち消せない普通の風』の二種類の風が、今ここで吹き荒れているのだ。そして後者――残った普通の風だけでも、十分俺の体を吹き飛ばせるだけの勢いは残るはず。
「どうする俺、考えろ……」
無効化能力を信じて突っ切るのは論外。自滅しに行くだけだ。ちょっと手を出して触れただけでも、腕を持って行かれて飛ばされるかもしれない。なら、残された手は……。
周りは全方位くまなく覆う砂塵のカーテン。志那都も竜巻の中までは見えないだろう。なら、不意は突けるはずだ。
「試してみるか」
俺はジャージの上着を脱ぎ、右腕に固く巻き付けた。
思い出すのは、特訓初日。俺の能力について知るために、彩月がいろんな能力を俺にぶつけた時の事だ。
* * *
「流輝君の能力は『触れた能力を打ち消す能力』。この能力のカギは『能力に触れる』って部分にあるとボクは思うんだよ」
「……どういう事だ?」
実に二十種類以上もの能力を浴びせられてひどい有様となったグラウンドの上で、無効化能力のおかげで無傷の俺は彩月の話を聞いていた。
「さっき流輝君に炎の能力を受けてもらったでしょ? 流輝君自身は当然無傷として、流輝君の服も燃えなかった。これは結構重要だよ」
「能力を打ち消す俺の能力は、俺が着ている服も対象って事か」
「それともうひとつ、念動力で物をぶつけた時の事」
彩月はそこら辺にあった握りこぶし大の石を念動力で浮かせる。
「始めにぶつけた氷みたいに『最初だけ能力で加速した物体』は、流輝君には能力が触れないから攻撃は命中する。でもコレみたいに、ずっと念動力で動かしてぶつけた物体は、効かない」
浮遊していた石は俺に向かって飛んでくる。が、俺に当たった瞬間に念動力は打ち消され、石は勢いを失って落ちる。
「実はこれ、少し疑問だったんだよね。流輝君の無効化能力の『能力に触れる』って部分の定義が『皮膚に触れる』って意味だった場合、攻撃は当たることには当たる。皮膚に触れた瞬間、運動エネルギーは衝撃となって流輝君を襲うはず」
「……でも、俺は痛くも痒くもない。衝撃が俺に届いていないんだな」
「つまり」
腕を組みながら、彩月は新たな発見を俺に提示した。
「君の能力は、触れた能力を打ち消すもの
* * *
志那都は待っていた。
様々な方向からの暴風で生み出した複雑な竜巻に
あとは竜巻から手負いで出て来た芹田に、風で岩を飛ばし、最後に頭に触れてゲームセットだ。少々攻撃が過剰な気もするが、志那都刃という男は良くも悪くも手加減をしない。相手が89位の底辺能力者だとしても、相手に敬意をもって全力をぶつける。それが彼の流儀だった。
「……出ないな」
言葉がこぼれる。風の檻に閉じ込めてから、三分ほどが経った。打ち消された様子もなく、依然として竜巻は健在。中にいる芹田の安否を心配する声が、観戦している生徒から聞こえ始めた。
(あるいは、そうして俺が風を止めた所を狙うつもりか)
志那都はそう読み、能力は緩めない。淡く輝くオリーブ色の瞳で、じっと芹田がいるであろう場所を見据えている。
そして、その時は来た。
「……!!」
風向きが強引に変わった。志那都の暴風が打ち消された事で竜巻が止み、かき混ぜられた空気が散り散りになる。
すかさず風を操り、志那都はバスケットボールほどの大きさの岩を砕き、烈風で吹き飛ばした。さながらショットガンのように飛翔する大小さまざまな大きさの岩は、未だ志那都と芹田を遮る砂煙に突き刺さり、その向こうへ消えた。
芹田が能力によって風を打ち消す時、生み出した風がまとめて打ち消されるかのように思えるが、実際は違う。彼が触れた場所を基点として、能力無効化の波が外側へと広がるイメージなのだ。なので、百分の一秒ほどの差ではあるが、芹田が直接触れた所とそうでない所では、ほんのわずかだが、風が志那都の制御下から外れる時間に誤差がある。
その原理を小手調べとして放った最初の烈風によって看破していた志那都は、竜巻が打ち消された『基点』を捕捉することによって、芹田の正確な位置を特定している。そこに岩のショットガンを叩き込んだのだ。今ごろ負傷覚悟で竜巻に体当たりした芹田は、飛んで来た岩の追い打ちを喰らっているはずだ。
「終わりだ」
志那都は自身に風を纏わせ、その推力によって弾丸のように真っ直ぐ飛翔した。目指すは、度重なるダメージによって動けないであろう芹田。砂煙のカーテンを風で引き裂き、その右手を芹田の頭へ伸ばし――
「何……!?」
そこには、誰もいなかった。
竜巻が打ち消されてから三秒ほどしか経っていないのだ。僅かに位置がずれているならまだしも、視界に捉えられないほど離れた場所に行けるはずがない。
そこで志那都は、地面に残された芹田のジャージを見つけた。
「これは……」
「貰ったあああああ!」
すぐ傍で。
砂煙を突き抜けて、こちらに手を伸ばす、芹田の姿があった。
彼我の距離は、僅か数センチ。だがその数センチは、2位と89位との間にあるとても遠い距離だった。
「がッ……!」
衝撃が芹田の全身に走る。意識の外から彼を襲ったのは、志那都が地面に向けて撃ち込んだ膨大な風の塊が破裂したことによる衝撃波。芹田の能力では、風によって引き起こされた副次的な衝撃波までは打ち消せない。
「くそ……すんでの所で気付かれたか……」
倒れかけた芹田は、何とか踏ん張って前を睨む。
「だけどまだ――」
「もう終わりだ」
ポン、と。背後から頭に手を置かれた。
「マジかよ……」
振り返ると、そこには芹田の頭に手を乗せる志那都の姿。未だ流れる烈風の残滓が、彼の鉄色の長髪をなびかせていた。
89位・芹田
その戦いは、その場にいる誰もが予想した通りの結果に――志那都の勝利に終わった。
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